2020年08月01日

COVID-19―5 アビガン臨床試験最終報告とワクチン開発を 阻む!?「抗体依存性感染増強」


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一旦収束に向かうかと思われたCOVID-19は自粛解除となって以後、再び首都圏、そして大阪を中心とする関西圏でも患者数が増加しつつあります。今回はとくに若年層での感染拡大がめだちます。特定の場所や特定の状況での感染が強調されているわりには、なぜか“行政の打つ手がぬるい”気がします。経済的な理由などで、強い規制ができないのかな・・・

6月1日のこのブログで藤田医科大学のアビガン臨床試験の中間報告について紹介しましたが、去る7月10日同大学からこの臨床試験の最終報告がプレス・リリースされました。簡単に試験の概要を記しますと、無症状あるいは軽症状のPCRで確定したCOVID-19患者を、アビガンを1日目から内服する群(通常投与群)と6日目から内服する群(遅延投与群)の2群にランダムに割り付けて6日目までのウイルス消失率(主評価項目)、ウイルス量対数値50%減少割合(副評価項目)を比較するものです。

最終的に試験に参加された患者さんは計88名(通常投与群44名、遅延投与群44名)でしたが、19名は試験参加時にはウイルスが消失していたため、ウイルス量の比較は通常投与群36名、遅延投与群33名で行われました(後述する臨床的評価は88名で解析)。なお対象例のうち重症化した例や死亡例はありませんでした。

さて、結果ですが・・・・・・まず主要評価項目の「6日目まで(遅延投与群が内服を開始するまで)の累積ウイルス消失率」は通常投与群66.7%、遅延投与群56.1%で統計指標であるP値=0.269(0.05以下であれば統計的学に有意差あり、と判定されます)、副次評価項目の「6日目までのウイルス量対数値50%減少割合」は通常群94.4%、遅延群78.8%、P値=0.071でした。一方、事前に規定されていた臨床的評価項目である「37.5℃未満への解熱までの平均日数」は通常群2.1日、遅延群3.2日、P値=0.141でした。なおアビガン投与による副作用としては血中尿酸値上昇が84.1%、中性脂肪上昇が11.0%、肝機能上昇が10%以下にみられましたが、内服終了後のフォローでほぼ全員が回復しており、痛風の発症はありませんでした。

プレス・リリースには「アビガン通常投与群でウイルスの消失や解熱に至りやすい傾向がみられたもの有意差には達しなかった」とありますが、まあ、そのとおりで・・・・・・最低限の有意差水準5%(両群の差が偶然に生じる確率が5%)もクリアできていないので、“弱い!弱すぎる〜”という結果です。対象患者数が少なく、しかも無症状〜軽症例ばかり集めてウイルスの消失をみる、というのは“有意差が得られにくそうな、しんどい研究”だったと思います。なおアビガンについては、製薬会社の方で“重篤ではない肺炎を合併したCOVID-19患者”を対象とした治験が進行中ですので、その結果を待ちたいと思います。

全世界的にはCOVID-19は収束の気配さえなく、WHOも悲観的なコメントを連発しています。“有効なワクチンと治療薬が現れない限り、オリンピックは無理”とさえ言われています。ワクチンは世界中で精力的に開発が進んでいるようですが、“COVID-19とワクチンは相性が良くないかも知れない”という危惧があります。

ワクチンは弱毒化あるいは無毒化した病原体の一部を投与して生体に有効な抗体を作成させ、病原体の感染性や病原性を失わせることを目的としています。COVID-19の場合には、細胞に感染するときに重要な役割を果たすスパイク(S)蛋白質がワクチンのターゲット抗原になると考えられています。

ところがこの抗体なるもの、感染防御において、必ずしも常に味方とは限らないのです。ウイルス感染防御では、ある条件が整うとウイルスと結合した抗体がマクロファージという感染免疫の起点となる免疫細胞に取り込まれて、なんと免疫細胞の中でウイルスが増殖します。すなわち抗体がウイルス増殖の増強を招くのです。そればかりではなく、免疫細胞ネットワークの暴走を引き起こして逆に重症化に導く、ということさえ起こり得るのです。この現象は「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれています(免疫レビュー誌 2015)。

一般にコロナウイルスはこのADEが起こりやすいのではないかという意見があります。実際、新型コロナウイルスと近縁の初代SARSではこのADEが観察されているようです(香港医学誌 2016)。

COVID-19/SARS-CoV-2の感染免疫において、ADEが生じるか否かについては、まだ分かっていません。また、不確実ながら“抗体ができにくい”あるいは“一旦産生された抗体が短期間で消失した”などの情報も伝わってきています。ただ、どうもSARS-CoV-2に対する抗体産生は“素直じゃない”印象があります。

COVID-19におけるワクチンによる予防は一筋縄ではいかないかも知れません。
有効な抗体が得られにくい、あるいはADEのリスクがあるなど、まだまだ結論はでないでしょう。それだけに今は手洗いやマスクによる地道な感染予防が重要だと思うのです。

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2020年07月15日

イヌはネコよりヘビ毒に弱い〜消費性凝固障害の話

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幸いにしてまだ道端で毒ヘビにお目にかかったことはありませんが、学生時代に沖縄に旅行にいったときに、土地の人から「夜に散歩するとハブにやられるぞ」と脅かされました。“貸しマングース”があれば安心できたのにな〜

ヘビは全世界に約3.000種が棲息していますが、その中で危険な毒をもつものは約15〜20%、多くはマムシの仲間です。毒ヘビに咬まれる事故は米国で年間約45,000件、死者は70人位だから致死率はおおむね0.15%、日本では年間約3,000件で死亡は数人ですから致死率はほぼ同じです。ただ全世界では、年間10万人以上が毒ヘビ咬傷で命を落としているそうです(メルク・マニュアル 第20版 2018)。

ヘビの毒は酵素活性を持った複雑な蛋白質から構成されているのですが、主な毒性は二つあり、ひとつは血管の透過性を高める作用で、局所の浮腫・腫脹を引き起こし、高度になれば循環血液量が減少してショックや腎不全を起こします。いまひとつは血液凝固の引き金を引くことによって、血液中の止血凝固のための多種多様の蛋白が消費されて枯渇し、その結果重篤な出血が生じます。後者の病態は「消費性凝固障害」と呼ばれています。

毒ヘビ咬傷はヒトだけでなくペット、とくにイヌやネコにも起こります。その際、イヌはネコよりずっと致命率が高いのです。その機序について豪州の研究者が専門誌に研究成果を発表しました(比較生化学と生理学 Part C:毒性学と薬理学 5月3日 オンライン 2020エルゼビア出版)。

豪州では、ペットの毒ヘビ咬傷の3/4は「東部褐色ヘビ」によるものですが、イヌやネコが死に至る場合、そのほとんどがヘビ毒による「消費性凝固障害」が原因となります。しかしイヌとネコでは生存率に大きな差があり、抗血清の治療が行われなかった場合、イヌの生存率はわずか31%ですが、ネコの生存率は66%でした。また抗血清治療を行った場合でもネコの方が、有意に生存率が高かったのです。

このような差が生じる原因を明らかにするために、著者らは「東部褐色ヘビ」の毒を含む11種のヘビ毒をイヌ・ネコの血漿に添加して凝固活性を検討しました。その結果、どの毒を用いてもイヌの方がネコより迅速に血液が凝固することが分かりました。すなわちヘビ毒に曝露された場合、イヌの方がネコより「消費性凝固障害」が生じやすいことが明らかになりました。

加えて、イヌとネコの習性の違いも関係しているそうです。ヘビと出会った場合、イヌは嗅覚に頼って鼻を近づけて咬まれてしまいます。イヌの鼻には血管が豊富に分布しているので、咬まれたときの毒のまわりが早いのです。一方、ネコは“ネコパンチ”の手を出して触ろうとします。そのため咬まれた時のリスクはネコの方が低い・・・・・・ほんとかな〜まあ、ありそうな話だけど。

血液止血凝固機構はなかなかよくできた仕組みで、何事もなければ、複数の止血凝固蛋白は何の反応も起こさずに静かに血液中を循環しています。しかし一旦血管が破綻して出血が起こると、その刺激が引き金となって、止血凝固蛋白は次々に活性化され、あたかも連なる瀑布に水が流れるように一連の反応が進み、最終的に血管の破綻部分を凝固した血液が覆って止血します。止血の完成とともに一連の反応は停止し、もとの状態に戻ります。もしこの反応がヘビ毒のような外来物の注入で起これば、一連の反応は制御されずに進行して止血凝固蛋白は消費し尽くされてついには枯渇し、重篤な出血が起こり得ます。これがヘビ毒による「消費性凝固障害」の本態です。イヌでもネコでもヒトでもこのようなことがヘビ咬傷で起こるわけです。

むろんヒトの「消費性凝固障害」は、ほとんどの場合ヘビ咬傷以外のさまざまな原因で起こります。血液がんである急性前骨髄球性白血病(APL)、産科的大出血・巨大血管腫・解離性大動脈瘤などの急性に生じる大きな体内血腫、重症感染症などに合併する微小血栓多発による播種性血管内凝固症候群(DIC)などが知られています。とくにAPLによる「消費性凝固障害」は病態生理の点でヘビ咬傷と似たところがあり、血液凝固を引き起こすヘビ毒が注入されるかわりに、白血病細胞から血液凝固の引き金をひく活性をもった蛋白質が分泌されて急性かつ重篤な出血傾向が起こります。しばしば病初期に致死的な脳出血や肺出血が生じるのですが、最近は非常によく効くAPL専用の抗白血病薬があるので、治療成績は昔より格段に良くなりました。

私が医師になった頃、商品名レプチラーゼという止血剤(注射剤)がありました。この薬剤は蛇毒から精製・分離されたヘモコアグラーゼという酵素製剤です。私自身はもう40年以上使っていませんが、つい最近まで薬として認可されていました。しかし昨年製造中止になったようです。原因は科学的根拠不足か、はたまた原料の毒ヘビの不足か・・・・・・いずれにしろ薬剤としての役割は終えた、ということでしょうね。

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2020年07月01日

糖尿病とがん、そして細胞競合


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糖尿病はインスリンというホルモンの作用不足によって高血糖を来たし、さまざまな血管障害や臓器障害を生じる疾患です。自己免疫によってインスリン産生細胞そのものが破壊される1型糖尿病はさておき、糖尿病の大部分を占める2型糖尿病では、インスリン産生が障害されるというより、むしろインスリンが効きにくくなる(インスリン抵抗性)ことがインスリン作用不足の主因であるとされていて、そのため多くの患者さんで高インスリン血症が生じます。

一方、糖尿病ではずいぶん昔から“がんになりやすい”ことが経験的に知られていました。近年、糖尿病とがんに関する科学的根拠を蓄積されてきて、糖尿病はがんのリスクであること、その病態としては、細胞の増殖因子でもあるインスリンが高値となる、すなわち高インスリン血症が関わっているという意見が受け入れられつつあります(内分泌関連がん雑誌 2009、ダイアベィテス・ケア 2010)。事実、非糖尿病者でも肥満の有無にかかわらず、高インスリン血症がある人はない人に比べ、がん死亡リスクが1.9〜2.0 倍高いとする報告もあります(国際対がん連合機関誌 2017)。

では、なぜ高インスリン血症があるとがんになりやすいか、については未だ解明されてはいませんでした。ところが最近、京都大学生命科学研究科の井垣達吏教授のグループが“高インスリン血症による「細胞競合の破綻」”というユニークな切り口でこの謎の一端を明らかにしました(デベロップメンタル・セル誌 2020)。

自然界では常に個体間あるいは生物種間で、適者生存を目指した競合が行われています。もっともときには「イソギンチャクとクマノミ」のような“助け合い”にみえる共生・協調がみられることもあるのですが、基本は競合が世の習いです・・・・・・ところがこの競合、多細胞生物であるヒトの内部でも起こっていることが知られています。

生体内で“がん”という名の異常細胞は、あちこちで、しょっちゅう生まれています。幸いなことに、そのほとんどは成長することなく体内から除去されます。その多くは“腫瘍免疫機構を担当する免疫細胞”によって非自己と識別され、除去されると考えられているのですが、どうも安全装置はそれだけではないようです。

京都大学のグループはショウジョウバエを用いて、生体には細胞競合という、発生したがん細胞を除去する仕組みが備わっており、高インスリン血症がおこると、このがんに対する“セーフティーネット”が破綻して、がん細胞の増殖を許してしまうことを明らかにしました。ショウジョウバエではchico(チコ)遺伝子というインスリン受容体基質遺伝子があり、この遺伝子に変異がおこると高インスリン血症が生じるのです(ぼ〜としていると叱られそうな遺伝子です)。高インスリン血症を来すと、健常時では生じないはずのがん細胞増殖が起こるのです。さらにこの実験系にヒトの糖尿病の基本薬剤のひとつであり、インスリン抵抗性の改善作用を持つ「メトホルミン」を添加すると細胞競合が復活して癌増殖が抑制されるというきれいな結果が示されています。

細胞競合というのは、かりにがん細胞が出現しても、その周囲を健常細胞が囲んでいると、癌細胞は除去(細胞自殺プログラムが発動して“アポトーシス”を起こして細胞は死んでしまう)されるという現象です。異端者は許さない!という中世的な恐ろしさも感じないではないですが、生体の恒常性を維持するためには異端者は除くほかないのです。生体内では弱者の声を聞くとか、多数決で決める、というのもダメです。残念ながら生体でしばしば出現するがん細胞という異端者は弱者ではなく、個体を死に追いやるいわば“暴力革命勢力”になるからです。

ショウジョウバエとヒトが、全く同じシステムを共有しているとは言えないとしても、この高インスリン血症による細胞競合というがん抑制機構の破綻と、それによるがん増殖、さらにそれをメトホルミンで阻止できる、というのは、ショウジョウバエを使った基礎実験でありながら実臨床に近い非常に優れた研究だと思います。

やはり糖尿病臨床の中核は、食事療法+運動療法、加えて薬剤やインスリンを用いた血糖の適性管理、そして忘れてはならないのは高インスリン血症の是正、ということになるのでしょうね。問題はただひとつ。「言うは易し、行うは難し」ですよね〜



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