
「一日一万歩あるきましょう!!」という推奨は日本だけではないようです。とはいえ、一日一万歩は、平均歩幅を身長×0.45(普通の歩き方ならこれくらいとされています)で計算して、約7kmに相当します。「今日は歩くぞ!!」という日はともかく、“普通の日”でも毎日一万歩、というのはちょっと厳しいかも知れません。しかし今や歩数計は、スマホはもとよりガラケーでも標準装備ですので、歩数表示を励みに頑張っている方も少なくないと思います。
ところで歩数計の原型が発明されたのはけっこう古く、18世紀のヨーロッパにまで遡れるようです。それが日本にも伝わり、かの平賀源内先生がこれを改良して「量程器」なるものを発明したとか・・・・・・そういえば香川県さぬき市の平賀源内記念館で複製品を見たような、見なかったような・・・・・・
現代の歩数計が日本に現れたのは、1965年のことで、潟с}サ時計計器が開発し「万歩メーター」と銘打って発売しました。売り出し価格は大卒初任給が2〜3万円の時代で2,200円とかなり高価でしたが、当時起こり始めたウォーキング・ブームに乗って「一日一万歩あるきましょう」のキャッチ・フレーズとともに人気商品となったようです(同社HPによる)。なお「万歩計」は同社が取得した登録商標(1984)で、一般名詞では「歩数計」と言うそうです。
最も活動的な年代ならともかく、高齢者の健康増進の観点からみて「ほんとうに一日一万歩も必要なのか?!」と考えたのは米国ボストンにあるハーバード大学医学部の主要関連病院として名高い「ブリガム・アンド・ウィメンズ病院」の研究者らのグループです。東大の先生も共同研究者に入っています。彼らは“一日一万歩”の科学的根拠がどうもあやしいと思ったようです。
そこで彼らは米国の女性の健康問題を検証するための大規模住民研究である「ウィメンズ・ヘルス・スタディ」に参加した高齢女性(72歳±標準偏差5.7歳)に“ウェアラブル加速度計”(歩数も歩行強度も測定できます)を装着してもらって、データを回収・解析し、一日の歩数、歩行強度と「すべての原因による死亡(全死亡)」との関係について解析しました(米国医師会雑誌・内科学 2019年5月号)。
最終的にデータ収集の最低条件(起きている時間で1日10時間以上、計4日間以上装着)を満たしたのは16,741人、1日平均歩数は5,499歩でした。平均観察期間4.3年の間に504人が何らかの原因で亡くなっています。そこでまず1日歩数と死亡リスクの関係を検討するために、平均歩数の少ない人〜多い人の順に並べて4つのグループに分けました。グループの平均歩数は、それぞれ2,718、4,363、5,905、8,442歩でした。
結果に影響するようなさまざまな因子で調整した全死亡率は、最も歩数が少なかったグループを1.00とすると、二番目に少なかったグループでは0.59、三番目は0.54、最も歩数が多かったグループは0.42となり、歩数が多いほど死亡リスクは低下しました。ただし1日歩数が7,500歩を超えると死亡率低下は横ばいになりました。また、歩行強度と死亡率の関係をみると、一見強度が強い方が死亡率低下に関係するようにみえるのですが、1日歩数で補正すれば関連は薄くなり、結局のところ歩行の運動強度はあまり関係なく、1日歩数が重要であることが分かりました。
この研究は、“毎日少しで良いから歩くこと”の重要性を示しています。1日歩数2,700歩という“おそらく日常運動としての意識的な散歩はほとんどしない人たち”でさえ、わずか1日1km強ほどの散歩を追加するだけで40%も死亡リスクが低下する、というのはちょっとびっくりです。しかも歩く速さは問題ではない、というのですから、無理に早歩きで頑張る必要もありません。そして1日5kmと少し歩けば、ほぼ目的は達することができるというわけです。
さて、この簡単かつ安全な“散歩運動療法”が、ここまで高齢女性の死亡率を下げるのが事実なら、より幅広い年齢層で男女を問わず、既存の運動療法と、その効果を比べてみたいところです。「わざわざ運動するのも、めんどうくさい」というナマケモノ人間にもぴったり・・・・・・
さて、話がうますぎる気もしないではないですが、「一日一万歩あるきましょう!!」のハードルはだいぶ下がったように思います。では誰が“一日一万歩”を言い出したのでしょうか・・・・・・この論文の著者たちは、日本で1960年代に大流行した「Manpo-kei」から始まっているのではないかと考えているようです。なるほど、“一日一万歩”の根拠は、サイエンスではなく、日本の一企業の卓越したキャッチ・コピーだったようです。
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