2015年06月01日

映画「エクソシスト」、悪霊の正体?!


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ふたたび映画と病気の話を・・「ロレンツォ」からさらに20年ほど遡って1973年・・
同期の皆さんの多くが社会に出た時ですね。この年のハリウッド映画は佳作が多かったです・・「スティング」「パピヨン」「追憶」・・どの作品も音楽が素敵でした。でも興行収入第一位は「エクソシスト」・・めっちゃ気味悪かったけど、どうして米国人はあんなに“悪魔もの”が好きなのでしょうね・・

ご存じのとおり「エクソシスト」は少女に乗り移った悪魔VS悪魔祓いの神父の死闘!・・を描いたオカルト映画ですけど、これはある実話がモデルになった〜based on a true story〜という噂も・・憑依現象は古今東西を問わず、けっこう報告されていたようです。昔ならいざ知らず、今は悪霊のせいだと思う人は、そうはいないでしょう。ですから憑依現象も“科学的”に説明したいところです。ここで持ち出されるのは、ほとんどが精神疾患・・でもどの病気もこのような患者の“独特の症状”をうまく説明できなかったのです。

それまで普通に生活していた人(若年女性が多いのですが)に急速かつ進行性に興奮、人格変化、幻聴、幻覚、家族や周囲に対しての敵対的振る舞いなどが生じます。次いでしばしば痙攣発作を契機に無反応状態に陥り、この時期になると徐々に呼吸抑制が起こって多くの場合人工呼吸が必要となります。無反応にも拘わらず激しい異常運動が口唇・舌・顔面、四肢に現れるのが大きな特徴です。血圧・脈拍異常などの重篤な自律神経障害を伴う例も多く、死亡例も少なくないのですが、数か月〜1年以上かかっても自然に完全回復する例もある・・とても不思議な病態です。

この病気を解明に導いたのはペンシルべニア大学のダルマウ博士でした。彼は2005年に「アナルズ・オブ・ニューロロジー」に自験例4例とそれまでに報告された症例を検討して、この病気が免疫異常(少なくとも半数の患者では合併した卵巣奇形腫と関連)によっておこることを示しました。さらに2007年にはこの免疫異常の本態が脳神経細胞膜に存在するN-メチルD-アスパラギン酸(NMDA)受容体に対する自己抗体(本来は出現しないはずの自己成分に対する抗体)による神経のシグナル伝達の障害であることを報告、翌2008年には「ランセット・ニューロロジー」に合計100例の患者を集めて詳細に解析した論文を発表して新しい病気である「抗NMDA受容体抗体脳炎」という概念を確立しました。もし「エクソシスト」が実話に基づいて作られたのが事実なら、実話の“患者”が患っていたのは、この病気であった可能性は非常に高いとされています。

この病気は脳の機能のなかでも「記憶・情動・自律神経系」を司る「大脳辺縁系」におこる“辺縁系脳炎”のひとつに分類されます。日本でも報告されていて北里大学や慶応義塾大学などの先生が優れた研究業績を発表しています。病態がほぼ明らかになった現在では、診断がつけば腫瘍合併例は手術切除し、副腎ステロイドやそのほかの薬剤による免疫抑制療法、免疫グロブリン大量療法、血漿交換で治療するという治療戦略はほぼ固まっています。

昨年5月にこの病気を扱ったノンフィクションが刊行されました。著者はニューヨーク・ポスト社の新聞記者スザンナ・キャハランさん。最初はさまざまな精神疾患と診断され治療を受けたが良くならず、ついに一人の医師の慧眼で「抗NMDA受容体抗体脳炎」の診断に到達、治療を受け回復した経過を綴った本です。原題は「BRAIN ON FIRE‐My Month Of Madness」・・“劫火のなかの脳‐わが狂気の日々”という感じなのですが、角川マガジンズから刊行された日本語版は「脳に棲む魔物(訳:澁谷正子氏)」になっています。・・この本はダコダ・ファニングさんの主演で既に映画化が決まっていて、公開はたぶん来年・・ファニングさんは2001年にショーン・ペンの主演で知的障害の父と娘の心の交流を描いてヒットした映画「I am Sam」の娘役を演じた名子役でしたね。

ということで来年には「抗NMDA受容体抗体脳炎」の知名度は抜群にあがると思います。その時はちょっと知ったかぶりをして下さいね。



posted by みみずく at 10:00| 2015年