2016年09月15日

なぜか盛り上がる“飲んではいけない薬”の話題

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もうずいぶん昔から、何度も繰り返されている話題なのですが……「実は、○○病には薬Aがすごく効く」あるいは「実は、○○病には薬Bは効かない」というような話題をテレビや週刊誌で目にしたり、耳にしたりすることが、よくありますね。なかでも最もインパクトがあるのは、「実は、○○病には(みんなが良く効くと信じている)薬Cは使ってはいけない!」という言説です。

すべての薬には薬効(益)と副作用(害)があります。これは保険適応の医薬品のみならず、民間薬、健康食品などにも共通している大原則です。どの程度の効果や副作用が見込めるかは、確率としてなら概ね予測可能です。その根拠となるのは良質の科学論文の集積とその分析であって、特定の権威者の意見を根拠とすることは適切ではないことは今や定説になっています。

もうひとつ大事なことは、十分な科学的根拠があっても、それを個々の患者さんに適応できるか(ある治療を行うか)否かは、年齢、性別、病歴、現在の状況、合併症の有無などなど……さまざまな要件を勘案して決めるべきものです。すなわち個々の患者さんにおいて予測される益が害に勝る、ということが治療開始の条件です。

だから特定の薬剤について、あたかもすべての患者さんに適応できるような「Do or Don’t’」の形で提示される意見は、常にある一定の誤りを含んでいます。それでもね、患者さんはテレビや週刊誌を信じるんですよね〜確かにメディアでは、それらしい専門家が出てきて、もっともらしいことを言うので信じるのも仕方ないのですけど、テレビや週刊誌には「演出方針」「編集方針」がありますからね。“目を引く、目立つ仕様”を意識するので、“誇張”から逃れられません……それに「スポンサーの存在」も影響するし(学術論文なら研究費のスポンサー情報は開示必須です)……

さらに、「近所の人がこう言っていたのですけど、どうなんでしょうか?」と聞かれることもしばしばあって……「何で主治医のワシの言うことを信じないで、近所の人を信じるのか(怒)!」と怒る医師も少なくないのですが(よく隣の診察室で揉めていたので、私の診察室に入っていた患者さんと一緒に、思わず聞き耳を立てて笑っていました)……

でもこれはある意味、当然の反応なのです。この場合、“近所の人”は「私はこう思う」という言い方ではなく、「○○病には病院の薬ではダメで、△△が効くって聞いたよ……」という言い方なのです。“〜ということだ”、“〜らしい”英語では“They say……”、
すなわち“世間ではそう言っている”、イコール「世の中にはそういう物語が流布している」ということです。このように世間で知らず知らずのうちに形成された物語は、全く根拠がなくても、その影響力は絶大なのです。

一例を挙げます。現在、高コレステロール血症の標準治療薬は「スタチン系」に分類される薬剤です。私が卒業した頃の高コレステロール治療薬の効果はせいぜい5%くらいしか下がりませんでしたが、スタチン系はほとんどの場合20%以上低下させることができるので、世界中で使用されています。ところが最近マスコミで「スタチンは思っているほど有益ではない!それにスタチンには筋細胞障害などの副作用があり、むやみに使ってはいけない!」という情報が流れ、少なくない患者さんが服用を拒否する、あるいは中断する、という事態が起こりました。これは何も日本だけの現象ではなく、英国でも40%くらいの患者さんが治療を中断したそうです。もっともその後70%以上の方が再開したようですが(英国医師会雑誌2016年5月号)……

スタチン系の薬剤が、虚血性心疾患、とくに心筋梗塞の再発予防(二次予防)に有益であることは間違いありません。また、初発予防(一次予防)の根拠は二次予防ほど強くはありませんが、虚血性心疾患の高リスク患者さんではスタチンの益は害に勝ることは専門家の間でおおむね意見の一致をみています。筋細胞障害や糖代謝への影響など既知の副作用は少数の患者さんにしか起こりませんし、血液検査でモニターをしておけば、それほど恐れることはありません。

要するにテレビや雑誌が伝える医学情報は、あくまで一般論(しばしば極論)です。しかし繰り返しになりますが、治療において重要なのは、“個々の患者さんでの益と害”です。たとえ同じ病気でも、患者さんごとの条件の違いによって治療の適応、薬剤の適応は異なります。正しい治療の実践には、“科学的根拠”と“個別性”という車の両輪が、なによりも大切だと思うのです。



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2016年09月01日

変形性膝関節症と太極拳


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みなさん、膝は大丈夫ですか?痛むことはないですか?しばらく横になっていたり、座っていたりした後に立ち上がって歩こうとしたときなど、“膝がロックされた感じ”はないですか?もし思い当たることがあるのなら、それは「変形性膝関節症」かも知れません……な〜んて、健康食品の通販の宣伝みたいですけど……

「変形性関節症」は運動器疾患では最も頻度が高く、年齢とともに罹患率は上昇し、患者数は優に数百万人を超え、ほぼ糖尿病の患者数に匹敵します。荷重がかかる膝関節、股関節、脊椎のみならず、手指の関節にも起こります。この病気は一昔前までは“自然の老化プロセスに基づく非炎症性の関節軟骨の摩耗”と捉えられていましたが、現在では荷重や機械的外力に加え、遺伝的素因や関節滑膜の炎症機転が関与する複雑な病態であると考えられています。

変形性関節症の“危険因子”を挙げてみますと、まずは年齢です。やはり関節は運動器ですから、長い間使っていると傷んでくるのは仕方ないですね。また、明らかに女性の方が男性よりも罹患しやすいことが知られています。次に肥満です。体重の増加は荷重関節である膝関節や股関節の変形性関節症を発症・悪化させるのですが、荷重に直接関係がない手指関節の病変にも影響します。おそらく脂肪細胞から分泌される炎症や骨代謝にかかわる生理活性物質が関係していると考えられています。興味深いのは、「骨粗鬆症」の人は「変形性関節症」になりにくい傾向があるという事実です。言い換えれば、“骨密度が高い”ということは変形性関節症のリスクになるということです。また、ある種の遺伝子異常が発症に関与している可能性も示唆されています。

さて、変形性膝関節症に話を戻します。この病気は膝関節痛で始まって、進行すれ軟骨の摩耗と関節の変形が強くなり、関節運動障害、さらには起立・歩行障害をきたします。
治療は鎮痛剤や貼付剤の投与、関節腔内への副腎皮質ホルモンやヒアルロン酸の注入などがあり、重症例はさまざまな術式の手術療法の適応になります。最近は変形性関節症の発症・進展に関与する炎症・免疫生理活性物質そのものを調節・阻害する薬剤の臨床試験も行われているのですが、益と害を勘案すると、典型的な免疫関節疾患であるリウマチに比較すると効果はかなり見劣りするし、患者さんの数がすごく多いことを考えると、コスト・パフォーマンスも悪すぎて……まだまだという感があります。

そこで変形性膝関節症で推奨されるのが専門家の指導による非薬物療法の励行です。これには実にさまざまな種類があって、減量、生活様式の改善、歩調・歩行速度の調整、運動、筋力強化や関節可動域訓練などの理学療法、経皮的電気刺激などなど……そのなかにはユニークなものもあります。米国タフツ大学のグループが今年の5月に「米国内科学会雑誌」に発表した論文によると、変形性膝関節症の患者204人を対象に標準的理学療法と太極(Tai Chi)拳とに無作為に割り付けて比較したところ、平均疼痛スコアでは両群で同等の改善を認め、“生活の質”などの副次的評価項目では太極拳の方がより優れていたとのことです。

太極拳は臨床研究において、運動療法・理学療法の代替療法としてけっこう注目されていて、心肺疾患、整形外科的疾患、うつなど精神心理的疾患などで一定の効果を示した論文が多数あります。何も太極拳でなくても、米国ならフラダンスでも良いんじゃないかな〜と思うのですが、”hula dance”で検索してもわずか9編の論文しかでてきませんが、“tai chi”で検索すればなんと千数百の論文がヒットします。太極拳は運動としても手ごろだし、何となく東洋的かつ神秘的な感じがあるところが人気なのかな。

それなら日本の伝統的な舞踊もまた、代替理学療法としてブレイクする可能性もあるかも知れません。浴衣で盆踊り、着物で日本舞踊なら人気もでるかも!?”Bon-Odori dancing”、”Miyako-Odori dancing”ならウケるのではないでしょうか。盆踊りにはウチワ、日本舞踊には扇子という日本的アイテムも付くし。ひょっとしたらビジネスとして大成功して発案者は一躍セレブの仲間入り!?……「研究センスで左ウチワ」という理想的展開も夢ではないかも!?……なんてそう甘くはないだろうな〜やはり“真夏の夜の夢(妄想?)”のままにしておいた方が無難でしょうね。

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