2019年03月15日

高齢者の“正常範囲”

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ヒトの健康にかかわるすべての検査には“正常範囲”というものがあります・・・・・・というのは正しいようで正しくありません。理屈の上では、“すべての面で健康な人”をたくさん集めてデータを取れば“正常範囲”を決めることができるはずですが、ここで“すべての面で健康な人”をどのように定義し、どのように集めるのか、という難問にぶつかります。

これを考えていたら先に進まないので、検査学の世界では“基準範囲”という名前にしよう、というのがグローバル・スタンダードになりつつあります。呼び方変えただけじゃないか・・・・・・と思わないではないのですが。しかし現実は人間ドックの結果判定などで“正常範囲”はまかり通っています。そうでないとみんな承知しませんからね〜

製薬会社の出版とはいえ、120年の歴史を持ち、“世界標準の総合医学テキスト”のひとつであるメルク・マニュアル第20版(2018)には加齢による身体の生理的変化が要領よくまとめられています。ヒトは高齢になると(いちおう≧65歳)、身体構成成分で言えば、「脂肪を除いた体重」「筋肉量」「骨量」「体内水分量」は減少し、心拍出能や呼吸関連組織の衰えによって「心肺機能」も低下します。脳の「認知機能」も健常人でもある程度は低下し、歩行では“筋緊張亢進”、“腕の振りが小さくなる”という、「パーキンソン病」の症状と同様の傾向がでてきます。多くの内臓も血流量が低下し、臓器も萎縮傾向となります。細胞レベルで言えば、細胞の設計図であるDNAの損傷が増加し、その修復機転も効きにくくなるため、発がんリスクが高まります。

とはいえ、すべての検査値が必ずしも異常となるわけではありません。確かに心肺機能は多少低下しますが、多くは自覚症状がないか、あっても軽微で日常生活に大きな支障はないので異常と判定する必然性はありません。「腎機能」は通常、年齢の要素を加味して判定されますが、かなりの高齢になっても一般成人と比べて遜色のない機能を保持した人たちが一定の割合で存在します。「肝機能」も同様で、臓器容積減少などの解剖学的な変化はあっても、“明らかな肝疾患”がない人の肝機能検査の評価は通常の“正常範囲”を用いて差し支えありません。血液中の「電解質」(ナトリウム、カリウム、クロルイオン、カルシウムなど)も非高齢者と比べて大差ありません。

高齢者でも“正常範囲”に大きな変化がない場合には、もし異常があれば非高齢者と同じようにその原因を探せば良い、ということになります。ただし治療を行うかどうかの閾値は必ずしも非高齢者と同じではなく、経過観察という選択肢を選ぶことが多くなると思われます。

では、貧血に代表される血液細胞の加齢変化はどうでしょうか。血液細胞には,赤血球(ヘモグロビン[Hb]を含有し全身に酸素を運搬する)、白血球(多種あるが、ざっくり言って外部異物=非自己に対する抵抗力=免疫を担う)、血小板(出血を止める)の三種類がありますが、加齢によって変化するのは赤血球だけです。WHOのやや大雑把な基準で言えば、Hb(g/dl)で成人男性13>、成人女性12>、65歳以上は男女とも11>が「貧血」となっています。しかし実際には“高齢健常者”のうち、かなりの人が非高齢者の“正常範囲”をクリアしますので、WHOの基準は少し甘すぎるように思います。

しかし一方、近年の高齢化に伴ってか、原因不明の高齢者の貧血が増加しつつあるのも事実です。これに関して最近新しい知見が加わってきました。

血液細胞にも“がん”ができます。リンパ球由来のものは別とすれば、「急性骨髄性白血病(AML)」とその“前段階”に相当する「骨髄異形成症候群(MDS)」がその代表です。これらの病気は血液細胞の元になっている「造血幹細胞」に突然変異が起こって、危険な癌遺伝子が複数活性化して発症すると考えられます。ところがAMLやMDSを発症していなくてもこれらの癌遺伝子を持つ異常な血液細胞集団(「クローン造血」と言います)を持つ人が高齢者には稀でなく、65歳以上では10%以上の頻度で認められることが明らかになっています(「血液の進歩」米国血液学会刊行 2018)。これが高齢者の“原因不明の貧血”の一因であると考えられます。

この異常な「クローン造血」を持っている人は、将来AMLやMDSを発症するリスクが飛躍的に高まるのみならず、このクローンに属する単球(白血球の一種)にも機能異常があります。単球はマクロファージと名を変えて各組織に定着して炎症・免疫反応や異物貪食の働きを担うのですが、血管内皮にこの「クローン造血」由来の異常な単球が集積すれば心血管病に結びつく動脈硬化が著明に促進されるとされています。

もしこの異常クローンを制御できれば血液がんと心血管病とを同時に減らせることができる可能性があるのですが、それを実現するにはもう少し時間が必要です。
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2019年03月01日

血糖コントロールとがん罹患リスク


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糖尿病とがん、どちらもすごく頻度が高く、しかも近年増加傾向にある病気です。以前からこの両者には、互いに関連があると信じられてきました。私が医師になった昭和50年頃でも、“明確なエビデンス”はなかったものの、「糖尿病患者では、がんの頻度が高い」「糖尿病で急に血糖管理状態が悪化した場合には、がん合併の可能性を考える」というのが“臨床の常識”だったのです。もっとも糖尿病患者は定期的に外来に通うことになるので健康な人よりもがんが見つかり易い、という“バイアス”はあったのですが・・・・・・

この「糖尿病とがんの関連」については、最近の「根拠に基づく医学」の手法で行われた多くの研究論文が発表されています。とはいえ、がんの種類ごとの発生率にはかなりの人種差がありますので、ここは日本発の研究をみていくのが良さそうです。

そこで国立がん研究センターが2013年に日本がん学会英文機関誌に発表した論文を紹介しますと、大腸がんで1.4倍、肝臓がんで1.97倍、膵臓がんで1.85倍、胆管がんで1.66倍(ただし男性のみ)、などいくつかのがんで糖尿病患者におけるリスク増加がみられ、がん全体でみると糖尿病ではおおむね20%の
がんリスク増加と推計されました。この傾向は世界的にみてもほぼ同様です。

もっともこの現象はすべてのがん腫でみられるわけではなく、食道がん、胃がん、肺がんなどでは糖尿病でのがんリスク上昇は明らかでなく、前立腺がんに至っては、糖尿病では20%ほどのリスク低下がみられる(「糖尿病研究と臨床実践誌」エルゼビア出版 2013年)とする中国華山大学の報告があります。前立腺がんでは糖尿病患者に生じやすい男性ホルモン減少/女性ホルモン増加という内分泌環境の変化が影響していると考えられています。胃がんや肺がんでは前者のヘリコバクタ・ピロリ菌感染や後者の喫煙など他の強力なリスク因子があるのでリスク因子としての糖尿病の独立性の検出が難しいのかも知れません。

しかし糖尿病では、少なくともいくつかのがんでリスクが高まるのは間違いなさそうです。だとすれば、果たして血糖管理の良否とがんリスク増大との間に相関があるかないか、という疑問が沸いてきます。一般的には糖尿病で食事・運動療法をきっちり行って、処方された薬を忘れずに服用し、良いコントロール(通常、直近1〜3ヶ月の血糖管理状況を反映するHbA1cという検査で評価します)を維持していればがんリスクは減少すると考えるのが自然だし、そうあってほしいところです。でもこれが本当かどうかを知るには科学的な検証が必要です。

この問題について、検討したのが東京の聖路加国際病院のグループです(「内分泌通信誌」バイオサイエンティフィカ出版 2018年)。聖路加病院は聖人ルカにちなんだ名前を持つキリスト教系の日本屈指の大病院です。しかしどっこい大阪にもガラシア病院というキリスト教系病院が箕面市にあります。こちらは言うまでもなく細川ガラシャさまにちなんでいます。その辞世の句「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」・・・・・・やっぱりガラシャさまって最高ですよね〜

実はプチ戦国史マニアなので、つい脱線してしまいました。聖路加の論文の話に戻りますが、同院の2006〜2016年で50歳以上のすべての糖尿病患者(がんの既往のある人は除く)2,729人(平均年齢62.6±7.8歳;男女比3:1、平均罹病期間7.6年、61.8%は処方薬あり)を平均4.0年観察したところ、376人(13.8%)にがんが発生しました。

そこでHbA1cとがん発生率との関係をみるために、5.5-6.4%(正常上限ラインをまたぐ範囲です)を“基準範囲”として、血糖管理状態を<5.4%(完璧な血糖管理状態です)から>8.5%(話にならない血糖管理状態です)まで、基準範囲を含めて5つのグループにわけて比較したところ、いずれのグループでもがん発生率には差がなく、血糖管理の良否とがん発生の間にはとくに関連はみられませんでした。

で「ではほんとに、糖尿病患者でがんの罹患率が高かったの?」という疑問が生じるのですが、この研究で対象となった糖尿病患者集団のがん発生率を日本のがんデータベースによる同年代のがん発生率と比較すると、男性で45%、女性で14%高く、やはり糖尿病集団は一般集団より明らかにがん発生率が高いようです。にもかかわらず血糖管理を改善してもがんリスクは低下しないのです。短期的な血糖の良し悪しではなく、糖尿病の根源にある病態が発がんと関係している可能性があるのですが、その詳細は未だ明らかではありません。

このようなデータを踏まえて「血糖管理なんか頑張ってもしようがない!」というのはやはり後ろ向きかつリスキーな態度と言わざるを得ません。ここは「血糖管理が良くてもがんへの注意を怠らない。」というのが前向きかつ心血管病予防にも効果がある“21期に相応しい大人の態度”と思うのです。

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