2016年11月15日

前期高齢者が気になるカタカナの警鐘

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私が卒業して阪大病院の内科で研修医になった1975年当時、教授は還暦くらいで、助教授から講師の先生方はおおむね45〜50歳くらい、どの方もすごく年上に見えて、風格も十分……既にもうだいぶ前に、当時の先輩方の年齢も追い越しているのですが、自分では齢を重ねたという自覚はあまりないですね〜年齢に見合う成長をしていないためか、はたまた“加齢agingという病”は病識に乏しいのか……

しかし好むと好まざるとに関わらず、65歳以上となった私たちは「前期高齢者」に分類されます。世界の超高齢化レースをダントツで突っ走る日本では65歳以上の人口は約3,400万人(2015年、厚生労働省推計)、しかも平均寿命は男性80.79歳、女性87.05歳(2015年、厚生労働省発表)ですが、同年のランセット誌の掲載論文によると、日本の“健康寿命”は男性71.1歳、女性75.5歳となっています。すなわち平均すれば10年以上は何らかの健康問題や疾病をかかえて人生の晩年を過ごすことになるわけです。となれば、高齢者の健康をできる限り高いレベルで維持するということは、お役所的慣用句を用いるなら、“喫緊の課題”であることは間違いありません。

“高齢者の健康を維持する”という問題の解決方法は、今までは、ともすれば高齢者の主要疾患の予防・治療に力を注ぐことに傾きすぎたきらいがあります。そうではなく、最近は“いくつかのポイントを抑えながら高齢者一人の人間として包括的に捉えて健康を守る”という観点が重要視されています。これには関連する各分野の学会・専門家のみならず国や自治体も真剣に取り組んでいて、いくつかの警鐘的キーワードを使った啓発活動が進みつつあります。

この加齢にかかわる重要なキーワードに、「フレイル」「ロコモティブシンドローム」「サルコペニア」があります。なぜかすべてカタカナですね。フレイルは日本老年医学会が提唱した言葉で、語源は英語の「frailty」で日本語に直すと「虚弱・衰え」、確かに直訳すると印象が良くない……フレイルは広い範囲をカバーする言葉ですが、身体的フレイル(身体機能)、社会的フレイル(社会との交流減少、独居、老老介護など)そして精神神経的フレイル(うつ、軽度認知障害、認知症、パーキンソン病など)の大きく三つに分けることができます。

フレイルの概念の中心をなすのは身体的フレイルですが、国立長寿研究センターの研究班による診断基準を紹介しますと、@半年で2-3s以上の体重減少A握力低下;男性<26s、女性<18sBここ2週間のわけもなく疲れた感じC通常歩行速度<1.0m/秒D軽い運動・体操もせず、定期的な運動・スポーツもしていない、のうち0項目該当が“健常”、1-2項目該当なら“プレフレイル”、3項目以上で“フレイル”ということになります。

ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は日本整形外科学会の提唱した概念で、加齢に基づく運動機能の低下によって、移動機能の低下を来した状態と定義されます。換言すれば加齢による骨、軟骨、筋肉などの障害、ということになり、身体的フレイルの中核病態でもあります。

一方、サルコペニアは筋肉量・筋力の減少を意味する概念で、ロコモティブシンドロームの一部と捉えることもできるし、その主要原因のひとつとして理解することもできます。筋肉量を正確に測るのは簡単ではないけれど、実際には握力、通常歩行速度あるいは膝の屈伸など、日常動作でもおおむね把握できます。

フレイル、ロコモティブシンドローム、サルコペニア、いずれも身体機能・運動能力という同じ評価軸での機能に焦点があたっています。持病がなければ、バランスのよい食事と適度な運動、そして身体的にactiveであることの重要性には議論の余地がありません。

しかし問題はそれほど単純ではありません。身体的にも健康であるためには、精神心理的にも健康でなければならず、社会やコミュニティとの関わりが必須です。とくに孤独・孤立は活動機会を減らすばかりではなく、それ自体が身体疾患のリスクを上げるとの報告もあります。加齢に負けないためには、身体機能と精神心理機能の両方への目配りが必要なのでしょうね。

まあ、私は21期のみなさんは大丈夫だと思っています。でも油断は禁物、加齢による感覚器の機能低下も忘れてはいけません。夜間視力低下による転倒・骨折、聴力低下による事故など……そういえば最近は見たくないものは見えないし、聞きたくないことは聞こえにくくなってしまった……これは加齢とは関係ないけどね。


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2016年11月01日

脳が顔の好き嫌いを判別するとき


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今回は基礎研究の話です。基礎研究は、レベルは高いけれど敷居も高い・・・・・・でもたまにすごく興味をそそられる研究があります。今年の9月に京都の轄総ロ電気通信基礎技術研究所(ATR)のグループが脳における“顔の好き嫌いの認識”についての研究成果をPLOS Biologyという雑誌に発表しました。

今までの理解では、ヒトの特定の思考や行動は、それぞれ対応する特定の脳の領域の神経活動によって起こるとされていました。単純な例をあげれば、摂食中枢が働くと「お腹が空いたな〜」と思って食事を摂る、お腹がいっぱいになれば満腹中枢が働き、「ごちそうさまでした」ということになります。摂食中枢と満腹中枢は隣り合ってはいるけど、脳の別の部位にあります。となれば「顔の好み」も好き・嫌いの感情は脳の別の場所で司られている・・・・・・というふうに考えられるのです。ところがATRのグループの研究結果はそうではありませんでした。

ATRは従来から脳のデコーデイング(decoding)の研究に力を注いでこられています。脳活動は言ってみれば電気信号のようなものですから、ある心のあり方や行動も、それぞれが対応する活動パターンとしてコードされているようなものです。であれば逆にそのコードの方をデコーデイング(解読)すれば脳活動から心のあり方や行動がわかる、ということになるそうです。

今回の研究は脳活動を部位特定とともにリアルタイムで視覚化できる機能的MRIを駆使し、あわせてデコーデッド・ニューロフィードバックdecoded neurofeedback(DecNef)という手法で被験者が意識的にある脳活動をある方向にシフトさせるという“訓練”を取り入れた「顔の好き嫌い」に関するユニークな研究です。

実験方法の概略を説明します。被験者には顔写真400枚を見せて、好きか嫌いかを判定してもらって、このときに好き・嫌いを司る脳の帯状皮質の活動パターンを記録して、被験者に自分自身でその特定の活動パターンを誘導してもらうという訓練を3日間行う、というものです。この研究で分かったことは、まず顔の好き・嫌いは脳の同じ部位で認識されていて、単に神経細胞の活動パターンが違うだけだということ、そしてもうひとつは、好きでも嫌いでもない(“中くらい”・・・・・・原文ではneutrally preferred faces)はDecNefで訓練したら、好きの方向へも、嫌いの方向へもシフトできる、ということでした。

私の第一印象は「すごいな〜でもやっぱり顔の好き・嫌いは、やはりごはん食べたい・食べたくない、とは違うんだな〜」でしたね。摂食・満腹は掛け値なしの正反対だけど、顔の好き嫌いはもっと微妙な違いなんだろうと思うのです。
顔の好みはわずかなきっかけで変わってくることってありますものね。とはいえ「嫌い!絶対無理!」のレベルを訓練で好きに持って行くのは難しいかもね・・・・・・でもこの研究が示した顔の好き嫌いに関する脳活動とその訓練による制御可能性、ちょっと怪しいビジネスを考える人がでてきそうな気もします。

それにしても脳情報のデコーデイング、どんどん進歩していくと、どんな世の中になるのでしょうか。むろん良いこともたくさんあるでしょう。例えばヒトの“デマンド”をコンピュータやロボットに、それこそダイレクトに伝えることができたら、身体障害の補助ツールとして高い価値をもつだろうと思います。
原因のはっきりしない「慢性疼痛」などの治療に応用できる可能性もあります。ATRの研究者の方々は、実際にこのような分野での実用化を進めているようです。しかしちょっと考えを飛躍させてみると、SFのように心の中で思っていることがそのまま周囲といわずネットで全世界に知れ渡ってしまうような世の中が来る可能性も・・・・・・

でも仮にそのような方向に行くようなことがあっても、人間はたくましいし、“必要は発明の母”だし、都合の悪い状況を打破するのには努力を惜しまないから、きっと“DecNef破り”の技術が開発されると思いますよ。「思ってもいないことに対応する脳活動パターンを自由に操れる能力を訓練する」という究極の防衛技術です。さて、「嘘のない世界」VS「嘘に満ちた世界」、どちらがストレスフルでしょうね〜
posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記