
日本の65歳以上の高齢者は既に全人口の28%を越え、認知症患者も500万人を突破していると推計されています。この増加傾向は当面収束の気配も見せず、何とかしないといけないのですが・・・・・・とは言っても今のところ抗認知症薬の開発はことごとく失敗していて、夢のような新薬は、それこそ夢のまた夢・・・・・・
こうなれば“何とか食生活で予防”ということで、何やら怪しげな書籍や記事も少なくありません。
でもこの分野、うさんくさい情報だけではなく、科学的に高いレベルの臨床研究も行われつつあります。その中で、昨年発表された日本発の二つの研究を紹介します。どちらもカマンベールチーズが関係しています。
ひとつは潟Lリンホールディングスの研究所と慶應義塾大学との共同研究です。彼らはカマンベールチーズに豊富に含まれるβラクトリンをサプリメントとし、114人の健康中高年を対象に、プラセボ(偽薬)を対照においた二重盲検のランダム化(無作為割り付け)比較試験で記憶機能の有意な改善を示しました(フロンティアーズ・イン・ニューロサイエンス誌 2019年3月)。
同社研究所は以前より疾患モデルマウスを用いた東京大学との共同研究で、カマンベールチーズ摂取がアルツハイマー型認知症の予防効果があり(プロス・ワン誌 2015年)、その有効成分としてβラクトリンを発見し(加齢の神経生物学誌 2018年)、今回はそれらの知見に基づいて健康ヒトでその効果を検証したものです。
いまひとつは桜美林大学、東京都健康長寿医療センター、竃セ治、韓国慶煕大学校の共同研究グループの論文で、軽度認知障害がある高齢女性(70歳以上、71人)を対象として、カマンベールチーズ摂取の効果を同量のプロセスチーズを対照として比較検討しました(米国医療指導者学会誌 2019年11月オンライン先行掲載)。この研究もランダム化されていて、カマンベールチーズを3ヶ月摂取したら、3ヶ月の空白期間を設けて、次にプロセスチーズを3ヶ月摂取するという手法(クロスオーバー試験)をとるなど、高レベルの研究デザインです。比較したのは、脳内神経伝達に関与し、認知症で減少しているとされる(疾患の神経生物学誌 2016年)血中脳由来神経成長因子(BDNF)という物質です。
この研究では、カマンベールチーズ摂取群はプロセスチーズ摂取群に比べBDNFの値が有意に上昇していました。簡単な認知機能検査も行っているのですが、こちらの方は両群で差はみられませんでした。ひょっとすれば、この知見は認知症予防食としてのカマンベールチーズに期待をもたせるものかも知れません。著者らはカマンベールチーズに含まれ、脳内神経伝達に関与するオレアミドという物質がBDNF上昇の鍵を握っていると考えているようです。
個人的には二番目のカマンベールチーズVSプロセスチーズに興味を引かれるところです。摂取量は標準の6Pチーズ(約100g)を1日2Pなので、十分食べられる量です。チーズには詳しくなかったので、いろいろ調べてみました。
要するにこの結果が正しいとするならば、白カビ発酵チーズは認知症に効くかもしれないけど、発酵していないプロセスチーズの状態になれば効果はない、ということなのでしょう。となれば、白カビからでる酵素が蛋白質を分解してアミノ酸が生成される、あるいは脂肪が分解されて脂肪酸が生成される、それらの化学反応の過程で生じるある種の物質が炎症の抑制や神経細胞変性を阻止するように働く、ということかも知れません。
欧州料理では、たまに琵琶湖の鮒寿司に匹敵するような強烈な臭いのチーズがありますね。ブルーチーズという種類が多いのかな。まあ、それに比べたら白カビのカマンベールチーズはどうってことないので、毎日食べられないことはないな、と思います。
ただ今回紹介した研究結果は“統計学的に有意な効果”ではあっても、“効果の大きさ”は驚くほどではありません。ですから実際、地球上でたくさんカマンベールチーズが食べられている地域での認知症の疫学データ、すなわち“リアル・ワールド・データ”において目に見える効果が得られるかどうかを、ぜひ知りたいところですが、そうなるとチーズ摂取以外の要因が多すぎて、解釈は難しいでしょうね。
しかし効果がはっきりするまで待っていては“too late”ということになりそうです。ここはチーズが好きな方は、これらの研究を信じてカマンベールをチョイス!という手もあります。
なお、私は潟Lリンホールディングス、竃セ治、いずれからも資金提供などいかなる援助も受けていないことを明言しておきたいと思います。以上、利益相反開示でした。
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