
“目は口ほどに物を言う”とは紛れもない事実だと思います。と言うより実際のところ、目(とくに瞳)はそれ以上です。第一、口は嘘をつきますが、瞳は嘘をつかないので(・・・と信じているのですけど、どうでしょうか)そのインパクトはとても大きいです。どれくらい大きいかと言えば、電位で現せば概ね10,000ボルト程とのことです(「君の瞳は一万ボルト」堀内孝雄&谷村信司 1978)。
最近、この瞳孔の面積が心不全の全死亡率を予測する、という論文が北里大学のグループから発表されました(欧州心臓学会心不全誌 2020)。研究対象は急性心不全で入院した870例(67.0±14.1歳、女性37%)で、入院後少なくとも7日以上瞳孔面積を測定した患者さんです。瞳孔面積と全死亡率・心不全による再入院率とを比較検討しています。
結果ですが、平均1.9年(1.0-3.7年)の観察期間中に131例が死亡し、328例が心不全で再入院したのですが、瞳孔面積の大きい群は小さい群に比べて(中央値で二分して、大きい群と小さい群に分けています)死亡率、再入院率とも有意に低く、全死亡率では28%減少、再入院率では18%減少していました。またこの瞳孔面積と死亡率・再入院率との相関は他の因子と独立したものでした。
自律神経は交感神経系と副交感神経系があり、交感神経が緊張すると心拍数が増加し瞳孔は散大(面積が広くなります)します。一般に心不全では心拍数が増加しますので、当初著者らは、交感神経緊張を示す瞳孔面積増大が予後不良に関連すると想定していたようですが結果は逆でした。これについては運動時など心拍増加が要求される時に適切に心拍増加で対応できない状態(「変事性心不全」といいます)が心不全での自律神経障害を反映していて、それが心不全の予後悪くしているのではないかとされているのですが(米国心臓病協会機関誌「循環、心不全」 2018)、同様に瞳孔がうまく拡大しないことも自律神経障害→予後不良に関連している可能性があると推論されています。
この北里大学のグループは昨年、対光反射(瞳孔に光をあてると瞳が縮む反応です。この反応の消失は古典的な死亡確認にも使われます)の復帰時間が心不全の予後と関連することを報告していますが(心不全誌 エルゼビア出版2019)、対光反射復帰時間の測定には動画記録が必要となるのに比べ、今回の瞳孔面積は、暗順応後に静止画像を一枚撮像するだけで結果が得られるので簡便です。またこの瞳孔面積検査を加えると、世界中で汎用されている心不全の予後予測ツールである「シアトル心不全スコア」の信頼性も向上するようです。なかなかどうして、たいしたものだと思います。
多くの古の名医が“患者を見つめる眼差し”の重要性について言及しています。眼差しの先にあるのは、もちろん患者の瞳孔です。真剣に見つめれば患者さんの予後も分る、というのは情緒的にも納得できる気がしますね〜
この“瞳孔面積と心不全”の話は、臓器障害に合併する自律神経障害が予後を悪くする、ということを示唆しています。これに関連した最もよく知られている事例は“糖尿病に伴う自律神経障害”です。糖尿病の場合、検査法で最も良く行われているのが心電図での心拍の間隔(心電図の波形の名称をとってR-R間隔といいます。脈拍の間隔に一致します)の測定です。健常な人ではR-R間隔にはある程度の“揺らぎ”があります。しかし糖尿病性神経障害が進むとこの揺らぎは消失し、固定してしまいます。これもまた予後不良の徴候です。
自律神経からみると、ヒトのもつ機能は、ある程度の揺らぎがあって当然、それこそ健康の証、ということです。何でもそうですよね〜揺らぎがないと人間らしくないです。揺らぎすぎるのも、それはそれで問題だけど・・・・・・
ただ急に現実に戻って恐縮ですが、現在の保険診療では、瞳孔機能検査というのはあるのですが、眼科的疾患以外の内科的疾患としては糖尿病の自律神経障害でしか認められていません。それにこの研究のように7日以上測定は入院でないと無理だし、広く心不全の診療に役立てるには、もう一工夫要りそうです。
それでもさまざまな病気で、しかも進行性の臓器障害を来す病気では、合併する自律神経の異常というのは、今考えられているよりずっと重要なのかも知れません。それを把握するために“瞳を見つめる”というのは優れた方法になり得るような気がします。