
私たち人類の祖先(ヒト属)が地球に誕生して約200万年、さまざまな幸運に見舞われ、地上の覇者となりました。まだ人類の祖先が無力な原始哺乳類だった6500万年前には巨大隕石衝突が起こって、当時の覇者だった恐竜があっという間に絶滅したのは運以外の何者でもないし、二足歩行・脳の発達にしても、たまたま起こった進化=遺伝子変異が運良く“当たり”だっただけかも知れませんしね・・・・・・
覇者になったとはいえ、人類は他の動物種とは違って、しょっちゅう仲間割れするし、意図的でないにしろ他の生物種を絶滅に追い込むし、ふつうの動物種では当たり前に備わっている本能が弱くて、生きる意味とか、自己実現とかのお題目を無理矢理考え出さないといけないし・・・・・・なんだか“生物種としての不完全性”が目立ちますね〜自分を振り返っても、ホント、そう思います。
数十万年前、多くの類人猿が世界中に乱立・跋扈していた中から、いかにして我らヒト属が生き残ったか、についてはさまざまな説があります。医学的な観点からこのような議論を展開できる分野のひとつとして、大脳生理学・神経科学があげられます。
ある生物種が少数しか存在していないとき、その生物種の行動や情動の特性は種の生き残りに大きな影響を与える可能性があります。そうなるとヒト属の場合、行動とそれを裏打ちする脳の情動は大きな意味を持ちますが、その情動は脳内の神経伝達物質という脳神経細胞活動を賦活・制御する物質の支配下にあると考えられます。一方、神経伝達物質にはそれを取り込んで輸送する固有の蛋白質があるので、この蛋白質の機能が結果として脳神経細胞活動、ひいては情動に大きな影響を与えます。
このような観点から、東北大学のグループは情動に関わる神経伝達物質の取込に深く関わる「小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)」という蛋白質の進化段階を検討しました(進化生物学誌 BMC出版 2019)。著者らはVMAT1の変異体を培養細胞で再現する技術を用いて類人猿から現代人に至るまでに5段階のVMAT1を作成し進化論的分析を加えています。
VMAT1変異が起こる、すなわち遺伝子配列の突然変異によって蛋白質を構成するアミノ酸がわずか1個変化しただけで、神経伝達物質の取込能が変わって、個体の認知や情動がかなり変化することが分かっています。VMAT1は進化の過程で5段階の変異が起こったのですが、1〜4段階までの過程では神経伝達物質の取込が、かなり減少する方向に変異したようです。これはヒト属において、不安やうつ傾向が強くなっていったことを意味しているそうです。ところが最終の5段階目の変異によって神経伝達物質の取込は大きく上昇しました。これが起こったのは今から約10万年前で、ちょうど私たちの直接の先祖であるヒト属が、アフリカ大陸を出て、世界中に散らばっていった時期に一致するのです。
ちょっと出来過ぎた話のような気もしないではないのですが、確かにヒトの黎明期は厳しい環境にあり、認知・行動・情動の“方向”が生存を左右したことは想像に難くありません。すなわち“環境による自然選択”が働き、“適者生存”〜“フィッターズ・ビクトリー”の原則によって、適応したものが生き残った、ということです。「不安」は自己防衛に繋がりますし、「うつ」も私たちが想起するような薬物治療が必要なレベルはさておき、やや古典的な言説に想像を交えて考えると、しばしば“うつになりやすい性格”とされる「他者に配慮する」、「几帳面」、「責任感の強さ」を豊富に持つことが厳しい環境での比較的小さな集団の維持・生存に有利に働いたのかも知れません。
そしてさらに環境が悪化し、どうにもならなくなった時には、不安やうつ傾向に乏しい“行動的な”ヒトが現れ、新天地に飛び出して行った・・・・・・「出エジプト」ならぬ「出アフリカ」ですね。あるいは行動・前進を恐れぬモーゼのような(顔は「十戒」のチャールトン・ヘストン似)リーダーが皆を引っ張って行ったのかも・・・・・・
それが起こったのはほんと10万年前か?ということで調べてみると、最近の発見から考察すると出アフリカはもっと古く、遅くとも18万年前という意見も(サイエンス誌 2011)・・・・・・まあ、遺伝子変異の時期を正確に推計するのも困難ですし、数万年の差はあまり気にしなくても良いのかも知れませんが。
それよりひっかかるのは、人類の進化も、そして今それを考察しているこの私の思考も、脳内の神経伝達物質とそれを運ぶVMAT1などのトランスポーター蛋白のなせる技・・・・・・ということになると、ちょっと虚しい気もしないではありません。やはりこの生身の体は、所詮は遺伝子の乗り物に過ぎないのかも知れません・・・・・・乗り物だとすれば、ちょっとガタが来始めているのが気がかりです。
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