2017年03月15日

エビデンス、ガイドライン、そしてその後に来るもの……

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私が卒業した頃の先輩医師たち……良くも悪くも、みな個性的でした。「オレのやり方は皆とは違う!」とか平気で言っていましたから。しかし当時の臨床医がアクセスできる情報は、質量ともに今とは比較にならないくらい貧弱でしたし、教科書や専門誌、権威者の意見の信頼度も評価が難しく、個人の経験とスキル、それに直観に頼るのも致し方ない状況もあったかも知れません。

1990年代初頭、「それじゃ、ダメだろう」ということで新しいパラダイムの旗を揚げたのは、カナダの「臨床疫学」という地味な学問を専門とするグループでした。名前も代えました。「エビデンス・ベイスト・メディシン(根拠に基づく医学)」、略してEBM。改名も良かったのか、この統計学を礎にしたパラダイムはあっという間に臨床医学の世界を席巻しました。

「目の前の患者のもつ問題点を明らかにして、最新・最善のエビデンスから最良の解決策を導く」というEBMの手法が大当たりした理由は、“統計学的根拠”という容易に反論し難い“権威”を擁していたこと、そして折しも、ビッグバンの如く膨張を続ける医学情報の検索をパソコンとインターネットが可能にしたことです。

そうは言っても情報量はますます膨大となり、「それぞれの患者の個別性」が重要であることは重々承知していても、疾患や病態ごとに最新のエビデンスのエッセンスを抽出した“診療指針”がないとどうにもならないな〜という状況に至りました。その結果「EBMに基づいた診療ガイドライン」なるものが次々と公表され、臨床の世界に溢れることになりました。

「診療ガイドライン」の出来映えはさまざまです。それは何も作成者の能力のせいではなく、主としてガイドライン作成の元になった論文の集合体であるエビデンスの質に左右されます。個々の論文はある一定の対象患者に対するある一定の介入試験の結果なので、すべての患者さんに適応できるわけではありません。結局のところ、「○○病診療ガイドライン」は一般に○○病全患者の60−70%位(すなわち平均的な患者)に適応可能、と考えておけば良いと思います。またガイドラインに示される治療法もそれぞれ推奨の強さは異なります。もし、ほぼすべての患者さんに、文句なしに適応できる治療があるとすれば、それは「ガイドライン」ではなく「スタンダード」と呼ばれるはずです。

個々の患者で最良の方法を探すEBM”の看板を掲げておきながら、主として“平均的患者”を対象にしたガイドラインを使うというのは、どうなん?!という批判がでてくるのは当然です。欧米では現在のEBMの問題点を、”one-size-fits-all型医療“と表現します。例えて言えば、多少融通の利く既製服のようなもので、サイズMとLの人には合うけれどSの人には大きすぎ、LLの人には小さすぎる、ということになり、まさにガイドラインの問題の核心を突いています。ですから高齢過ぎる、あるいは合併症が多すぎる場合にはガイドラインの適応は躊躇されますし、より深刻なケースを挙げると、重症度が高いことに加え著しく進行が速く、一般に推奨される治療では救命できない可能性が高い場合では、あえてガイドラインの適応を外すことを決断する必要がでてきます(この時には主治医のプレッシャーはMAXです)。

そこで最近の遺伝子研究の発展を背景にでてきたのが「パーソナライズド・メディシン(personalized medicine:個別化医療)です。極論を言えば個人の全遺伝子ゲノムを解析して、蛋白質レベルの発現、環境が遺伝子発現に与える影響・・・・・・などなどすべてを明らかにして病気のかかりやすさ、かかった場合の最善の治療などを導きだす・・・・・・しかしこれはいくら何でもお金がかかりすぎで一部のセレブだけしか享受できない “夢の医療”です。

そこでもう少し絞った形で遺伝子研究の成果を取り入れて、そこにライフ・スタイルや環境因子などの膨大なデータを集積・解析してより多くの人たちが、その恩恵に与れるような医療の枠組も考えられています。ビッグ・データに基づいて、できるだけ個々の患者さんに合った、益を最大、害を最少にする治療を選択するというパラダイムです。これを「プレシジョン・メディシン(precision medicine=精密医療)」と呼びます。2015年1月にオバマ合衆国大統領が「一般教書」の中で「Precision Medicine Initiative」という言葉を使って、この新しい医療の形に全国民がアクセスできるようにする、と宣言して一躍注目されました。そうなれば新しい医療へのブレイク・スルーも夢ではないと皆思ったのですが……

今年1月にドナルド・トランプ氏が新大統領となり、この原稿を書いている時点では恐るべき大統領令を乱発しています。そのなかにはオバマ前大統領の医療政策の廃止も含まれています。万人のための“precision medicine”は泡沫の夢と消えてしまいそうです……

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2017年03月01日

女性医師が主治医になると長生きできる……


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最近、病院の女性医師が増えたな〜と思われた方はいますか?とくに比較的若い世代で女性医師は確実に増加しつつあります。私が医学部を卒業した昭和50年の医師国家試験合格者は3,731名、そのうち女性の比率は8%程度でしたが、その20年後には合格者に占める女性の割合は24%となり、直近の平成28年では合格者9,434名で、女性比率は32%にまで上昇しています。また、2014年の統計では、全登録医師数296,845名のうち、女性医師は60,495名(20.4%)となっています。

参考までに、市立豊中病院の現状を記しますと、常勤スタッフと卒後3年目以降の後期研修医の合計で、内科系では49名中女性が11名(22.4%)、全科では151名中女性45名(29.8%)、卒後2年未満の初期研修医では22名中女性9名(41.0%)となっています。女性医師は外科、脳神経外科、心臓血管外科、泌尿器科で少なく、小児科、産婦人科、麻酔科、皮膚科、眼科で多いのですが、この傾向は全国的にみてもほぼ同様です。

キャリアを積んでいくうえで、女性医師は男性医師に比べて不利な状況にあるといわれています。とくに大学教授職や大病院の部長以上の管理職(とくに所帯の大きな診療科)で女性の比率が目立って減ってきます。むろん妊娠・出産、そして男性医師に比べて格段に重い育児負担を勘案しても、やはり少なすぎます。“ガラスの天井”の存在が信じられている所以です。この傾向は米国でも同様で、医学部卒業生の男女比は1:1なのですが、就業している医師でみると男女比は7:3になっていますし、女性医師の給与は男性医師に比べて平均8%低いとのことです(日本では卒業年次と職位が同じであれば給与の男女差は無いのが一般的です)。

このような状況のなか、昨年12月に「米国医師会雑誌・内科学」発表された一本の論文が大きな反響を呼びました。論文の筆頭著者はハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院で医療政策学を専攻する日本人研究者、津川友介先生。研究内容は65歳以上のメディ・ケア(米国の高齢者・障害者向けの医療保険)対象の内科系患者で「入院30日以内の死亡リスク」と「30日以内の再入院リスク」を担当医が男性医師と女性医師とで比較したものです。調査期間は4年間、対象患者の平均年齢は80.2歳、患者総数は約158万人(約61%が女性)、対象となった医師総数は58,344人、うち女性医師は18,751人(32.1%)でした。結果は、30日以内の死亡リスク(全患者のうち11.32%が死亡)は担当が女性医師の場合は10.82%、男性医師では11.49%、また30日以内の再入院率は全体で15.42%、女性医師15.01%、男性医師15.57%と、担当医が女性の場合の方が男性の場合に比べて患者のアウトカムが有意に良好だったのです。

むろん個々の医師の背景や患者の重症度など、結果に影響を与えるような因子は可能な限り補正したうえでの結果です。そしてこの一見わずかに見える差は、全米規模で考えると膨大な患者数の差を意味していて、女性医師の方がより良質の診療を提供している可能性が高いということになります。当然この結果は全米のマスメディアによって大きく取り上げられ「長生きしたけりゃ女性医師を選べ」とか「男性医師も女性医師のように診療したら何万もの患者が助かる」とか報道したものだから、大騒ぎになりました。

さて、問題はなぜこのような結果が出たか、ということですけど、津川先生らはマスメディアの取材で「一般に女性医師は男性医師に比較して、コミュニケーション能力が高く、根拠に基づいたガイドラインにより忠実で、こまめに他の診療科にコンサルトするなど、可能な限りリスクを避ける傾向があることが関係しているのではないか」と述べています。

若い世代の医師のコミュニケーション能力において、一般に女性は男性より優れている、というのは、私もそのとおりだと思います。市立豊中病院では卒後2年間の臨床初期研修が必修化されて以来、「コミュニケーション能力の評価に特化した臨床研修医選抜試験(対象は卒業を来春に控えた医学部6回生)」を行ってきましたが、この試験においては明らかに女性が強いのです。

“良いコミュニケーション”は患者−医師関係はもとより、他分野の専門医との良い関係も期待できるので、結果として診療の質を高める可能性は十分あります。ガイドラインの遵守については、微妙な問題も含んでいるけど、少なくとも高齢者医療ではリスク回避が吉とでた、ということかな。これについては別稿で……いずれにしても、入院して女性医師が主治医、というのは安心材料のひとつになり得るかも……

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記