2017年04月01日

Narrative-based medicine(NBM:物語に基づく医療)というパラダイム


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この20年医療のパラダイムは大きく様変わりしました。1990年代初頭に登場した「科学的根拠に基づく医療(EBM)」は、それ以前の医療の科学的根拠の薄弱さという欠点を突き、医療のトップ・ランナーに躍り出ました。しかし、EBMにも問題はあったのです。問題の本質は“本来は診療のツール(言ってみれば単なる道具です)であるEBMが、あたかも教義のように扱われた”ことです。教義には“他の考えを認めない原理主義化”という欠点があります。また、これは必ずしもEBMの責任ではないのですが、診療録も電子化され、「医師が端末画面ばかりみて、話を聴いてくれないし、診察してくれない!」(これは大規模病院でとくに顕著です)と不満をいう患者さんも増えました。「科学的根拠以前に大事なものがあるでしょ!」という批判が起こるのも無理からぬことでした。

「患者の話を傾聴する」ということは医師に限らず医療職の基本中の基本です。英語では”history taking”と呼ばれるのですが、話を聴くことにより“医学記録である病歴”を作成して診断・治療に役立て、同時に“傾聴によって患者の気持ちに寄り添う”ことの意義が昔から強調されていました。しかし「ほんとうの傾聴とは何か?」「そもそも患者は何を語っているのか?」とが問われたのです。

EBMの提唱から数年後、英国の家庭医のグループが「ナラティブ・ベイスト・メディシン(NBM:物語に基づく医療)−実地臨床における対話と語り」という本を出版し、“EBMを補完するもの”として提唱しました。要するに患者にとって“病という体験”は単なる時間軸上の出来事の連鎖ではなく、“語るべき主観的な物語”であり、語ること、医療者と対話することによって新しい物語が生まれ、それが癒やしに導かれることも……というパラダイムです。NBMによって、医療者がしばしば経験する「患者にとって医学的知見や事実だけが必ずしも受入れられる物語とは限らない」ということもうまく説明できます。

私もNBM関連文献にあたってみました。一口で印象を言えば「そりゃそうだろう」です。およそ人が人生を生きていくなかで、少なくとも記銘されるような出来事が単なる”インシデント”として心に残っている、などあり得ないことです。記憶や想い出は、語られるときにのみ具現化します。同じ事を何度も語るときには、その内容は微妙にずれていくことも稀ではありません。病気は人生の中で、極めて重要かつ深刻な出来事です。それを患者さん自らが話す時、“ナラティブ”以外ではあり得ません。

英国の著者らは、NBMの立場に立てば、それまでは“断片的な症状のカタログ”であった病歴が、生き生きとした“物語”として立ち現れるというけど、それはそれで“ナラティブ原理主義”のような印象も……と言うのは、病を得た患者さんの語る物語は、世間に通奏低音の如く流布する“語り部のない物語”に拘束され、不自由になっているという考えがあるのです(1980年代のニュー・アカデミズム旗手の一人、後の東大総長、蓮實重彦先生の御指摘です。ただし蓮實先生の著作は超難解だったので、私の誤解かも知れません)。そこには気をつけておかないと……

ただ、そのような“患者さんの考えを縛るやっかいな物語”は当たり前のように存在しています。だから、患者さんの語る物語のなかには。“自身が語っているようで、実は語らされている物語“もある、と思うのです。そして、それらはしばしば患者さんの心の安定や治療の障害にもなり得ます。まあ、それを言えば、自分の考えと思って語っていても、実はそれは他者の考えであることなど、自身を振り返ってみても、いくらでもありそうだけど……

私は若いときから患者さんの語りを聴くことに馴染んでいきました。ある意味、NBMを道具として使っていたのかも知れません。患者さん相手のみならず、医師同士、あるいは他職種との協調にも役立ちました(副作用として“板挟みの物語”も起こりますけど……)。ひとつ言い訳しておきますと、積極的に道具として使っていたのではなく、そういう習慣が自然と身についただけですので……

いずれにしろNBMは患者−医師関係の構築には欠くべからざるものと思っています。ただ“癒しの物語”を医師から書き始めるのは傲慢ではないかと思うし、また知らず知らずのうちに医師である自分が患者さんのナラティブの登場人物になっていることに気付くと、何だか落ち着かない気持ちにさせられます。“他者の物語”を聴くだけではなく、深く関わるのは、たとえ仕事の上で有益であっても、不遜である気がするのです。

それにね、自分が病気になったときには、自分の語る物語が本物なのか、フェイクなのか分からない……誰に語っているのか分からない……NBMは自身のためには役に立たないな〜

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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