元市立豊中病院病院長の片桐修一さん(小西ホーム)が最新の論文を元に気になる医療情報を語ってくれます。
2019年10月15日

内科外来で「お腹が張って苦しい」と訴える人は少なくありません。「ガスが溜って・・・・・・」と表現する人も多いです。実際、海外のテキストにはしばしば「ガス関連症状」という項目で記載されています。この症状に下痢・便秘という便通異常や腹痛が加わって3ヶ月以上も持続する・・・・・・ということになれば「過敏性腸症候群」という病名がつき、その有病率たるや、人口の20〜30%とする報告も珍しくありません・・・・・・
診察を受けたい、あるいは薬を処方がほしい、とまではいかないけど、“お腹が張る=腹満”が気になることがある人、とすれば確かに人口の30%も誇張ではないのかも。ではどうしたら腹満を防げるか・・・・・・これがなかなか難しいのです。
腸管には通常200mlくらいの空気が入っていますが、1日産生量は通常食で600〜700ml、うち75%は摂取した食事成分が、腸内細菌コロニーによって発酵することによって生じ、残りは“無意識に飲み込んだ空気”と血管から腸管内に拡散してきた空気です。そして何らかの理由で腸管内の空気量が増加すると、腹満が起こると言いたいところですが、個人の“ガス貯留に対する感受性”の違いはとても大きく1,000mlのガスが貯留してもほとんど症状がないという人もあれば、その1/10量でも我慢できない人もいます。
腹満の多くは、腸管に器質的な病変がない、すなわち腸管の運動や腸管内部の水分調節や腸内細菌活動の失調など“機能的”な原因である場合がほとんどで、その背景には高頻度に“腸管感覚の過敏性”が存在します。
とはいえ、どのような腹満でも機能性ガス貯留が原因と決めつけるわけにはいかないので、重大な原因がないか一度は探っておく必要があります。腫瘍性のものであれば大腸がんや卵巣がん、非腫瘍性のものであれば糖尿病の自律神経障害による消化管運動障害がとくに重要です(メルク・マニュアル第20版)。
一度気になると、より一層気になるのも腹満のひとつの特徴です。となれば、“腹満が起こりにくい食事”があれば良いな、と思いますよね。でも“腹満が起こりにくい食事”が一般に考えられている“健康に良い食事”とは限りません。
もう20年以上前から欧米では健康食として「DASH食」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌 1997年)が知られています。これは“果物、ナッツ、野菜、食物繊維が豊富で低脂肪”を特徴とする食事で、高血圧や心血管病予防のために考案されて高い評価を受けています。日本でも腸の健全な活動・便通改善のために食物繊維を豊富に摂る、ということがしばしば推奨されています。しかし腹満相手では一筋縄ではいかないのです。
食物繊維とは、簡単に言えば食品に含まれる消化吸収できない成分で、その多くは「糖質」に分類されるものです(消化吸収できる糖質は「炭水化物」です)。これら消化できない糖質=食物繊維は腸内細菌の影響を受けて発酵を生じやすく、ガスを発生させます。ではどんな食事がガス発生や腹満を軽減し得るかについて、豪州のグループが過敏性腸症候群の患者さんを対象として行った有名な研究があります。著者らによれば、腹満や便通異常がある場合には発酵性の糖質(豆、小麦、玉葱、牛乳、ヨーグルト、果物、人工甘味料など)を避けることが重要で、そうすれば症状は半分くらいになるそうです(消化器病雑誌 エルゼビア出版 2014年)。
この主張はなるほど、と思わせるところもありますが、じゃあ何を食べたら良いのか、という問題がでてきます。高血圧、心血管病を予防しつつ、腹満も起こりにくい食事となると困ってしまいますね。
そこで最近、ジョン・ホプキンス大学のグループが発表した論文は、少し新味もあるので紹介しておきます(米国消化器病学会誌 2019年7月号)。彼らの研究対象は20年前!(新しい視点で昔のデータを使い回し・・・・・・最近流行の手法)の「DASH-Sodium(=ナトリウム)試験」の参加者です。健康成人(平均年齢48歳、女性 57%)を対象に上記DASH食(低脂肪・高食物繊維)と普通の食事(高脂肪・低食物繊維)を摂る群にランダムに割り付け、「塩分摂取量の違い」という新しい切り口を加えて腹満の発生状況を比較したものです。腹満を訴える人は全体の36.7%もいました。確かに高食物繊維食では塩分の多寡にかかわらず、腹満を訴える人は低食物繊維食に比べ40%も増加するのですが、逆に塩分が多いと食事内容にかかわらず、腹満は27%増加したのです。腸管内の塩分濃度が高いと水分が腸管内に侵入してきて腹満が増悪すると説明されています。
さて、結論は食物繊維も大事だが一時にたくさん食べないように、そして塩分は控えめに・・・・・・というごくごく常識的な結論になりました。それともうひとつ、「言いたいことは言う」ことかな〜諺に“物言わぬは、腹ふくるるわざ”というじゃないですか・・・・・・
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日記
2019年10月01日

「一日一万歩あるきましょう!!」という推奨は日本だけではないようです。とはいえ、一日一万歩は、平均歩幅を身長×0.45(普通の歩き方ならこれくらいとされています)で計算して、約7kmに相当します。「今日は歩くぞ!!」という日はともかく、“普通の日”でも毎日一万歩、というのはちょっと厳しいかも知れません。しかし今や歩数計は、スマホはもとよりガラケーでも標準装備ですので、歩数表示を励みに頑張っている方も少なくないと思います。
ところで歩数計の原型が発明されたのはけっこう古く、18世紀のヨーロッパにまで遡れるようです。それが日本にも伝わり、かの平賀源内先生がこれを改良して「量程器」なるものを発明したとか・・・・・・そういえば香川県さぬき市の平賀源内記念館で複製品を見たような、見なかったような・・・・・・
現代の歩数計が日本に現れたのは、1965年のことで、潟с}サ時計計器が開発し「万歩メーター」と銘打って発売しました。売り出し価格は大卒初任給が2〜3万円の時代で2,200円とかなり高価でしたが、当時起こり始めたウォーキング・ブームに乗って「一日一万歩あるきましょう」のキャッチ・フレーズとともに人気商品となったようです(同社HPによる)。なお「万歩計」は同社が取得した登録商標(1984)で、一般名詞では「歩数計」と言うそうです。
最も活動的な年代ならともかく、高齢者の健康増進の観点からみて「ほんとうに一日一万歩も必要なのか?!」と考えたのは米国ボストンにあるハーバード大学医学部の主要関連病院として名高い「ブリガム・アンド・ウィメンズ病院」の研究者らのグループです。東大の先生も共同研究者に入っています。彼らは“一日一万歩”の科学的根拠がどうもあやしいと思ったようです。
そこで彼らは米国の女性の健康問題を検証するための大規模住民研究である「ウィメンズ・ヘルス・スタディ」に参加した高齢女性(72歳±標準偏差5.7歳)に“ウェアラブル加速度計”(歩数も歩行強度も測定できます)を装着してもらって、データを回収・解析し、一日の歩数、歩行強度と「すべての原因による死亡(全死亡)」との関係について解析しました(米国医師会雑誌・内科学 2019年5月号)。
最終的にデータ収集の最低条件(起きている時間で1日10時間以上、計4日間以上装着)を満たしたのは16,741人、1日平均歩数は5,499歩でした。平均観察期間4.3年の間に504人が何らかの原因で亡くなっています。そこでまず1日歩数と死亡リスクの関係を検討するために、平均歩数の少ない人〜多い人の順に並べて4つのグループに分けました。グループの平均歩数は、それぞれ2,718、4,363、5,905、8,442歩でした。
結果に影響するようなさまざまな因子で調整した全死亡率は、最も歩数が少なかったグループを1.00とすると、二番目に少なかったグループでは0.59、三番目は0.54、最も歩数が多かったグループは0.42となり、歩数が多いほど死亡リスクは低下しました。ただし1日歩数が7,500歩を超えると死亡率低下は横ばいになりました。また、歩行強度と死亡率の関係をみると、一見強度が強い方が死亡率低下に関係するようにみえるのですが、1日歩数で補正すれば関連は薄くなり、結局のところ歩行の運動強度はあまり関係なく、1日歩数が重要であることが分かりました。
この研究は、“毎日少しで良いから歩くこと”の重要性を示しています。1日歩数2,700歩という“おそらく日常運動としての意識的な散歩はほとんどしない人たち”でさえ、わずか1日1km強ほどの散歩を追加するだけで40%も死亡リスクが低下する、というのはちょっとびっくりです。しかも歩く速さは問題ではない、というのですから、無理に早歩きで頑張る必要もありません。そして1日5kmと少し歩けば、ほぼ目的は達することができるというわけです。
さて、この簡単かつ安全な“散歩運動療法”が、ここまで高齢女性の死亡率を下げるのが事実なら、より幅広い年齢層で男女を問わず、既存の運動療法と、その効果を比べてみたいところです。「わざわざ運動するのも、めんどうくさい」というナマケモノ人間にもぴったり・・・・・・
さて、話がうますぎる気もしないではないですが、「一日一万歩あるきましょう!!」のハードルはだいぶ下がったように思います。では誰が“一日一万歩”を言い出したのでしょうか・・・・・・この論文の著者たちは、日本で1960年代に大流行した「Manpo-kei」から始まっているのではないかと考えているようです。なるほど、“一日一万歩”の根拠は、サイエンスではなく、日本の一企業の卓越したキャッチ・コピーだったようです。
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