2020年05月15日

ここ百数十年、平熱が下がり続けている?!

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あなたの平熱はどれくらいですか? 言い方を変えたら、何℃を超えたら“微熱”があると思いますか? 一般的には「37℃以上は微熱」と考える人が多いのではないでしょうか。もっとも、「私は平熱が低いから、36.7℃でも、微熱なのです」と訴える方も少なくないのですが・・・・・・平熱の範囲や微熱の定義は、実ははっきり決まっているわけではありません。

おそらく世界で最も有名な内科学のテキストである「ハリソン内科学 18版(最新版ではないですが)」には、平熱について、“18歳から40歳の人の健康成人を対象にして口腔内体温を測定すると36.8±0.4℃、正常上限値は朝6時で37.2℃、夕方4時で37.7℃であった”と記載しています。口腔内計測は、日本でよく用いられる腋窩(腋の下)での計測より0.4℃ほど高いので、このデータを信用すれば腋窩でも37.3℃くらいまでは微熱あり、とはいえないということになります。実際、このあたりを正常上限とするテキストの記載や臨床研究も少なくありません。

従来、欧米では正常体温は平均37℃(腋窩測定;36.2〜37.5℃)とする説が有力でした。これは1851年にドイツの医師、カール・ラインホルト・アウグスト・ヴィンダーリッヒ先生(重厚な名前ですね〜)が発表した約25,000人のライプツイッヒの患者さんからのデータに基づくとのことです。この基準、「高すぎるのではないかな〜」と言うのが率直な感想です。自分の経験は、37℃超えるとしんどいので(37℃超えの数字をみただけでしんどくなるタイプです)・・・・・・

そう思うのは私だけではないようです。最近の35,488人(平均52.9歳、女性64%、非白人41%)で243,506回測定した米国からの論文(英国医師会雑誌 2017)では、平均体温は36.6℃(35.7〜37.3℃;95%範囲)と報告されています。他にも類似の報告もいくつかあり、そこで「これは、ここ百数十年でヒトの体温は下がっているのではないか」との仮説を立てて検証した論文が現れました(イーライフ eLife誌 2020;生命保険か通販みたいな名前ですが、けっこう引用されている立派なon lineの学術誌です)。

米国のスタンフォード大学のグループは、時代の異なる三つの体温に関するデータ・ベースを調べて比較しました。ひとつはCivil War(南北戦争 1861-1865;ご存じ「風とともに去りぬ」の時代です)に関わった現役・退役軍人のデータ(23,710人;1860-1940)、二つ目は米国国民健康栄養調査のデータ(15,301人;1971-1975)、三つ目はスタンフォード大学のデータ(150,280人;2007-2017)で、分析した体温測定の記録総数は677,423件でした。

さて、結果ですが、性別、年齢、身長、体重などなど、さまざまな因子で補正すると、たとえば2000年代に生まれた男性は1800年代に生まれた男性より平均体温は0.59℃低く、2000年代に生まれた女性は1890年代に生まれた女性より平均体温は0.32℃低いことがわかりました。全体を通してみると、ここ157年間で10年遅く生まれる毎に、平均体温は0.03℃低下していることが明らかになったのです。

ではこれは何を意味しているか、ということですが、体温に重要な影響を与える二大因子として、体内のエネルギー産生=「代謝」と体の恒常性を維持する免疫機構の発動としての「炎症」の二つの要因を挙げることができます。確かにここ百数十年、一般論で言えば私たちを取り巻く衛生や居住環境は良くなりました。かつて炎症に深く関わった結核やマラリアなどの感染症も抑え込むことができるようになりました。事実、19世紀の半ばでは人口の3%が活動性結核であったと報告されています(プロス・ワン誌 2011)。また最近の動向をみても、さまざまな用途で有効な抗炎症剤が使われるようになり、ここ10年で最も普遍的な炎症マーカーである血液中のCRPの平均値が5%ほど下がっているとする論文もあります(米国疫学雑誌 2013)。

あれやこれやの理由で、少なくとも先進国エリアでは平均体温は下がっているようです。これは寿命が延びていることと、同じ現象を違う角度から見ているのかも知れません。これを“文明の勝利”として「コングラチュレーションズ!」で済ますのは楽観的過ぎるでしょう。“人類の炎症レベルは下がっている”かも知れませんが、動脈硬化が進んでいる人では炎症レベルが上昇していて、病気の進展に関わっているとされています(米国心臓病協会誌 2018)。やはり問題とすべきは“それぞれの体温”、“自分の体温”なのです。

先に紹介した2017の英国医師会雑誌の論文によれば、高齢者は比較的低体温なのだけど、持病にも影響を受けて、たとえば甲状腺機能低下症では低体温になるし、がんや肥満では高体温になりがちです。とはいえ、これらの病気は体温の変動の8.2%を説明できるに過ぎないようです。しかし驚くべきことに、すべての関連因子で補正しても、0.149℃の体温上昇が年間死亡率8.4%の上昇に関連している、との結果がでています。微熱もバカにできません。やはり体温は毎日測りましょう!

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2020年05月01日

噛めば噛むほど認知症予防・・・・・・


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皆さんは食事時にしっかり噛むほうですか?私は医師になって間もない頃は食事時間が惜しい気がして、ずいぶん食べるのが早くなりました。そのために噛むのもいい加減になって、今も続いているような・・・・・・しかし噛む、すなわち咀嚼という行動は大事です。摂食・消化・吸収に重要な役割を果たすばかりではなく、どうやら脳にも好影響をもたらせてくれるようです。

以前から咀嚼によって脳血流が増加することは知られていたのですが、その詳細な機序については明らかではありませんでした。このテーマについて、昨年末に東京都健康長寿医療センターのグループが「脳血流と代謝誌(BMC出版)12月25日 2019」に興味深い論文を発表しました。

著者らが明らかにした脳内メカニズムは次のようなものでした。咀嚼すると脳の奥まった場所にあるマイネルト基底核という神経細胞が活性化します。マイネルト神経核からは神経線維が広範囲の大脳皮質に放射されていて、それを介する信号によって大脳皮質の血流量が大きく増加します。マイネルト神経核はアルツハイマー型認知症で脱落することが知られていて、認知機能に重要な役割を果たしていると考えられています。すなわちこの部位の活性化によって脳血流が増加するという現象からみて、咀嚼が認知機能の維持・認知症の予防に役立つことが期待できるというのです。

この研究の面白いところは、咀嚼によって脳血流が増えると言っても、必ずしも咀嚼筋を動かす必要はない、ということを示したことです。著者らはラットを用いた実験系でいろいろな工夫を加えて、この現象の機序の解明に迫っています。印象深いのは、咀嚼筋自体は動かない状態にしておいて大脳皮質の咀嚼中枢を刺激してみると、普通の咀嚼と同様にマイネルト神経核が活性化し、脳血流が増加することが分かりました。これをヒトに例えると、「しっかり噛むぞ!」と思っただけで脳血流が増加する、ということになります。

なぜ咀嚼が脳に良いのか、についてはひとつのヒントがあります。この研究グループは以前から歩行が同様に脳血流を増加させることを報告してきました(自律神経科学誌 エルゼビア出版 2003、日本老年医学会英文誌 2010)。これがどれくらい認知機能にとって役立つかについては、実際に高齢者を対象とした疫学的なデータがあります。東北大学のグループはしっかり歩く高齢者はそうでない高齢者に比較して認知症のリスクが30%近く低くなる、という結果を発表しています(年齢と老化誌 オックスフォード出版 2017)。東京都健康長寿医療センターのグループは歩行や咀嚼などの“リズミカルな運動”がマイネルト神経を刺激して、この神経核を経由した脳血流増加が起こると考えているようです。

ここでちょっと思いつきました。咀嚼も歩行も、マイネルト神経核を刺激して脳血流を増やすことができます。そしてそれは認知機能に良い影響を与える可能性があります。だったら咀嚼と歩行を組み合わせて、“歩きながら物を食べる”のが、最も効率良く認知機能を鍛えることができるのでないか・・・・・・でもやはりこれは“行儀が悪い”“不作法”“迷惑”“品が無い”などという批判の嵐を覚悟しないといけませんね。最近の言葉で言うと、“炎上する”というやつです。これは困ります。ましてや私はどちらかと言えば品格で勝負するタイプですので、さすがにこれは実行しづらいし、お勧めできません。

でも心配いりません。今回紹介した論文には “何も咀嚼筋を動かさなくても良い。咀嚼中枢が活性化する=咀嚼すると思うだけで脳血流が増える”と書いてあります。これが事実なら、“歩きながらしっかり噛む”というイメージ・トレーニングを行うだけで効果が上がるかも知れません。いくらなんでもちょっと話がうますぎる気はするのですが・・・・・・それにイメージ・トレーニングだけでは、歩行という運動の効果も得られないし、噛まずにいると消化・吸収はどうするのだ、ということになります。

やはりここは、めんどうがらずに、1日10,000歩目指して、しっかり歩くとともに、朝・昼・晩(あるいは+間食)食べるときには、しっかり噛みましょう!
しかもリズミカルに・・・・・・そうすれば体も顎も鍛えられ、消化吸収も良くなり、おまけに認知機能も保たれて、「健康ジジ・ババ」への道が開けるかも知れませんよ。



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