
脳卒中(脳梗塞/脳塞栓、脳出血、くも膜下出血)は高血圧治療などの生活習慣病の啓発・管理の進歩や日本人の食事中塩分の低下などにより、年々減少傾向にはあるのですが、それでも2017年の集計では年間111万人以上が罹患し、年間数万人の死亡が報告されています。現在、脳卒中の主体を占めるのは脳梗塞で、命は長らえても罹患した多くの患者さんで片マヒなどの運動障害が残るのが大きな問題でした。
脳梗塞の治療を大きく進歩させたのが2005年から認可された組織型プラスミノゲン・アクチベータ(t-PA)による急性期血栓溶解療法の導入です。t-PAはヒトの生理的かつ最も強力な血栓溶解蛋白で、これが遺伝子組み換え技術により製品化されたのです。t-PAにより脳梗塞の予後はかなり改善し、30%強の患者さんでは血栓が溶解してほぼ後遺症を残さずに回復すると報告されています。t-PAの投与には発症後早ければ早いほど良いのですが、発症4時間半を超えると投与できません。またCTやMRI所見が無いか叉は軽微、症状が軽症〜中等症の患者さんではかなり効果が期待できますが、重症例では効果が乏しいことが難点です。なお、心房細動のような不整脈などによって心臓内で血栓が形成され、それが血流に乗って脳に流れて突如として脳血管を閉塞する「脳塞栓」では二次的に脳出血を起こすリスクが高くなるのでt-PAは投与できません。
このようにt-PAは極めて有用な薬剤ではあるものの、効果には限界があり、とくに発症時重症例ではマヒが残存する患者も少なくありません。このような場合、リハビリテーションに頼ることになりますが、現状ではそのキャパシティや効果は必ずしも十分ではありません。ここは何かローリスク・ハイリターンな治療が望まれるところです(なにしろリハビリ中ですので、リスクの高い治療は許容できないと思います)。そんなうまい話があるのか、と誰しも思うのですが、ひょっとすれば「瓢箪から駒」ならぬ「血圧計からカフ」という手があるかも知れない、と思わせる研究が発表されました。
その前に予備知識を・・・・・・「虚血耐性」なる現象があります。軽度の虚血負荷をかけておくと、未来のより大きな虚血負荷に対する耐性を誘導し得る、というもので動物実験では明瞭に示されるようです。この虚血耐性の実証はヒトでは必ずしも容易ではないのですが、“自然の実験”ともいうべき現象が観察されています。「一過性脳虚血発作(TIA)」という病気があります。突然脳梗塞類似の症状がおこりますが、24時間(多くは数分〜数十分)以内に完全に自然軽快するという病気で、脳梗塞の前兆として捉えられています。興味深いことに、このTIAを過去に経験している人が脳梗塞を起こすと、TIAを経験していない人に比べて軽症に経過する傾向があるとする報告があります(米国脳卒中協会誌 1999)。すなわちTIAによる虚血負荷によって虚血耐性が誘導されて脳梗塞が軽く済む、ということです。しかし65歳以上の高齢者ではそのような耐性獲得はみられないという論文(脳卒中・脳血管疾患誌 エルゼビア出版 2008)もあり、未だ議論のあるところです。
TIAと脳梗塞の時間的関係は “脳梗塞発症前にTIAという虚血負荷がかかる”なのですが、不思議なことに虚血負荷は脳梗塞発症後でも有効で、しかも虚血負荷がかかる血管は脳血管である必要はなく、脳とは離れている遠隔臓器の血流遮断でも有効だと考える研究者もあります。
そこで最近、中国の西安交通大学のグループはt-PA治療を行った患者68人(平均年齢65歳、平均入院期間 11.2日)を対象とし、血圧計のカフ加圧(両腕、5分間加圧/3分間解除を40分繰り返す、1日2回)を介入としたランダム化試験を行いました。介入群、対照群ともに34人で両群の入院時の重症度や入院期間には差はありませんでした。
3ヶ月後に、症状を評価するスケールを用いて無症状とごく症状の軽い人の割合を両群で比較したところ、介入群71.9%、対照群50.0%と介入群で良好な結果が得られました。なお著者らは両群で脳梗塞による組織障害の程度や組織修復に関連する血液マーカーも検討していて、介入群では対照群に比較し、組織障害が抑制され、修復機転が高まっていることを示唆する結果も得ています。さすがにちょっと話が旨すぎる気もしないではありませんが、ただ、この介入はほぼノーリスクに近いのは間違いありません。
もちろんこれで脳梗塞におけるマヒ改善に有効な“脳梗塞発症後の遠隔虚血耐性”確認されたとまでは言えません。でもこのような日常ケアのレベルでマヒを改善できる手立てがあるのなら期待したくなります。研究の発展を祈りたいところです・・・・・・というか、普段から血圧をしょっちゅう計って虚血負荷を加えておけば、良いことがあるのではないか、と思わないではありません。でも
1日40分×2回はちょっときついかな〜
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