2016年10月15日

大腸がんの左右差

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大腸がんは戦後、食生活の欧米化に伴って増加し、今や最も注意すべきがんのひとつです。国立がんセンター・がん対策研究情報センターの推計によれば、2016年の罹患数は約14万7千人(男性8万5千、女性6万2千)、死亡数は約5万2千人(男性2万8千、女性2万4千)に達するとされています。2016年の全がん罹患推計は約100万人、死亡数は約37万4千人ですから、大腸がんの占める割合がいかに大きいかが分かります。一方、大腸がんは進行する前に発見し、適切な治療を受ければ十分治癒が期待できるがんでもあります。

高い治癒率を得るのには、まず早期発見が重要であることは言うまでもありません。その点、大腸がんには「便潜血反応検査」という“有効・簡便・安価かつno risk”の優れた「がん検診ツール」が存在します。むろん、がんがあれば必ず便潜血が陽性になるわけではないけれど、便潜血陽性→大腸内視鏡検査というのが、大腸がん早期発見への王道であることは間違いありません。がんが発見されたら原発巣は原則手術、必要に応じて術前あるいは術後化学療法を併用する、というのが標準治療です。

化学療法もずいぶん様変わりしてきました。一昔前までは化学療法といえば、ほとんどが殺細胞効果をもつ抗がん剤を用いるもので、とにかく“がん細胞も健常な細胞も、玉石ともに砕く”というところがあったのですが、最近は“がん細胞が増殖する際に利用している特殊な能力をブロックする治療”、たとえばがん増殖に不可欠な血管新生(がんは増殖に際して大量の血流を必要とします。そこで新しい血管を作るように促して、それを腫瘍内に引き込んで増殖するのです)を阻害するような薬剤など、新薬も続々登場し、治療効果があがりつつあります。

では、どういう大腸がんが、たちが悪いのでしょうか。腫瘍のサイズが小さくて局所にとどまっているものが良くて、サイズがより大きく、他臓器に浸潤する、あるいは転移するものが悪い・・・・・・もちろん、それはそうなのですけど、最近注目されているのが「体の右側にできる大腸がんは左側にできるものよりたちが悪い」という事実です。専門用語でいえば「左右差による予後の違い」なのですが、この事実は進行大腸がんでより明らかになります。

大腸は右下腹部の盲腸・虫垂から始まって右側を上行し(上行結腸)、肝臓の直下(肝弯曲部)で曲がって横行し、体の左側の脾臓の下(脾湾曲部)に到達します。ここまでが「右側の大腸」です。大腸はこのあと左側を下行し(下行結腸)、その後曲がりくねった行路を描いて(S状結腸)、直腸・肛門へと至ります。下行結腸〜直腸が「左側の大腸」となります。この左右の大腸は、胎生期の早い段階から別々に発生してくるし、腸管に血液を供給する動脈も異なっています。すなわち大腸の左右差は、単に対称系の左右ではありません。生物学的には全く別物とはいえないまでも、いちおう分けて考えるべき臓器なのです。

がんになった場合を想定してみると、どう考えても左側有利・右側不利は動きません。肛門に近い左側の方は右側に比べて、便潜血検査が陽性に出やすく、便通異常・腸閉塞のような症状も出やすいので早く見つかる可能性が高くなる、内視鏡検査の場合に観察が容易などなど・・・・・・そのうえ、がんが生じる元となった遺伝子異常も右側の方が、たちが悪い(新薬が効きにくい、という意味も含めて)とされています。実際に今年の米国臨床腫瘍学会(がん治療の最新情報を提供する学会として有名です)で発表された進行大腸がん約1,100例を対象にした研究によれば、左側は右側に比べて生存期間が1.7倍長い、という結果でした。また日本人を対象にした研究でも同様の傾向がみられています。

しかし「右側大腸がんにならないようにするには、どうしたら良いか」と聞かれてもそれは答えようがないのですが・・・・・・とにかく便潜血検査は毎年受けること、もし潜血陽性なら必ず内視鏡検査を受けること、以前に大腸ポリープを指摘されていればきっちりフォローしておくこと、などが重要です。やはりまず目標とすべきは「左右にとらわれない大腸がんの早期発見」ですからね。

大腸がんの左右差については、今後ますます多くの事実がわかってくることと思います。そうすれば近い将来、発生部位の違いから、がんの本質的な成り立ちの違いも明らかになって、それに基づく最善の薬の組み合わせを選択できるようになってくるはずです。医学の進歩の恩恵に与るには、何よりもまず“進歩した時代に居合わせる”ことが第一、“しぶとく生きる”これこそ真の王道と思うのです。
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2016年10月01日

主治医がAIになる日は来るか?!


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最近の人工知能(AI)の進歩には目覚ましいものがあります。チェス、囲碁、将棋では超一流棋士にも勝利するレベルに達していますので、この世界のプロは今後大変ですね……その点、文学や絵画の世界はたぶん安泰です。いくら作品のレベルが高くとも、AI作では共感は得られにくい……故小林秀雄先生なら「作家に語るべき実体がない(怒)!」とおっしゃったかもね。でも音楽は映像とセットとなれば……プロの強敵になりそう。

では医学の世界ではどうでしょうか。ITということであれば、もう既に医学には必須となっています。ITなくして臨床医学を支える科学的根拠の形成はありません。また高解像度3Dモニターと精密ロボット・アームを備えた「手術支援ロボット装置」なるものも既に活用されていますので(最も有名な機種は「ダヴィンチ」という名前で価格三億円!)、AIを組み込めば近い将来自動手術装置も実用化するでしょう。では、AIは医師の「あたま」の代替となり得るでしょうか?

8月のはじめに東大医科研のグループがあるプレス・リリースを行いました。IBMのAI「ワトソン」が“診断が難しい白血病を10分ほどで見抜いて、正しい診断をつけ、適切な治療法を助言し、治療に難渋していた患者を救った”というものです。ワトソンは数千万件に及ぶ膨大な研究・臨床のデータを集積していて、それに基づいてごく短時間で与えられた命題に回答するようです。このニュース、一般にはどう受け止められたのかは分かりませんが、多くの血液内科専門医(私もその一人ですけど)は「医科研は、かなり話を盛っているんじゃないの?」と思ったはずです。

伝えるところによれば、この患者さんは「急性骨髄性白血病」でした。骨髄で白血球の分化初期段階の細胞が突然変異でがん化して無制限に増殖し、正常の白血球、赤血球、血小板の三系統血球は激減します。救命するためには強力な抗がん剤による化学療法に頼るしかありません。一方、「骨髄異型性症候群」という病気があります。これは血球三系統の大元に位置する血液幹細胞の突然変異によって、異常な形態を持つ変質した血球が出現し、血球数も減少します。治療は難しく、経過中にしばしば急性骨髄性白血病に移行します。また、「二次性白血病」という概念もあります。これは血液がん以外の固形がんで化学療法を受けた人の一部に発症する急性骨髄性白血病の亜型なのですが、骨髄異型性症候群の性格を併せ持つことが多いのです。

結局この患者さんはがん治療の既往歴があり、急性骨髄性白血病の診断で通常の化学療法を行うも効果が思わしくなく、ワトソンに“相談”したところ二次性白血病であることがわかって、治療法を変更(たぶん骨髄異型性症候群にのみ保険適応があるユニークな薬剤がありますので、それを使ったのだと思います)したところ、治療がうまくいって、やったね、ワトソン君!という話になっています。でもねえ……

このニュースはテレビでも流れていて、ちらっと患者さんの骨髄検査の顕微鏡写真が放映されていました。その写真をみると、急性骨髄性白血病は間違いなく、骨髄異型性の合併もありそうな印象でした。これで抗がん剤での治療歴があれば二次性白血病の疑いがムンムン……これを東大医科研の専門医が分からないはずがありません。たぶんAIの臨床診断・治療選択への活用が研究テーマなので、ここはワトソン君に花を持たせたのだと思いますが……骨髄写真を出したのは「ほら、良い子の血液専門医たちはウチの意図が分かるよね?野暮なことは言いっこなしだよ!」というサインかも……でも残念ながら血液専門医は野暮な人間の集まりなので……

この患者さんの診断・治療はAIがなくとも、同じプロセスを辿ったと思います。「ワトソン君がいなくても、シャーロック・ホームズ君は困らなかったはずでしょ!」というところかな。ただ、患者さんの白血病細胞の遺伝子情報をワトソンに解析させてみたところ、見事に正解をはじき出したのでしょう。そこは素直にたいしたものだと思います。

近未来にAIが臨床のさまざまな場面での決定・決断において多大な貢献をすることについては、疑問の余地がありません。実際に試してみれば分かりますが、現在汎用されているデータベース+単純な検索システムでさえ、診断・治療選択に十分役立つのですから。ただしAIが主治医になったら、言うことは信用できても話は聴いてくれませんよ〜言い訳してもきっと無視されるし……

なお、ワトソンという名前はコナン・ドイルの探偵小説とは関係がなく、IBMの初代社長のお名前だそうです。せっかくの高性能AIなのだから、もう少し凝った名前にしたら良かったのに……



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