2019年11月15日

幸福の棲家はどこですか?

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画像診断は臨床医学の診断ツールとしてなくてはならないものです。最も歴史があるのはX線診断、今でも発見者にちなんで「レントゲン」と呼ぶ人がいます(レントゲン先生はこの業績で、第1回ノーベル物理学賞を受賞しましたが、呼び名は“X線”とすべきで“レントゲン”と呼ぶべきではない、と主張されていたそうです。見識あるな〜)。胸部X線検査は今でも検診や入院時検査として定番中の定番です。もっとも、その主な目的は日本で多かった(そして今も少なくない)肺結核のスクリーニングでした。肺がん検診としては、正直なところ、ちょっと荷が重い感は否めません。

頭部や脳については、画像診断の進歩はX線に比べたら比較的最近の出来事です。頭部の単純X線検査は下垂体腫瘍の診断など、役に立つこともあるのですが、頭蓋骨以外の情報が乏しくて、あまり有益とは言えませんでした。歴史が変わり始めたのは、私が大学を卒業した1975年、この年に初めて阪大病院にコンピュータ断層撮影装置(CT)が導入されました。もったいぶってなかなか撮ってもらえませんでしたけど・・・・・・今から考えたらほぼピンぼけ写真レベルでしたけどね。

CT検査はどんどん装置が進歩するにつれて画像が鮮明になり、脳出血やくも膜下出血の診断などに威力を発揮しました。さらに1980年代半ば以降になると核磁気共鳴撮影装置(MRI)が登場して、脳の解剖図譜をみるようなリアルな画像が得られて、初めて見たときにはかなりびっくりしました。その後も機器の性能向上、造影剤の普及が進み、脳梗塞の超急性期診断や微小脳動脈瘤の発見など、脳神経内科・脳神経外科・脊椎外科領域でのCT・MRIなどの画像診断の進歩はめざましいものがあります。

脳は部位毎に担当する機能が決まっていて、さらにおのおのの部位を連結する神経細胞のネットワークが備わっている超高性能のコンピュータなのですが、最近のMRIの進歩は脳の活動状態をリアルタイムで画像化し、ひいては感情や心が沸き上がるメカニズムをも解析することを可能にしつつあります。「すごい!」と思う反面、「そこまでやるか・・・・・・」と引き気味にさえなりますね〜だって人それぞれが唯一無二の存在であることを示す“心の有り様”さえも、神経細胞の電気的興奮と神経細胞間情報伝達の産物に過ぎない、そしてそれはMRIで図示可能と言われてもね・・・・・・ここは「それがどうした!」と居直るしかないでしょうね。

さて賛否はともかく、最近ちょっと興味を引かれた論文を紹介します。テーマは“脳での幸福の棲家”です。研究を進めているのが「京都大学こころの未来研究センター」のグループ・・・・・・心理学の分野では、“主観的幸福”は 感情成分と認知成分から構成されていて、質問紙法で安定して計測可能であるとされているようです(社会指数研究誌 シュプンリンガー出版1999、日本公衆衛生雑誌 2018)。「ほんとかな〜」「質問にウソ答えたらどうなるの?」などと思わないではないのですが・・・・・・

この京大のグループは以前に、より強く幸福を感じる人ほど脳の右楔前部(けつぜんぶ)の灰白質体積が大きいことを見いだしていたのですが(サイエンティフィック・リポーツ誌2015)、最近、右楔前部安静時活動が低いほど主観的幸福度が高いことを報告しました(サイエンティフィック・リポーツ誌2019)。脳の楔前部というのは、脳の断面図を近畿地方の地図に見立てたら、京都府北部あたりに相当します(なんのこっちゃ、と思う方は「楔前部」でネット検索してみて下さい。図がでてきますよ)。

さて、この右楔前部、2015年の報告では体積が大きい方ほど幸福度が高いというので、てっきり“幸福の棲家”と思いきや、むしろそこはネガティブな心根やさまよう心、あるいは鬱々とした心情に関係するという報告が多いのです(ブレイン・リサーチ誌2013)。そしてこのエリアの活動性が低い人がより幸せを感じると言うのなら、脳右楔前部はどちらかと言えば“不幸の棲家”に近いのかも知れませんね。もしそうなら、なるべく静かにしていて欲しいものです

フランスの哲学者のアランは“アランの幸福論”として有名な著作「幸福についての哲学的断章(1928)」の中で「幸福になりたいのなら、幸福を掴み取るという意志が大事なのだ」ということを繰り返し強調しています。積極的・能動的な“攻めの幸福論”ですね。一方浪速のフォーク・グループの雄、ALICEの谷村新司氏は楽曲「平凡」(ALICE ] 1987)で、むしろ控えめに「不幸じゃなければ幸せですか」と唄っています。

さて、ここで京大のグループの論文を踏まえると、幸福は“増点法”ではなく“減点法”で決まるように思えるので、異論は多々あるかも知れませんが、ここは谷村氏の判定勝ち、とさせて頂きたいと思います。




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2019年11月01日

“白衣高血圧”というリスク


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みなさんの中で、ふだんの血圧は正常なのに、健診や診察室で血圧を測ると高くなっていて、「血圧ちょっと高いですね〜」と言われた方、いませんか?これが「白衣高血圧」です。その頻度は診察室や医療環境で血圧高値を示した人の15〜20%、あるいはそれ以上とも言われていて、加齢につれて増加します。

実はかく言う私も「白衣高血圧」で、家庭血圧は正常だし、例えば化学療法治療前に血圧測定しても正常なのに年1回の職場健診に限って高いのですよね〜
これは昔からそうで、恥ずかしいから名札などは全部外して部署や職責が分からないようにして受診していました(健診を担当するのは病院職員じゃなくて業者だから“面は割れて”ません)。

白衣高血圧というのは、比較的知名度は高いのですが、類似概念や相反概念もあるので、整理しておきます。まず「白衣高血圧」は1984年に米国心臓病協会機関誌の「高血圧誌」に発表された概念で、「外来診察室の血圧が(140/90以上)だけど、ふだんの血圧=診察室外の血圧(厳密には24時間自動血圧計による測定値、簡便には家庭血圧)135/85未満であり、降圧剤は処方されていない状態」と定義されます。一方、良く似た用語に「白衣効果」があります(米国高血圧学雑誌:オックスフォード出版1995年)。これは「降圧剤処方の有無やふだんの血圧レベルにかかわりなく、診察室では血圧がふだんより上昇する状態」です。すなわち白衣効果は既に高血圧治療中の患者さんにもしばしばみられます。

白衣高血圧、白衣効果の逆が「仮面高血圧」です。この概念は2000年代初頭に提唱されたのですが「診察室では正常範囲だがふだんの血圧が高い−家庭血圧なら135/85以上−を示す状態」です。正常血圧者の10%くらいがこの仮面高血圧だとされていて、降圧剤治療中の人にも少なからず存在するので要注意です。これは24時間血圧モニタリングや家庭血圧をチェックしない限り完全に見逃される“放置できない高血圧”ということになり、家庭血圧測定の重要性を如実に示す疾患単位と言えます。

さて、話を白衣高血圧・白衣効果に戻しますと、この“診察室(のみならず健診などすべての医療環境を含みますが)での血圧上昇”を示す人は正常血圧の人と比較して、臨床アウトカム(心血管病罹患や全死亡などを意味します)が異なるか、という問題についてはさまざまな意見があり、一定の見解は得られていませんでした。そこで、最近米国のグループがこの問題について、現在までに報告されている文献を集めて解析しました(米国内科学会誌 2019年6月号)。

著者らは観察期間が最低3年以上(3〜19年)ある27編の論文を収集し、“未治療白衣高血圧者”と“治療管理されている白衣効果を有する患者”25,786人と正常血圧者 38,487人を集積して心血管病罹患リスク、全死亡リスク、心血管病死亡リスクを比較しました。

結果はと言えば、白衣高血圧者は正常血圧者と比較すると、心血管病罹患リスクで36%、全死亡リスクで33%、心血管死亡リスクでは2倍のリスク増加が示されました。一方、脳卒中リスクの増加は明らかではありませんでした。なおこの白衣高血圧者のリスク増加は、とくに高齢者や他の心血管病リスクを有する人で顕著であることがわかりました。なお治療中の白衣効果を有する患者では正常血圧者と比較して格別のリスク増加はみられませんでした。この高齢かつ心血管病のリスク因子を複数もつ、すなわち“高リスク”の白衣高血圧者は正常血圧者に比べ、心血管病や死亡リスクが高くなる、という結果は過去の国際共同研究の報告(米国心臓病学会誌:エルゼビア出版 2016年)とも一致しています。

さて、ここで“高年齢層”の定義が気になるところですが、私たちは遺憾ながら、臨床研究レベルでは“押しも押されもしない高齢者”です。ただし年齢だけではそんなにリスクは上がりません。しかし白衣高血圧の他に糖尿病、肥満、喫煙、高脂血症、アルコール過飲などがあれば、綿密な家庭血圧測定が必要で、家庭血圧はぜひとも130/80未満をクリアしたいところです。また白衣高血圧者は将来高率に“普通の高血圧”に移行することが知られていますので、血圧の自己測定はずっと続けてくださいね。何なら高血圧を専門とする診療所や病院の外来で「24時間血圧モニタリング」を行う手もあります。これらの結果を踏まえて、主治医の先生とよく相談して必要に応じて降圧剤を処方、ということになります。

今後も確実に歳はとっていくので、白衣高血圧が分かったら、その他のリスク因子の管理はもちろんなのですが、問題になるものがなくとも、とりあえず生活習慣の見直しがお勧めです。すなわち塩分は控えめに、カリウムは多めに、そして体重は・・・・・・「目指せ、正常BMI!」ということでしょうね。
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2019年10月15日

塩分を取り過ぎるとお腹が張る!?

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内科外来で「お腹が張って苦しい」と訴える人は少なくありません。「ガスが溜って・・・・・・」と表現する人も多いです。実際、海外のテキストにはしばしば「ガス関連症状」という項目で記載されています。この症状に下痢・便秘という便通異常や腹痛が加わって3ヶ月以上も持続する・・・・・・ということになれば「過敏性腸症候群」という病名がつき、その有病率たるや、人口の20〜30%とする報告も珍しくありません・・・・・・

診察を受けたい、あるいは薬を処方がほしい、とまではいかないけど、“お腹が張る=腹満”が気になることがある人、とすれば確かに人口の30%も誇張ではないのかも。ではどうしたら腹満を防げるか・・・・・・これがなかなか難しいのです。

腸管には通常200mlくらいの空気が入っていますが、1日産生量は通常食で600〜700ml、うち75%は摂取した食事成分が、腸内細菌コロニーによって発酵することによって生じ、残りは“無意識に飲み込んだ空気”と血管から腸管内に拡散してきた空気です。そして何らかの理由で腸管内の空気量が増加すると、腹満が起こると言いたいところですが、個人の“ガス貯留に対する感受性”の違いはとても大きく1,000mlのガスが貯留してもほとんど症状がないという人もあれば、その1/10量でも我慢できない人もいます。

腹満の多くは、腸管に器質的な病変がない、すなわち腸管の運動や腸管内部の水分調節や腸内細菌活動の失調など“機能的”な原因である場合がほとんどで、その背景には高頻度に“腸管感覚の過敏性”が存在します。

とはいえ、どのような腹満でも機能性ガス貯留が原因と決めつけるわけにはいかないので、重大な原因がないか一度は探っておく必要があります。腫瘍性のものであれば大腸がんや卵巣がん、非腫瘍性のものであれば糖尿病の自律神経障害による消化管運動障害がとくに重要です(メルク・マニュアル第20版)。

一度気になると、より一層気になるのも腹満のひとつの特徴です。となれば、“腹満が起こりにくい食事”があれば良いな、と思いますよね。でも“腹満が起こりにくい食事”が一般に考えられている“健康に良い食事”とは限りません。

もう20年以上前から欧米では健康食として「DASH食」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌 1997年)が知られています。これは“果物、ナッツ、野菜、食物繊維が豊富で低脂肪”を特徴とする食事で、高血圧や心血管病予防のために考案されて高い評価を受けています。日本でも腸の健全な活動・便通改善のために食物繊維を豊富に摂る、ということがしばしば推奨されています。しかし腹満相手では一筋縄ではいかないのです。

食物繊維とは、簡単に言えば食品に含まれる消化吸収できない成分で、その多くは「糖質」に分類されるものです(消化吸収できる糖質は「炭水化物」です)。これら消化できない糖質=食物繊維は腸内細菌の影響を受けて発酵を生じやすく、ガスを発生させます。ではどんな食事がガス発生や腹満を軽減し得るかについて、豪州のグループが過敏性腸症候群の患者さんを対象として行った有名な研究があります。著者らによれば、腹満や便通異常がある場合には発酵性の糖質(豆、小麦、玉葱、牛乳、ヨーグルト、果物、人工甘味料など)を避けることが重要で、そうすれば症状は半分くらいになるそうです(消化器病雑誌 エルゼビア出版 2014年)。

この主張はなるほど、と思わせるところもありますが、じゃあ何を食べたら良いのか、という問題がでてきます。高血圧、心血管病を予防しつつ、腹満も起こりにくい食事となると困ってしまいますね。

そこで最近、ジョン・ホプキンス大学のグループが発表した論文は、少し新味もあるので紹介しておきます(米国消化器病学会誌 2019年7月号)。彼らの研究対象は20年前!(新しい視点で昔のデータを使い回し・・・・・・最近流行の手法)の「DASH-Sodium(=ナトリウム)試験」の参加者です。健康成人(平均年齢48歳、女性 57%)を対象に上記DASH食(低脂肪・高食物繊維)と普通の食事(高脂肪・低食物繊維)を摂る群にランダムに割り付け、「塩分摂取量の違い」という新しい切り口を加えて腹満の発生状況を比較したものです。腹満を訴える人は全体の36.7%もいました。確かに高食物繊維食では塩分の多寡にかかわらず、腹満を訴える人は低食物繊維食に比べ40%も増加するのですが、逆に塩分が多いと食事内容にかかわらず、腹満は27%増加したのです。腸管内の塩分濃度が高いと水分が腸管内に侵入してきて腹満が増悪すると説明されています。

さて、結論は食物繊維も大事だが一時にたくさん食べないように、そして塩分は控えめに・・・・・・というごくごく常識的な結論になりました。それともうひとつ、「言いたいことは言う」ことかな〜諺に“物言わぬは、腹ふくるるわざ”というじゃないですか・・・・・・
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