2020年01月01日

がんサバイバーの心血管病のリスク


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あけましておめでとうございます。2020年は子年で閏年、高校卒業後51年目に突入ですね。このブログ、今年もお暇なときに読んでいただけると嬉しいです。

昨年の11月から12月にかけて3回ほど、ガチガチの臨床ネタから離れて半雑学的なネタを書きましたが、またシリアスなネタに戻りたいと思います。半雑学もそれなりにシリアスなのですけど・・・・・・

「がんサバイバー(cancer survivor)あるいはがんサバイバーシップ(cancer survivorship)」という言葉、お聞きになったことがあるでしょうか?サバイバーという単語、つい「サバイバル(survival)」を連想するので、「がんを克服した(治った)人」と思われがちです。確かにそういう意味で使われることもないではありません。実際、この言葉は世界的にみて、異なった定義で使われてきた経緯があります(ランセット誌・腫瘍学 2015年)。

1986年設立の全米がんサバイバーシップ連合は「がんと診断されてからの全経過を生きるがん患者」をキャンサー・サバイバーと定義しています。米国国立がん研究所はさらに定義を拡大して、がん患者の家族・友人・介護担当者まで含んで患者の身体的・精神的・社会的なケアのあり方を模索するスタンスをキャンサー・サバイバーシップとしています。一方、欧州がん研究・治療機構はがんと診断されて初期治療が終了して(維持療法の有無は問わない)、現在活動的ながん病変がない人をサバイバーとしています。欧州の定義は医学的には明確ですが、ちょっと狭すぎるかも知れません。

定義を広げれば、より大きな枠組で医療やケアを考えることができるのですが、その一方で治療・ケア目標が散漫になる嫌いがあります。かといってあまり定義を厳密にすると結果的にはその分野の矮小化に繋がります。最近の趨勢では、がん経験者に対する身体的、精神的、社会的ケアを継続して提供することを重視する観点から、現在の治療の有無にかかわらず「がんを経験した現在生存中の人すべて」を「がんサバイバー」とすることが多いようです。

今や日本では、二人に一人は一生のうちに一度はがん罹患し、昨年8月の国立がん研究センターの発表によれば、がんと診断された人のうち、5年以上生存する人が約67%に達しています。世界的にみても、先進国では診断後ほぼ半数の患者が10年以上生存すると考えられています。これらのがんサバイバーは、がんの増悪・再発以外でも一般の人とは異なるリスクを持つ可能性があります。そのうちのひとつに「心血管病のリスク」が挙げられます。

最近、疫学研究の名門、英国のロンドン大学衛生熱帯医学大学院のグループが
成人の20部位のがんサバイバーを対象とした中長期にわたる心血管病リスクについての論文を発表しました(ランセット誌 2019年)。この研究では1990〜2015の期間で20部位のがんについて、診断から1年以上生存した18歳以上のがんサバイバー108,215人とがん以外の条件をマッチさせた対照となる人523,541人を比較検討しています。

さて結果ですが、深部静脈血栓症(片側の下肢の腫脹・疼痛、臥床や骨盤手術後や航空機搭乗時の不動で起こる。運が悪いと肺塞栓を起こすこともある)は、20のうち18部位のがんサバイバーでリスク増加がみられましたが、その程度はがんの部位によってかなり異なっていました(前立腺がん1.72倍、肺がん5.25倍、膵臓がん9.72倍)。診断から時間が経過するとともにリスクは低下しましたが、それでも診断後5年目でも有意のリスク増加が持続していました。また20のうち10の部位のがんで心不全あるいは心筋障害のリスク増加がみられました(血液がん1.94倍、食道がん1.96倍、肺がん1.82倍、腎臓がん1.73倍、卵巣がん1.59倍など)。

その他、さまざまな部位のがんで不整脈、心膜炎、冠動脈疾患、脳卒中、心臓弁膜症のリスク増加がみられたのですが、脳卒中のリスク増加は脳腫瘍で顕著でした(4.42倍)。心不全、心筋傷害、深部静脈血栓症のリスク増加は、比率でいえば心血管病の既往のない若年がんサバイバーでより大きかったのですが、生じた心血管病の絶対数でみると、最も関連が深かった要因は加齢であり、二番目に関連が深かった要因は化学療法を受けたことでした。

従来から深部静脈血栓症とがん罹患が深く関連していることはよく知られているのですが、そればかりではなく、がんサバイバーではさまざまな心血管病のリスクが増加するようです。がんの予後を改善するには、がんそのものの治療のみならず、心血管病についても目配りしておく必要がありそうです。がんのような大きな病気をすると、つい他の健康問題がおろそかになりがちです。ご注意くださいね。
posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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