2020年04月01日

対決、 肉食派VS魚食派VS菜食派・・・・・・


片桐先生2.jpg

日本ではあまり目立っていないのかも知れませんが、最近欧米では菜食主義者が増え続けているそうです。一口に菜食主義者「ベジタリアン」と言ってもグレードがあり、“肉は食べない”から“動物由来の食物は一切ダメ”までさまざまで、最も先鋭な「ヴィーガン」と呼ばれる人達の一部は、動物性食物はむろんのこと、“牛革ベルトもダメ”という徹底ぶりです。

医学研究ではそこまで厳密に区別しないことも多いのですけど、菜食主義が心血管病罹患リスクにどのような影響があるかは興味深いテーマではあります。そこで最新の英国発の研究を紹介します(英国医師会雑誌 2019年11月号)。

この研究の対象は1993〜2001年に登録された、虚血性心疾患、脳卒中、狭心症あるいは心血管疾患の既往のない人48,188人で、食生活で3グループに分けています。「肉食派」(肉を食べる。魚・乳製品・卵摂取の有無は問わない:24,428人、女性75.7%)、「魚食派」(魚は食べるが肉は食べない:7,506人、女性82.4%)、「菜食派」(ヴィーガンを含む:16,254人、女性75.3%)の3グループです。食生活については最初の登録時とその後2010年頃(対象28,364人)に調査されています。

さて、結果ですが、18.1年の観察期間で、2,820例の虚血性心疾患と1,072 例の脳卒中(脳梗塞・脳塞栓519例、脳出血300例)が発症しました。社会地政学的な因子とライフスタイルの因子で調整すると、虚血性心疾患に関しては肉食派に比較して、魚食派と菜食派はそれぞれ13%、22%のリスク低下が見られました。これは実際にどれくらいの差になるかと言えば、菜食派では肉食派に比べて人口1,000人×10年あたりの虚血性心疾患の発症が10人少ないということになります。ただし自己申告のコレステロール高値、高血圧、BMIで補正すると、菜食派のリスク低下効果は10%にまで減弱しました。

一方、脳卒中については全く逆の現象が見られました。菜食派は肉食派に比べて脳卒中、とりわけ脳出血のリスクが20%も高かったのです。これは人口1,000人×10年あたり脳卒中が3人以上多く生じる計算になります。こうなれば菜食の健康に対する益は、だいぶ揺らいできますね〜

では、肉食派、魚食派、菜食派の人たちのプロフィールをもう少し詳しく見てみましょう。社会地政学的なプロフィールでまず目につくのは、平均年齢です。肉食派49.0歳、魚食派42.1歳、菜食派39.4歳と肉食を避ける人は若い層に多いことがわかります。また教育程度も魚食派と菜食派で高い傾向があります。喫煙率・アルコール消費、サプリメントの使用は3群で大差ないのですが、
運動をよく行う人は魚食派と菜食派で多かったようです。

持病や常用薬ではかなり差がありました。肉食派は魚食派・菜食派に比べて高血圧、高コレステロール(C)、糖尿病の既往がある人がやや多く、何らかの治療薬や女性ホルモン補充療法をうけている人も多かったのです。もっとも、実際の血圧や総Cの値は、3群で大きな差はなかったのですが・・・・・・

次に肉食、魚食、菜食の違いを栄養学的にみてみましょう。平均摂取カロリーは肉食1.983、魚食1,897、菜食1,867でした。また菜食では、牛乳・豆乳・チーズ・フルーツを他の2群よりたくさん摂取するので、総カロリーに占める栄養素の割合でみると、たんぱく質・脂質はそう少ないわけではありませんが、糖質はすこし多めになっています。

著者らは魚食派・菜食派は肉食派に比べ、虚血性心疾患のリスクが低いことは間違いない、と考えているようです。むろん高血圧、高C、糖尿病、肥満などの既知の危険因子も関連していることは確かなのですが、それらの影響を補正してもなお、リスクは有意に低くなると結論しています。その原因を求めるとすれば、やはり食事性の“悪玉C(LDL−Cあるいは、非HDL−C)”ということになるようです。

では逆に菜食派で脳卒中、とくに脳出血が増えるのはなぜか、という疑問が起こります。いままでに発表された研究報告も考え合わせると、これもまた肉食あるいはそれに含まれるLDL−Cなどの脂肪成分の不足による、とする意見があります。すなわち肉食や肉食由来の脂肪は脳出血に対して防御的に働く、という論文は複数存在し、その中には日本発の研究もあります(日本疫学会英文誌 1999、米国心臓病学会・米国麻酔科学会機関誌 2004など)。

ではどうしたら良いのでしょう?このような益・害相半ばする場合には常識的な対応が無難です。まず高血圧、高C、糖尿病、肥満など既知の危険因子があれば是正するのが第一。食生活では、あまり肉食を避ける必要はないけど、魚や乳製品もバランスよく摂取、野菜もしっかり食べましょう!何事によらず、よほどの科学的根拠がない限り、極端に走るのはかえってリスクが高くなるかも・・・・・・あいも変わらず当たり前の結論になってすいません・・・・・・

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月15日

宿題を先延ばしにするとメタボになりやすい?!

片桐先生1.jpg

臨床研究にはいろいろありますが、中には多くの人を敵に回すのも厭わない、という研究もあります。とくに昔のことをほじくり返して、某有名アニメのように、「おまえはもう〇〇している。」と言われても納得できない人もいるでしょうね。

子供の頃の宿題、とくに夏休みの宿題のことを思い出して下さい。いつまでに仕上げていましたか? 1.直ちに終わらせた、2.なるべく早めに終わらせた、3.期限内に終わるよう均等に仕上げた、4.期限の終わりの方で仕上げた、5.ギリギリになってやっと終わらせた、の五択です。1〜3は“先延ばし(procrastination)”しないタイプ、4は中等度の先延ばし傾向、5は強い先延ばし傾向と分類されます。

愛知医科大学の二人の研究者は、ある電気メーカーの男性従業員(795人、46.9±8.1歳、BMI 23.1 ±3.2kg/m2、“ホワイトカラー族”515人、“ブルーカラー族”280人)を対象に、宿題の仕上げ方と大人になってからの体重増加やメタボリック・シンドローム(Met S)のリスクについての関連を検討しました(英国医師会雑誌 Open On line 11月18日号)。

著者らが“宿題先延ばし傾向”と比較したパラメーターは、肥満(BMI >25kg/m2)、成人期体重10kg増加(AWG10: 20歳時と2015年の体重を比較して10kgを超える体重増加の有無)、内臓肥満(腹囲≧85cm)とMet S(腹囲≧85cmに加えて高血圧・糖代謝異常・脂質代謝異常のうち二つ以上を有する)です。対象とした795人中、肥満は182人(22.9%)、AWG10は169人(21.3%)で、Met Sと判定された人は123人(15.5%)でした。

さて、これらのパラメーターと“宿題先延ばし傾向”との関連ですが、“ホワイトカラー族”においては、強い先延ばし傾向を示した人は、先延ばし傾向がなかった人と比較すると、AWG10を示すリスクが1.85倍高く、Met Sになるリスクも2.29倍高いことが分かりました。また年齢、教育レベルやさまざまな生活習慣で補正してもホワイトカラー族では先延ばし傾向とMet Sリスクは相関していたのですが、ブルーカラー族にはこのような相関は認められませんでした。著者らは“先延ばし傾向と肥満関連因子とは相関するが、労働形態によって変容することが示唆される”としていますが、「ん?!どういうこと?!」と思わないではありません。ここはちょっとひっかかりますね〜

ただ、今回の論文が示した結果、背景に医学以外、とくに「行動経済学」という学問の裏付けがあるようです。論文の中に見慣れない記述や専門用語が頻出しているので調べてみました。曰く、“社会情緒的スキル、とりわけ自己管理や自己調節と、肥満などの良くない健康アウトカムとの関連が注目されている”だの“時間的非整合選好(「時間割引」または「現在バイアス」による選好)”だの、「なんのこっちゃ?」という箇所がたくさんありました。「時間的非整合・現在バイアス理論」は何と2002年ノーベル経済学賞を受賞していました・・・・・・

思い切り簡略化して言えば(簡略化しない部分=よく理解できなかった部分なのですけど)、「現時点で望ましいとされた行動は、将来の時点では望ましいとは限らない(時間的非整合)」「将来の利益や満足を、現在のそれに比べてどれくらい割り引くか(時間割引あるいは双曲割引)、という選好は選択者の“我慢のなさ”のパラメーターになる」ということのようです。

“将来の肥満による不利益よりも、今目の前にあるお菓子の美味しさ”を高く評価して選び取る(現在バイアス)、という行動は“宿題を先延ばしにして、より楽しいことを先にする”という行動に通じると言うのです。ここまで理解する?のに、主に大阪大学社会経済研究所教授をされていた池田新介博士(現関西学院大学経営戦略研究科教授)の国内・海外の論文を参考にさせて頂きました(健康経済学雑誌 2010 29:268 エルゼビア出版など)。池田教授の著書に「自滅する選択−先延ばしで後悔しないための新しい経済学(東洋経済新報社 2012)」というのがあります。このタイトル、まさにMet Sに対する刺激的すぎる警鐘です。

とはいえ、若干の疑問が残ります。私は夏休みの宿題は、休みに入って翌日には「絵画」(今も苦手です。でも猫の顔を描いたら孫は褒めてくれたけど・・・・・・)を除いてすべて終えていました。ところが大人になって60歳の時点で20歳時と比べた体重増加はちょうど10kg、腹囲はかろうじてセーフというところまで来ていて、病気にならなければ今頃は間違いなくMet Sに突入していたはずです。

いくら子供の頃は“先延ばしとは無縁”であっても、大人になってその“美点”を失って先延ばし族に仲間入りし、Met Sへまっしぐら、というのは珍しくないと思います。命名するとすれば「成人発症先延ばし症候群」かな・・・・・・まさに私自身が“リアル・ワールド・ケース・リポート”です。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月01日

カマンベールチーズで認知症を予防する?!


片桐先生2.jpg

日本の65歳以上の高齢者は既に全人口の28%を越え、認知症患者も500万人を突破していると推計されています。この増加傾向は当面収束の気配も見せず、何とかしないといけないのですが・・・・・・とは言っても今のところ抗認知症薬の開発はことごとく失敗していて、夢のような新薬は、それこそ夢のまた夢・・・・・・
こうなれば“何とか食生活で予防”ということで、何やら怪しげな書籍や記事も少なくありません。

でもこの分野、うさんくさい情報だけではなく、科学的に高いレベルの臨床研究も行われつつあります。その中で、昨年発表された日本発の二つの研究を紹介します。どちらもカマンベールチーズが関係しています。

ひとつは潟Lリンホールディングスの研究所と慶應義塾大学との共同研究です。彼らはカマンベールチーズに豊富に含まれるβラクトリンをサプリメントとし、114人の健康中高年を対象に、プラセボ(偽薬)を対照においた二重盲検のランダム化(無作為割り付け)比較試験で記憶機能の有意な改善を示しました(フロンティアーズ・イン・ニューロサイエンス誌 2019年3月)。

同社研究所は以前より疾患モデルマウスを用いた東京大学との共同研究で、カマンベールチーズ摂取がアルツハイマー型認知症の予防効果があり(プロス・ワン誌 2015年)、その有効成分としてβラクトリンを発見し(加齢の神経生物学誌 2018年)、今回はそれらの知見に基づいて健康ヒトでその効果を検証したものです。

いまひとつは桜美林大学、東京都健康長寿医療センター、竃セ治、韓国慶煕大学校の共同研究グループの論文で、軽度認知障害がある高齢女性(70歳以上、71人)を対象として、カマンベールチーズ摂取の効果を同量のプロセスチーズを対照として比較検討しました(米国医療指導者学会誌 2019年11月オンライン先行掲載)。この研究もランダム化されていて、カマンベールチーズを3ヶ月摂取したら、3ヶ月の空白期間を設けて、次にプロセスチーズを3ヶ月摂取するという手法(クロスオーバー試験)をとるなど、高レベルの研究デザインです。比較したのは、脳内神経伝達に関与し、認知症で減少しているとされる(疾患の神経生物学誌 2016年)血中脳由来神経成長因子(BDNF)という物質です。

この研究では、カマンベールチーズ摂取群はプロセスチーズ摂取群に比べBDNFの値が有意に上昇していました。簡単な認知機能検査も行っているのですが、こちらの方は両群で差はみられませんでした。ひょっとすれば、この知見は認知症予防食としてのカマンベールチーズに期待をもたせるものかも知れません。著者らはカマンベールチーズに含まれ、脳内神経伝達に関与するオレアミドという物質がBDNF上昇の鍵を握っていると考えているようです。

個人的には二番目のカマンベールチーズVSプロセスチーズに興味を引かれるところです。摂取量は標準の6Pチーズ(約100g)を1日2Pなので、十分食べられる量です。チーズには詳しくなかったので、いろいろ調べてみました。

要するにこの結果が正しいとするならば、白カビ発酵チーズは認知症に効くかもしれないけど、発酵していないプロセスチーズの状態になれば効果はない、ということなのでしょう。となれば、白カビからでる酵素が蛋白質を分解してアミノ酸が生成される、あるいは脂肪が分解されて脂肪酸が生成される、それらの化学反応の過程で生じるある種の物質が炎症の抑制や神経細胞変性を阻止するように働く、ということかも知れません。

欧州料理では、たまに琵琶湖の鮒寿司に匹敵するような強烈な臭いのチーズがありますね。ブルーチーズという種類が多いのかな。まあ、それに比べたら白カビのカマンベールチーズはどうってことないので、毎日食べられないことはないな、と思います。

ただ今回紹介した研究結果は“統計学的に有意な効果”ではあっても、“効果の大きさ”は驚くほどではありません。ですから実際、地球上でたくさんカマンベールチーズが食べられている地域での認知症の疫学データ、すなわち“リアル・ワールド・データ”において目に見える効果が得られるかどうかを、ぜひ知りたいところですが、そうなるとチーズ摂取以外の要因が多すぎて、解釈は難しいでしょうね。

しかし効果がはっきりするまで待っていては“too late”ということになりそうです。ここはチーズが好きな方は、これらの研究を信じてカマンベールをチョイス!という手もあります。

なお、私は潟Lリンホールディングス、竃セ治、いずれからも資金提供などいかなる援助も受けていないことを明言しておきたいと思います。以上、利益相反開示でした。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年02月15日

ブルーライトを浴びすぎると寿命が縮まる?!

片桐先生1.jpg

“街の灯がとてもきれいねヨコハマ〜♪”私たちの同期でご存じない方はまずいないでしょうね。いしだあゆみさんの大ヒット曲、「ブルーライトヨコハマ」です。ネットで調べるとこの曲のリリースは1968年の12月25日だったそうですが、ブレイクしたのは翌年からです。ちょうど高三の冬なのでこの曲を聴きながら大学受験勉強にいそしんでいたことになります。記憶をたどると、何といっても1969年1月安田講堂攻防戦が勃発して東大入試が中止になったのはインパクトがあったな・・・・・・あれからもう半世紀とは、まさに光陰矢の如し。

ちょっと前置きが長くなりましたが、今回は「ブルーライト(以下BL)が寿命に及ぼす影響」についてのお話です。「なんだ、思い切り引っ張ってそれかよ〜」と言わないで下さいね。字数の都合とかいろいろありますので。BLと言えば、2014年ノーベル物理学賞の“青色発光ダイオード(LED)”ではなくて、つい“街の灯がとてもきれいねヨコハマ〜♪”が出てくるところが年齢のなせる業でしょうか。

BLとは波長380〜500nmの可視光線をいいます。LED照明と電子機器の普及によって、ごく身近な存在となりましたね。照明機器以外の三大BL曝露源はスマートフォン、電子ゲーム、パソコンだそうです。光・電磁波を波長の短い順番で並べると、BLは紫外線A波のすぐ後に位置します。紫外線に近いということは、可視光線の中では最も高エネルギーを持つということです。ですから植木等さんではありませんが、“そりゃ、体にいいわけないよ、わかっちゃいるけどやめられない”(「スーダラ節」1961年)ということになります。

確かに以前よりBLが睡眠やサーカディアンリズムに良からぬ影響を与え(米国科学アカデミー紀要 2015年)、皮膚老化(フリー・ラジカル生物学・医学誌 2017年)や、うつ・糖尿病・高血圧・肥満・がんなどの加齢関連疾患に関連しているという報告(ネイチャー・パートナー・ジャーナル/日本加齢学会誌 2017年)はあったのですが、実際に寿命に及ぼすBLの影響についての実証的な研究はありませんでした。そこで今回、米国オレゴン州立大学のグループはキイロショウジョウバエを用いた寿命実験を行い、その結果を発表しました(ネイチャー・パートナー・ジャーナル/日本加齢学会誌2019年)。

「なんだ、ハエか」と言ってはいけません。キイロショウジョウバエは昔からヒトの睡眠や日内変動、あるいは寿命関連の研究に用いられ成果をあげている実験対象なのです。驚くことに多数の重要な疾患関連遺伝子が人類と共通しているとされています。もし見つけても、簡単に殺虫剤などを振りかけないで下さいね。そうは言っても、ふつうのハエと見ても区別つかないけど・・・・・・

それにヒトを対象とした寿命実験など行った日には、結果がでるまでに莫大な時間を要するので、研究費が保たない、それ以上に研究者の寿命が保たない・・・・・・いずれにしても非現実的です。やはりここは動物実験しかありません。

結果はなかなか興味深いものがあります。1日12時間BLを浴びたハエは、24時間暗闇で過ごしたハエや1日12時間BLをカットした白光を浴びたハエに比べて有意に寿命が短く、網膜細胞と神経細胞に変性・損傷が生じ、壁を登る能力も低下していました。脳の神経細胞変性は、眼のない突然変異体のハエにおいても認められているので、脳への影響は必ずしも眼を経由しているわけではありません。また老いたハエではBL曝露によりストレス応答遺伝子が発現していました。この現象は若いハエでは見られないので、著者らはBL曝露の蓄積は老化の過程でストレッサーとなりうる、すなわちBLは老化を促進する可能性があると推論しています。

ストレス(ここでは生物学的・物理化学的な“侵襲”という意味です)に応答するシステムはいかなる生物にも存在しています。ストレス状態は生命体にとって危機ですので、生命体は免疫・炎症などのシステムを起動して対応します。これは危機回避のためには必須の反応なのですが、皮肉なことにこれが積み重なれば生命体を害する、というジレンマがあります。たぶんハエの寿命短縮もこれに関係しているのでしょう。

聖書を読まれたことがある方はご存じかと思いますが・・・・・・「創生記第1章」の有名な言葉を紹介します。私のような不信心者が僭越の極み、恐れ多いことですが、New King James Versionの聖書・英語版を訳させて頂きます・・・・・・ “神は仰せられた。「光あれ。」すると光が立ち現れた。神は光をご覧になり、「良きかな。」と思し召された。”

さあて、神様はBLについてどう思し召されるかな?きっと「良きかな。」じゃないでしょうね。BL、どう考えてもやっぱり使い過ぎですよね。

「汝、信号だけにしておくべし。」というご託宣がでそうな気がします。



posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年02月01日

「アドバンス・ケア・プランニグ(ACP)」


片桐先生2.jpg

昨年の10月22日、大阪府医師会主催「大阪の医療と福祉を考える公開討論会 “がん医療を考える−その知識、本当ですか?”」で演者としてお話をさせて頂く機会がありました。40年近く血液がん治療に従事していたのですが、何の因果かここ数年は自分自身が主ながん治療を一通り受けるはめになったうえに、大阪府医師会の仕事にも長く携わっていたのでお呼びが掛かりました。まあ、発病当初にいくつかの仕事をドタキャンした経緯もあったので、ここは借りを返しておこうと思ってお受けした次第です。

この公開討論会での私の主な役目は、“患者になった医師の経験談”を語ることだったのですが、加えて終末期医療に関する最も新しい取り組みである「アドバンス・ケア・プランニグ(Advance Care Planning ACP)」についても意見を述べるように依頼されました。ACPについては知らなかったわけじゃないけど、公開討論会ともなれば、いいかげんな事も言えないので、使い慣れた手法である文献検証を基本に責を果たすことにしました。

2017年7月15日付けのこのブログで京都市が公表した終末期医療のための「事前指示書(Advance Directives AD)」のことを書いたのですが、このADにしろ、生前の意思表示(リビング・ウィル)にしろ、お世辞にも浸透してきているとは言い難いのが現状です。これは“終末期に能動的に取り組むのが文化的に馴染まない”“医療従事者などの人的資源が不足している”“日本ではADに法的拘束力がない”など、さまざまな理由(言い訳?)が挙げられていますが、どうもそれだけではないようです。そこに登場したのがACPです。

ACPには終末期医療の質を向上させ(患者さんや家族の満足度を高める、と言い換えても良いと思います)、かつ“無意味な(益が害を上回らない)医療”を避けることなどが期待されていて、厚生労働省はACPの愛称を「人生会議」と命名してその認知度をあげ、浸透を図っています。まあ、それにしても、もうちょっとマシな愛称がなかったのかな〜 “死”とか“終末期”とかの言葉を避けたかったのは分かるけど。個人的には“トワイライト・カンファレンス”なんか良いと思うのだけど・・・・・・でもこれだと夕方に行う会議と間違われるかもね。

ACPとは、患者さん本人、家族、その他の親しい人(代理決定者を含む)、医師・看護師・ケースワーカーなどの医療従事者などが一同に会して、患者さん自身の“一番大事にしたいこと”を基軸にして、今後踏み込んでいかざるを得ない“人生の黄昏”でどのようにケアを行っていくかを話し合い、記録し、共通理解を持つという試みです。ここで重要なのは、ACPは常に更新されるべきもの、ということです。人の気持ちは変わります。一番大事なことも死生観も変わって行く可能性があり、ACPもその都度更新されるべき、というのが考え方の基本なのです。まあ、口で言うほど実行は簡単ではありませんが。

ADがそうであったようにACPも“舶来の概念”です。欧米でもAD→ACPという流れになっているようです。というのも、かなり以前からADが終末期医療の質向上にさほど寄与しないという報告(米国医師会雑誌 1995)がある一方、ACPは患者・家族の満足度を高めるとされています(英国医師会雑誌 2010)。ただしあまり早すぎる時期にACPを行うと有益性が低下するようです(米国医師会雑誌・内科学2014、精神腫瘍学 2016)。これは元気な時や健康な時にACPを行っても、その時に当事者(患者)が下した意志決定は安定せず、時が経つと容易に覆るからです(米国医師会雑誌・内科学 2014)。

ではACPはいつ行うべきか?それを決めるための指標として最も優れているとされているのは「サプライズ・クエスチョン」です。この指標を用いるのは、最も多くの患者情報を持つ主治医です。その内容とは、「この患者さんが1年以内に死亡したら驚きますか?」です。この質問に対する主治医の答えが「No、驚かない」のであれば、ACPを行う時期にきている、ということになります。ずいぶん荒削りな質問・・・・・・と思われるかも知れませんが、この質問には近未来の死亡に関する高い予測力があることがイタリアのグループから報告されていて(緩和医療誌 2014)、メジャーな欧米のテキストにも記載されています。

とはいえ、ACPを行うにあたっては、忘れてはならないことがあります。患者さん自身が“ACPを受けたい”という状況でなければ始めてはいけない、ということです。終末期医療についての不安や拒絶がある以上、ACPはその効果を発揮できないと考えるべきです。

確かにACPは“欧米(とくに米国)流の自己決定権至上主義”に根ざしている感はあります。実際、オランダの研究によればACP関連の研究の80%以上が米国発です(緩和医療誌 2014)。とはいえ、“人生の最終決定は自分で決める”というのは、国境を越えたここ日本でも、決して間違ってはいないと思うのです。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年01月15日

楽天主義の人は罹患リスクが低く長生きする?!

片桐先生1.jpg

あなたは楽観主義ですか?それとも悲観主義?・・・・・・と言われても、何をもって楽観主義、悲観主義とするかですが・・・・・・ここは30年以上前からこの“楽観主義という心の有り様”が健康に良い影響を与えると説くマイアミ大のチャールス・S・カーバー教授の提唱する定義(ジャーナル・オブ・パーソナリティ ワイリー出版 1987年6月号)に従って“未来に良いことが起こると期待する”のを楽観主義、逆に“未来に悪いことが起こると気を病む”のを悲観主義としておきます。

この楽観・悲観主義という心の有り様(欧米ではしばしばマインドセットと表現されます)、意外と臨床疫学の分野で注目されています。これらは単なる精神的な性向と思われがちですが、以前からネガティブな感情や慢性ストレスが心血管病など身体的な健康に関連するという報告があり(米国心臓病学会誌 2005年3月号)、これを“修正可能な危険因子”として捉えて、さまざまな研究が行われています。マインドセットもまた修正可能だと考えるところがまさに欧米人らしい“楽観主義”ですね。

しかし楽観主義が体に良い影響を与えるとなれば、そうなるべく努力してみるのも一興です。ではどの程度の“御利益”があるのかということで、最新の研究論文をふたつほど紹介しましょう。まずニューヨークのマウント・サイナイ・聖ルカ病院の研究者らによるシステマティク・レビュー&メタ解析論文です(米国医師会雑誌・ネットワーク・オープン 2019年9月号)。

著者らはデータ・ベースを検索して楽観主義と心血管病罹患リスク・すべての原因による死亡との関連を研究対象にしている論文15編(がんリスクを対象とした研究は除外)を抽出しました(対象者総計 229,391人)。15編のうち心血管病リスクを検討していたのは10編、全死亡リスクを検討していたのは9編で、平均観察期間は13.8年(2〜40年)でした。

すべてのデータを集積して解析したところ、楽観主義の程度が高い人では心血管病リスクは35%低く、全死亡リスクも14%低くなっていました。ただし論文間での結果のバラツキは小さくはありませんでした。ここで言う“楽観主義の程度が高い人”とは、多くの論文では性格を判断する質問紙法の点数によって対象を3ないし4群に分けて、最も悲観的なグループを基準にして最も楽観的なグループの相対リスクを検討しています。

この質問紙法、最も多くの論文で採用されていたのが「改訂版ライフ・オリエンテーション・テスト(LOT-R)」というもので、冒頭で触れたカーバー先生らが発表したものです(臨床心理学レビュー誌 エルゼビア出版2010年11月号)。日本におけるこの分野の専門家である筑波大学の外山美樹準教授によれば、このLOT-R、日本語版もあるようですが批判も多く(心理学研究 2013年 第84巻 第3号)、外山先生らは楽観主義にも(そして悲観主義にも)二面性、すなわち功罪の面があることに注目されているようです。全くそのとおりだと思うな〜

ともあれ、楽観主義は全死亡リスクやがん死亡リスク低下に繋がるとする研究報告はあったのですが(米国疫学会雑誌 2017年5月号)、今回紹介した論文は、悲観主義が修正可能な、あるいは修正すべき心血管病リスクの危険因子であることを示したという点で意義があります。

でも・・・・・・とくに切迫していないニュートラルの状況であればいざしらず、客観的に厳しい状況で楽観主義を貫くのは危機管理の観点からいかがなものか、と思わないではありません。しかし現在までに蓄積されているエビデンスから考えると、やはり楽観主義の方が健康や疾病対策には有利のようです。では、ほんとうに楽観主義者の方が長生きするのでしょうか?

この観点から研究を行ったのがボストンのグループです。かれらは米国の女性看護師と男性退役軍人のデータデースを用いて、マインドセットと寿命の関連を調べたところ、最も楽観的な人は悲観的な人に比べると85歳以上生存する可能性が約15%高いという結果がでました(米国科学アカデミー紀要 2019年9月号)。

同じ状況でも、ある人は楽観的に、またある人は悲観的になる、というのは不思議な気がします。19世紀を代表する詩人・作家であるオスカー・ワイルド氏は“The optimist sees the doughnut, the pessimist sees the hole.”(楽天主義者はドーナツを見て、悲観主義者は穴を見る)と言ったそうです。そうか、ドーナツの穴を見たらダメなんだ・・・・・・

突然ですが古い唄を思い出しました。クレイジー・キャッツ・植木等さんの「だまって俺について来い(曲 萩原哲晶、詞 青島幸男:1964)」です。“銭のない奴ぁ俺んとこに来い!俺もないけど心配するな。見ろよ、青い空〜白い雲〜そのうち何とかな〜るだろう♪”

まさに前途に対する無根拠かつ過剰な期待、これぞ究極の楽天主義であり、ひょっとすれば最も低リスクの生き方なのかも知れません。

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年01月01日

がんサバイバーの心血管病のリスク


片桐先生2.jpg

あけましておめでとうございます。2020年は子年で閏年、高校卒業後51年目に突入ですね。このブログ、今年もお暇なときに読んでいただけると嬉しいです。

昨年の11月から12月にかけて3回ほど、ガチガチの臨床ネタから離れて半雑学的なネタを書きましたが、またシリアスなネタに戻りたいと思います。半雑学もそれなりにシリアスなのですけど・・・・・・

「がんサバイバー(cancer survivor)あるいはがんサバイバーシップ(cancer survivorship)」という言葉、お聞きになったことがあるでしょうか?サバイバーという単語、つい「サバイバル(survival)」を連想するので、「がんを克服した(治った)人」と思われがちです。確かにそういう意味で使われることもないではありません。実際、この言葉は世界的にみて、異なった定義で使われてきた経緯があります(ランセット誌・腫瘍学 2015年)。

1986年設立の全米がんサバイバーシップ連合は「がんと診断されてからの全経過を生きるがん患者」をキャンサー・サバイバーと定義しています。米国国立がん研究所はさらに定義を拡大して、がん患者の家族・友人・介護担当者まで含んで患者の身体的・精神的・社会的なケアのあり方を模索するスタンスをキャンサー・サバイバーシップとしています。一方、欧州がん研究・治療機構はがんと診断されて初期治療が終了して(維持療法の有無は問わない)、現在活動的ながん病変がない人をサバイバーとしています。欧州の定義は医学的には明確ですが、ちょっと狭すぎるかも知れません。

定義を広げれば、より大きな枠組で医療やケアを考えることができるのですが、その一方で治療・ケア目標が散漫になる嫌いがあります。かといってあまり定義を厳密にすると結果的にはその分野の矮小化に繋がります。最近の趨勢では、がん経験者に対する身体的、精神的、社会的ケアを継続して提供することを重視する観点から、現在の治療の有無にかかわらず「がんを経験した現在生存中の人すべて」を「がんサバイバー」とすることが多いようです。

今や日本では、二人に一人は一生のうちに一度はがん罹患し、昨年8月の国立がん研究センターの発表によれば、がんと診断された人のうち、5年以上生存する人が約67%に達しています。世界的にみても、先進国では診断後ほぼ半数の患者が10年以上生存すると考えられています。これらのがんサバイバーは、がんの増悪・再発以外でも一般の人とは異なるリスクを持つ可能性があります。そのうちのひとつに「心血管病のリスク」が挙げられます。

最近、疫学研究の名門、英国のロンドン大学衛生熱帯医学大学院のグループが
成人の20部位のがんサバイバーを対象とした中長期にわたる心血管病リスクについての論文を発表しました(ランセット誌 2019年)。この研究では1990〜2015の期間で20部位のがんについて、診断から1年以上生存した18歳以上のがんサバイバー108,215人とがん以外の条件をマッチさせた対照となる人523,541人を比較検討しています。

さて結果ですが、深部静脈血栓症(片側の下肢の腫脹・疼痛、臥床や骨盤手術後や航空機搭乗時の不動で起こる。運が悪いと肺塞栓を起こすこともある)は、20のうち18部位のがんサバイバーでリスク増加がみられましたが、その程度はがんの部位によってかなり異なっていました(前立腺がん1.72倍、肺がん5.25倍、膵臓がん9.72倍)。診断から時間が経過するとともにリスクは低下しましたが、それでも診断後5年目でも有意のリスク増加が持続していました。また20のうち10の部位のがんで心不全あるいは心筋障害のリスク増加がみられました(血液がん1.94倍、食道がん1.96倍、肺がん1.82倍、腎臓がん1.73倍、卵巣がん1.59倍など)。

その他、さまざまな部位のがんで不整脈、心膜炎、冠動脈疾患、脳卒中、心臓弁膜症のリスク増加がみられたのですが、脳卒中のリスク増加は脳腫瘍で顕著でした(4.42倍)。心不全、心筋傷害、深部静脈血栓症のリスク増加は、比率でいえば心血管病の既往のない若年がんサバイバーでより大きかったのですが、生じた心血管病の絶対数でみると、最も関連が深かった要因は加齢であり、二番目に関連が深かった要因は化学療法を受けたことでした。

従来から深部静脈血栓症とがん罹患が深く関連していることはよく知られているのですが、そればかりではなく、がんサバイバーではさまざまな心血管病のリスクが増加するようです。がんの予後を改善するには、がんそのものの治療のみならず、心血管病についても目配りしておく必要がありそうです。がんのような大きな病気をすると、つい他の健康問題がおろそかになりがちです。ご注意くださいね。
posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月15日

脳内の獏、MCH産生神経細胞が夢を食べる

片桐先生1.jpg

「獏(ばく)」という伝説の超自然的存在、ご存じでしょうか?何でも“夢を喰う”のだそうです。悪夢を好んで食べてくれるという話もあるので、悪いヤツじゃなさそうな・・・・・・
さて、この“ナイトメア・イーター”、ほんとうにヒトの脳にも棲んでいるのかも知れませんよ。

メラニン凝集ホルモン(MCH)なる物質があります。この小さなペプチド(アミノ酸が何個か結合したもの)、もともとは魚類で発見され、皮膚にあるメラニン産生細胞を凝集させて体色を白く変化させる作用を持っています。このMCH遺伝子、哺乳類でも種を超えて広く保存されているのですが、哺乳類ではもはや体色を白くする作用はなく(あったら美白商品として通販で売れるのにね〜)、その働きは長らく謎だったのです。MCH産生神経細胞(以下MCH神経)はマウスでは視床下部外側野に限局していることが分かっていて、主としてマウスを使った動物実験でその機能が研究されてきました。

最初に注目されたのはMCHと摂食行動との関連です。MCHは視床下部による摂食行動調節に深く関わっていると報告されました(ネイチャー誌1996年、同1998年)。しかしMCHの機能は、どうもそれだけではなかったようです。最近注目されているのは、睡眠・覚醒調節ホルモンとしてのMCHです。

このMSHと睡眠・覚醒調節というテーマについて精力的に研究を進めているのが名古屋大学・環境医学研究所のグループです。彼らはさまざまな遺伝子改変マウスを作成して研究して進めているのですが、なかでも光を使ってMCH神経だけを活性化したり抑制したりできる技術を開発することにより、MCH神経がレム睡眠とノンレム睡眠、両方の調節・制御に重要な役割を果たしていること明らかにしました(米国神経学会誌 2014年)。さらに最近、彼らはMCH神経の重要な機能のひとつとして、“レム睡眠中にみる夢の記憶の消去”があることを報告しています(サイエンス誌 2019年)。

ヒトは人生の約三分の一を睡眠に費やしています。1日8時間も寝ていないぞ!という方も少なくないでしょうけど、それでも幼少児から考えると、今までに少なく見積もっても通算20年以上は寝ていることになります。眠りにつくと、ますノンレム睡眠(脳も体も寝ている)から始まり、ついでレム睡眠(脳は活動していて、目は激しく動くが体は寝ている。この間夢を見ているとされる)に移行する、この約90分のサイクルを目覚めまで繰り返します。レム睡眠時の夢は悪夢も善夢も、目覚めたときにはほぼすべて忘れているのが普通です。

なんのためにヒトは眠りにつき、夢をみるのでしょうか。その答えは分かっていません。ですけど、たぶんそれは脳の機能を正常に維持するための重要なプロセス、あるいはメンテナンス作業ではないかと考えられています。そしてレム睡眠時のかなり荒唐無稽な夢は、その記憶を消去しておかないといけないのでしょう。そして夢の消去を担うのがMCH神経というわけです。MCH神経はいわば“忘却神経”ですね。この機能を「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の治療に応用できないか、という着想で研究も始まっているようです。そうなれば多くの人が救われると思いますので、うまくいくと良いですね。

「見ていたはずの夢は、いつも思い出せない」というのは最近大ヒットしたアニメ「君の名は。」(新海誠監督 2016年、なぜか語尾に“。”がある)の中のセリフです。これぞまさしく夢の消去です。一方、良く似た題名だけど私たちが生まれて間もない頃のラジオドラマ「(元祖)君の名は」では「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」というナレーションが一世を風靡したそうです。さすがに記憶はありません。

1970年11月25日、大学生だった私は、講義も早く終わって難波あたりをぶらついていました。その時、突然の号外で知ったあの事件・・・・・・作家三島由紀夫氏が自衛隊市ヶ谷駐屯地で人質をとって総監室占拠し、自衛隊員を前にアジ演説をしたあと割腹自殺を遂げました。三島氏は生前、このような言葉を残しています・・・・・・「人間に忘却と、それに伴う過去の美化がなかったら、人間はどうして生に耐えることができるだろう。」・・・・・・彼はその思想と行動の苛烈さとは裏腹に、人間の弱さもよく分かっていたはずなのに、どうしてあんなことを、と思わずにはいられません。あるいは彼は自らの悪夢を消去できなかったのでしょうか・・・・・・

このブログ、今年も読んで頂いてありがとうございました。少し早いのですが、メリー・クリスマス、そして良いお年を!おめでたい初夢が獏に喰われませんように。
ではまた来年・・・・・・See you next year, my friends!



posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月01日

動脈硬化という“ヒトの業”


片桐先生2.jpg

“生まれ落ちた瞬間から動脈硬化は始まる”という言説は誇張があるにしろ、一面の真実を含んでいます。血管は「管」ですので社会のインフラと同様、使い始めた時から傷みが始まりますから。

生まれてから死ぬまで血液が流れる血管には絶えることなく負荷がかかり続けます。とくに血液に直接触れる血管内皮細胞は物理的ダメージが起こりやすい部位です。内皮細胞が障害されると、その隙間から白血球の一種である単球という細胞が血管壁に入り込み、姿形を変えてマクロファージ(大食細胞)に変身してコレステロールなどの脂質を溜込みます。すると血管壁は肥厚し、そのため血管腔は狭くなり、内皮細胞の障害はさらに加速し、ついには血栓が形成されます。これが動脈硬化の基本型です。内腔狭窄・血栓形成により血流が悪くなって、血液が流れるはずの組織・臓器では“虚血”となり、運が悪ければ血栓の一部が流れていって、突如血管を塞ぐ(塞栓症)こともあります。

動脈硬化は全世界の死亡の3分の1を占める心血管疾患・脳卒中の主要原因なのですが、その動脈硬化を増悪させる要因が「危険因子」と呼ばれるもので、加齢、高血圧、高脂血症、喫煙、肥満、糖尿病がよく知られています。人類と動脈硬化は“有史以来の付き合い”であることも分かっていて、古代エジプトのミイラをCTで解析したところ、その38%に動脈硬化の証拠がみられたと報告されています(英国医師会雑誌 2013)。またエジプトのみならず世界各地のミイラにも同様の所見がみられ、その原因として現代の危険因子というより、“ある種の慢性炎症”が原因ではないかとも考えられています(グローバル・ハート誌 エルゼビア出版 2014)。

動脈硬化には、まだいくつかの謎があります。そのひとつが心血管疾患を初めて発症した人の15%くらいは危険因子が全くないこと、いまひとつは人類に最も近いチンパンジーはヒトより血清脂質や血圧が高いのにもかかわらず、動脈硬化病変が生じることが極めて稀、という事実です。これらの事実は“ヒトという種に固有の危険因子”があることを示唆しています。

むろんチンパンジーも心臓疾患に罹患し、ヒトと同様に「心臓突然死」も「慢性進行性心不全」も起こります。ただそれらの原因が全くヒトと異なるのです。ヒトでは主要原因は冠動脈の動脈硬化を基盤とする「虚血性心疾患」ですが、チンパンジーでは冠動脈硬化はほとんど起こらず、ヒトではまずみられない「原因不明の心筋の線維化」が主要原因であることが分かっています(応用進化学誌 ワイリー出版 2009)。では、なぜ進化学的には極めて近縁なヒトとチンパンジーが動脈硬化でこれほど違うのでしょうか。

この問題に長年取り組んでいるのがカリフォルニア大学サンディエゴ校のグループです。彼らによれば、鍵となるのは細胞表面に発現していて重要な機能を担う「シアル酸」という物質です。自然界にはNeu5AcとNeu5Gcという二種類のシアル酸が存在していて、ヒト以外の哺乳類はNeu5AcをNeu5Gcに転換するCMAHという酵素を持っていますが、ヒトのCMAC遺伝子は200〜300万年前にその機能を失ったことが分かっています。最近彼らは、ヒトでは、CMAHが機能しないのでNeu5Gcが合成できず、それが動脈硬化に繋がることを、マウスを用いた動物実験で示しました(米国科学アカデミー紀要 2019)。

「何でそんな大事な酵素活性を無くしたんだよ!」と文句の一つも言いたいところですが、今現在人類が繁栄しているところをみると、利点もあったはずです。おそらくNeu5Gcが多くの人畜共通感染症の“微生物の入り口”になっていたので、Neu5Gcを失うことによって、それらの脅威から逃れることができたと考えられています。ではNeu5Acは安全か?と言われたら、そうはいかなくて、例えばインフルエンザはこれを入り口として感染を起こすのですけど・・・・・・でも200万年前の突然変異はヒトにとって大正解だったのでしょう。ただ200万年後に文明の発展によって、これだけ動脈硬化の危険因子がでてくるとは人類としては想定外だったのかも・・・・・・

CMAH機能喪失でもうひとつまずいことが・・・・・・これも今回紹介した研究グループが報告してきたことですが(米国科学アカデミー紀要 2004,2010など)、
Neu5Gcはヒトには存在しないが、他のほぼすべての哺乳類には存在していて、とくに赤身肉(牛、豚、羊など)には豊富に含まれています。ヒトがこれらを摂取するとNeu5Gcが抗原となり、それに対する抗体が産生されます。そして抗原・抗体反応のあるところには炎症が起こる・・・・・・これがひょっとしたらヒト特異的な動脈硬化のメカニズムかも知れません。確かに赤身肉、とくに加工肉摂取は高死亡率に繋がるという論文も少なくありません(英国医師会雑誌 2019など)。

進化の道が、ヒトでは動脈硬化という“種の業”に結びついた、というお話でした。めでたし、めでたし・・・・・・めでたくはないか。
posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月15日

幸福の棲家はどこですか?

片桐先生1.jpg

画像診断は臨床医学の診断ツールとしてなくてはならないものです。最も歴史があるのはX線診断、今でも発見者にちなんで「レントゲン」と呼ぶ人がいます(レントゲン先生はこの業績で、第1回ノーベル物理学賞を受賞しましたが、呼び名は“X線”とすべきで“レントゲン”と呼ぶべきではない、と主張されていたそうです。見識あるな〜)。胸部X線検査は今でも検診や入院時検査として定番中の定番です。もっとも、その主な目的は日本で多かった(そして今も少なくない)肺結核のスクリーニングでした。肺がん検診としては、正直なところ、ちょっと荷が重い感は否めません。

頭部や脳については、画像診断の進歩はX線に比べたら比較的最近の出来事です。頭部の単純X線検査は下垂体腫瘍の診断など、役に立つこともあるのですが、頭蓋骨以外の情報が乏しくて、あまり有益とは言えませんでした。歴史が変わり始めたのは、私が大学を卒業した1975年、この年に初めて阪大病院にコンピュータ断層撮影装置(CT)が導入されました。もったいぶってなかなか撮ってもらえませんでしたけど・・・・・・今から考えたらほぼピンぼけ写真レベルでしたけどね。

CT検査はどんどん装置が進歩するにつれて画像が鮮明になり、脳出血やくも膜下出血の診断などに威力を発揮しました。さらに1980年代半ば以降になると核磁気共鳴撮影装置(MRI)が登場して、脳の解剖図譜をみるようなリアルな画像が得られて、初めて見たときにはかなりびっくりしました。その後も機器の性能向上、造影剤の普及が進み、脳梗塞の超急性期診断や微小脳動脈瘤の発見など、脳神経内科・脳神経外科・脊椎外科領域でのCT・MRIなどの画像診断の進歩はめざましいものがあります。

脳は部位毎に担当する機能が決まっていて、さらにおのおのの部位を連結する神経細胞のネットワークが備わっている超高性能のコンピュータなのですが、最近のMRIの進歩は脳の活動状態をリアルタイムで画像化し、ひいては感情や心が沸き上がるメカニズムをも解析することを可能にしつつあります。「すごい!」と思う反面、「そこまでやるか・・・・・・」と引き気味にさえなりますね〜だって人それぞれが唯一無二の存在であることを示す“心の有り様”さえも、神経細胞の電気的興奮と神経細胞間情報伝達の産物に過ぎない、そしてそれはMRIで図示可能と言われてもね・・・・・・ここは「それがどうした!」と居直るしかないでしょうね。

さて賛否はともかく、最近ちょっと興味を引かれた論文を紹介します。テーマは“脳での幸福の棲家”です。研究を進めているのが「京都大学こころの未来研究センター」のグループ・・・・・・心理学の分野では、“主観的幸福”は 感情成分と認知成分から構成されていて、質問紙法で安定して計測可能であるとされているようです(社会指数研究誌 シュプンリンガー出版1999、日本公衆衛生雑誌 2018)。「ほんとかな〜」「質問にウソ答えたらどうなるの?」などと思わないではないのですが・・・・・・

この京大のグループは以前に、より強く幸福を感じる人ほど脳の右楔前部(けつぜんぶ)の灰白質体積が大きいことを見いだしていたのですが(サイエンティフィック・リポーツ誌2015)、最近、右楔前部安静時活動が低いほど主観的幸福度が高いことを報告しました(サイエンティフィック・リポーツ誌2019)。脳の楔前部というのは、脳の断面図を近畿地方の地図に見立てたら、京都府北部あたりに相当します(なんのこっちゃ、と思う方は「楔前部」でネット検索してみて下さい。図がでてきますよ)。

さて、この右楔前部、2015年の報告では体積が大きい方ほど幸福度が高いというので、てっきり“幸福の棲家”と思いきや、むしろそこはネガティブな心根やさまよう心、あるいは鬱々とした心情に関係するという報告が多いのです(ブレイン・リサーチ誌2013)。そしてこのエリアの活動性が低い人がより幸せを感じると言うのなら、脳右楔前部はどちらかと言えば“不幸の棲家”に近いのかも知れませんね。もしそうなら、なるべく静かにしていて欲しいものです

フランスの哲学者のアランは“アランの幸福論”として有名な著作「幸福についての哲学的断章(1928)」の中で「幸福になりたいのなら、幸福を掴み取るという意志が大事なのだ」ということを繰り返し強調しています。積極的・能動的な“攻めの幸福論”ですね。一方浪速のフォーク・グループの雄、ALICEの谷村新司氏は楽曲「平凡」(ALICE ] 1987)で、むしろ控えめに「不幸じゃなければ幸せですか」と唄っています。

さて、ここで京大のグループの論文を踏まえると、幸福は“増点法”ではなく“減点法”で決まるように思えるので、異論は多々あるかも知れませんが、ここは谷村氏の判定勝ち、とさせて頂きたいと思います。




posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記