2016年08月15日

歩きやすい街ほど健康に良い

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街の歩きやすさって、考えたことありますか?私の住んでいる大阪市西区はアップダウンがないし、郵便局やスーパーマーケット、コンビニ(複数です)は歩いて数分の範囲にあります。食事処も「やっていけるのだろうか?」と思うほどたくさんあります(実際、しょっちゅう入れ替わっているけど)。でも「歩きたいと思う街ですか?」と問われたら、「う〜ん、それはどうかな〜」となりますね。

最近、カナダのトロントにある聖ミカエル病院の研究者らが、「街の歩きやすさは肥満や糖尿病の減少に関連する」という論文を「米国医師会雑誌」に発表しました。この「聖ミカエル病院」という名称、欧米だけでなく、日本にもありますね。「聖」がつくと「ミカエル」と読むのはなぜだろうな〜「ジャクソン」が後につけば「マイケル・ジャクソン」と読むのに……

さて、この研究では、さまざまな街(都市部です)の歩きやすさのレベルと居住民の12年間にわたる肥満、糖尿病の発症率を検証しています。対象はカナダの南部オンタリオ州の15の自治体(人口計約700万)の8,777か所の区域を選んでいます。一つの区域の人口は400〜700人で、対象年齢は30〜64歳です。“街の歩きやすさ(Neighborhood walkability)”は既に報告されている4項目からなる“歩きやすさ指数(walkability index)でスコア化しているのですが、それは@1平方キロあたりの人口密度、A1平方キロあたりの住居密度、B徒歩10分以内で行ける目的地の数(小売店、図書館、コミュニティー・センター、銀行、学校など)、C道路の連結性(交差点の数)から算出されています。スコアによって居住区域を5段階に分けていて、スコアが高いほど歩きやすい街ということになります。観察期間中の住居区域の歩きやすさや人の出入りについては大きな変化はなかったようです。

結果は予想どおり……2001年の時点で、歩きやすさ最高レベルの街と最低レベルの街を比較すると、肥満・過体重の有病率は最高レベルの街で有意に低く(43.3% VS 53.5%)、12年の観察期間でみると歩きやすさレベルが低い街(5段階で下から1〜3段階)では肥満・過体重が5〜9%増加したのに比べてレベルの高い街(上から1,2段階)では3%以下の増加にとどまっていました。糖尿病についてもレベルの高い街で有病率は低く、12年間で減少傾向を示しましたが、レベルの低い街では糖尿病有病率の減少は認められませんでした。また、最高レベルと最低レベルの街を比べると、最高レベルの街の住民では徒歩、自転車、公共交通機関の利用が多く、車の利用が少ないことが分かりました。

この研究では、街の歩きやすさと運動量との関係を直接検証したわけではないのですが、歩きやすさが“脱・車生活”につながり、日々の運動量の増加や座位時間の減少などが肥満・過体重、糖尿病の発症に良い影響を与えたことは容易に想像できます。ただし“歩きやすさ指数”の決め方が何とも即物的というか……情感に目を向けていないというか……夢がないというか……もっともカナダ人に言わせたら、“ウサギ小屋の住人”たる日本人が何を生意気な、と逆襲されそうですが……

人口密度でカナダ全域と日本全域を比べると、カナダは日本の100分の1だから比べようもないですが、都市部でみると、トロント市は約4,000人/平方キロ、堺市は5,600人/平方キロなので大きな差はありません(大阪市だと12,000人/平方キロなのでちょっと差があるけど)。従って私たちの街でも、同じような発想で生活習慣病を減らす工夫ができそうです。徒歩10〜15分以内の範囲に郵便局、小売店、学校、などはクリアできるところが多いでしょうね。道路の連結性も悪くないでしょうけど、徒歩、自転車の専用レーンが整備されていればもっと歩きやすく、自転車に乗りやすくなりますね。でも坂道が多いと高齢者にはつらいだろうな。また贅沢を言えば街歩きには目に入る十分な緑も欲しいところです。そうすればもっと徒歩のモチベーションが上がって車利用が減らせるかも……

今回取り上げた研究、それほどレベルが高いわけではないのだけど、車をやめて徒歩・自転車で……という健康増進法を個人レベルではなく、“街レベルで評価し、対処する手がある”、ということを示した意義は評価できますね。これを機会に私も一念発起、しっかりわが街を歩いて健康を手に入れる……でも暑いからな〜涼しくなったら考えようかな〜

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2016年08月01日

酒の功罪 〜”アンタッチャブル・ジレンマ” 〜


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突然ですが、1950年代後半から1960年代前半は米国製テレビ・ドラマの全盛期でしたね。まだ白黒でしたが記憶に残るさまざまなジャンルの番組がありました。「リンチンチン」「ラッシー」という二大名犬もの、「ローハイド」「ララミー牧場」などの西部劇、「ペリー・メイスン」「ヒッチコック」などの探偵・サスペンスもの、あるいは「サンセット77」「ルート66」というゾロ目もの……そのなかに「アンタッチャブル」もありましたね。禁酒法時代のアメリカを舞台にした「マフィアVS財務省酒類取締官の戦い」を描いたドラマです。”based on a true story”なのでそれなりに迫力もありました。

禁酒法、正式名合衆国憲法修正第18条は1920年に施行され1933年に廃止されましたが、今もなお米国の南部では地方行政単位でアルコール飲料の販売が全面禁止されている郡がありこれをdry countryと呼ぶそうです。この分け方で言えば、飲酒が制限されていない郡はwet countryです。Dry countryでは、法によってアルコール飲料へのアクセスが制限されているので、飲酒量が大幅に減少することが推測されます。

一方、アルコールと心臓病の関係は未だ議論のあるところです。少量(=適量)の飲酒であれば、むしろ冠動脈疾患に対し防御的に作用する、という意見も根強いのですが、最近の大規模な疫学研究では、これを否定する論文も発表されています。そこでカリフォルニア大学のグループはdry countryとwet countryの存在を“自然の実験”(法規制なので”自然”どころか、もろに”人為的”だと思うのですけど)と捉え、この関係を別の角度から検証し英国医師会雑誌 2016年6月号に論文を発表しました。

 結果は、wet(飲酒)郡ではdry(禁酒)郡に比べて心房細動の有病率(住民のうち、その疾患を持つ人の割合)/罹患率(住民のうち、新たにその疾患に罹る人の割合)が高くなりますが(+5%/+7%)、逆に心筋梗塞の有病率/罹患率が低く(−17%/−9%)、心不全の有病率も低い(−13%)ということが分かりました。

心房細動とは不整脈の一種で、健常時に心臓の拍動を調節するペースメーカー細胞からの電気刺激がうまく伝わらず、心房からの数百/分の電気刺激が伝わり、心筋はその刺激にランダムに反応して、全く規則性のない拍動を行います。かなりの頻脈になることが多く、心臓からの血液拍出量は20〜30%程度減少して、しばしば心不全を引き起こします。また心房内に血栓ができ易くなり、運が悪いと脳動脈に流れて行って脳塞栓が生じます。心房細動は高齢者や心臓病のある患者さんでよくみられます。

ところが心房細動・心筋梗塞・心不全は互いに原因・結果にもなり得るので、この論文の結果は、ちょっと驚きです。アルコールへのアクセスが良い地域の住民は心房細動にはなり易いが、心筋梗塞・心不全にはなりにくい、ということになるのですから。論文の著者らは、アルコールは短期的には心臓の機能を低下させる作用があるけれども、長期的には冠動脈硬化に対する防御的作用が発揮されて心機能低下作用を打ち消す可能性を挙げているのですけど……

お酒が好きな人にとっては、「心筋梗塞や心不全になりにくいのは、心強いな〜」と思える結果ですけど、当然のことながら飲酒郡は禁酒郡に比較してアルコール乱用とアルコール性肝疾患の有病率/罹患率が高くなるので油断はできません。いずれにしろこの研究は、飲酒、禁酒のどちらにもそれなりに害がある可能性を示唆しているようです。この現象、私は“アンタッチャブル・ジレンマ”と名付けたいなあ〜誰も賛成してくれないだろうけど。


もっとも、当然のことながら、この結果は最終結論ではありません。著者らは解析にあたっては、考えられるさまざまな要素も勘案して統計学的な補正もしているのですが、
禁酒郡には数値化できないような文化・伝統とそれに関連する独自の生活習慣がある可能性も否定できません。まだまだアルコールと健康の問題の解決は一筋縄ではいかないと思います。確実なことは「過剰な飲酒は害」、これは間違いないけど……

「アンタッチャブル」のチーフ、エリオット・ネス氏は一躍英雄となりましたが、その後の人生は必ずしも幸福ではなかったようです。晩年は皮肉にもアルコールに溺れて54歳の若さで亡くなりました。死因は心臓発作であったと伝えられています。「アンタッチャブル」は1987年に映画化されましたが、そのラスト・シーンでケヴィン・コスナー扮するネスが、「禁酒法は廃止されることになりましたが、どう思いますか?」と新聞記者に聞かれて、こう答えます。「一杯やるさ……」何だかちょっと切ないシーンだったな〜



posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記