2019年03月01日

血糖コントロールとがん罹患リスク


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糖尿病とがん、どちらもすごく頻度が高く、しかも近年増加傾向にある病気です。以前からこの両者には、互いに関連があると信じられてきました。私が医師になった昭和50年頃でも、“明確なエビデンス”はなかったものの、「糖尿病患者では、がんの頻度が高い」「糖尿病で急に血糖管理状態が悪化した場合には、がん合併の可能性を考える」というのが“臨床の常識”だったのです。もっとも糖尿病患者は定期的に外来に通うことになるので健康な人よりもがんが見つかり易い、という“バイアス”はあったのですが・・・・・・

この「糖尿病とがんの関連」については、最近の「根拠に基づく医学」の手法で行われた多くの研究論文が発表されています。とはいえ、がんの種類ごとの発生率にはかなりの人種差がありますので、ここは日本発の研究をみていくのが良さそうです。

そこで国立がん研究センターが2013年に日本がん学会英文機関誌に発表した論文を紹介しますと、大腸がんで1.4倍、肝臓がんで1.97倍、膵臓がんで1.85倍、胆管がんで1.66倍(ただし男性のみ)、などいくつかのがんで糖尿病患者におけるリスク増加がみられ、がん全体でみると糖尿病ではおおむね20%の
がんリスク増加と推計されました。この傾向は世界的にみてもほぼ同様です。

もっともこの現象はすべてのがん腫でみられるわけではなく、食道がん、胃がん、肺がんなどでは糖尿病でのがんリスク上昇は明らかでなく、前立腺がんに至っては、糖尿病では20%ほどのリスク低下がみられる(「糖尿病研究と臨床実践誌」エルゼビア出版 2013年)とする中国華山大学の報告があります。前立腺がんでは糖尿病患者に生じやすい男性ホルモン減少/女性ホルモン増加という内分泌環境の変化が影響していると考えられています。胃がんや肺がんでは前者のヘリコバクタ・ピロリ菌感染や後者の喫煙など他の強力なリスク因子があるのでリスク因子としての糖尿病の独立性の検出が難しいのかも知れません。

しかし糖尿病では、少なくともいくつかのがんでリスクが高まるのは間違いなさそうです。だとすれば、果たして血糖管理の良否とがんリスク増大との間に相関があるかないか、という疑問が沸いてきます。一般的には糖尿病で食事・運動療法をきっちり行って、処方された薬を忘れずに服用し、良いコントロール(通常、直近1〜3ヶ月の血糖管理状況を反映するHbA1cという検査で評価します)を維持していればがんリスクは減少すると考えるのが自然だし、そうあってほしいところです。でもこれが本当かどうかを知るには科学的な検証が必要です。

この問題について、検討したのが東京の聖路加国際病院のグループです(「内分泌通信誌」バイオサイエンティフィカ出版 2018年)。聖路加病院は聖人ルカにちなんだ名前を持つキリスト教系の日本屈指の大病院です。しかしどっこい大阪にもガラシア病院というキリスト教系病院が箕面市にあります。こちらは言うまでもなく細川ガラシャさまにちなんでいます。その辞世の句「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」・・・・・・やっぱりガラシャさまって最高ですよね〜

実はプチ戦国史マニアなので、つい脱線してしまいました。聖路加の論文の話に戻りますが、同院の2006〜2016年で50歳以上のすべての糖尿病患者(がんの既往のある人は除く)2,729人(平均年齢62.6±7.8歳;男女比3:1、平均罹病期間7.6年、61.8%は処方薬あり)を平均4.0年観察したところ、376人(13.8%)にがんが発生しました。

そこでHbA1cとがん発生率との関係をみるために、5.5-6.4%(正常上限ラインをまたぐ範囲です)を“基準範囲”として、血糖管理状態を<5.4%(完璧な血糖管理状態です)から>8.5%(話にならない血糖管理状態です)まで、基準範囲を含めて5つのグループにわけて比較したところ、いずれのグループでもがん発生率には差がなく、血糖管理の良否とがん発生の間にはとくに関連はみられませんでした。

で「ではほんとに、糖尿病患者でがんの罹患率が高かったの?」という疑問が生じるのですが、この研究で対象となった糖尿病患者集団のがん発生率を日本のがんデータベースによる同年代のがん発生率と比較すると、男性で45%、女性で14%高く、やはり糖尿病集団は一般集団より明らかにがん発生率が高いようです。にもかかわらず血糖管理を改善してもがんリスクは低下しないのです。短期的な血糖の良し悪しではなく、糖尿病の根源にある病態が発がんと関係している可能性があるのですが、その詳細は未だ明らかではありません。

このようなデータを踏まえて「血糖管理なんか頑張ってもしようがない!」というのはやはり後ろ向きかつリスキーな態度と言わざるを得ません。ここは「血糖管理が良くてもがんへの注意を怠らない。」というのが前向きかつ心血管病予防にも効果がある“21期に相応しい大人の態度”と思うのです。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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