
日本で供給される血液製剤の安全性は世界のトップクラスにあります。かつて日本ではB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)による輸血後肝炎が蔓延していた時期がありました。十分な消毒や針交換を行わずに実施されていたワクチン接種によるHBVやHCV感染も少なくありませんでした。
しかしHBVやHCV感染の病態が明らかになり、予防や治療法が確立し、さら日本が世界に先駆けて行った輸血によって伝搬する可能性のあるウイルスを検出するための全献血検体を対象とした核酸増幅検査(NAT)スクリーニングの導入により、輸血後B型肝炎、C型肝炎の発症は激減、ほぼ皆無となりました。
献血によって得られた血液製剤は、日本のどこで採血されても、すべて全国8カ所のNAT検査施設でHBV、HCV、それにHIVについてのウイルス検査が行われます。大阪府の検体は福知山にある検査センターに送られるのですが、私も一度見学に行ったことがあります。血液製剤のひとつである新鮮凍結血漿保存のための全館冷凍庫仕様の地上5階建てビルというすごい施設が整備されています。中にも入りましたが、プチ南極でした。NATといえども新規感染からごく短期間(“ウィンドウ期間”ウイルスによって異なります)で献血されたら検出できないことがあるのですが、ほとんどの感染検体をチェックすることができます。しかし問題となる肝炎ウイルスはHBV、HCVだけではありませんでした。
日本赤十字社は去る2020年8月5日採血分より、核酸増幅検査(NAT)の対象ウイルスに、従来行ってきたHBV、HCV、HIVに加えてE型肝炎ウイルス(HEV)を追加しました。E型肝炎は従来、主として輸入感染症だったのですが、近年国内発生が増加傾向にあり、重症血液疾患での“輸血後E型肝炎”での死亡例も報告されました。また関東圏の献血検体でのHEV・NAT陽性例が0.18%(関東圏のデータ)ということからHEV・NATが追加されることになったのです。
国内発生E型肝炎は元来、北海道・東日本に多くみられ、豚肉や豚内臓の不十分な加熱摂食によるものが多いとされていましたが、最近西日本でも人里での“接近遭遇”が増えた野生の猪や鹿肉の生食ないし不十分な調理による事例が増加しています。皆さんの中には、自分で猪や鹿を捌く人はそうはいないと思いますが、素人が捌いた肉を分けてもらったりしても危険ですのでご注意下さい。「猪と鹿はダメ、では蝶は?」と聞きたくなる方、賭け事はいけませんよ。
現在、ウイルス性肝炎はA〜E型の5種類が知られています。A型肝炎は汚染された魚貝類(昔から生牡蠣が有名です)などから経口感染し、劇症化はごく稀、慢性化はありません。B型とC型肝炎は、以前は輸血後肝炎の主役で慢性化が大きな問題でしたが、現在は予防や治療の進歩によってほぼ制圧されつつあります。D型肝炎は原因ウイルスが一種の“欠陥ウイルス”で、HBVの存在下でしか増殖しないのですが、発症した場合には重症化する危険が高くなります。
問題のE型肝炎はA型と同様に原則として経口感染、多くは無症状で劇症化は稀、慢性化もほぼないとされていましたが、輸血後肝炎の形式をとり得ること、そして免疫抑制状態では肝炎が遷延・再燃・重症化することがあり、また妊婦さんに感染すると劇症化のリスクが非常に高くなることが知られています。世界的にみればHEVの感染は年間2,000万人に達し、肝炎のみならず血液・腎臓・神経系などの肝外合併症を起こし得るので油断できません(CMH韓国肝臓学会機関誌 2020)。
ウイルス感染で肝機能が明らかに上昇する、すなわち“臨床的な肝炎”は肝炎ウイルス以外のウイルス感染でもしばしば見られます。主としてリンパ球に感染するEBウイルスやサイトメガロウイルスの初感染時、あるいは麻疹罹患時などでも中程度のAST・ALT上昇、すなわち“急性肝炎”が起こります。ただしこれらのウイルス感染の主座は肝臓ではなく、慢性化もしません。ですので急性肝炎が生じても、これらのウイルスを“肝炎ウイルス”とは言いません。
繰り返しになりますが、肝炎に関して言えばやはり生の獣肉は危険性が高いので注意が必要です。また未知のウイルス感染のリスクもあるかも知れないし、新型インフルエンザや新型コロナウイルスも動物由来という話もありましたし・・・・・・
とにもかくにも、新型コロナ元年が暮れようとしています。今年もブログご愛読ありがとうございました。もし来年も続くようなら引き続きご愛顧をお願いします。
では、少し早めのご挨拶・・・・・・
Merry Christmas and a Happy New Year! So long, my friends!