2020年04月28日

特別増刊号−3  「COVID-19の薬」の続報と「COVID-19流行中の予定」 入院」について


私が毎朝の通勤で乗る大阪シティバスは梅田まで12分ほどなのですが、乗客は2人くらい、梅田から乗る阪急宝塚線急行は朝で1車両に10人ちょっと、帰りは数人です。この光景にはなかなか慣れません。見るたびに私たちは今、非日常の世界にいることを痛感します。

現時点で、医療現場がなによりも必要としているものは、まずガウン/エプロン・マスク・ゴーグル/フェイスシールドなどの個人感染防御具(PPE)の十分な配備、数十分〜1時間以内で判明するCOVID-19迅速診断検査、そして有効な治療薬です。PPEについては、国や自治体の有効な対策、善意の寄付、さらに自力で作成(DIY)!(まさか本当にこれが必要になるとは思いませんでした)など、何でも良いからとにかく入手するしかありません。PCR以外のもっと早く診断できる検査法については、少しずつですが進展しつつあります。でもなんと言っても待たれるのは、有効な治療薬です。“攻撃に勝る防御なし”は感染症治療においても事実です。守ってばかりでは勝てそうもないので。もっとも、麻疹レベルの有効なワクチンが広く行き渡ればまた話は別なのですが・・・・・・

前回の増刊号で紹介しましたように、最も効果が期待できそうな薬剤は、ウイルスRNAの合成を阻害する二つのRNAポリメラーゼ阻害剤、ファビピラビル(アビガン)とレムデシビル(増刊号−2で“レムデシベル”と書いていました、すいません。“デシベル”は音量の単位だ・・・・・・)です。ごく最近、両剤に関する論文が閲覧可能になりましたので、紹介します。

[ファビピラビル(アビガン)] 前号で論文に行き着けなかったと書いていた研究です。「エンジニアリング誌(中国工程院〜中国の技術分野における最高機関〜英文機関誌)」に“印刷中”として閲覧ができるようになっていました。前に閲覧できなかった理由は、一旦論文が撤回されたからのようですが、このあたりの事情はよく分かりません。何かあったのかも・・・・・・多少の“きな臭さ”はあります。論文のタイトルは「COVID-19に対するファビピラビルの実験的治療:オープンラベル(患者も医療従事者も治療内容が分かっている=盲検化していない)対照研究」で、広東省深セン市の第三人民病院の医師らによる研究です。

さて研究の概要ですが、比較している治療法はファビピラビル(アビガンのジェネリックです)を初日1600mg 1日2回、2〜14日目は600mgを1日2回服用)+インターフェロンα吸入(1回500万単位、1日2回)群35例VS カレトラ(抗HIV薬)+インターフェロンα吸入群45例です。ファビピラビルの1日投与量は日本で新型インフルエンザに認可されている量と同じですが、インフルエンザの場合は5日までの投与となっています。

結果ですが、投与からウイルス消失までの期間では、ファビピラビル群で平均4日、カレトラ群で平均11日、また胸部CT画像の改善率はファビピラビル群で91.4%、カレトラ群で62.2%でした。副作用もファビピラビルの方が軽微であったとのことです(11.4% VS 55.6 %)。このデータからはファビピラビルの判定勝ち、と言っても良さそうです。薬効に関する科学的な評価については、より洗練された臨床試験が必要なのですが、COVID-19の現状をみると、その実施には倫理的な問題など、さまざまな障壁があります。

もうひとつは、やはり中国発の論文で、こちらは“プレプリント・サーバー”に登録された「査読前論文」です。専門家の批判的吟味を受ける前の状態ですので、解釈には注意がいります(読み手の自己責任です)。武漢の病院や大学、北京大学などの共同研究です。

研究方法はファビピラビルとアルビドールとの前向き、ランダム化、オープンラベルの比較試験です。なおアルビドールというのはロシア産の広域抗ウイルス剤で(抗ウイルス剤研究誌 エルゼビア出版 2014)、COVID-19の治療については、カレトラ投与群34例とアルビドール投与群16例を比較した論文があります。重症肺炎患者は対象外なのですが、投与14日目のウイルス消失率をみるとアルビトールで100%、カレトラで56%であったとのことです(英国感染学会誌 2020)。

さて、話を上記査読前論文に戻しますが、240例のCOVID-19を120例ずつファビピラビル群とアルビドール群に割り付けています。投与7日目の臨床的な改善については、有意差はなかったのですが(ファビピラビル群 61.2%VSアルビドール群 51.7%)、ファビピラビル群で発熱や咳の持続期間が短く、副作用も軽微であったということです。この研究の対象患者には死亡例が含まれておらず、論文を読んでもすっきりしないところがありますが(なんで比較対照がアルビドールやねん!)、アルビドールと比較して互角以上、ということにしておきましょう。

当然ここで、日本のデータが知りたいところです。これについては4月18日に行われた日本感染症学会 Web特別シンポジウムで藤田医科大学の土井洋平教授が現在行われつつある臨床試験の迅速観察結果を報告されています。全国の約200の医療機関が参加した臨床試験なのですが、対照群をおいた比較試験ではない、吸入ステロイドの併用例もある、転帰の判断は各主治医にまかされるなど、さまざまな観察研究の限界はあるものの、346例(男性262、女性84)が解析対象となっている貴重なデータです。

COVID-19患者を重症度で3群に分けて(軽症:酸素投与なし、中等症:酸素投与あり、機械換気(人工呼吸)なし、重症:機械換気あり)、アビガン投与後7日目/14日目の改善率をみると、軽症で70/90%、中等症で66/85%、重症で41/61%でした。ただし重症では7日目/14日目の悪化が34/33%あったということです。すなわち、重症に至らないうちにアビガンを投与すれば、良い結果が期待できそうな印象がありますが、巷間で伝えられているようにCOVID-19患者の80%は重症化しないのなら、とくに軽症者に対する効果の検証は容易ではありません。「投与した、効いた(とくに有名人の患者さんが良くなると)」でつい前のめりになりがちですが、土井教授がおっしゃっておられるように、さらなる検証が必要です。たとえ今、混乱の中にあったとしても、この先将来にわたって続くであろうCOVID-19との戦いに備えて、質の高い科学的根拠をすくい上げておくことが重要であろうと思います。

[レムデシビル] こちらは「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」のサイトで2020年4月10日にアップされました。論文のタイトルは「重症COVID-19患者に対するレムデシビルの人道的投与(Compassionate Use)」です。「重症COVID-19患者を助けたいがために、人道的見地から(ギリアド社の提供した)レムデシビルを投与した結果なので、臨床研究の方法論としては不備なところも多々あるが、そこは理解してほしい」という著者たちの心の内が感じられます。米国、欧州、カナダ、そして日本の医師・研究者も共同著者に名を連ねています。

対象となったのは入院中のCOVID-19患者で、室内気または酸素吸入下で酸素飽和度が94%以下(95%以上が正常範囲ですが、ほとんどの健常人は98〜100%を示します)を示した人たち(計61名)です。レムデシビルは初日200mgを経静脈投与、以後2〜10日目は100mgが投与されるデザインでしたが、治療後データの欠如や投与量の誤りで8例は除外となり解析対象となったのは53人(米国22例、欧州・カナダ22例、日本9例)でした。

投与前の状態をみると重症例が多く、30/53例(57%)は人工呼吸器管理されていて、4/53例(8%)は体外式膜型人工肺(ECMO)使用中でした。結果は、平均18日の観察期間で、36名(68%)では酸素供給状態の改善がみられました(人工呼吸器管理を受けていた30例中17例で人工呼吸器離脱)。また合計25名(47%)は退院し、死亡したのは7名(13%)でした。死亡率はハイレベルの人工呼吸管理を受けていた患者では18%(6/34)、そうでない患者では5%(1/19)でした。この結果からレムデシビルは重症COVID-19患者にも一定の効果があると考えられ、偽薬を対照群としたランダム化試験が進行中とのことです。

でもこの後4月24日にWebニュースで「WHOが中国で行われていたレムデシビルの臨床試験が失敗に終わったと発表し、レムデシビルを製造するギリアド社の株価が5%低下。だがギリアド社は、これはWHOの誤発表であったとして抗議しWHOは発表撤回・・・・・・」というように混乱していて、情報も錯綜しているようです。中国、米国、WHOの関係もぎくしゃく、というか乱闘寸前!というふしもあるので、論文もより慎重に読まないといけないかも知れません。それにしても、COVID-19の問題については、「ちょっといいかげんにしてよ!WHO!」と言いたくなります。私もしつこい性格じゃないけど、ことの始めの頃にWHOがどう言っていたか、しっかり覚えているものね・・・・・・そりゃね、新しい病気だから、すべてを見通せる人なんていないのは分かっているけど、明らかな間違いを言ったのなら「ごめんなさい」の一言くらいあっても良いと思うのです!愚痴になるからもう言わないけど・・・・・・

愚痴のついでに・・・・・・4月28日に「日本でレムデシビルが5月中にも特例承認される」と安倍首相が述べたというニュースが流れました。それは良いけど、アビガンはどうなったのでしょう?!COVID-19に対して第一線で診療にあたっている医師を信じて、早くアビガン使用の自由度をあげてほしいと思います。今のような状況になれば、厚生行政のコントロールが日本中、津々浦々行き渡るのは不可能です。アビガンの真の効果や最善の使いどころは、臨床の現場から届く情報でしか分からないと思うのです。そして「新たな脅威となった疾病に対する最善の治療法を決める段階で、“医学的・科学的でない事情”が干渉している」ことがないように願いたいです。

ではついでにCOVID-19に関する別の話題をひとつ・・・・・・

COVID-19が世界を変えてしまって、日本でも、ほとんどの病院が影響を受けています。たとえば、別の病気で以前から手術の予約をしていたのだけど、それが延期になってしまった・・・・・・という話は珍しくありません。せっかく入院申し込みをした患者さんは「コロナで混乱しているのは分かるけど、院内感染に注意して、何とか予定通りに手術ができないものか」と思っておられるでしょうね。でもCOVID-19は感染していから発症するまでの期間(潜伏期間)が3〜10、最長14日(あるいはもっと)とされています。もちろんこの期間は症状がないので気づきません。では、もし知らずに感染していて、潜伏期間に入院して手術を受けることになれば、何か不利なことがあるのでしょうか?実はこれはかなりの高リスクになるという論文がありました。

武漢の4病院の医師たちは、結果的に潜伏期間中に予定手術を受けることになった34名の患者について分析してランセット誌の姉妹紙である「Eクリニカルメディシン(エルゼビア出版) 2020」に発表しました。対象患者は平均年齢55歳、58.8%が女性でした。手術術式は腹腔鏡あるいは開腹のがん手術、整形外科、婦人科、脳外科領域などさまざまでした。
最終的には15名(44.1%)でICU管理が必要となり、7名(20.5%)が死亡しました。死亡した患者さんは平均年齢59.2歳とやや高く、手術前からあった合併症の頻度も高い傾向があったのですが、術式をみても、平常時であれば、こんなべらぼうな死亡率になるはずがありません。COVID-19と知らずに手術し、術後に発症すると、予後が悪くなることは間違いなさそうです。すなわちCOVID-19の潜伏期間中の手術は、結果としてかなりの高リスクになるわけです。

ですから今のような時期に予定手術を受ける際には、入院までの間は、極力感染機会を避け、体温の記録を怠らず、体調の変化を細かく記録しておくべきだと思います。万一変化があれば、たとえ入院当日であろうと、必ずまず主治医に電話連絡をしてください。

これから梅雨の時期を経て、そしていつもの暑い夏がやってきます。温度と湿度が上がり、紫外線が増えたら、COVID-19の蔓延も収まってくるのでしょうか?COVID-19感染と気候の関連については、肯定する文献も否定する文献もあります。私見ですが、患者数には大きな差があるとはいえ、北半球にも南半球にも感染は広まりました。東アジアでも暖かい都市でも発症がみられました。やはり気候よりも、ソーシャル・ディスタンス、3密を避ける方が重要だと思うのです。

季節の移ろいに期待するよりも地道な努力・・・・・・でも経済や学校教育のことを考えると、たとえCOVID-19が収まっても、本当に大変なのはその後かも知れません。後世の史書に「令和は忍耐の時代であった。」とか書かれることになりそうな・・・・・・


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2020年04月15日

人類の進化と情動を司る遺伝子変異

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私たち人類の祖先(ヒト属)が地球に誕生して約200万年、さまざまな幸運に見舞われ、地上の覇者となりました。まだ人類の祖先が無力な原始哺乳類だった6500万年前には巨大隕石衝突が起こって、当時の覇者だった恐竜があっという間に絶滅したのは運以外の何者でもないし、二足歩行・脳の発達にしても、たまたま起こった進化=遺伝子変異が運良く“当たり”だっただけかも知れませんしね・・・・・・

覇者になったとはいえ、人類は他の動物種とは違って、しょっちゅう仲間割れするし、意図的でないにしろ他の生物種を絶滅に追い込むし、ふつうの動物種では当たり前に備わっている本能が弱くて、生きる意味とか、自己実現とかのお題目を無理矢理考え出さないといけないし・・・・・・なんだか“生物種としての不完全性”が目立ちますね〜自分を振り返っても、ホント、そう思います。

数十万年前、多くの類人猿が世界中に乱立・跋扈していた中から、いかにして我らヒト属が生き残ったか、についてはさまざまな説があります。医学的な観点からこのような議論を展開できる分野のひとつとして、大脳生理学・神経科学があげられます。

ある生物種が少数しか存在していないとき、その生物種の行動や情動の特性は種の生き残りに大きな影響を与える可能性があります。そうなるとヒト属の場合、行動とそれを裏打ちする脳の情動は大きな意味を持ちますが、その情動は脳内の神経伝達物質という脳神経細胞活動を賦活・制御する物質の支配下にあると考えられます。一方、神経伝達物質にはそれを取り込んで輸送する固有の蛋白質があるので、この蛋白質の機能が結果として脳神経細胞活動、ひいては情動に大きな影響を与えます。

このような観点から、東北大学のグループは情動に関わる神経伝達物質の取込に深く関わる「小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)」という蛋白質の進化段階を検討しました(進化生物学誌 BMC出版 2019)。著者らはVMAT1の変異体を培養細胞で再現する技術を用いて類人猿から現代人に至るまでに5段階のVMAT1を作成し進化論的分析を加えています。

VMAT1変異が起こる、すなわち遺伝子配列の突然変異によって蛋白質を構成するアミノ酸がわずか1個変化しただけで、神経伝達物質の取込能が変わって、個体の認知や情動がかなり変化することが分かっています。VMAT1は進化の過程で5段階の変異が起こったのですが、1〜4段階までの過程では神経伝達物質の取込が、かなり減少する方向に変異したようです。これはヒト属において、不安やうつ傾向が強くなっていったことを意味しているそうです。ところが最終の5段階目の変異によって神経伝達物質の取込は大きく上昇しました。これが起こったのは今から約10万年前で、ちょうど私たちの直接の先祖であるヒト属が、アフリカ大陸を出て、世界中に散らばっていった時期に一致するのです。

ちょっと出来過ぎた話のような気もしないではないのですが、確かにヒトの黎明期は厳しい環境にあり、認知・行動・情動の“方向”が生存を左右したことは想像に難くありません。すなわち“環境による自然選択”が働き、“適者生存”〜“フィッターズ・ビクトリー”の原則によって、適応したものが生き残った、ということです。「不安」は自己防衛に繋がりますし、「うつ」も私たちが想起するような薬物治療が必要なレベルはさておき、やや古典的な言説に想像を交えて考えると、しばしば“うつになりやすい性格”とされる「他者に配慮する」、「几帳面」、「責任感の強さ」を豊富に持つことが厳しい環境での比較的小さな集団の維持・生存に有利に働いたのかも知れません。

そしてさらに環境が悪化し、どうにもならなくなった時には、不安やうつ傾向に乏しい“行動的な”ヒトが現れ、新天地に飛び出して行った・・・・・・「出エジプト」ならぬ「出アフリカ」ですね。あるいは行動・前進を恐れぬモーゼのような(顔は「十戒」のチャールトン・ヘストン似)リーダーが皆を引っ張って行ったのかも・・・・・・

それが起こったのはほんと10万年前か?ということで調べてみると、最近の発見から考察すると出アフリカはもっと古く、遅くとも18万年前という意見も(サイエンス誌 2011)・・・・・・まあ、遺伝子変異の時期を正確に推計するのも困難ですし、数万年の差はあまり気にしなくても良いのかも知れませんが。

それよりひっかかるのは、人類の進化も、そして今それを考察しているこの私の思考も、脳内の神経伝達物質とそれを運ぶVMAT1などのトランスポーター蛋白のなせる技・・・・・・ということになると、ちょっと虚しい気もしないではありません。やはりこの生身の体は、所詮は遺伝子の乗り物に過ぎないのかも知れません・・・・・・乗り物だとすれば、ちょっとガタが来始めているのが気がかりです。

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2020年04月10日

特別増刊号−2  「COVID-19の薬」、「COVID-19と薬」


ついに緊急事態宣言が発令されました。大阪市内も不気味なほど人出が減っていますが、患者数は未だ増え続けています。日本は過去にインフルエンザのパンデミックは経験しているはずですが、このように街の風景が変わるのは、初めての経験ですね・・・・・・

前回のCOVID-19特別増刊号の記述を振り返ってみると、昨今の状況を見るに薬物療法の記述はちょっと愛想無かったかな〜と反省。もちろん、“COVID-19に確実に有効な薬”は未だ知られてはいないけど、さまざまな国で有効薬剤を探すべく、懸命の研究が進んでいます。そこで今回は多少なりとも明るい希望を探る視点で「COVID-19の薬」の現状を紹介し、併せて最近話題となった、普段よく服用している薬とCOVID-19との関連、すなわち「COVID-19と薬」についての情報について書いておきたいと思います。

これは想像なのですが、中国は2002のSARS、2012のMERSの経験から、再度の新型コロナウイルス感染症の発症をある程度予期し、それなりにシュミレーションもしてきたのではないかと思うのです。事実COVID-19の発症とともに、低酸素血症を来している入院患者199人を対象に、既にHIVの治療で実績のある抗ウイルス剤カレトラ錠(リトナビル/ロピナビル配合剤)の治験を遅滞なく行いました。その結果は3月18日付のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌に掲載されたのですが、カレトラ投与+標準治療群VS標準治療群で比較すると、カレトラ投与群で死亡率はわずかに低い傾向があったものの有意差はなく、臨床的改善や治療後のウイルス検出率にも差がなく、副作用はカレトラ投与群で多く、13.8%で投与中止となりました。このデータを見て、世界中の多くの専門家は、がっかりしたのではないでしょうか。もちろん「カレトラはもう、見込みなし」と判断するにはまだ早いのですが・・・・・・しかしCOVID-19の蔓延は止まることを知らずに拡大しつつあり、確実に効果がある薬・治療法の探求は急務です。

その期待される薬剤の中でも、安倍総理の口からよくでるのが新型・再興インフルエンザ治療薬のアビガン(ファビピラビル)です。まずは日本の期待の星、アビガンから・・・・・・

[アビガン(ファビピラビル)] 富山大学名誉教授・現千里金蘭大学副学長の白木公康先生が中心となって開発された抗インフルエンザ薬です。合成、製造はこの分野で高い技術力をもつ(株)富山化学(現富士フィルム富山化学)が担当しています。既に国内に相当量が備蓄はされていますが、日本では高病原性新型または再興型インフルエンザが発生し、国が認めたときにのみ投与可となります。今の流れでは、臨床試験で一定の効果がでたら速やかにCOVID-19でも認可されて投与が始まると思います。

アビガンはインフルエンザウイルスの遺伝子であるRNAが複製される過程で、RNA合成酵素が“偽の材料”としてアビガンを取り込むことにより、RNA合成が停止し、ウイルスの増殖を阻止します。動物実験モデルではタミフルが無効の“致死的実験系のマウス”をすべて救命できたと報告されています。また薬剤耐性が生じず、インフルエンザ以外にもエボラ出血熱ウイルス、ラッサ熱ウイルス、狂犬病ウイルス、ダニに媒介される重症発熱血小板減少症候群(SFTS)ウイルスなどの多くの致死的RNAウイルスに実験系や動物実験モデルで効果を発揮します(薬理学&治療薬 エルゼビア出版 2020 オンライン先行出版〜白木先生ご自身の著作論文です)。日本でも、もう臨床試験が始まっていると思います。

中国では既に2月14日にアビガンのジェネリック薬を用いた臨床試験が開始されています。アビガン投与群と対照群(カレトラ投与群のようです)併せて80名規模の臨床試験ですが、アビガンの効果はカレトラを上回り、問題となる副作用もなかったようです(青島大学の研究者による「ドラッグ・デイスカバリー & テラピューテイクス誌 2020」の総説による;実際の臨床試験の具体的な内容は中国語の記事にしか行き着けず検索断念)。白木公康先生ご自身もアビガンのCOVID-19に対する効果には自信を持っておられるようで、心強い限りです。結果の発表が待たれるところです。なお動物実験では催奇性があるので妊婦の方には投与できません。

[レムデシビル(4/29修正済)] 米国ギリアド社のエボラ出血熱治療薬です。この薬剤も4月には臨床試験開始とのことです。アビガンとよく似た部位でRNAウイルスの複製を抑制するので、多くのRNAウイルス感染症で効果が期待されています。ただ実際にコンゴでエボラ出血熱に対して投与された結果では、効果は抗体療法に劣っていたようで(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌 2019)、ちょっと心許ない気もしないではありません。

[ナファモスタット:先発商品名 フサン] この薬剤は既に長期間臨床の場で広く使われてきました。急性増悪状態の膵炎や播種性血管内凝固症候群とよばれる血液凝固異常に保険適応があり、安全性も確立しています。SARS-CoV-2がヒト細胞に感染する際には、ウイルス外膜とヒト細胞の細胞膜が融合することが必要なのですが、今年の3月東京大学医科学研究所はナファモスタットがこの過程を強力に阻害することを報告しました。この効果が臨床レベルで見られるのなら、COVID-19に対する強力な武器になるかも知れません。なお、同効薬に経口剤のカモスタット(先発商品名 フォイパン)というのがあるのですが、これも同様の抗ウイルス効果をもつことをドイツのグループが発表しているそうです。ただし血中濃度からみると、ナファモスタットの方がより期待できそうだけど。

[シクレソニド:商品名 オルベスコ−喘息用吸入ステロイド剤] 現在では吸入タイプのステロイド剤が気管支喘息の標準治療となっています。強力な抗炎症作用を持つステロイドは喘息の原因となる「気道の慢性炎症」を改善し、喘息を寛解に導きます。副作用も少ない優れた治療ですが、細菌・ウイルスなどによる感染症の悪化を来すことがあるので注意が必要、というのが今までの常識でした。ところがこの吸入薬がCOVID-19の重症肺障害に有効であったという報告(日本感染症学会HPで症例報告が閲覧できます)があり、一躍この薬剤が注目を集めました。確かに国立感染症研究所のコロナウイルス研究室はこの薬剤がSARS-CoV-2のRNAの複製を阻害すると報告していて、この薬剤の効果が単に気道炎症の抑制のみならずSARS-CoV-2に対する直接作用による可能性も示唆されています。また、市場にでている数多くの喘息様吸入ステロイド剤のうち、SARS-CoV-2への効果が証明されたのは今のところシクレソニドのみ、ということです。現在全国から症例を集積して臨床試験が進行中です。なお、COVID-19の肺障害に対するステロイドの全身投与の有効性は確認されていない、という意見が一般的です(ランセット誌 2020 on line )。

[クロロキン/ヒドロキシクロロキン] もともとは70年以上の歴史を持つマラリア治療薬ですが近年“免疫調節作用”も併せ持つことが明らかになり、自己免疫疾患などに投与されるようになってきました。日本でも全身性エリテマトーデスと皮膚エリテマトーデスに保険適応が認められました。ただこの薬剤、マラリアにも免疫疾患にも、どのようなメカニズムで効くのか分かっていません。COVID-19に対しても単独で、あるいはアジスロマイシンという抗菌剤との併用で有効であったという報告もありますが(国際抗菌剤化学療法学会誌 エルゼビア出版2020、バイオサイエンス・トレンド誌 2020)、未だ根拠不十分とする専門家もいます。しかし日本でも今回のCOVID-19に有効であった症例もあるようです。米国のトランプ大統領は、なぜかこの薬剤がお気に入りのようで、認可にも熱心ですし、最近「医療従事者に予防投与したらどうか。オレも服用する」と言ったとか、言わないとか・・・・・・でも米政権の感染症問題の知恵袋的存在のアンソニー・ファウチ国立感染症研究所所長(私でも名前を知っているような内科学・感染症学の巨匠です。著書も買ったことがあります。)はこの薬剤の導入については慎重な立場をとっています。一方ピーター・ナヴァロ大統領補佐官もこの薬剤に肩入れしていて、ファウチ博士とバトルしたとか・・・・・・経済学者のくせに失礼な奴だ(怒)・・・・・・あっ、別に経済学者みんながどうこうと言うつもりはありませんので、誤解なきようお願いします。


次は、COVID-19がふだん服用する薬に影響を与えるかも知れないと、ネットなどで話題になった話についてです。

[降圧剤:アンジオテンシン転換酵素阻害薬ACE-I、アンジオテンシンU受容体拮抗薬 ARB]
ACE-I、ARBともにとても人気のある降圧薬です。とくにARBの方がよく使われています。同じく人気の降圧薬であるカルシウム拮抗薬との合剤もありますので、降圧薬を服用されている方はお薬手帳やネットでいちど成分を確認してみて下さい。これらの薬剤がなぜCOVID-19との関連が取りざたされたのかといえば、“SARS-CoV-2がヒトのACE-2受容体を介して感染する”からです。そこでACE-I、ARBのフル・ネームを見て下さい。ねっ、何か関係ありそうでしょう?まず話題になったのはACE-I、ARBを服用しているとACE2受容体が増加してくるので、感染しやすくなるのでは?という疑問でした、実際、COVID-19死亡の危険因子のひとつとして高血圧・心血管病が挙げられています。ところがACE-I、ARBは心疾患にも適応がありますので、高血圧・心血管病患者さんの多くがACE-I、ARBを服用しています。そこで「ACE-I、ARBを服用しているとCOVID-19のリスクが高い?!」という話が広まったのです。そのため外国では勝手に薬剤を中断して持病が悪化した人も少なくなかったようです。この状況を憂慮した米国と欧州の高血圧や心臓病の関連学会は、相次いで声明を発表しました。その骨子は、「ACE-I、ARBを服用していてもCOVID-19に罹りやすいとか、罹ったときに重症化しやすいというデータは全くないので、勝手に服薬を中断してはいけない」というもので、この声明はもっともです。COVID-19は肺のみならず心臓にも臓器障害を来すとされており、現段階では専門家でさえ「ACE-I、ARBがCOVID-19において、不利に働くか、有利に働くか、何ともいえない」というのが本当のところのようです(米国心臓病協会誌 2020)。一方、高血圧・心血管疾患そのものがCOVID-19の危険因子であることは間違いないので、十分な感染対策と高血圧・心臓病を良い状態に保つことがなによりも重要であることは疑いありません。

[非ステロイド系抗炎症剤 NSAID] NSAIDは非常によく使われる消炎鎮痛・解熱剤です。アスピリン(現在は少量を血栓予防剤として処方されることが多いです。鎮痛解熱剤として中等量以上を服用すれば日本人は胃腸障害が出やすい傾向にあります)とアセトアミノフェン(インフルエンザの発熱に対する第一選択薬です)は通常NSAIDの範疇には入れません。代表的なNSAIDにはイブプロフェン(ブルフェン、イブ)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)などがあります。これらのNSAIDはCOVID-19の予後を悪化させる、という話が広まりました。これは全く根拠がないわけではありません。NSAIDの長期連用は心血管病や呼吸器病に悪影響があり、腎障害のリスクもあります。また病初期に用いると発熱などの症状をマスクしてしまう可能性もあり、少なくともCOVID-19に罹患した可能性があるときには、NSAIDによる“付加リスク”の可能性は否定できず(英国医師会雑誌 社説 2020)、自己判断で服用するような薬剤ではありません。

とはいえ、NSAIDとCOVID-19との関連については、データは少なく、科学的根拠は乏しいのが現状です。慢性疼痛・慢性炎症性疾患ではNSAIDを連用せざるをえない状況も少なくありません。このような場合、NSAIDの自己中断もまた別のリスクとなります。それ以外なら、やはりアセトアミノフェンが第一選択になるかと思います。まあ、“効き目の切れが悪い”ときもあるのだけど・・・・・・ではみなさま、ご無事で。

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2020年04月03日

特別増刊号 COVID-19


大変なことになりましたね〜正直、ここまで大事になるとは思いませんでした。
過去に発生した重篤な肺炎を起こしうるコロナウイルス感染症といえば、2002のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012のMERS(中東呼吸器症候群)がありました。全世界の患者数はSARSで計8,000人超(死亡率約20%)、MERSで計2,000人超(死亡率約34%)だったのです。ところが今回のCOVID-19は今日4月3日朝の段階で感染者数1,011,490人、死亡数 52,863人、回復者数210,186人(死亡率約4.3%)です(ジョン・ホプキンス大学特設サイトによる)。死亡率はともかく、感染者数の増加の規模・速さともSARS、MERSとは比較になりません。

幸いなことにSARS、MERSともに日本での発生はありませんでした。日本では2009年5月には新型インフルエンザ(H1N1)の大流行があり、私も実際に診療に携わる機会がありましたが、日本上陸とともに軽症化していて、迅速検査キットや治療薬も完備していましたので、蔓延はしたものの、さほどの混乱もなく収束し、H1N1はそのまま季節性インフルエンザとして定着しています。

ところが今回のCOVID-19は4月2日の時点で国内の感染者数 2,617人、死亡数 65人、回復者数 505人(死亡率約2.1%)となっています。そしてなによりも社会的な影響が甚大で、東京や大阪の中心部でも大幅に人出が減っていて、マスクや消毒用アルコールなどが店頭から消えるなど、今までに経験したことがない状況になっています。言葉は悪いのですが、テレビは毎日のように危機感を煽り、専門家・非専門家が入り乱れて真偽のほどはさだかでないコメントを連発しています。

なお先に“真偽のほど”について私見を述べさせて頂きますと、COVID-19の問題は何よりもまず医学的問題、疫学的問題、公衆衛生の問題です。このような問題について議論するときには「科学的根拠」に基づくべきです。しかし残念ながら、新しいウイルス感染症に対する信頼できる科学的根拠は存在しません。ですので、科学的根拠のうち、“ふつうは当てにしない最低レベルの根拠”である「専門家の意見」に頼るしかないのが現状です。今回の大流行でたくさんの科学的根拠が得られるとは思いますが、今すぐには間に合いません。

医学文献の中には、このような現在進行形の問題について、できる限りリアルタイムに情報を収集し、速やかに更新しながら発信することを目的とした情報源が存在します。ウオルタース・クルーワー社の「UpToDate」という電子リソースは、その中でも最も質の高いもののひとつです。このUpToDateの「COVID-19」についての総説(ハーバード大学の専門家が担当していて、最終更新日は3月31日)を軸として、最新かつ最も正確と思われる情報を提供させて頂きます。なお一部を除いて引用文献は省略させて頂きます。長文ご容赦ください。

[名称]2019年末に中国の武漢で発生した新しいコロナウイルス感染症はWHOによって「COVID-19」と命名されました。そしてこのウイルスは国際的なウイルス命名委員会によって「SARS-CoV-2」と呼称されることになりました。

[SARS-CoV-2について]元来コロナウイルスというのは普通の風邪の原因として最もありふれたもののひとつ(20%くらいを占めるとされています)ですが、時に変異して、SARSやMERSのような伝染性の重篤な病気を引き起こします。今回のSARS-CoV-2は遺伝子配列でみるとMERSよりもSARSに近く、またコウモリがもつ二つのコロナウイルスに類似しています。ヒトの細胞にはアンジオテンシン転換酵素2(ACE2)の受容体に結合して侵入します。ACEは血圧調節に重要な役割をはたしている酵素です。なおSARS-CoV-2にはL型とS型の2種類があり、L型が70%を占めるのですが、武漢以外ではS型優位との報告があります。この両型での臨床像の違いについては明らかではありません。個人的には日本と欧州・米国の間で感染拡大の推移や死亡率がずいぶん違うので、SARS-CoV-2の亜型や変異株の違いがこれに関係しているとすれば、今後の経過に十分な注意が必要です。

[感染の広がり]2019年末の段階で武漢の感染者数は80,000超、その後3ヶ月で感染者数は10倍を超え、現時点では南極大陸を除くすべての大陸にまで感染が拡大しています。当初は武漢の海鮮物や生きた動物が売られていた市場が感染源として注目されていましたが、今やヒト−ヒト間の感染が主体であることには疑う余地はありません。

[感染経路]感染経路して最も重要なのは感染者の咳・くしゃみ・会話などで発生する呼吸器由来の飛沫による感染です。飛沫に含まれるウイルスが粘膜に到達することによって、感染が成立するとされています。またウイルスが付着した環境物質の表面に接触した手で目や鼻や口を触ることも感染の原因となります。一般に飛沫自体は2m以上到達しないとされ、またウイルスが空気中に残ることはないとする意見が主流です。ただ実験室レベルの環境ではウイルスはエアロゾルの形で少なくとも3時間生存するという報告もあるので、空気感染並の感染対策をとっている国もあります。またSARS-CoV-2は血液中や糞便からも証明されるのですが、糞便−経口感染ルートは臨床的意義はないと考えられています。

[排出されるウイルス量]PCR検査によると、症状がでて間もない頃ほど排出されるウイルス量が多いと考えられるので感染初期の方が感染させるリスクが高いという仮説がありますが、証明されてはいません。ウイルス排出期間は軽症例ならほとんどが初発症状から10日以内に排出が止まる、というデータもありますが、重症例ではもっと長いとも考えられ、137例の解析によると中央値20日(8〜37日)と報告されています。また、一旦陰性となっても再び陽性となる事例の報告がありますが、検査の感度の問題なのか、ウイルスの再燃なのかについては検証されていません。

[感染力]SARS-CoV-2による感染がどれくらいの確率で生じるかについてはデータが錯綜している感があります。中国で数万人の濃厚接触者に対して行われた調査の結果では感染率は1〜5%と報告されています。しかし一方、日本の各地で“クラスター”の報告が相次いでいますので、感染者からのウイルス排出量、空調・換気、密集度、会話・食事形態などで、感染率は大きく影響される可能性が高いと思われます。

[SARS-CoV-2に対する抗体産生]SARS-CoV-2に感染すると抗体が産生されます。少なくともその一部は防御抗体となると考えられていますが、COVID-19に罹患した人がCOVID-19に免疫を持つか否か、それがどれくらい持続するかについては、まだ分かっていません。罹患し、回復した患者の血清抗体を治療に使うという試みもなされているのですが、その結果は未だ検証できるレベルにはありません。

[潜伏期間]ウイルス侵入から発症までの時間はおおむね14日以内、通常4〜5日と考えられています。また2.2日までに発症するのは全体の2.5%で、11.5日までに97.5%が発症するとのデータもあります。

[重症度(中国44,500人のデータ)] @軽症(肺炎がないか、あっても軽度):81%
A重症(呼吸困難、低酸素血症または24-48時間以内に肺の>50%に肺炎像が広がる):14%B重篤(呼吸不全、循環不全、多臓器障害):5%〜全死亡率は2.3%で、すべての死亡は重篤例から発生しました。死亡率は当初武漢で5.8%、それ以外の中国では0.7%と報告されていました。しかしCOVID-19が欧州に広がると、イタリアでは全症例の12%、入院患者の16%が集中治療室に搬入されることになり、死亡率は3月半ばで7.2%まで上昇しています。患者数の急増と医療体制の崩壊が起これば、死亡率は大きく上昇することが示唆されます。

[重症となる危険因子(イタリアのデータ)] @心血管病A糖尿病B高血圧C慢性肺疾患DがんE慢性腎臓病;死亡例355例を解析したところ、これら@〜Eの危険因子を平均2.7個持っていました。全く危険因子のなかった死亡は3例(0.8%)のみでした。年齢からみると高齢者ほどリスクが高いと報告されています。中国44,500人の解析では、30〜79歳が87%を占めていて、70〜79歳の死亡率は8%でしたが、80歳以上では15%にまで上昇します。この傾向はイタリアや米国でも同様です。また男性の方が女性に比べて高リスクであるとの報告があります。一方小児〜20歳未満の感染例は少なく、2(中国)〜6.3(韓国)%と報告されています。一般に小児〜若年者は軽症例が多いという意見が多かったのですが、ごく最近10代の死亡例の報告が欧米で散見されますので、まだ結論を出せる状況にはないと思われます。

[無症候性COVID-19]無症状のCOVID-19は間違いなく存在するようです。横浜港に停泊していたダイアモンド・プリンセス号では全乗客と全乗組員を対象にPCR検査が行われ、約17%で陽性でした。ところが感染が明らかになった時点では、感染者619人のうち約半数が無症状で、そのうち18%は発症することはありませんでした。またCOVID-19が集団発生したある介護施設のデータでは感染者23人中13人が無症状でしたが、そのうち10人は7日以内に症状が出現しました。無症状感染者のうち10〜20%程度が無症状のまま経過する可能性がありそうです。ただ無症状であってもCTを撮れば少なからず異常がみられるという報告があり、無症状でも感染源になりますし、無症状者から感染したからといって無症状〜軽症であるとは限りません。

[COVID-19肺炎]COVID-19の臨床症状として最も重要なのは肺炎なのですが、その症状は発熱、咳、呼吸困難、そして胸部X線での両側性の肺炎像など他の原因による肺炎と変わるところはありません。武漢で発生した138例のCOVID-19肺炎の臨床症状は次のように報告されています:発熱(99%)、倦怠感(70%)、痰を伴わない咳(59%)、食欲不振(40%)、筋痛(35%)、呼吸困難(31%)、痰排出(27%)。しかしこのうち発熱はあまり重要視できない可能性があります。発熱は高頻度に見られるがうち20%はごくわずかな微熱〜38度未満である、あるいは初診時には44%が37.5℃に満たない(経過中には89%があきらかな発熱を呈しますが)とする報告があります。

[嗅覚障害・味覚障害]他の症状については、最近COVID-19による嗅覚障害・味覚障害が話題になっています。イタリアの59例の報告では、34%が嗅覚・味覚障害のどちらかを訴え、19%はその両方を訴えたという報告があります。韓国のデータでも30%程度と報告されています。またごく最近、欧州の耳鼻科医グループが417例(女性263例)の軽症〜中等症のCOVID-19患者に質問紙法で調査を行っています。全身症状としては咳、筋痛、食欲不振が多く、耳鼻科的症状としては顔面痛と鼻閉が主体でした。85.6%が嗅覚障害を、88.0%が味覚障害を申告しました。この二つの症状は密接に関連していました。また11.8%で嗅覚障害は他の症状に先行しており、鼻閉や鼻汁のない患者でも79.7%に嗅覚障害が見られました。この症状はCOVID-19の重要な初期症状と思われます。鼻炎症状(これがあると原因にかかわらず嗅覚障害がでる可能性があるのですが)はCOVID-19ではそれほど多くないので、鼻炎症状を伴わない嗅覚障害はCOVID-19発見の指標になるかも知れません。

[COVID-19の呼吸不全・心障害] COVID-19の罹患後の経過はさまざまです。確かに80%は軽症なのですが、時には数日〜1週間程度で急速に進行する例があります。武漢のCOVID-19肺炎138例の解析では20%が平均8日で急性呼吸促迫症候群(ARDS)−ウイルス感染などを引き金として、肺で血液の酸素化ができなくなった重篤な状態−に至ったそうです。こうなれば人工呼吸器が必要となり、それでも酸素化が十分でなく、回復可能性があれば体外式膜性人工肺(ECMO)を用いることもあります。肺炎・呼吸不全以外の合併症としては不整脈、急性心筋傷害、循環不全などが起こりえます。危険因子は重篤化に関連していると思われますが、少なくとも一部の重篤例は抵抗力の低下というより、予想外の免疫反応の暴走によって状態が悪化していると考えられています。

[COVID-19の診断]COVID-19の診断については、社会的・公衆衛生的な問題もからむので、難しいところもあります。肺炎については胸部X線・胸部CTで簡単に診断できます。とくにCT検査は肺炎診断のゴールド・スタンダードと言っても過言ではありません。ただしCTでは基本的に病因診断はできないのです。従って、肺炎を来す他の原因を除外しつつCOVID-19が疑わしければPCR検査(正確にはRT-PCR検査)を行うことになります。この検査は現状では保健所の管理下で行われるので、PCR施行件数が少ない!などの批判がでていることころです。

[COVID-19におけるPCR検査]PCR検査の本質からいえば、COVID-19がある程度疑わしい人に行って、陽性になればCOVID-19、もし無症状ならSARS-CoV-2感染者と診断できます。PCRはSARS-CoV-2に感染していない人を誤って陽性と判断することはまずありません。これを「特異度が高い」というのですが、陰性の人を正しく陰性と判断できる確率が95%なのか、99%なのか、99.9%なのかは目の前の患者さんの診断では問題になりませんが、広く住民相手に行うときには話は簡単ではなくなります(99.9%でも10,000人検診すれば10人を誤って陽性と判断してしまいます)。逆にPCRはSARS-CoV-2に感染している人、あるいはCOVID-19の患者さんを正しく陽性と判定できるのでしょうか?言い換えれば「PCRの感度は十分高いか?」という問題があります。PCRは「咽頭ぬぐい液」「喀痰」を検体にすることが多いのですが、その感度はいかほどでしょうか。

PCR検査のリアル・ワールドの感度については重要な問題なので、中国から報告の文献を引用しておきます(米国医師会雑誌 online, March 11, 2020)。著者らは205人のCOVID-19患者平均年齢44歳:5〜67歳、19%は重症)から1,070の検体を採取しPCR検査を行いました。最も陽性率が高かった検体は気管肺胞洗浄液(14/15;93%:人工呼吸器装着下の採取と思われます)、次いで喀痰(75/104;72%)鼻咽頭ぬぐい液(5/8;63%)、咽頭ぬぐい液は126/398:32%)という結果でした。なお、便中からは44/153;29%で検出され、血液中からは307例中1例、尿中からは72例中1例も検出されませんでした。この結果を受けて米国CDCは鼻咽頭ぬぐい液の方が検体として優れているのではないかと考えているようです。なお、喀痰のある患者では喀痰採取が良いが、無理矢理咳を誘発して採痰することは推奨していません(環境汚染の確率が上がりますし、無理に採取しようとしても、なかなかうまくはいかないものです)。

[SARS-COV-2に対する抗体検査]いまひとつはSARS-COV-2に対する抗体検査です。日本でも既にキット(IgGとIgM)が販売されていますが、保険適応にはなっていません。抗体に関してはやはり中国からの報告があります(臨床感染症 オックスフォード出版 on line Mar 21,2020)。著者らは82例のCOVID-19確診例と強く疑われる58例(PCR陰性だが他の所見は典型的)で208の血漿検体について、IgG、IgM、IgAを検討しています。
SARS-COV-2に対するIgM抗体とIgA抗体は平均発症5日(四分範囲 3〜6日)で検出され、IgGは平均14日(10〜18日)で検出されました。陽性率はそれぞれ85.4%、92.7%、77.9%でした。発症後5.5日を経過するとIgMの検出率はPCRのそれを上回り、IgMとPCRを併用することにより検出率は98.6%(確診例と疑い例を含む)まで上昇しましたがPCR単独の検出率は51.9%でした。

私見ですが、ある集団の感染の拡がりを知るのには、PCRの感度は低すぎると思います。目の前にCOVID-19の可能性が十分ある患者さんに対しては咽頭ぬぐい液、鼻咽頭ぬぐい液、喀痰など収集できる検体を収集して検査すれば総合して高い感度が得られるかも知れません。しかし集団のスクリーニングとしては、ちょっと厳しいです。それに現行の体制
では、無症状でもSARS-CoV-2陽性なら入院となっていますので受入ベッドがあっという間に底を尽きますので、軽症・無症状者は自宅待機以外に無いと思うのです。ただしその前に呼吸困難がない、低酸素血症がないというのは押さえておかないといけないでしょうけど。同居人やペット(犬、猫とも感染が報告されています)とも“家庭内分離”をしたいところだが、日本家屋やマンションでは無理がありますね。でもたぶん近いうちに、そういう方針になると思います。

[薬物治療について] 世界中でいろいろな抗ウイルス薬などが治験に入っていますが、現時点で有効の可能性が高い薬剤はまだ知られていません。何か効果のある薬が早く見つかると良いのですが。しかし見つかっても、どういう患者さんに、どのタイミングで投与するか、副作用はどうか、などクリアすべきことは多々あります。でも今回は認可まで最高速で進みそうな気がします。なおワクチンについては早くても来年以降の話だと思います。

[手洗い・マスクについて] 手洗いの有効性は疑う余地はありません。ぜひ励行してください。仕事場でもし共用するパソコンのキーボードがあれば、よく拭いてくださいね。めちゃくちゃ不潔になっているはずですから。マスクはあっという間に無くなりましたね。当初は米国のCDCもWHOも、日本全国の感染管理の専門家もマスクは感染防御になるというエビデンスがない、という見解でした。確かに臨床研究でも手洗いは有意な効果があるけどマスクでは有意差がでない、とする論文が多かったのは事実です。マスクは表面に触れないように、触ったら口、鼻に触れないように頻回に交換する必要があるので、有意差を出すのが難しいのは確かです。でも今回のCOVID-19の欧米での大流行は、彼らのエビデンス至上主義を打ちのめすに十分なインパクトがありました。日本や韓国の“踏みとどまり方”は手洗い・マスク励行のため?という不安が欧米で巻き起こっているふしもあります。CDCもちょっとトーンが変化してきているし・・・・・・マスクは感染者からの飛沫をいくぶんか減らしますし、飛んでくる飛沫に対しても全く無力ではないでしょう。マスクをつけたら、“マスクの表面は汚い”ということを自覚して手洗い・マスクを続けることにしませんか?マスクは薄めのハイター液で洗って、水洗いして乾かせばたぶん再生使用可能です(今日も自作再生マスクを使用中。ないよりはマシ)効果のほどは何ともいえませんが・・・・・・もう一度言いますが、新しい感染症に対して自信を持って真実を言える人などいませんからね。専門家でもあやしいです。非専門家ならなおさら怪しい・・・・・・

では皆様のご幸運を祈念して。




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2020年04月01日

対決、 肉食派VS魚食派VS菜食派・・・・・・


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日本ではあまり目立っていないのかも知れませんが、最近欧米では菜食主義者が増え続けているそうです。一口に菜食主義者「ベジタリアン」と言ってもグレードがあり、“肉は食べない”から“動物由来の食物は一切ダメ”までさまざまで、最も先鋭な「ヴィーガン」と呼ばれる人達の一部は、動物性食物はむろんのこと、“牛革ベルトもダメ”という徹底ぶりです。

医学研究ではそこまで厳密に区別しないことも多いのですけど、菜食主義が心血管病罹患リスクにどのような影響があるかは興味深いテーマではあります。そこで最新の英国発の研究を紹介します(英国医師会雑誌 2019年11月号)。

この研究の対象は1993〜2001年に登録された、虚血性心疾患、脳卒中、狭心症あるいは心血管疾患の既往のない人48,188人で、食生活で3グループに分けています。「肉食派」(肉を食べる。魚・乳製品・卵摂取の有無は問わない:24,428人、女性75.7%)、「魚食派」(魚は食べるが肉は食べない:7,506人、女性82.4%)、「菜食派」(ヴィーガンを含む:16,254人、女性75.3%)の3グループです。食生活については最初の登録時とその後2010年頃(対象28,364人)に調査されています。

さて、結果ですが、18.1年の観察期間で、2,820例の虚血性心疾患と1,072 例の脳卒中(脳梗塞・脳塞栓519例、脳出血300例)が発症しました。社会地政学的な因子とライフスタイルの因子で調整すると、虚血性心疾患に関しては肉食派に比較して、魚食派と菜食派はそれぞれ13%、22%のリスク低下が見られました。これは実際にどれくらいの差になるかと言えば、菜食派では肉食派に比べて人口1,000人×10年あたりの虚血性心疾患の発症が10人少ないということになります。ただし自己申告のコレステロール高値、高血圧、BMIで補正すると、菜食派のリスク低下効果は10%にまで減弱しました。

一方、脳卒中については全く逆の現象が見られました。菜食派は肉食派に比べて脳卒中、とりわけ脳出血のリスクが20%も高かったのです。これは人口1,000人×10年あたり脳卒中が3人以上多く生じる計算になります。こうなれば菜食の健康に対する益は、だいぶ揺らいできますね〜

では、肉食派、魚食派、菜食派の人たちのプロフィールをもう少し詳しく見てみましょう。社会地政学的なプロフィールでまず目につくのは、平均年齢です。肉食派49.0歳、魚食派42.1歳、菜食派39.4歳と肉食を避ける人は若い層に多いことがわかります。また教育程度も魚食派と菜食派で高い傾向があります。喫煙率・アルコール消費、サプリメントの使用は3群で大差ないのですが、
運動をよく行う人は魚食派と菜食派で多かったようです。

持病や常用薬ではかなり差がありました。肉食派は魚食派・菜食派に比べて高血圧、高コレステロール(C)、糖尿病の既往がある人がやや多く、何らかの治療薬や女性ホルモン補充療法をうけている人も多かったのです。もっとも、実際の血圧や総Cの値は、3群で大きな差はなかったのですが・・・・・・

次に肉食、魚食、菜食の違いを栄養学的にみてみましょう。平均摂取カロリーは肉食1.983、魚食1,897、菜食1,867でした。また菜食では、牛乳・豆乳・チーズ・フルーツを他の2群よりたくさん摂取するので、総カロリーに占める栄養素の割合でみると、たんぱく質・脂質はそう少ないわけではありませんが、糖質はすこし多めになっています。

著者らは魚食派・菜食派は肉食派に比べ、虚血性心疾患のリスクが低いことは間違いない、と考えているようです。むろん高血圧、高C、糖尿病、肥満などの既知の危険因子も関連していることは確かなのですが、それらの影響を補正してもなお、リスクは有意に低くなると結論しています。その原因を求めるとすれば、やはり食事性の“悪玉C(LDL−Cあるいは、非HDL−C)”ということになるようです。

では逆に菜食派で脳卒中、とくに脳出血が増えるのはなぜか、という疑問が起こります。いままでに発表された研究報告も考え合わせると、これもまた肉食あるいはそれに含まれるLDL−Cなどの脂肪成分の不足による、とする意見があります。すなわち肉食や肉食由来の脂肪は脳出血に対して防御的に働く、という論文は複数存在し、その中には日本発の研究もあります(日本疫学会英文誌 1999、米国心臓病学会・米国麻酔科学会機関誌 2004など)。

ではどうしたら良いのでしょう?このような益・害相半ばする場合には常識的な対応が無難です。まず高血圧、高C、糖尿病、肥満など既知の危険因子があれば是正するのが第一。食生活では、あまり肉食を避ける必要はないけど、魚や乳製品もバランスよく摂取、野菜もしっかり食べましょう!何事によらず、よほどの科学的根拠がない限り、極端に走るのはかえってリスクが高くなるかも・・・・・・あいも変わらず当たり前の結論になってすいません・・・・・・

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