2017年09月01日

マンモグラフィーの“高濃度乳房”問題

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乳がんの2016年推定罹患数は約90,000人(女性では第1位)、推定死亡数は約14,000人(女性では第5位)です。患者のほとんどは女性ですが、全体の1%以下ながら男性にも発症し、女性より悪性度が高いことが知られています。乳がんは早期発見・早期治療による死亡率減少を目指した公共政策の対象となっていて、公費を投入する「対策型検診」が行われていますが、検診ツールとしては唯一科学的根拠をもって死亡率の減少が示されているマンモグラフィーが採用されています。

ところが最近、メディアでマンモグラフィーにおける“高濃度乳房”の問題が取りあげられました。マンモグラフィーでは脂肪組織は黒く、乳腺組織は白く撮像され、乳腺組織の濃度が高い“高濃度乳房”の方では、乳房全体が白く撮像されることになります。ところが検診の標的となる小さながん組織もまた乳腺組織と撮像上、類似したパターンを呈するため、高濃度乳房の人では、乳がん組織と正常の乳腺組織の区別が紛らわしくなります。やっかいなことに日本人の受診者は高密度乳房の頻度が高く(約40%)、これらの人たちは乳がん発生のリスクが低密度の人に比べて高いのにもかかわらず、“がんの所見が背景の高濃度乳房像に埋没してしまう”可能性があり得るのです。「それなら“高密度乳房”の人たちには、その旨伝えて、診断精度が低下する可能性があるということを説明すべきじゃないか」という意見がでてくるのも当然のことかと思います。

この問題について、今年の3月に日本乳癌検診学会・日本乳癌学会・日本乳がん検診精度管理中央機構の3団体が連名で提言を発表しています。この提言では“受診者の情報を知る権利は尊重すべきではあるが、現時点で自治体が行う対策型検診において、一律に乳房濃度だけを伝えるのは十分とはいえず、時期尚早”との結論に至っています。

この提言を聞いて、多くの方は「そんなのおかしいだろう!何も隠すことはないじゃないか!」と思われるのではないでしょうか。私も“臨床倫理”の観点からみて、「検診で得られた意味のある全情報は受診者に帰属すべき」が正論だと思います。しかし学会三団体の提言には“時期尚早”という判断には、それなりの理屈があるようです。

もしマンモグラフィーが一般診療の場や、任意型検診で行われたのなら、当然高濃度乳房の情報は患者に伝えられて、ではどうするか、次に何かするのか、しないのかについて医師と患者で相談することになります。要するに第一の問題は現行のマンモグラフィー検診が「(公費負担・政策による)対策型」であることに起因しているのです。「高濃度乳房は乳房の性状であり、病的所見や疾病ではない(それはそのとおり)」ので、高濃度乳房を理由に「要精密検査」と判定してはならないし(ルールとしてはそのとおり)、それゆえ「保険診療による追加検査の実施」は認められない、ということになります。もし受診者が追加で超音波やMRIの検査を希望するなら、それは自費診療となります。

第二の問題は、もし高濃度乳房を「検診精度を低下させ得る要因」と判断して受診者に通知するのならば、その結果の説明や、二次検査施設への紹介を含めたプロセスの整備、そのための自治体と医療機関の連携システムなどを確立する必要があります。その際には二次検査として超音波検査が選択される可能性が高いのですが、そうなると診療機関の乳房超音波検査に受診希望者が殺到し、本来検診を目的としていない診療現場が混乱することが危惧されます。また第三の問題として、超音波検査を含め、そもそもマンモグラフィー以外の検査を用いた検診には、乳がん死亡率を減らせるという科学的根拠がない、という事実があります。

最近の学会報告で、超音波をマンモグラフィーに併用すれば乳がんの発見率や正診率が改善する、という報告がありました。検査方法を追加すれば発見数が増え、正診率が上がるのは当然です。しかし拠り所とすべきことは、あくまで当該がんの死亡率減少効果の有無です。乳がん検診の効果については、今も世界レベルで精力的に研究が蓄積されつつありますが、一定の死亡率減少効果は認められてはいるものの、検診の真の価値については未だ議論があるところです。

それでも私はマンモグラフィーの結果について、乳房の濃度は付記して受診者に通知すべきであろうと思います。もちろん公共施策としての対策型検診は個人の意思による任意型検診とは意義も目的も異なります。しかし、既に高濃度乳房の問題点が世間に明らかになり、ネットで情報が拡散した現状では、“問題はあるけど従来どおり”という方針は何も解決しません。受診者が一旦不信を抱けば、対策型検診は、その役割を果たせなくなると思うのです。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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