2021年06月04日

目次

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目次
1 予期しない体重減少 2015.2.15
2 シニカルな高齢者は認知症のリスクが高い 2015.3.1
3 地中海食〜最強のダイエット?! 2015.3.15
4 「がんが自然に治る生き方」がベストセラーに?! 2015.4.1
5 ロレンツォのオイル〜希望と失望、そしてその後〜 2015.4.15
6 歩く会は健康上の益がある…… 2015.5.1
7 ヒトをがんから救うのは犬か、線虫か…… 2015.5.15
8 映画「エクソシスト」、悪霊の正体?! 2015.6.1
9 コーヒーは百薬の長!? 2015.6.15
10 MERS-CoV in Korea〜コロナウイルスの不都合な変貌 2015.7.1
11 「アマデウス」の真実?! 2015.7.15
12 脂肪細胞は脳にとって、敵か味方か?! 2015.8.1
13 医療の未来を変える……かも知れないマイクロRNA 2015.8.15
14 咽喉が変だ、咳が続く〜それって胃液の逆流かも 2015.9.1
15 適正な塩分摂取量とは? 2015.9.15
16 音楽は医療・患者ケアに貢献する……かな?! 2015.10.1
17 脂肪肝 甘く見てたら 肝硬変 2015.10.15
18 STAP細胞物語の終焉 2015.11.1
19 インスリン・レジスタンスという“抵抗勢力” 2015.11.15
20 ハム・ソーセージにはタバコ・アスベストと同等の発がん性?! 2015.12.1
21 血圧降下目標は140未満?!それとも120未満?! 2015.12.15
22 カルシウムは骨を強くするか? 2016.1.1
23 「健康食品」による不健康 2016.1.15
24 研究における遊び心 2016.2.1
25 最新がん治療・免疫チェックポイント療法の効果と毒性 2016.2.15
26 朝食を摂らないというリスク 2016.3.1
27 正常値と異常値が意味するもの 2016.3.15
28 日本だけ認知症が増加している問題 2016.4.1
29 “癪”という持病…… 2016.4.15
30 氾濫する情報〜カオスの世界 2016.5.1
31 糖尿病での高血圧治療目標は?! 2016.5.15
32 BMIと“肥満パラドックス”、そして体脂肪率 2016.6.1
33 “機能性ディスペプシア”というコモン・ディジーズ 2016.5.15
34 ABO血液型と病気 2016.7.1
35 運動でがんを防ぐ 2016.7.15
36 酒の功罪〜“アンタッチャブル・ジレンマ” 2016.8.1
37 歩きやすい街ほど健康に良い 2016.8.15
38 変形性膝関節症と太極拳 2016.9.1
39 なぜか盛り上がる“飲んではいけない薬”の話題 2016.9.15
40 主治医がAIになる日は来るか?! 2016.10.1
41 大腸がんの左右差 2016.10.15
42 脳が顔の好き嫌いを判別するとき 2016.11.1
43 前期高齢者が気になるカタカナの警鐘 2016.11.15
44 “5秒ルール”の真実 2016.12.1
45 休日が続くと体重が増える問題 2016.12.15
46 ヒトの寿命はどこまで延びるか? 2017.1.1
47 「いびきがうるさい」ではすまない睡眠時無呼吸症候群 2017.1.15
48 菜食主義でがんリスクは減少するか?! 2017.2.1
49 夜の光が肥満のもとに…… 2017.2.15
50 女性医師が主治医になると長生きできる…… 2017.3.1
51 エビデンス、ガイドライン、そしてその後に来るもの…… 2017.3.15
52 Narrative-based medicine(NBM:物語に基づく医療)というパラダイム 2017.4.1
53 ヒトの脳はふてぶてしいが、打たれ弱い 2017.4.15
54 “肝機能”の評価のためのガイドライン 2017.5.1
55 末梢動脈疾患(PAD)/閉塞性動脈硬化症(ASO)とABI 2017.5.15
56 ヒトはなぜ地上の覇者となり得たのか 2017.6.1
57 好中球数というリスク 2017.6.15
58 便潜血陽性後の内視鏡検査はいつまで先延ばしにできるか? 2017.7.1
59 “終末期医療事前指示書”問題 2017.7.15
60 地震予知と疾患予後推定を比べてみると…… 2017.8.1
61 旗色が悪くなった“適度の飲酒は健康に良い”という言説 2017.8.15
62 マンモグラフィーの“高濃度乳房”問題 2017.9.1
63 JFKの腰痛 2017.9.15
64 運動は認知障害を防ぐのか? 2017.10.1
65 運動に関する「マインドセット」が健康の鍵を握る…… 2017.10.15
66 がん治療における“代替療法”のリスク 2017.11.1
67 “夢見る頃”を過ぎると認知症リスクが高まる?! 2017.11.15
68 脳は薬価にだまされる……ノセボ効果の不思議 2017.12.1
69 “表情”というイヌたちの戦略 2017.12.15
70 やっかいな“無症状のインフルエンザ” 2018.1.1
71 飲酒と喫煙は外見を老化させる!? 2018.1.15
72 コーヒー摂取量と健康、結論はいかに?! 2018.2.1
73 フル・ムーンfull moonはバイク事故のリスク?! 2018.2.15
74 “雨の日は関節が痛む”という都市伝説 2018.3.1
75 ストレスは、がんのリスク因子か?! 2018.3.15
76 体温が高いと死亡率が上がる!? 2018.4.1
77 “飼い犬に手を噛まれる”についての一考察 2018.4.15
78 ハエ、マウス、ヒトが共有する体温日内リズム制御機構 2018.5.1
79 転移性脳腫瘍始末記 2018.5.15
80 血液型O型は重症外傷での死亡率が高い?! 2018.6.1
81 睡眠不足とアルツハイマー型認知症〜たとえ一晩の徹夜でもリスクが高まる?!〜
2018.6.15
82 座位時間が長いと時間旅行ができなくなる?! 2018.7.1
83 我が内なる海、マイクロビオーム 2018.7.15
84 “うつ病の時代”〜薬剤誘発性抑うつ障害 2018.8.1
85 がんになると糖尿病に罹りやすくなる!? 2018.8.15
86 pm2.5による大気汚染と糖尿病 2018.9.1
87 地球温暖化を防ぐ食生活とは?! 2018.9.15
88 静かに蔓延しつつある慢性腎臓病(CKD) 2018.10.1
89 “風呂は命の洗濯”のエビデンス 2018.10.15
90 “運動はがんのリスクを下げるPart2”〜夢、はかなく?! 2018.11.1
91 便潜血で分かる健康リスク〜大腸がんだけではない 2018.11.15
92 簡単な“体力測定”で糖尿病リスクを評価する 2018.12.1
93 フィッシュ・オイルは心の平穏をもたらす!? 2018.12.15
94 アスピリン“百年の夢”はうたかた!? 2019.1.1 
95 乳製品はやっぱり体に良い!? 2019.1.15
96 アルコールと健康2018 2019.2.1
97 インフルエンザが心筋梗塞をひきおこす!? 2019.2.15
98 血糖コントロールとがん罹患リスク 2019.3.1
99 高齢者の“正常範囲” 2019.3.15
100 “禁断のお菓子”を遠ざける方法 2019.4.1
101 “帰ってきた水ぼうそう”〜高齢者の敵、帯状疱疹 2019.4.15
102 “フレイル”が認知症発症の鍵を握る?! 2019.5.1
103 アドヒアレンスが良い人は死亡リスクが低い?! 2019.5.15
104 結核は稲作と一緒に渡来した?! 2019.6.1
105 女性の脳は男性より三歳若い?! 2019.6.15
106 肝機能検査で糖尿病発症を予測する!? 2019.7.1
107 “血糖アラート犬”登場!! 2019.7.15
108 高血圧治療における降圧目標は?! 2019.8.1
109 “イナーシャ”という難敵 2019.8.15
110 ナトリウムとカリウムの適正摂取量は!? 2019.9.1 
111 摂取する食品の種類が多いほどリスクが下がる!? 2019.9.15
112 「一日一万歩あるきましょう!!」と言ったのは誰?! 2019.10.1
113 塩分を取りすぎるとお腹が張る!? 2019.10.15
114 “白衣高血圧”というリスク 2019.11.1
115 幸福の棲家はどこですか? 2019.11.15
116 動脈硬化という“ヒトの業” 2019.12.1
117 脳内の獏、MCH産生神経細胞が夢を食べる 2019.12.15
118 がんサバイバーの心血管病のリスク 2020.1.1
119 楽天主義の人は罹患リスクが低く長生きする?! 2020.1.15
120 「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」 2020.2.1
121 ブルーライトを浴びすぎると寿命が縮まる?! 2020.2.15
122 カマンベールチーズで認知症を予防する?! 2020.3.1
123 宿題を先延ばしにするとメタボになりやすい?! 2020.3.15
124 対決、肉食派VS魚食派VS菜食派…… 2020.4.1
125 特別増刊号 COVID-19 2020.4.3
126 特別増刊号―2 「COVID-19の薬」、「COVID-19と薬」 2020.4.10 
127 人類の進化と情動を司る遺伝子変異 2020.4.15
128 特別増刊号―3  「COVID-19の薬」の続報と「COVID-19流行中の予定」
2020.4.28
129 噛めば噛むほど認知症予防…… 2020.5.1
130 ここ百数十年、平熱がさがり続けている?! 2020.5.15
131 COVID-19―4「PCR」と「アビガン騒動」 2020.6.1
132 骨格筋を護るラジオ体操 2020.6.15
133 糖尿病とがん、そして細胞競合 2020.7.1
134 イヌはネコよりヘビ毒に弱い〜消費性凝固障害の話 2020.7.15
135 “COVID-19―5アビガン臨床試験最終報告とワクチン開発を阻む!?「抗体依存性感 染増強」” 
2020.8.1

136 老化細胞をワクチンで除去する 2020.8.15
137 日本の伝統芸能従事者の寿命 2020.9.1
138 最近、自己免疫疾患が増加しつつある!? 2020.9.15
139 REM睡眠が長寿の鍵を握る!? 2020.10.1
140 アルツハイマー型認知症のリスクを下げるには?! 2020.10.15
141 「エピジェネティクス時計」でヒトとイヌの年齢を計る 2020.11.1
142 “良く生きること”が動脈硬化の進展を抑制する 2020.11.15
143 日本食を食べて長生きする!? 2020.12.1
144 E型肝炎ウイルス(HEV) 2020.12.15
145 “クリスマス増刊号COVID-19におけるハイ・リスク濃厚接触〜何が家族内感染のリスクとなるか〜” 2020.12.24
146 COVID-19と糖尿病〜やっかいな双方向関係 2021.1.1
147 虚血耐性〜血圧計で脳梗塞の予後を改善する 2020.1.15
148 NAFLD〜単純な脂肪肝でも死亡リスク上昇 2020.2.1
149 炎症反応とうつ病との関係 2020.2.15
150 瞳孔面積で心不全の予後を予測する 2020.3.1
151 休載のお知らせ 2020.3.15
152 ラストブログ 2020.3.16
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「みみずくの世迷言」書籍発行のお知らせ


高21回のHPに連載されていた高21回・元市立豊中病院病院長の故片桐修一さんのブログを書籍にして今年の秋に学年から出版いたします。購入予約の受付を始めましたので、お申し込みよろしくお願いします。
(片桐さんはがんとの闘病を続けながらブログを書いてくれました)
まだ出版冊数が決まってないので、あらかじめ購入予約いただきますとたいへんありがたいです。どなたでも購入していただけます。

チラシ-s.jpg
(画像をクリックするとpdfファイルがご覧になれます。)

内容は最新医学論文のわかりやすくユーモアあふれる紹介です。151編あります。たいへんためになります。

片桐さんは市立豊中病院の病院長時代には病院のHPに「病院長のブログ」を連載。大阪府医師会の会報にもエッセイを書いていました。それは昨年大阪府医師会から出版されています。

大阪府医師会会長の茂松茂人さんや脚本家の今井雅子さんの推薦文にもありますように、面白くて、ためになって、温かい気持ちになります。自信を持っておすすめします。
ご予約いただきますと、秋に振込用紙をお送りしますので、代金が届きましたら書籍をお送りします。
よろしくお願いいたします。
予約申込は 丸山まで 
mail(アットマーク)mikuni21.com 

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2021年03月16日

ラスト・ブログ

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このブログがアップされているということは、皆さんとは「幽明境を異にした」ということですね。とにもかくにも、今までの友情に厚く御礼申し上げます。

第1回のブログで書きましたように、2013年5月半ばに急激な体重減少に気付きました。「まずい!」と思って血液検査を行って、「これはやばい!」という結果がでたので、がん病巣を検索する陽電子放射断層撮影(PET)を受けて胃がんの診断に到達するまでは4日間、手術まで2週間でした。4月以前は何事もなく、5月に入っても体重減少以外には何の症状もありませんでしたが、既に“絵に描いたような進行がん”でした。まあ、良くあることなのですが。

1975年に医学部を卒業して以来、そのキャリアのほとんどを内科、とりわけ血液内科領域でのがんの診断と治療を専門にしてきたので、進行胃がんが見つかったときには、さすがにちょっと恥ずかしかったな〜もっとも病理検査の結果(病理学は嫌いじゃないので、自身でも顕微鏡で確認してみました。まあ、宿主に似ない“凶悪な面構え”でした)とその後の経過を考えると、非常に“未熟ながん(=とにかく増殖速度が速い)”だったので、毎日体調に気を配っていたとしても、あと10日早く見つけられたかどうか・・・・・・まっ、言い訳だけど。

その後の経過は率直に言って、良くも悪くも“短期的予測はしばしば外れ、長期的予測は当たり”感があります。手術後3ヶ月もしないうちに肝転移が発見されて、「こりゃ、すぐに再発するな〜もって2年かな〜(肝転移は“勝負あり”のサインです)」と思ったら、肝転移の局所治療に成功して以後再発なし(たぶん合併症の腹腔内膿瘍=細菌感染症によるがん免疫賦活作用のおかげ)。「こりゃ、相当ツイてるな〜 “プチ奇跡”も夢でないな〜」と思ったら、手術から3年6ヶ月で肺転移出現、しかし肺転移は綺麗に切除できて、他に病巣もなく、「こりゃ、しばらく安定するかな〜」と思ったら、術後わずか1ヶ月で腫瘍マーカーがうなぎ登り・・・・・・やむなく外来化学療法を開始して、途中良く効いた時期もあったのですが、翌年には脳転移が見つかり緊急脳外科手術と術後放射線治療・・・・・・その後数か月の間、脳転移や肺転移を各個撃破しているうちに1年ほどの平穏な期間も過ごせたのですが、2019年11月にリンパ節転移が出現、その後は負け戦というか、先細りというか・・・・・・医師としてがん治療計画に参画し、最終決定を下した最後の症例がまさか自分自身になるとは・・・・・・別な言い方すれば、血液学分野を中心に、かなり広くがん診療に関わってきて、それなりに経験も知識も積み重ねて、いちおう判断力や分析力もあまり老化しておらず(と信じていた)、総合力でピークになったはずの職業的能力を、キャリア最後の7年間(注)、自分のためだけに使うはめになったというのは、「なんだかな〜」という感じです。

ご存じの方もおられると思いますが、この私、とても小心者で自分に自信が持てない、というおよそ医師向きではない性格です。それでも医師になってしまったのですが、他人の人生を預かるような臨床医になれるだろうか、という不安がありました(医学部を選ぶ前に考えろよ、という話なのですが)。そんな不安を抱えながらも、さまざまな巡り合わせで専攻したのが血液内科でした。血液内科では主として白血病・悪性リンパ腫・骨髄腫などの血液がんと再生不良性貧血などの血液難病を扱います。内科の他の分野に比べると、思春期や若者の血液がん患者さんが多いのが特徴です(最近は高齢者の絶対数が増加しているので目立たなくなりましたが)。当時(昭和50年代)の血液内科の治療の中心は血液がんに対する化学療法、難病に対する免疫抑制療法でした。血液がん化学療法については、他の領域に比較すると“ずっとまし”だったのですが、それでも治癒が達成できることは少なく、治療当初は明るい未来を予感させるような劇的な効果が得られるのですが、しだいに治療的抵抗性となり、患者さんも主治医も追い詰められていく・・・・・・その繰り返しでした。

患者さん達が、とりわけ自分よりずっと若い、あるいは同年配の患者さんたちが徐々に終焉に向かっていくのを見るのは、つらいことです。それでも主治医は常に彼らの心の支えにならなければなりません。私は、芯が強い人間ではありませんでしたから、“素の自分”では心許ないので、“違う自分になるのは無理にしても、違う自分になったようにみせねばならない”と考えました。いくら自信がなくても、不安にかられても、その素振りも見せず、「頼りになる主治医」の“着ぐるみ”を着ることにしました。まあ、何とか着続けられたかな、それとも見透かされていたのかな・・・・・・

ただ患者さんにはほんとうに恵まれました。もし私が一人前の医師になれたのだとしたら、それは患者さんたちのおかげです。病床で感じる患者さんからの友愛と信頼の波動は、何事にも代えがたい贈り物でした。とくに “若くして透徹した死生観をもって死に向き合うことができる”たくさんの十代、二十代の患者さんたちのことは、今も忘れられません。なぜあれほど立派に振る舞えるのか・・・・・・私は自分の順番が来たときには、彼や彼女たちには到底及ばないにしても、できるだけ恥ずかしくない態度で受入れようと誓っていました。そうしなければ泉下の(あるいは天上の、でしょうか)私の患者さんたちに会わせる顔がありません。今でも彼らにぜひ聞いてみたい、ずっと気になっていることがあります。

「たとえわずかでも、私はあなた方の力になれましたか?」

着ぐるみを着続けて、私は変わったのか、と言われたら、中身は全く変わっていません。いくつになっても、いかなる職位になっても、昔のままです。だから晴れがましいことや、真ん中で注目を集めることは苦手です。ですから「偲ぶ会」はご辞退申し上げます。だって恥ずかしいじゃないですか(もう生きていないから良いじゃないか、というツッコミは止めてくださいね)。それより同期の皆さんには平均して男性で約10年、女性で約15年の人生が残っています。人生の黄昏の時を十分楽しんでください。先に逝ったものは忘れ去るのも良し、たまに想い出すのも良し・・・・・・せっかくの余生、基本、前だけを向いてラスト・スパート!・・・・・・後ろを向くのは、終焉が見えた時で十分です。それまでは頑張ってくださいね。

私の一番好きな映画・・・・・・高校1年の時に観た「Gone With The Wind」・・・・・・そのラスト・シーンで、ビビアン・リー扮するスカーレット・オハラは「Tomorrow is another day!」と言います。「明日は必ず来る」という訳はしっくりきません。「明日は別の日」「明日は明日の風が吹く」は軽すぎです。たぶんこの言葉は、「明日に希望を託して生きる」という意味だと思うのです。若き日に出会って、先に逝った私の患者さんたちは、まさにそう思って一日一日を生きていたに違いありません。願わくば、みなさまの“それぞれのtomorrow”が希望に溢れたものでありますように!

では、See you again, my friends!(どこで会うんだ、ということは気にせずに)
ありがとう、さようなら。
2020年2月21日作成

(注 7年間 このブログの原稿が書かれたのは昨年ですので、正確にいうと8年間になります。)
katagiri.jpg

2008年5月24日21みくにフォーラムで講師をしていただいたときの写真(57歳)

片桐修一さんは2021年3月16日午前11時に逝去されました。
心からご冥福をお祈りいたします。

片桐さんをご存じの方はおわかりだろうと思いますが、何事も準備がたいへん早く、このラストブログの原稿も最初は2018年にいただきました。そのあと最近の治療法の進歩のおかげとおっしゃっていましたが、抗がん剤の副作用はあるものの、毎日病院に勤務されて仕事を続けていける状態で過ごされていて、昨年2020年にまた書き直したものをいただきました。
昨年末にも高校同期のメールマガジンに転倒防止策について論文の紹介をしてくださるなど、まだお元気なご様子でした。

ただ年末にはもう治療方法がないので、緩和ケアに移行しないといけなくなってきたと聞いておりました。今年になってしばらく入院されていましたが退院されて自宅療養されていたそうです。先週、電話で少しだけお話しましたが、痛み止めのせいで頭がボッーとしている、呼吸不全を起こしていて少し何かすると呼吸が苦しくなるとおっしゃっていて、このブログの掲載ありがとうと言ってもらったのがお別れの言葉になりました。
2015年2月15日から始まったブログは全部で151、昨日掲載予定のものがこのラストブログになるというほぼ完璧なスケジュールでした。まったく人を待たせたり約束を違えたりしない片桐さんらしいです。3月6日の誕生日は迎えたいなとおっしゃっていて、それもクリアされてきっと約束は全部果たしていかれたのだと思います。

ブログの内容は最新の研究論文を読んで、根拠のきちんとしたものを選んでかみ砕いて書いてくださり、新聞などでニュースになるよりも何カ月も早い情報提供で、科学的な考え方や情報の取捨選択の方法などたいへん勉強させていただきました。

片桐君、長い間ブログの掲載ありがとう!
またお会いしましょう! 
              
2021年3月16日  丸山登志子

posted by みみずく at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月15日

ブログ休載のお知らせ


片桐修一さんは現在再発したがんのために自宅療養中につき、しばらくブログは休載いたします。
またお元気になって、ブログが再開されることをみなさんと一緒に待ちたいと思います。
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2021年03月01日

瞳孔面積で心不全の予後を予測する


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“目は口ほどに物を言う”とは紛れもない事実だと思います。と言うより実際のところ、目(とくに瞳)はそれ以上です。第一、口は嘘をつきますが、瞳は嘘をつかないので(・・・と信じているのですけど、どうでしょうか)そのインパクトはとても大きいです。どれくらい大きいかと言えば、電位で現せば概ね10,000ボルト程とのことです(「君の瞳は一万ボルト」堀内孝雄&谷村信司 1978)。

最近、この瞳孔の面積が心不全の全死亡率を予測する、という論文が北里大学のグループから発表されました(欧州心臓学会心不全誌 2020)。研究対象は急性心不全で入院した870例(67.0±14.1歳、女性37%)で、入院後少なくとも7日以上瞳孔面積を測定した患者さんです。瞳孔面積と全死亡率・心不全による再入院率とを比較検討しています。

結果ですが、平均1.9年(1.0-3.7年)の観察期間中に131例が死亡し、328例が心不全で再入院したのですが、瞳孔面積の大きい群は小さい群に比べて(中央値で二分して、大きい群と小さい群に分けています)死亡率、再入院率とも有意に低く、全死亡率では28%減少、再入院率では18%減少していました。またこの瞳孔面積と死亡率・再入院率との相関は他の因子と独立したものでした。

自律神経は交感神経系と副交感神経系があり、交感神経が緊張すると心拍数が増加し瞳孔は散大(面積が広くなります)します。一般に心不全では心拍数が増加しますので、当初著者らは、交感神経緊張を示す瞳孔面積増大が予後不良に関連すると想定していたようですが結果は逆でした。これについては運動時など心拍増加が要求される時に適切に心拍増加で対応できない状態(「変事性心不全」といいます)が心不全での自律神経障害を反映していて、それが心不全の予後悪くしているのではないかとされているのですが(米国心臓病協会機関誌「循環、心不全」 2018)、同様に瞳孔がうまく拡大しないことも自律神経障害→予後不良に関連している可能性があると推論されています。

この北里大学のグループは昨年、対光反射(瞳孔に光をあてると瞳が縮む反応です。この反応の消失は古典的な死亡確認にも使われます)の復帰時間が心不全の予後と関連することを報告していますが(心不全誌 エルゼビア出版2019)、対光反射復帰時間の測定には動画記録が必要となるのに比べ、今回の瞳孔面積は、暗順応後に静止画像を一枚撮像するだけで結果が得られるので簡便です。またこの瞳孔面積検査を加えると、世界中で汎用されている心不全の予後予測ツールである「シアトル心不全スコア」の信頼性も向上するようです。なかなかどうして、たいしたものだと思います。

多くの古の名医が“患者を見つめる眼差し”の重要性について言及しています。眼差しの先にあるのは、もちろん患者の瞳孔です。真剣に見つめれば患者さんの予後も分る、というのは情緒的にも納得できる気がしますね〜

この“瞳孔面積と心不全”の話は、臓器障害に合併する自律神経障害が予後を悪くする、ということを示唆しています。これに関連した最もよく知られている事例は“糖尿病に伴う自律神経障害”です。糖尿病の場合、検査法で最も良く行われているのが心電図での心拍の間隔(心電図の波形の名称をとってR-R間隔といいます。脈拍の間隔に一致します)の測定です。健常な人ではR-R間隔にはある程度の“揺らぎ”があります。しかし糖尿病性神経障害が進むとこの揺らぎは消失し、固定してしまいます。これもまた予後不良の徴候です。

自律神経からみると、ヒトのもつ機能は、ある程度の揺らぎがあって当然、それこそ健康の証、ということです。何でもそうですよね〜揺らぎがないと人間らしくないです。揺らぎすぎるのも、それはそれで問題だけど・・・・・・

ただ急に現実に戻って恐縮ですが、現在の保険診療では、瞳孔機能検査というのはあるのですが、眼科的疾患以外の内科的疾患としては糖尿病の自律神経障害でしか認められていません。それにこの研究のように7日以上測定は入院でないと無理だし、広く心不全の診療に役立てるには、もう一工夫要りそうです。

それでもさまざまな病気で、しかも進行性の臓器障害を来す病気では、合併する自律神経の異常というのは、今考えられているよりずっと重要なのかも知れません。それを把握するために“瞳を見つめる”というのは優れた方法になり得るような気がします。
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2021年02月15日

炎症反応とうつ病との関係

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うつ病というのは、本当にやっかいな病気です。典型的にはとくに誘因もなく抑うつ気分が持続し、悲哀感・無力感・自己否定感に苛まれ、睡眠障害(早朝覚醒や入眠困難)や体重減少などを来たします。病状が悪化すると、希死念慮から最悪の転帰である自殺に至ることも稀ではありません。米国の有名テキストでは一般人口における有病率は年間で数%、個人の生涯での発症率は13〜15%とされています。日本ではこの半分程度という記載が多いようですが、単に定義や診断機会の差かも知れません。

自殺という転帰はある意味、いかなる病気の死の転帰よりも悪いと思います。個人的な経験を言えば、今まで内科の初診外来で数人の方から希死念慮を聞き出して即日精神科に紹介して事なきを得たこともある一方で、ほぼ同数の全く予期しない朋輩・後輩の自死も経験しています。そのほとんどはうつ病であったと思っていますが、近親者には無念と後悔、そして心の傷が残ります。

うつ病の病因は明らかではありませんが、たぶん多因子・複合因子によるものでしょう。脳活動に関する生理活性物質の異常が報告されていることや多くの患者さんで明らかに薬物療法が奏効することから、脳内での生化学的異常が関連していることは確実です。有効な薬物療法があることが、なおさら“予期しない自殺”の無念さを大きくします。新たなうつ病の病因を明らかにできたなら、それが自殺を食い止める新しい治療に繋がるかも知れません。

その可能性のひとつとして炎症反応があります。炎症とは自己を守る免疫反応ですが、それが心血管病やがんの発生・進展と関係していることはよく知られています(動脈硬化誌 2017 、疫学年史2020、いずれもエルゼビア出版)。炎症反応の最も基本的かつ簡便・有用な血液検査にC反応性蛋白(CRP)があります。平常時の血中濃度は0.01〜0.3 mg/dlと微量なのですが、一旦感染が起こると免疫細胞からインターロイキン6(IL-6)という活性物質が分泌され、主として肝細胞でのCRP産生誘導により血液中の濃度は急増します。重症感染症はもとより、ありふれた扁桃腺炎でも20〜30 mg/dl以上(103倍のレベル)になることは珍しくありません。また例えば慢性関節リウマチのような非感染性の慢性炎症性疾患では病勢に一致してCRPの高値が持続します。

最近、このCRPあるいはその上位調節物質であるIL-6がうつ病・うつ症状と関連しているとする報告がみられるようになりました(気分障害誌 2013 エルゼビア出版)。平常時のCRPレベルは人によって異なります。すなわち感染や炎症が全くない状態では、CRPのレベルは遺伝的に規定されている可能性があります。となれば、心血管疾患やがんでは疾患そのものによってCRPがわずかに上昇している可能性もありますが、逆にベースのCRPが高いために心血管病やがんに罹りやすいとも解釈できます。CRPによって表現される炎症とうつ病との関係にも同じ事が言えるかも知れません。

昨年10月、ドイツ・ミュンヘンのマックス・プランク精神医学研究所のグループから“炎症、代謝失調とうつ症状の関連を詳細に分析する”というタイトルで論文が上梓されました(米国医師会雑誌・精神医学 2020)。マックス・プランク研究所(80以上の部門あり。精神医学もその一つ)は多数のノーベル賞受賞者を輩出した名門で、ノーベル賞受賞者にして第一次世界大戦で使われた毒ガスの生みの親となり“科学者の栄光と挫折”を地で行ったフリッツ・ハーバー博士とも関係が深いことで知られています。

著者らは最先端の研究手法であるゲノムワイド関連解析(GWAS)を使って、“炎症機構が個々のうつ症状と遺伝的背景を共有しているか否か、また炎症機構がうつ病の病因に関与しているか否か”という命題に取り組みました。GWASというのは、ヒトのDNA配列にはわずかな違い(遺伝子多型)があるので多数の対象で網羅的に遺伝子多型を検索して知見を得るという研究手法です。遺伝子多型の違いは病気・病態として表現される可能性があり、GWASによって一見関係がなさそうな病気・病態間の関連が見つかることもあります。

さて、結果ですが、高いCRPレベルと九つのうつ症状との間に遺伝的相関があり、またCRPを制御するIL-6産生状態が上方にセットされている(IL-6の過剰産生がある)ことが、うつ病の最悪の転帰である自殺に関与している可能性が示唆されました。著者らはIL-6を抑制することにより、自殺を防ぐ治療の開発も模索しているようです。

抗IL-6製剤は既に認可されていて、重症・難治性のリウマチ性疾患・炎症性疾患で保険適応になっています。でも仮にうつ病で抗IL-6製剤が有効だとしても・・・いつ、どんな状態のうつ病患者さんに、どれ位の期間投与すべきか・・・何人に投与したら一人の自殺が防げるか、そのときに重篤な副作用は何人にみられるか・・・などなど、ハードルは決して低くはありません。でも自殺という最悪の合併症の無念さを思えば、慎重に検討してみる価値はあるかも知れないと思うのです。

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2021年02月01日

NAFLD〜単純な脂肪肝でも死亡リスク上昇


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2015年のブログで非アルコール性脂肪性疾患(NAFLD)のうち、最も軽症の脂肪肝でも甘くみていたら肝硬変に進行するリスクがあるというお話をさせて頂きました。最新の考えに基づいてNAFLDの病勢進行を眺めてみると、肝細胞に脂肪は沈着しているけども肝細胞の壊死(=肝炎)は起こっていない(@単純性脂肪肝)→肝細胞壊死が起こってきているが肝臓の“線維化”はまだ生じていない(A非線維化脂肪肝炎)→肝細胞壊死に線維化が伴っているが肝硬変には至っていない(B非肝硬変肝線維症)→線維化が進行して肝肝臓の構造変化・機能低下が明瞭となる(C肝硬変)というふうになります。

すなわち脂肪が肝細胞に蓄積してくると、いずれは肝細胞が壊死を起こし、それが持続すれば反応性に肝臓の線維成分が増加して(線維化)、肝臓の構造の再構築が進行し(硬変化)、その結果、肝硬変という状態に至って肝細胞の蛋白合成能低下による低アルブミン血症や止血・凝固タンパクの低下、アンモニア・アミノ酸代謝不全による脳症、肝臓に関わる血管系の循環障害(門脈圧亢進症;食道静脈瘤、脾腫による血小板減少、腹水貯留など)が生じてきます。また肝線維化の進行につれて肝細胞癌の発生頻度も増加してきます。

肝線維化・肝硬変診断の“黄金標準”は肝生検です。しかしこの検査には出血などのリスクがあるので実施するには入院が必要となるなど簡単には実施できないうえ、経過観察にも不向きです。そのために最近の肝臓病学では“NAFLD(むろんウイルス性など他の原因の肝炎でも同様ですが)における肝線維化の把握・モニタリング検査”の重要性が指摘されています。そのいくつかを紹介しますと、まず血液検査で一番簡単なのはルーチンに行われる血算と肝機能から計算できるFib-4 Indexがあります。計算式は『[AST(IU/L×年齢]÷[血小板数(109/L)×√ALT(IU/L)]』です。血小板数は1,000で割った値で計算します(例えば血小板20万/μlなら200)。ややこしいと思われる方はネットで「Fib-4計算式」で検索したらすぐに計算ボードが出てきます。この値が<1.3-1.45なら肝線維化の可能性は低く、≧2.67では線維化の可能性が高いと報告されています。またALTが正常なら<1.67までは大丈夫とも言われています。ただしAST、ALTが筋肉疾患で上昇している場合、あるいは血液疾患で血小板が低い場合にはFib-4は使えません。

また、肝線維化を推定するための血液検査項目も保険診療で複数認可されています。例を挙げると「プロコラーゲンVペプタイド(P-V-P)」、「ヒアルロン酸」、「W型コラーゲン」がよく使われています。これらの検査は有用ですが、肝疾患以外の病気でも異常高値になることがあります。この点、比較的最近保険適応となった「Mac-2結合蛋白糖鎖修飾異性体(M2BPGi)」は肝線維化によってある種の蛋白に付いた糖鎖の変化を調べる検査で、肝疾患により特異的だとされています。また最近は肝臓超音波検査で血流を観察するパルス・ドップラー法を用いて血流速度の変化の波形パターンで肝線維化の程度を計る方法も行われています。

要するに“NAFLDでは早期に肝線維化を捉えて対策を立てるのが肝要、以上。”と言いたいところですが、最近、脂肪肝炎・肝線維化がないからと言って安心はできないという論文が発表されました(英国消化器病学会機関誌 10月9日 2020)。この研究は肝生検で様々な段階のNAFLDと確定診断されたスウェーデンの住人10,568例と背景をマッチさせた対照49,925例を対象とし、全死亡率、疾患特異的死亡率を検討したものです。平均14.2年の観察期間でNAFLD患者4,338人が死亡しています。

まず1,000人/年(100人の人を10年観察に相当)でみた“すべての原因による死亡”ですが、NAFLD群 28.6,対照群 16.9でした。さまざまな要因で調整するとNAFLD群は対照群に比べて1.93倍死亡リスクが高い、という結果です。次に、NAFLDの各段階別の“超過死亡リスク”、すなわち1,000人/年の間で対照群に対して何人よけいに死ぬか(死亡数が増加するか)をみると、ちょっと衝撃的な結果が得られました。超過死亡は@単純性脂肪肝でも8.3人、A非線維化脂肪肝炎で13.4人、B非肝硬変肝線維症で18.4人、C肝硬変で53.6人でした。この“NAFLD関連の超過死亡”の原因の上位は(1)肝臓以外の部位のがん(超過死亡4.5人)、(2)肝硬変(同2.7人)(3)心血管疾患(同1.4人)(4)肝細胞癌(同1.2人)、となりました。これをリスク比で表現すればNAFLDでは肝臓以外のがんの死亡リスクは2.16倍、心血管疾患の死亡リスクは1.4倍となります。肝硬変、肝細胞癌の死亡リスクはそれぞれ約18倍、11倍になりますが、これは当然のことです。

すなわち重要なことは、“たかが単純性脂肪肝でも死亡リスクが有意に上昇する”“この超過死亡の原因として、肝臓以外のがん、心血管病が重要である”という二点です。

やっぱり単なる脂肪肝でも無視できません。真剣に体重を落として脂肪沈着を改善すべきです。「それで死亡率が下がるか?」と言われたら・・・・・・「たぶんね〜他に良い手もないし頑張って!」とお答えしておきます。
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2021年01月15日

虚血耐性〜血圧計で脳梗塞の予後を改善する

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脳卒中(脳梗塞/脳塞栓、脳出血、くも膜下出血)は高血圧治療などの生活習慣病の啓発・管理の進歩や日本人の食事中塩分の低下などにより、年々減少傾向にはあるのですが、それでも2017年の集計では年間111万人以上が罹患し、年間数万人の死亡が報告されています。現在、脳卒中の主体を占めるのは脳梗塞で、命は長らえても罹患した多くの患者さんで片マヒなどの運動障害が残るのが大きな問題でした。

脳梗塞の治療を大きく進歩させたのが2005年から認可された組織型プラスミノゲン・アクチベータ(t-PA)による急性期血栓溶解療法の導入です。t-PAはヒトの生理的かつ最も強力な血栓溶解蛋白で、これが遺伝子組み換え技術により製品化されたのです。t-PAにより脳梗塞の予後はかなり改善し、30%強の患者さんでは血栓が溶解してほぼ後遺症を残さずに回復すると報告されています。t-PAの投与には発症後早ければ早いほど良いのですが、発症4時間半を超えると投与できません。またCTやMRI所見が無いか叉は軽微、症状が軽症〜中等症の患者さんではかなり効果が期待できますが、重症例では効果が乏しいことが難点です。なお、心房細動のような不整脈などによって心臓内で血栓が形成され、それが血流に乗って脳に流れて突如として脳血管を閉塞する「脳塞栓」では二次的に脳出血を起こすリスクが高くなるのでt-PAは投与できません。

このようにt-PAは極めて有用な薬剤ではあるものの、効果には限界があり、とくに発症時重症例ではマヒが残存する患者も少なくありません。このような場合、リハビリテーションに頼ることになりますが、現状ではそのキャパシティや効果は必ずしも十分ではありません。ここは何かローリスク・ハイリターンな治療が望まれるところです(なにしろリハビリ中ですので、リスクの高い治療は許容できないと思います)。そんなうまい話があるのか、と誰しも思うのですが、ひょっとすれば「瓢箪から駒」ならぬ「血圧計からカフ」という手があるかも知れない、と思わせる研究が発表されました。

その前に予備知識を・・・・・・「虚血耐性」なる現象があります。軽度の虚血負荷をかけておくと、未来のより大きな虚血負荷に対する耐性を誘導し得る、というもので動物実験では明瞭に示されるようです。この虚血耐性の実証はヒトでは必ずしも容易ではないのですが、“自然の実験”ともいうべき現象が観察されています。「一過性脳虚血発作(TIA)」という病気があります。突然脳梗塞類似の症状がおこりますが、24時間(多くは数分〜数十分)以内に完全に自然軽快するという病気で、脳梗塞の前兆として捉えられています。興味深いことに、このTIAを過去に経験している人が脳梗塞を起こすと、TIAを経験していない人に比べて軽症に経過する傾向があるとする報告があります(米国脳卒中協会誌 1999)。すなわちTIAによる虚血負荷によって虚血耐性が誘導されて脳梗塞が軽く済む、ということです。しかし65歳以上の高齢者ではそのような耐性獲得はみられないという論文(脳卒中・脳血管疾患誌 エルゼビア出版 2008)もあり、未だ議論のあるところです。

TIAと脳梗塞の時間的関係は “脳梗塞発症前にTIAという虚血負荷がかかる”なのですが、不思議なことに虚血負荷は脳梗塞発症後でも有効で、しかも虚血負荷がかかる血管は脳血管である必要はなく、脳とは離れている遠隔臓器の血流遮断でも有効だと考える研究者もあります。

そこで最近、中国の西安交通大学のグループはt-PA治療を行った患者68人(平均年齢65歳、平均入院期間 11.2日)を対象とし、血圧計のカフ加圧(両腕、5分間加圧/3分間解除を40分繰り返す、1日2回)を介入としたランダム化試験を行いました。介入群、対照群ともに34人で両群の入院時の重症度や入院期間には差はありませんでした。

3ヶ月後に、症状を評価するスケールを用いて無症状とごく症状の軽い人の割合を両群で比較したところ、介入群71.9%、対照群50.0%と介入群で良好な結果が得られました。なお著者らは両群で脳梗塞による組織障害の程度や組織修復に関連する血液マーカーも検討していて、介入群では対照群に比較し、組織障害が抑制され、修復機転が高まっていることを示唆する結果も得ています。さすがにちょっと話が旨すぎる気もしないではありませんが、ただ、この介入はほぼノーリスクに近いのは間違いありません。

もちろんこれで脳梗塞におけるマヒ改善に有効な“脳梗塞発症後の遠隔虚血耐性”確認されたとまでは言えません。でもこのような日常ケアのレベルでマヒを改善できる手立てがあるのなら期待したくなります。研究の発展を祈りたいところです・・・・・・というか、普段から血圧をしょっちゅう計って虚血負荷を加えておけば、良いことがあるのではないか、と思わないではありません。でも
1日40分×2回はちょっときついかな〜



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2021年01月01日

COVID-19と糖尿病〜やっかいな双方向関係


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あけましておめでとうございます。令和3年、新型コロナ暦2年、丑年、今年もよろしくお願いします。

新型コロナ、出現から1年が過ぎましたが、相変わらず居座っています。しばらくは身近な、だが格別の注意を要する感染症として残りそうです。新型コロナのおかげで日常生活、大袈裟に言えば文化も様変わりしました。早く2009年の新型インフルエンザのように、“共存可能な日常の感染症”となって落ち着いてほしいものです。

さて新型コロナ、正式名COVID-19の流行初期の段階で、既に糖尿病が入院・重症化・死亡のハイリスク因子であることが明らかになりました。元来、糖尿病は高血糖のみならず、しばしば高血圧・心血管病・肥満・腎障害を合併し、高インスリン血症による慢性炎症状態や血液凝固亢進状態となっていて、COVID-19に限らず感染症にとても脆弱な状態です。加えて感染症を併発すると糖尿病の血糖管理状態は悪化します。強力な血糖管理やCOVID-19に対する治療により一定の効果は期待できるものの、重症COVID-19に有効とされる副腎ホルモン剤が血糖を著しく上昇させる作用があるなど、COVID-19に罹患した糖尿病の治療は難渋します(ランセット誌 糖尿病・内分泌学 2020)。

COVID-19に感染したときには、糖尿病は強いリスク因子となる・・・・・・これは事実ですが、どうも話はそれだけでは終わらないようです。すなわち、この二つの病気の“悪しき関係は双方向”のようです。言い換えれば、COVID-19の罹患によって糖尿病発症を引き起こす可能性があるということです。

糖尿病は二つのタイプに大別されます。大部分を占めるのは生活習慣病の代表で、徐々にインスリン効果が低下する2型糖尿病、いまひとつはインスリン産生工場である膵臓のランゲルハンス島が破壊されて生じる1型糖尿病です。1型糖尿病は小児期から高齢者まであらゆる年代でみられますが、その多くは自己免疫によって起こると考えられていて、ここ何十年かの環境変化などで増加傾向にあることを昨年9月15日のブログで紹介しました。しかし急性のウイルス感染もまた1型糖尿病の誘因となります(欧州糖尿病学会機関誌 2017)。

COVID-19の感染者数は世界中で既に4千数百万人に達していますが、無症状の不顕性感染者を考えると、ひょっとすれば感染者は億を超えるかも知れません。もしCOVID-19もウイルス感染→免疫機構の撹乱→1型糖尿病発症という経路をとり得るのなら、近い将来COVID-19によって1型糖尿病のアウト・ブレイクが起こる可能性もあります(世界糖尿病連合機関誌 2020)。

また別のメカニズムでCOVID-19が糖尿病を誘発する可能性も指摘されています。上記膵臓のランゲルハンス島という名前は、顕微鏡で観察したとき、外分泌腺細胞(膵臓ですので消化液を分泌する細胞です)の“海”の中に、ぽっかり浮かんだ内分泌腺細胞集団が“島”のように見えることから、こう名付けられました。内分泌細胞集団は3つの細胞群から構成されているのですが、そのうちのβ細胞がインスリンを産生します。1型糖尿病では、自己の免疫細胞がこのβ細胞を攻撃・破壊して糖尿病を引き起こします。ところがこのβ細胞にはCOVID-19がヒト細胞に侵入するときに結合する「アンギオテンシン転換酵素2(ACE2)」の受容体が発現されているのです。

そうなると・・・・・・COVID-19はACE2とその受容体を介して膵臓のβ細胞に直接侵入しβ細胞を破壊する、という可能性があります。事実、臨床的には1型糖尿病とは区別できないけれど、従来知られている1型糖尿病の自己免疫の特徴を示さない症例が報告されています(ネイチャー・メタボリズム誌 2020)。また本当にこのメカニズムが動いているのなら、COVID-19に感染した2型糖尿病も感染を契機に悪化する可能性も十分あり得ます。すなわち “COVID-19による集団に対する後遺症としての糖尿病の発症または増悪”が今後生じてくるかも知れません。

これを防ぐよい手立てはなかなか見つからないのですが・・・・・・血糖コントロール・合併症対策が甘い糖尿病は、COVID-19に限らず、どんな病気に罹ってもすごく不利になります。かりに主病の手術や治療がうまくいっても、その後の合併症の確率は上がりますし、最終的な転帰も悪くなります。糖尿病を治療中の方、あるいは糖尿病予備群の方、ふだんから気をつけて“今の最善”の状態を維持して下さいね。

“幸運の女神は地道な努力を愛でたもう”今年最初に思いついた諺です。なかなか良い出来だと思うのです。でも似たようなことを言っている人がいないか、確かめてみると・・・・・・米国のJim Rogersという投資家・ファンドマネージャー(良く知らないけど大金持ちみたい)の言葉。「幸運の女神は努力を続けた者のみに微笑む」なんだ、一緒じゃないか。真似するな、と言いたいところですが、向こうが先でした・・・・・・残念・・・・・・

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2020年12月15日

E型肝炎ウイルス(HEV)

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日本で供給される血液製剤の安全性は世界のトップクラスにあります。かつて日本ではB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)による輸血後肝炎が蔓延していた時期がありました。十分な消毒や針交換を行わずに実施されていたワクチン接種によるHBVやHCV感染も少なくありませんでした。
しかしHBVやHCV感染の病態が明らかになり、予防や治療法が確立し、さら日本が世界に先駆けて行った輸血によって伝搬する可能性のあるウイルスを検出するための全献血検体を対象とした核酸増幅検査(NAT)スクリーニングの導入により、輸血後B型肝炎、C型肝炎の発症は激減、ほぼ皆無となりました。

献血によって得られた血液製剤は、日本のどこで採血されても、すべて全国8カ所のNAT検査施設でHBV、HCV、それにHIVについてのウイルス検査が行われます。大阪府の検体は福知山にある検査センターに送られるのですが、私も一度見学に行ったことがあります。血液製剤のひとつである新鮮凍結血漿保存のための全館冷凍庫仕様の地上5階建てビルというすごい施設が整備されています。中にも入りましたが、プチ南極でした。NATといえども新規感染からごく短期間(“ウィンドウ期間”ウイルスによって異なります)で献血されたら検出できないことがあるのですが、ほとんどの感染検体をチェックすることができます。しかし問題となる肝炎ウイルスはHBV、HCVだけではありませんでした。

日本赤十字社は去る2020年8月5日採血分より、核酸増幅検査(NAT)の対象ウイルスに、従来行ってきたHBV、HCV、HIVに加えてE型肝炎ウイルス(HEV)を追加しました。E型肝炎は従来、主として輸入感染症だったのですが、近年国内発生が増加傾向にあり、重症血液疾患での“輸血後E型肝炎”での死亡例も報告されました。また関東圏の献血検体でのHEV・NAT陽性例が0.18%(関東圏のデータ)ということからHEV・NATが追加されることになったのです。

国内発生E型肝炎は元来、北海道・東日本に多くみられ、豚肉や豚内臓の不十分な加熱摂食によるものが多いとされていましたが、最近西日本でも人里での“接近遭遇”が増えた野生の猪や鹿肉の生食ないし不十分な調理による事例が増加しています。皆さんの中には、自分で猪や鹿を捌く人はそうはいないと思いますが、素人が捌いた肉を分けてもらったりしても危険ですのでご注意下さい。「猪と鹿はダメ、では蝶は?」と聞きたくなる方、賭け事はいけませんよ。

現在、ウイルス性肝炎はA〜E型の5種類が知られています。A型肝炎は汚染された魚貝類(昔から生牡蠣が有名です)などから経口感染し、劇症化はごく稀、慢性化はありません。B型とC型肝炎は、以前は輸血後肝炎の主役で慢性化が大きな問題でしたが、現在は予防や治療の進歩によってほぼ制圧されつつあります。D型肝炎は原因ウイルスが一種の“欠陥ウイルス”で、HBVの存在下でしか増殖しないのですが、発症した場合には重症化する危険が高くなります。

問題のE型肝炎はA型と同様に原則として経口感染、多くは無症状で劇症化は稀、慢性化もほぼないとされていましたが、輸血後肝炎の形式をとり得ること、そして免疫抑制状態では肝炎が遷延・再燃・重症化することがあり、また妊婦さんに感染すると劇症化のリスクが非常に高くなることが知られています。世界的にみればHEVの感染は年間2,000万人に達し、肝炎のみならず血液・腎臓・神経系などの肝外合併症を起こし得るので油断できません(CMH韓国肝臓学会機関誌 2020)。

ウイルス感染で肝機能が明らかに上昇する、すなわち“臨床的な肝炎”は肝炎ウイルス以外のウイルス感染でもしばしば見られます。主としてリンパ球に感染するEBウイルスやサイトメガロウイルスの初感染時、あるいは麻疹罹患時などでも中程度のAST・ALT上昇、すなわち“急性肝炎”が起こります。ただしこれらのウイルス感染の主座は肝臓ではなく、慢性化もしません。ですので急性肝炎が生じても、これらのウイルスを“肝炎ウイルス”とは言いません。

繰り返しになりますが、肝炎に関して言えばやはり生の獣肉は危険性が高いので注意が必要です。また未知のウイルス感染のリスクもあるかも知れないし、新型インフルエンザや新型コロナウイルスも動物由来という話もありましたし・・・・・・

とにもかくにも、新型コロナ元年が暮れようとしています。今年もブログご愛読ありがとうございました。もし来年も続くようなら引き続きご愛顧をお願いします。

では、少し早めのご挨拶・・・・・・

Merry Christmas and a Happy New Year! So long, my friends!
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