2019年07月15日

“血糖アラート犬”登場!!

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2015年5月15日付のこのブログで、訓練された犬が患者さんの呼気を嗅いで大腸がんの有無を判別する、という研究を紹介したのですが、今回も犬の驚異的な嗅覚を臨床応用する新たな試みの話です。対象疾患は前回に続いて糖尿病・・・・・・とは言っても、“普通の糖尿病”とは一線を画する「1型糖尿病」です。

糖尿病は血糖を調節するのに決定的な役割を果たすホルモンである“インスリンの作用不足”によって起こる病気です。糖尿病のほとんどは「2型糖尿病」で、素質にさまざまな外因が加わって発症すると考えられています。必ずしもインスリン分泌自体が低下しているわけではなく、インスリンが効きにくくなる、すなわち“インスリン抵抗性”が糖尿病の主因となっていることも少なくありません。治療は食事療法・運動療法に加え、多種多様の経口糖尿病治療薬が治療の主体となりますが、病状によってはインスリン注射も行われます。

これとは対称的に「1型糖尿病」はインスリンを分泌する膵臓にあるランゲルハンス島(顕微鏡でみると海に浮かぶ島にみえます)のβ(ベータ)細胞が破壊されて、インスリン分泌能が欠如したために発症する糖尿病です。ヒトはインスリンなしでは生存できないので、1型糖尿病では1日数回以上の「血糖自己測定」を指標にしてインスリン自己注射を1日複数回、生涯に渡って続けることが必須です。この治療は大きな負担ではあるのですが、うまく管理すれば、ほぼ不自由なく仕事に就き、また日常生活をおくることは十分可能です。

とはいえ、健常状態なら精緻にコントロールされて分泌されるインスリン動態を注射で再現することは簡単ではなく、さまざまな要因に影響されて、予想に反して著しく血糖が上昇(高血糖)、あるいは低下(低血糖)することも多いのです。とくに低血糖はあるレベル以下になると急速に意識障害から昏睡に至るため、運転中や危険作業中の大事故に繋がりかねません。

高血糖、低血糖を防ぐには体調・症状に注意し、血糖の自己測定の回数を増やすしかありませんが、これは大変なストレスです。もし血糖の上下に伴う代謝の変化が人体から発するある種の臭いにごくわずかな変調を来すのなら、ヒトには無理でも犬ならばそれを感知できるかも知れません。そこである程度以上の血糖変化を感知して飼い主にアラートを発するように訓練した“血糖アラート犬”を育成できたら、1型糖尿病患者の生活の質を改善できるのではないかという考えが生まれました。

この発想に基づく最初の報告は米国のグループによって2017年に「米国糖尿病技術協会機関誌」に発表されています。対象は“4〜48歳の患者−飼い犬”のペア8組で、飼い主の満足度は高かったのですが、アラート犬が低血糖を感知できた率(感度)は36%で診療に応用するには物足りないデータでした。

しかし最近、より大規模でより希望が持てそうな研究成果が英国のグループから発表されました(プロス・ワン誌 2019年1月)。“飼い主の1型糖尿病患者−飼い犬”のペア27組で、延べ4,000回以上の低血糖と高血糖イベントについて、血糖アラート犬の感知の正確性を検討しています。実際にはペア毎に“至適血糖範囲”を決めてその範囲を逸脱して血糖が低下したとき、上昇したときに犬が誤りなく感知し、飼い主に警告を発することができるか否かを記録していくのですが、至適範囲の下限は80〜90mg/dl(インスリン治療中なら低血糖に警戒すべきレベルです)、上限はペアによってかなり異なっていて、妥当と思われる220〜280mg/dlから厳格過ぎる150mg/dlに設定しているペアも・・・・・・

さて結果ですが、27ペアの平均で“低血糖アラート”の感度は平均83.3%、“高血糖アラート”の感度は67.0%、そして低血糖・高血糖を合わせた「陽性的中度」、すなわちアラート犬が「ワン!血糖低いよ(高いよ)!と告知して、本当に低かった(高かった)確率」は81.1%でした。むろん成績は犬によって大きく異なっていて、低血糖・高血糖を合わせた感度で27 匹中4匹が50%未満だった一方、7匹は感度90%超を記録、うち3匹は見事100%を達成しました。なお、血糖アラート犬の場合、陽性的中度が高いにこしたことはないけど、見落とし(吠え落とし?)を防ぐ意味で、感度の方がより重要かと思います。

この論文の著者らは、血糖アラート犬には期待を持てるとする一方、訓練の質、個々の犬の適性、飼い主との相性など、さまざまな要因があるので、それらをさらに検討する必要があると述べています。私はこの結果は悪くはないと思うのだけど、心配なのはアラート犬に事実上24時間、365日の“勤務”を強いることになるのではないか、ということです。これはたぶん盲導犬や介助犬にも言えることだと思うのですが・・・・・・

なお論文には「アラートがうまくいったら、ご褒美に食べ物を与える飼い主」のペアでは成績が良かったそうです。やはり働いてもらっているのなら、報酬はケチったらダメですよね。「ブラック企業」ならぬ「ブラック飼い主」になってしまいます・・・・・・
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2019年07月01日

肝機能検査で糖尿病発症を予測する!?


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多くの人が検診・健診を受けているのに、またメディアもあれほど糖尿病の注意喚起を行っているのに、糖尿病は今もなお増え続けているようです。国立がん研究センターなどの多施設共同研究によれば、HbA1c≧6.5%、または空腹時血糖≧126mg/dl かつ/または 75gブドウ糖負荷試験2時間値≧200mg/dlで定義すると、2010年における女性の糖尿病有病率は6.1%、男性では9.9%、全人口の7.9%と推計され、2030年までには女性6.7%、男性13.1%、全人口の9.8%にまで増加すると推計されています(アジア糖尿病学会機関誌 2015年9月号)。

検診・健診の結果を目にしても血糖やHbA1cといった“ダイレクトな糖尿病指標”に異常なければ「今回はOK〜」と思いがちですし、体重管理・肥満の解消・カロリー/糖質制限などの生活習慣における注意は「もう、わかった、わかった。“耳タコ”だよ〜」と聞き流してしまいがちです。しかし、もし血糖やHbA1c以外の、一見糖尿病とは関係のなさそうな検査値から糖尿病リスク高くなるのが予測できるとすれば、また違ったインパクトがあるかも知れません。そしてより科学的に言えば、糖尿病リスクと関連する検査が明らかになれば、また違った角度から糖尿病の病態に迫る道が開け、新しい糖尿病治療の方法論を立てることができるかも知れません。

そう考えて“血液や尿のバイオマーカーと糖尿病発症リスク”に興味を持って研究している学者たちも増えてきているようです。最近の英国のグループが中心になって行った研究(前向き研究139編を集積して分析;プロス・ワン誌 2016年10月号)によれば、今までに糖尿病発症リスクとの関連に関して血液・尿検査項目、総計167項目が検討されていますが、十分評価に耐えうるデータあるものは35項目程度で、そのいずれもが糖尿病発症予測に寄与すると明確に結論付けることはできなかったようです。

とはいえ・・・・・・糖尿病発症リスクを予測ができるものはないか、しかも一般的な検査で、と考えるとやはり第一に肝機能検査が頭に浮かびます。事実肝臓は血糖レベルの調節、とりわけ空腹時血糖の調節に大きな役割を果たしているからです。肝機能を代表する検査を二つあげるとすれば、やはり肝細胞障害を忠実に表現するALT(旧名GPT)と胆道系機能やアルコール性障害,脂肪肝を反映するγGTPでしょうか。どちらも肝臓の意義が異なる代表的機能の指標ですし、検診・健診にも必ずと言ってよいほど含まれている検査ですから。実際、香港大学の研究者らはALT高値が糖尿病罹患リスク増大に関係することを報告しています(サイエンティフィック・リポーツ誌 2016年12月号)。

糖尿病の病態や発症率にはかなり人種差がありますので、ここは日本人を対象にした研究結果が知りたいところです。そこで2018年9月にアジア糖尿病学会機関誌に発表された名古屋大学のグループの論文を紹介します。対象は日本人の男性勤労者2,775名(35〜66歳)です。12年間の観察(27,040人・年)で276人の2型糖尿病が発症しました(10.2人/1,000人・年)。そこでALT基準範囲内(5〜27)、ALT高値(28≦)、γGTP基準範囲内(8〜48)、γGTP高値(49≦)にわけて、さらに他の交絡因子による補正を加えて糖尿病発症率を検討しています。

さて結果ですが、最も厳密に交絡因子補正を行った場合(年齢・家族歴・運動量・喫煙・アルコール消費量・BMIに加えて空腹時インスリン値や空腹時血糖値で補正)を紹介しますと、ALTとγGTPのどちらか片方が高かったときには糖尿病発症リスクは1.4倍高まり、両方とも高かったときにはリスクは2.0倍高くなりました。ただし中性脂肪が基準範囲内(<150mg/dl)のときには、この相関はかなり弱くなります。

今回紹介した研究では、代表的な肝機能検査であるALT・γGTPと糖尿病リスクとの一定の関係を示唆してはいますが、まだすっきりとはしません。上記の香港のグループの研究では、γGTPと糖尿病リスクの関連を否定していますし、名古屋グループの研究でも中性脂肪の影響の意味するところが解決されていません。しかしとりあえずは、検診・健診での血液検査、とりわけ肝機能異常があるときには糖尿病リスク増加の可能性を考えて生活習慣を再点検した方が良さそうです。

具体的には・・・・・・健診の結果を手にとってみて・・・・・・@空腹時血糖やHbA1cが異常値→もう立派な糖尿病なのかも→直ちにかかりつけ医に相談して下さい。A空腹時血糖やHbA1cは正常→安心せずに肝機能ALTとγGTPをみる→高値なら糖尿病発症リスクは1.5〜2倍高いかも→体重管理・肥満解消・適度の運動・食生活の改善にGO!・・・・・・というところでしょうか。


posted by みみずく at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記