
高血圧の話題が続きましたが、続きついでに塩分1日摂取量の話です。国立研究開発法人医薬基盤健康栄養研究所(19字!長い!)によれば、2015年の日本人男性の1日平均塩分摂取量は約11g、女性は約9gで、ここ数十年間でかなり減ってきたとはいえまだまだ多いとされ、厚生労働省は男性<8g、女性<7gを推奨しています。WHOの推奨はさらに厳しく、1日<5gです。ここで言う塩分は食塩(NaCl)量なのですが、国際的には塩分摂取量は通常Na量で表現されます。上記WHO推奨はNaで <2gということになります。もしお手元の食品がNa量表示だったら、2.5倍すれば塩分量に換算できます。
Naはカリウム(K)と並んで、人体の恒常性や細胞活動を維持するのに必須のミネラルです。ともに体内では合成できず、毎日適量を飲食物として摂取する必要がありますが、Na摂取が過剰になれば血圧は上昇します。一方、地球上には極端な低Na摂取(Na≒0)でありながら健康な生活(むろん高血圧は非常に少ない)を送っているイヌイットなどの民族が存在するので、“Naは低ければ低いほど良い”とする意見も根強いのです。一方Kは豊富にとることによって血圧降下作用や心血管イベントの減少、死亡率の低下効果が得られるのですが、日本でも外国でも摂取不足になりがちです。K摂取の意義はもっと強調されるべきです。
そこでNa摂取を制限し、K摂取を増やすことが心血管リスクを下げ、健康に寄与するという観点から(英国医師会雑誌 2013年4月オンライン)、日本では上記のNa摂取目標に加えてKは>3g/日、WHOはK>3.5gを目標に掲げています。しかし日本も諸外国も、K摂取量はせいぜい2g強くらいなのが実情です。
Kをもっと摂取すべきなのは疑いありません。例外は中等度以上の腎機能障害をもつ人くらいです。一方、Naについては時々「あれっ?」という論文が発表されます。代表的なものに「摂取Naが増加すると収縮期血圧は上がるが心血管リスクとは関連せず、むしろ摂取Naが低すぎたらリスクが高まる」(米国医師会雑誌 2011年5月号)、摂取Naが高すぎても低すぎても死亡率が上がる」(米国高血圧学会誌 2014年7月号)、などがあります。これらの報告によればNa<2gはダメということになります。
ところで、どうやって1日摂取Na量を求めるかですが、食べ物や飲物をすべて記録して・・・・・・という方法ではまず不可能です。臨床研究で用いられるのは早朝1回尿から推定される1日尿中Na(またはK)排泄量をもって、Na、Kの1日摂取量の代用とする方法です(九州大学 川崎晃一ら;臨床実験薬理学・生理学誌 ワイリー出版:1993年1月号)。
本論に戻りますと、要するにK摂取増量推奨には異論ありませんが、Naの適正摂取量にはまだまだ議論があるのです。こうなれば実証しかありません。そこでカナダ・マクマスター大学の研究者ら31名の多国籍研究グループは18カ国、100,000人超を対象にして、1日尿中Na、K排泄量と心筋梗塞、脳卒中、心不全(主要有害心血管イベント)の発症および死亡率との関係を検討しました(英国医師会雑誌 2019年2月 オンライン)。
対象となった国と地域はバングラデッシュ、インド、パキスタン、ジンバブエ、アルゼンチン、ブラジル、チリ、マレーシア、ポーランド、南アフリカ、トルコ、中国、コロンビア、イラン、カナダ、スウエーデン、イスラエル占領下パレスチナ地域とUAE、合計103,570人で、平均尿中Na排泄量は4.9g(塩分換算12.3g/日!)、平均尿中K排泄量は2.1gでした。観察期間の中央値8.2年後で6%が主要有害心血管イベントを経験するか、または死亡していました。
結果には少し驚かされます……そもそもWHO推奨の1日Na摂取<2gの人は全体のわずか1.5%に過ぎず、同様に推奨に近い1日K摂取>3gの人も6.6%しかいません。すなわちWHOが推奨するNa、Kの適正摂取量を摂取している人はごく僅かなのです。そして1日摂取Na<2gの人は明らかにリスクが高く、最もリスクが低くなるのは「Na摂取3〜5g(塩分換算7.5〜12.5g)、かつK摂取が高い人」という結果が得られました。
さて、この研究結果をどう評価するかですが、この研究の対象にはアジア人は含まれていますが日本人は入っていません。また対象になった国や地域はやや発展途上国に偏っています。ただNa摂取については、多すぎても少なすぎてもリスクが高くなる(U字型現象とよばれます)という同様の結果を示した先行研究も複数あるので、この結果は正しいのかも・・・・・・そうなると、ここは塩分<5gの目標は避けて厚生労働省の推奨どおりのNa<7〜8gの摂取目標が無難でしょう。そしてカリウム摂取を増やしましょう!
Kを豊富に含む果物はアボカド、バナナ、キウイ、野菜は豆類、イモ類、コマツナ、シソ、そしてトマトジュース、果物の缶詰・・・・・・一度調べてみて、お好みの食品を探して下さいね!