2020年09月15日

最近、自己免疫疾患が増加しつつある!?

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ヒトには“常に生体を同じ状態(恒常性)”に維持するための「免疫系」が備わっています。免疫系は「自己」と「非自己」を識別して非自己を排除します。非自己は自己にとって有害な分子であり、免疫系を賦活する物質=抗原でもあります。この原理によって免疫系は非自己と認識された病原体やがん細胞などを排除しますが、原則として自己の細胞や組織、あるいは無害な環境成分には反応しません。

とはいえ、免疫系も完璧ではありません。病原体を排除できなかったり、がん細胞の増殖を許したり、生体には無害であるスギ花粉に反応してアレルギー性鼻炎を起こすこともあります。また自己の細胞や組織に対して免疫反応が惹起されて細胞や組織の障害を生じる「自己免疫疾患」が発症することも少なくありません。

免疫の中核を担うのは白血球のひとつであるリンパ球、そのなかでも「T細胞」です。自然界には無数の抗原が存在しますが、ヒトには、そのすべての抗原に対して反応するT細胞のレパートリーが用意されています。その中には自己成分・自己抗原に対して反応するT細胞も含まれているのですが、これらの自己反応性T細胞は以下の二つの機序によって無効化されています。

ひとつは免疫系形成の初期段階で自己成分に出会った自己反応性T細胞は“自殺プログラム”が作動して消去されること、もうひとつは、たとえ生き残った自己反応性T細胞があっても、「制御性T細胞」という免疫反応を抑制する機能を持ったT細胞によって押さえ込まれるという、二重の安全装置によって簡単に自己免疫反応が作動しないように設計されています。最近の研究で、とくに後者が重要であることが分かってきました。

しかし実際には、さまざまな組織・臓器に対して自己免疫現象が起こることによって多種多様な自己免疫疾患が発症します。そのなかでも最も頻度が高い「橋本病=自己免疫性甲状腺炎/甲状腺機能低下症」の有病率(一般人口に占める病気の割合)は女性で10〜12%(男性でも2〜3%)にも達します。“制御”は必ずしも十分とは言えないようです・

自己免疫疾患の発症には複数の要因が関与していると考えられています。遺伝性素因、性ホルモン(一般に自己免疫性疾患は女性に多い)、ある種の感染症、環境化学物質、薬剤などなど・・・・・・そして近年、少なくとも一部の自己免疫疾患が増加しつつある、とする報告があります。たとえば“自己免疫疾患の典型的モデル”とされ、他臓器に多彩な病変を来す「全身性エリテマトーデス(SLE)」(リューマトロジー・インターナショナル誌 2018)や自己免疫によりインスリン分泌が枯渇する「1型糖尿病」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌 2017)などがそうです。

しかし、ほとんどの自己免疫疾患は無症状から典型的な症状を示す例まで臨床像に幅があり、診断基準や検査法も時代によって変化しているので、その発生頻度や有病率を異なる時代間で比較するのはそう簡単ではありません。そこで別のアプローチとして特定の疾患ではなく、「自己免疫疾患の普遍的なスクリーニング検査」の陽性率を比較する、という方法があります。

自己免疫疾患のスクリーニング検査として最も頻用されているのは「抗核抗体(ANA)」という自己抗体を検出する検査です。かなり以前からずっと同じ方法で測定されている、という点からも目的に適います。この検査はヒトの細胞核成分に反応する自己抗体を蛍光顕微鏡で検出する検査なのですが、SLEやその近縁の自己免疫疾患ではほぼ100%、そのほか多くの疾患で高い陽性率を示すことが分かっています。通常は40倍希釈の血清で反応させた場合に陰性であれば
“正常”と判定します。欠点は健常人でも十数%は陽性になることですが、それでも多数の検体でのANAの陽性率を時代間で比較すれば、“自己免疫現象の時代間での陽性率の変遷”についての情報を得ることができます。

そこで米国の国立環境衛生科学研究所のグループは全国健康栄養調査のデータデースから14,211人のANAデータを抽出し、1988-1991、1999-2004、2011-2012の三つの期間でANA陽性率を比較しました(米国リウマチ学会誌 2020)。ANA陽性率は、11.0%(1988-1991)、11.5%(1999-2004)、15.9%(2011-2012)で、経時的な陽性率の上昇が認められました。とくに12-19歳の思春期世代では最初の時期に比べ第2期、第3期はそれぞれ2.02倍、2.88倍と増加傾向が明瞭でした。経時的増加は男性でも女性でも、50歳以上の世代にも、また人種を超えても認められました。

ANA陽性率が上昇しつつあると言っても、それが自己免疫疾患の増加に繋がるかどうかはまだ分かりません。ただここ30年の環境変化が、あるいはヒトの免疫系に対しても何らかの負荷を与えている可能性はあると思われます。それが人類に何をもたらすかについて注意深い観察はしておくべきだろうと思うのです。

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2020年09月01日

日本の伝統芸能従事者の寿命


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長期間に渡るライフ・スタイルが寿命や死亡率に影響することは周知の事実で、とりわけ運動習慣による死亡率低下は良く知られています。最近東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院(昔で言えば“教養部”ですね)のグループが、歌舞伎、能楽、茶道、落語、長唄という日本の伝統芸能従事者の寿命を主として“生涯に渡って継続される運動の強度”という視点から比較する(しかも対照としたのが天皇家、将軍家ファミリー)というユニークな研究を発表しました(パルグレイブ・コミュニケーションズ 5月18日オンライン 2020〜ネイチャー誌グループのWeb雑誌です)。

この研究では1700年以降に生まれた男性伝統芸能従事者699名(死亡566名)のうち、誕生年と没年が二つ以上の資料から確認でき(能楽師は資料が極端に少ないため、一つの資料だけで検討対象に含めています)、かつ戦死、自殺、事故死と20歳に達しない死亡を除いた人を対象として解析しています。対照として男性の天皇家と将軍家ファミリーを選んでいますが、これは当時の最高の食事と医療が提供されていたグループだと考えられるからです。

まず生存曲線を描いてみると、すべての伝統芸能従事者は天皇家・将軍家よりも中央値で15歳ほど長命という結果が得られました(70.6歳VS 54歳)。著者らは“生涯に渡って激しい運動をすると寿命に好影響があるかも知れない”という観点から、当初は「歌舞伎・能楽者の寿命が長い」という仮説を立てたようです。しかし次に20世紀以降に生まれた人について比較すると、予想に反して歌舞伎役者の寿命は茶道・落語・長唄従事者に比較して短命であることが分かりました。そこで誕生年を考慮にいれた詳細な寿命の解析を行ったところ、歌舞伎役者の寿命は短く、天皇家や将軍家と差がないことが分かりました。

まずなぜ天皇家や将軍家の寿命が短いのか、という疑問があります。著者らも分析しているのですが、当時最高の食事といっても寿命延長に繋がるかは別問題です。それらはむしろバランスが悪く、贅沢過ぎる食事だったかも知れません。徳川第14代将軍家茂公は白米と高価な甘い物を好み、「脚気衝心」によってわずか20歳で亡くなりました。今で言えば「ビタミンB1欠乏性心不全」です(今でもインスタントラーメンばかり食べている学生さんなどに時に見られる脚気独特の心不全です)。また天皇家・将軍家の“ストレスフル”かつ“座位が多い”という生活習慣も短命の原因だったという考えもあります。

歌舞伎役者の寿命が短い理由についてはより詳細に議論されています。世襲職であったが故の遺伝的問題、舞台化粧に用いられていた鉛の毒性などなど・・・・・・ただ、これという決定的な要因を指摘するのは難しいようです。歌舞伎役者は幼小期より生涯に渡って厳しい稽古(=激しい運動)を積むであろうと思われます。そこで歌舞伎(しばしば激しい動きを伴うsing & dance;以下著者らの英文説明)を他の伝統芸能と比較した場合、運動面からどのような考察が可能でしょうか。この論文では茶道(tea ceremonies)、落語(telling comic stories)、長唄(playing instruments)はいずれも座位で行う伝統芸能として位置づけています。しかし得られた結果は、激しい運動を行う歌舞伎よりも座位主体の伝統芸能の方が長命だったのです。

以下は私の想像です・・・・・・少なくとも落語家は登場人物になりきる過程で、全身または部分の筋肉運動や呼吸運動を巧みに使っていますし、また長唄は楽器演奏ですから、ともに“全くの静の技”とは言えないように思います。茶道は子供の頃に祖母の指導で二、三度経験しただけなので、全く自信はありませんが、所作のそこかしこに“動”の要素も含む、あるいは何か俗人にはみえない健康上の利点があるのかも・・・・・・いずれにしても歌舞伎以外の伝統芸能は必ずしも“座位の芸能”ではない気もします。

この論文の中では、江戸時代における歌舞伎役者の特殊な社会的地位についても考察されているのですが、やはり短命を説明できるものではないとしています。そして著者らは「この研究結果は日々の職業としての激しい運動が、寿命延長というよりむしろ寿命短縮に繋がることを示唆する」と述べています。

確かに“幼小期から生涯続く激しい職業運動”は健康に害を及ぼし、寿命を短くするのかも知れません。でも別の考えもあります。ひとくちに伝統芸能と言っても、歌舞伎は別格です。とくに江戸期において、歌舞伎役者は良くも悪くも“特別な階級に属するスター集団”でした。そのスター性は現代では想像もつかないレベルだったと思うのです。今に残る当代一流の絵師たちの手による優れた役者絵がそれを如実に物語っています。

日々たゆまぬ厳しい鍛錬と舞台、そして庶民の熱狂・・・・・・たぶんかれらは一日24時間、歌舞伎役者でした。生まれ落ちた時から定められた人生を一気に駆け抜ける生涯・・・・・・やはり節制・健康・長命とは無縁の世界に生きていた人達だったように思うのです。
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2020年08月15日

老化細胞をワクチンで除去する

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“人は、いつかは老いる”というのは誰もが知る真実です。それだからこそ、大昔から不老不死にまつわる伝説や物語があるのでしょうね。人のみならず、ヒトの体を構成する細胞もいつかは老います。というより、細胞が老いるからヒトも老いるというべきですね。

「細胞老化」の概念を始めて示したのは、米国の解剖学者であったレオナルド・ヘイフリック博士です。ヘイフリック先生はヒトの皮膚から採取した線維芽細胞を培養すると、常に一定回数の細胞分裂を経た後で永久に分裂を停止する(すなわち増殖が止まる)ことを発見しました。また彼は、分裂を停止したからといって直ちに細胞が死んでしまうわけではなく、この状態で長時間培養してもなお細胞は生きていることを示し、これを「細胞の老化」と名付けました(実験細胞研究誌 エルゼビア出版 1961年)。

その後、多くの研究者がこの実験を追試したのですが、採取した臓器によって固有の分裂回数が決まっていて、そこに達すると細胞は老化し、増殖が止まることが確認されました。この原則から外れて無限の増殖能を維持し続ける細胞は、「がん細胞」と「さまざまなタイプの幹細胞」だけです(人工的に作られたiPS細胞も幹細胞の一種です)。

生体でおこる細胞老化の原因は、さまざまなストレスによる遺伝子(DNA)損傷の蓄積だと考えられています。DNA損傷がわずかなうちは修復も可能ですが、それが蓄積すると、老化のスイッチが入ってしまうわけです。もっとも細胞の老化自体は、生体にとって必ずしも常に不都合な現象というわけではありません。発達過程や外傷からの回復過程の組織再構築には、細胞老化は必須のメカニズムでもあります。ただ老化細胞からは、さまざまな種類の生理活性物質(炎症性サイトカインなど)が分泌され、周辺の細胞に悪影響を及ぼすことが知られていて(「老化関連分泌現象」と呼ばれます)、慢性炎症や腫瘍の発生に関連していることも事実です(細胞生物学傾向誌 セル出版 2018年)。そうなると、この“老化した細胞”を除去すれば、生体にとって“明るい未来”が来るのではないだろうかと考えるのは、あながち突飛な考え方ではありません。

ちょっと話が逸れますが、実社会に出て職について、いくばくかの経験を積むと、上の世代のやり方に対して不平・不満を抱くようになるのは珍しいことではありません。「あのひとたちは、とにかく何においても古い!古過ぎる!」、一方、上の世代の人たちは「もう、最近の若い者はなってない!」という慣用句で対抗し、“世代間対立”が生まれます。でも、ほんとうに恐るべき事は、ついこの間まで「もういつまでも旧態依然の人たちにまかせてはおけない!」と言っていた自分が、いつのまにかその“旧態依然の人たち”の立場になっていることになかなか気付かないことです・・・・・・あるときそれに気付くと愕然となるのですよね〜人間社会のレベルでも細胞間レベルと同じような“老VS若”の構造があるように思えるのです。

さて、話を細胞老化に戻しますと、最近大阪大学のグループは老化したリンパ球の一種であるT細胞を生体から除去するワクチンの開発に成功し、専門誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(2020年5月18日 オンライン版)に発表しました。ある種の実験マウスは高脂肪食で飼育すると、耐糖能低下(糖尿病傾向)や脂肪組織での慢性炎症が生じ、ヒトの生活習慣病類似の病状を呈してきます。このとき脂肪組織では老化T細胞が増加しています。この研究では、老化T細胞を除去するワクチンを作成して投与することにより、高脂肪食で飼育しても血糖上昇が抑制され、脂肪組織の炎症も軽減されることが示されました。

ヒトでも、肥満・耐糖能低下・脂肪組織での老化T細胞の蓄積・慢性炎症がメタボリック症候群や心血管病にリンクする、という現象は実際に起こっていると考えられています(サーキュレーション誌 2012)。一方、老化T細胞はその表面抗原のパターンから他の細胞と区別することができるので、この研究が示すように、それを除去するようなワクチンを作成することは可能と思われます。そしてうまくいけば・・・・・・老化を遅らせて若さを保つ、病気から逃れる、という夢のような未来を手に入れことができるかも知れません。

しかし、私たちはもう、若くはありません。ただ、そんなに“老い”を毛嫌いしなくても、今までそれなりに貢献してきたし、老いてはじめて見える景色もあるのだから・・・・・・とつい“老い”の肩を持ちたくなります。

でもね、“出番を終えたら舞台を降りる”というのは仕方のないことだと思います。トルーマン大統領に解任されて連邦議会での最後の演説(1951)に臨んで、「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ(Old soldiers never die, they just fade away.)」と言ったマッカーサー将軍もきっとそう感じていたのだと思うな〜


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