元市立豊中病院病院長の片桐修一さん(小西ホーム)が最新の論文を元に気になる医療情報を語ってくれます。
2020年12月01日

世界を見渡せば、さまざまな地域と歴史に根付いた食習慣がありますが、日本食もそのひとつで、世界的にも“体に良い食事”としても注目されています。文献では「地中海食」と双璧じゃないかな、と思えます。ただ、日本食と地中海食とどちらが優れているかガチで勝負、というのは臨床研究としてはとてもハードルが高く、なかなか実施困難なので、日本人を対象として、“より日本食の色彩の濃い食習慣を持つ人”と“そうでない人”を比べるのが現実的です。
国立がん研究センターが主導するコホート研究にJPHC研究というものがあります。コホートというのはある特定地域の住民を対象にして長期間観察を行い、生活習慣と疾病の関連などを調査する研究手法です。JPHCでは全国11の保健所管内の住民を対象としています。最近、JPHCの研究グループが日本食パターンと死亡リスクとの関連について研究結果を発表しましたので紹介します(欧州栄養学雑誌 2020 7月16日 on line)。
この研究は1990年と1993年の2期にわけて始められました。1990年は岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、東京都葛飾区、1993年は茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の各保健所管内の住民が対象となりました。対象住民の年齢は第1期では40-59歳、第2期では40-69歳で、合計約13万6千人のうち75%が研究開始5年後に行われた食事調査票に回答し、極端に高いまたは低い摂取カロリーの人を除いた92,969人(うち男性42,700人;年齢56.5±7.8歳)を平均18.9年の間観察し、ほぼ全例でフォローアップが完遂されました(これは立派なデータです。ふつうはこうはいきません。脱落者がたくさんでます)。
さて、食生活における日本食パターンの評価ですが、「8項目日本食指標(JDI8)」を用いています。これは米飯、味噌汁、海藻、漬け物、緑黄色野菜、魚貝類、緑茶の摂取が多ければそれぞれ1点、牛肉・豚肉摂取が少なければ1点、合計8点満点で食事調査票を採点します。点数が高いほど日本食の色合いが濃い食事ということになります。
次に対象者を得点順に並べて4つに等分して、JDI8スコアとすべての原因による死亡、がんによる死亡、循環器病疾患による死亡、心疾患による死亡、脳血管障害による死亡との関連を検討しました。このコホートでは、総計1,635,302人・年を観察したことになるのですが、この間、20,596人に死亡が確認されました。そのうちわけはがん死亡7,148人、 心血管疾患4,990人(うち心疾患 2,600人、脳血管障害 1,950人)でした。
さて、対象を4群に分けて、最もJDI8スコアが高い群と低い群を比較すると、
JDI8スコアが高い群では全死亡のリスクが14%、循環器疾患・心臓疾患の死亡リスクは11%低下していました。一方、がん死亡と脳血管障害での死亡については有意差が認められませんでした。また、全死亡リスクを各食品別でみると、海藻を多く摂取すると6%、漬け物で5%、緑黄色野菜で6%、魚貝類で3%、緑茶で11%の低下が認められました。
日本食に効果、なかなかのものですね。他にも同様の報告があって、東北大学が主導している宮城県大崎保健所管内の国民健康保険加入者を対象としたコホートでも日本食パターンが強ければ寿命が延長するという結果がでています(臨床栄養誌 エルゼビア出版 2020)。
ただ“日本食は塩分過多じゃないか”という疑問ないし問題点が指摘されています。たしかに私が学生時代の夏休みに自主研修させていただいた信州地方の漬け物などは塩分濃かったな〜でもいまは全国的に塩分控えめになってきていますね〜“塩分控えめ梅干し”とか“塩分控えめ塩ラーメン”とか店頭で見かけますものね。酷暑の時期などはむしろ塩分をしっかり摂取しろ、という広報がテレビなどで流れるほどになりました。
今回紹介した論文でも、漬け物を多く摂ると全死亡率が多少低下する、というデータがでています。これはたぶん漬け物が日本食パターンと強くリンクしていることもありますが、多少塩分(ナトリウム:Na)が多くなってもカリウム(K)が豊富に摂取できていればNa/K比が低下するので、Naによる血圧を上昇させる効果が打ち消される(高血圧雑誌 2015 ウオルタース・クルーワー出版)とする報告があります。この食事におけるKを十分摂取することの意義はNaの過剰摂取を避けること以上に強調されても良いと思います。ただし腎機能が悪い人にはK摂取は危険なのですが・・・・・・
さて、コロナ年であった2020も暮れようとしています。今年もブログご愛読ありがとうございました。お正月にお節を食べられる方、日本食の良さを再認識してください。えっ、うちは中華お節、洋風お節だって!!そう言われたら困るな〜
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日記
2020年11月15日

「幸福とは何か?」これは人類にとって永遠のテーマです。この問題についての哲学的考察の端緒は、今から2,300年ほど前、古代ギリシャ時代にまで遡ります。当時の幸福論の系譜は二つあって、ひとつはエピクロスの唱えた「快楽主義(ヘドニア)」、すなわち望みや喜びを達成し、苦痛がないこと、今ひとつはアリストテレスの言う“生きる意味や目的を求めつつ、良く生きることこそ幸福”という「幸福主義(ユーダイモニア)」です。
幸福を感じているのと、不幸を感じているのと、どちらが健康に良いかといえば、常識で考えても幸福の方が体に良さそうだと、誰もが思うのではないでしょうか。でも好きなものを食べたいだけ食べて、好きなお酒を浴びるほど飲んで、「幸せだな〜(これはヘドニアです)」と感じることが健康に良いとはとても思えません。健康や疾病との関連を検討するのなら、“幸福”も少し深く掘り下げる必要がありそうです。
現代の心理学・精神医学では心の幸福は“心理的well-beingウェルビーイング”という言葉で表現されることが多いのですが、これを“今、喜び・楽しみを感じて心地よい”、すなわち「ヘドニア・ウェルビーイング」と、“生きる意味”や“生きる目的”を目指す過程に重きを置く「ユーダイモニア・ウェルビーイング」とを区別する考えがあります。
それにしても、このふたつの幸福の系譜が、現代においても疾病に関与する因子として研究対象になっていることに驚かされます。私自身の研究なんぞ、そのインパクト(もともとごく限られた“ムラ社会分野”においてですが)は発表して数年もすれば霧散霧消していることを思えば・・・・・・古代ギリシャ哲学、恐るべし・・・・・・
最近、順天堂大学と英国ロンドン大学、ケンブリッジ大学が共同研究を行い、動脈硬化の進展とヘドニア・ユーダイモニアとの関連を検討して、米国心臓協会・米国脳卒中協会の機関誌(ハイパーテンション誌 2020)に発表しました。
研究に用いたデータベースは英国公務員を対象とした「ホワイトホールU研究」と呼ばれるものです。実際に解析対象となったのは心理的ウェルビーイングの有り様を調査するCASP-19に回答し、基準時または5年後に大動脈脈波伝搬速度(PWV)を受けた男性3,466人、女性1,288人(平均年齢65.3歳)でした。
CASP-19は65−75歳の人の生活の質や心理的ウェルビーイングを測定するためのツールとしてインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者が発表した質問票なのですが(加齢とメンタルヘルス誌 2003)、「人生の喜び・楽しみ」「コントロール」「自律性」「自己実現」の四つの要素から評価します。喜び・楽しみはヘドニアに、残りの三つは生きる意味や目的、すなわちユーダイモニアに関連するとされています。またPWVは臨床検査として広く行われている簡便な動脈硬化の指標であり(動脈硬化伸展によりPWVが高値をとる)、心血管病のリスクを予測可能とされています(米国心臓学会・心臓協会機関誌 2014)。
さて、結果ですが、ユーダイモニア・ウェルビーイングのレベルが高い男性は低い男性に比べPWVが低く、その傾向は5年後にも持続しました。しかし女性ではこのような相関は見られず、一方、ヘドニア・ウェルビーイングのレベルとPWVの相関は男女いずれにおいても認められなかったとのことです。
この論文の順天堂大学の著者は、日本の高齢者の心理的ウェルビーイングと動脈硬化・心血管疾患の関連について、さらに調査を進めたいようです。彼らは高齢者が“生きる意味・目的をもって余生を送る”ことが、ひいては心血管病の予防にも繋がると期待しているのでしょう。私もそうであれば良いと思うのだけど・・・・・・
しかしこの手の研究、とくに幸福感と身体疾患関連の研究ですが、男性で有意の相関がでても、どうも女性では、“ポジティブデータ”がでにくい傾向があるようです。このあたりが気になります。また、この研究でもそうなのですが、どうしてもユーダイモニア・ウェルビーイングがヘドニア・ユーダイモニアよりも上位にあると思われているように見えます。でもね、CASP-19でもユーダイモニアの指標となっている「自己実現」、何かうさんくさくないですか!?これを提唱した米国の心理学者アブラハム・マズロー先生、すごく有名な方で、その業績は心理学を越えて教育学、経営学にまで影響を及ぼしたのですが・・・・・・
私は「自己実現」は言ってみれば幻想じゃないかな、と思っています。その幻想に振り回されている男性にはユーダイモニア・ウェルビーイングは意味があるのだけど、女性はつまらない幻想とは無縁で、ユーダイモニア・ウェルビーイングよりも、もっと大事なものが見えているのではないかという気がしてなりません・・・・・・でも見えていない男性は、この際やけくそで幻想を離れ、ヘドニア・ウェルビーイングへまっしぐら!というのはまずいかな、やっぱり。
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日記
2020年11月01日

「年齢とは何か?」と問われたら、ふつうは「そりゃ、生まれてからのどれだけ時間が経ったかだろう」と答えますよね。もちろん正解。でもこれは「暦年齢」とよばれる年齢です。「では、他の年齢ってあるの?」と問われたら「あります。それは生物学的年齢です」と答えることができます。生物学的年齢とは、組織・細胞の老化の程度から求められる指標です。ある程度歳をとってくると、暦年齢より生物学的年齢で勝負!となる機会が多いかもね。
ヒトの設計図はDNAという遺伝情報からできています。DNAは外界の紫外線とか化学物質によって損傷を受けたり、それを修復したりしているのですが、DNAに“修飾”が加わることもあります。このような修飾を「遺伝子のエピジェネティクス変化」と呼びます。そしてこの遺伝子修飾は次世代にも伝達可能です。
最も有名なのはDNAを構成する塩基のひとつであるシトシンの水素基(H-)がメチル基(CH3-)に置き換わる“DNAメチル化”です。このメチル化が起こると原則としてその遺伝子は働かなくなります。それが運悪く“がん抑制遺伝子”だと、がんが発生する可能性があるのですが、それはまた別の話・・・・・・今回はこのDNAメチル化のレベルが生物学的年齢と強く相関しており、DNAメチル化測定を“エピジェネティクス加齢時計”として使うことができるという話題です。
ここで突然ですが、イヌの年齢の話です。イヌの年齢をヒトに換算するとき、最もラフな換算法は「イヌの年齢×7」とされていることが多いようです。しかしイヌでは大型犬の方が小型犬より寿命が短い≒老化のスピードが早いことは良く知られています。そこでイヌの大きさによって、異なる換算式も存在するようですが、多くは経験則にのっとったものです。ところが最近DNA メチル化を用いた“エピジェネティクス加齢時計”でイヌの年齢を推計した論文が発表されました。
この研究を行ったのはカリフォルニア大学サン・ディエゴ校のグループで、0.1〜16歳のラブラドールレトリバー犬104匹と1〜103歳のヒト320人から血液サンプルを得てDNA メチル化を測定しイヌとヒトの年齢の相関関係を明らかにして換算式を求めました(セル・システムズ 2020 7月1日号 セル出版)。
その結果導き出された式は、「16×In(イヌの年齢) + 31」=相当するヒトの年齢
でした。“In(イヌの年齢)”については、ネットで“対数関数計算サイト”で検索して入力すれば簡単に答えが得られます。イヌは生後半年でヒトに換算すると20歳くらい、イヌ1歳でヒトなら31歳、イヌ2歳にしてヒトなら42歳、孔子さま流で言えば、既に「不惑」です。イヌ12歳でヒトなら70歳、「従心」ですね。「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」の心境になっているのでしょうか。ラブラドールレトリバー犬ならそうかも知れないな〜マンションで私の顔をみたら吠えるあのイヌたちとは、たたずまいが違うしな・・・・・・
興味深い論文だと思うのですが、残念ながらラブラドールレトリバー・クラスの大型犬の換算式です。中小型犬はまた別のサンプルと解析が必要でしょうね。またひょっとしたら犬種毎に違う可能性もあります。ドーベルマンとか土佐闘犬とかともなれば、検体採取も命がけですね・・・・・・
それはさておき、このDNA メチル化、ヒトの生物学的年齢のみならず休止状態にある遺伝子を知ることもできます。さまざまな疾病予防や今後の健康戦略に有意義かも知れません。知りたい気もしますが、究極の個人情報でもあります。
「だいたいなぜDNA メチル化などという機構があるのだ?」という疑問もでるかと思います。まだ分らないことはたくさんありますが、ヒトの有核細胞すべての核内には、人体すべてを構成できる全DNAが格納されています。でも至る所で勝手に遺伝子が発現したらもう大変なことになります。例えば肺の細胞の隣で勝手に肝臓の細胞ができてきたりしたら、収拾がつきません。必要以外の遺伝情報は凍結されているのが原則なのです。しかし、ヒトの一生のなかで、受精卵が誕生した瞬間は、すべてのDNA メチル化がキャンセルされると考えられています。まさに“生物学的に何にでもなれるポテンシャルを持つ瞬間”ですね。
“何にでもなれる”というのはちょっと素敵ですね〜以前紹介したかも知れないけど、19世紀のイギリスの作家、George Eliot女史はIt is never too late to become what you might have been.とおっしゃいました。「なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない」・・・・・・美しい言葉だけど「そんなの嘘だぁ〜」とつい言いたくなります。私が思うに、人は生きていくうちに、さまざまな秘めたる可能性に“メチル化修飾”がかかって発現できなくなる・・・・・・それが歳をとるということ・・・・・・そんな気がします。なんだか考え方にも夢がなくなってきたな〜ちょっと反省、でもtoo late・・・・・・
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日記
2020年10月15日

さて、ご承知のとおり、アルツハイマー型認知症(AD)は日々増え続けています。65歳以上の高齢者の約15%がADに罹患しているとされ、2012で462万人、2025には700万人に達すると言われていますので、現時点では約600万人といったところでしょうか。こうなるとADのリスク因子とそれに対する評価と対処はことのほか重要です。
この問題について、最近中国・上海にある復旦(Fudan) 大学のグループが、現時点での大規模な系統的レビューを行い、英国医師会雑誌系列の専門誌である「神経学、脳神経外科学&精神医学誌 2020 7月20日 on line」で報告しました。
解析対象は2019年3月までに出版された44,676編の論文から一定の基準を満たした前向き観察研究 243編とランダム化比較試験 153編の合計396編です。
さて結果ですが、ADのリスク増大と関連する強い科学的根拠がある因子は、@糖尿病、A肥満、B高血圧、C起立性低血圧(立ちくらみ、加齢や薬物による自律神経機能障害など)、D高ホモシスティン血症、E頭部外傷、Fストレス、Gうつ病の8項目でした。一方、ADリスク軽減に関連する因子は@教育歴の長さと、A高齢期の認知活動(たとえば読書、このブログを読むのも良いかもね)でした。
Dはあまり馴染みがないと思いますが、ホモシスティンは必須アミノ酸であるメチオニンの中間代謝産物で、一般に高値だと血栓症になりやすいと考えられています。しかし通常の診療や人間ドックでルーチンに測定されることは、まずありません(若年者の血栓症などで原因精査のために測定されることはあります)。ホモシスティン増加の原因としては、先天性の代謝異常や酵素欠損など稀な原因を除けば、加齢(男性>女性)、喫煙、ビタミン欠乏、腎障害などが指摘されています。
また、科学的根拠が弱いがADリスク増加と関連する可能性のある因子として、@喫煙、A脳血管障害、B脳微小出血、C頚動脈超音波検査での「内膜中膜複合体肥厚」(正常ではごく薄く1mm以下くらいなのですが、頚動脈硬化があると分厚くなります)、D心血管疾患、E心房細動(心拍がばらばらになります)、Fフレイル、があり、逆に根拠の弱いリスク低下因子としては@身体活動、A健康的食習慣、BビタミンC摂取、C中年期に肥満がなく、高齢期以降に体重減少がない、が挙げられました。
薬剤によるリスク低下効果については、女性の閉経期のエストロゲンによるホルモン補充療法と、ADの治療薬として用いられているアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(アリセプトという薬が有名です)が検証されましたが、いずれも投与は推奨されない、という結果でした。
まっ、何というか、想定内の結果ですね〜健康的に過ごせ、持病は放置するな、体も頭も動かせ・・・・・・もっと他に何か良い方法はないのかい!と言いたくなります。そこでちょっとユニークなアプローチを紹介します。ひとつは日本の理化学研究所のグループが「フロンティアーズ・イン・エイジング・ニューロサイエンス誌 2020 7月2日 on line」に発表した研究です。対象はAD患者なのですが、大勢で集まって輪になり、ドラムを叩くと認知機能が改善するとのことです。ADでは麻痺がなく、運動そのものは可能だけど、合目的運動ができない(これを「失行」といいます)という症状があるのですが、それも改善が見込めるようです。
これはたぶん、上肢を使ってリズミカルにドラムを叩く、ということが脳も上肢も刺激することになり、それが認知症に一定の効果があるのだと思われます。対象がAD患者ですので、大人数でのコミュニケーションもまた、好結果の一因かも知れません。でもADを発症していない段階なら、一人でやってもADのリスク低下に繋がるかも、と期待したくなります。どうせやるなら体全体を使って“ドラムセット”を叩くのも一興です。ビートルズのリンゴ・スターさんやブルコメのジャッキー吉川さんを想い出して・・・・・・でもドラムセットを持っている人はごく少ないし、かりにドラムがあっても、自宅でやると近所から苦情がでるかも知れない・・・・・・そのあたりの皿か鍋に座布団を乗せて消音して・・・・・・う〜ん、あまり楽しくなさそうですね。
いまひとつ、これはまだ論文にはなっていなくて、学会発表のレベルですが・・・・・・2020年7月にバーチャル・ミーティング行われたAD協会国際会議の演題に、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを接種した人はADの発症リスクが20〜30%ほど低下するとの複数の報告がありました。
ちょっと話がうますぎる様な気もしないではないですが、ADでは感染症にかかると死亡リスクが上がるのは周知の事実ですし、この新型コロナ流行のご時世、インフルエンザや肺炎球菌ワクチンの予防効果を期待するのは、ごく自然な成り行きかと・・・・・・つぶせるリスクはつぶしておくのが上策と思うのです。
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日記
2020年10月01日

良質の睡眠が健康、ひいては寿命に好影響を与えることは間違いないようですが、睡眠のうち“深い睡眠”であるノンREM(NREM)睡眠か、はたまた夢と密接に関連する“浅い睡眠”であるREM睡眠か、どちらがより重要なのかは議論のあるところです。でも最近の文献を見る限り、死亡率低下という観点からは、どうも鍵となるのはREM睡眠の方のようです。個人的にも“夢も見ずに脳もしっかり寝ている徐波睡眠主体のNREM睡眠”よりは“夢に彩られたREM睡眠”の方が好きですね〜文字通り夢があって・・・・・・
夢と言えば、高校の音楽の授業で、野間嘉代子先生がスティーブン・フォスターの「夢見る人(Beautiful Dreamer)」を歌っておられたのを想い出します。あっ、でもひょっとしたら中学の音楽の授業と記憶がごっちゃになっているのかも・・・・・・あるいは野間先生が歌っておられたのは同じフォスターの曲でも「金髪のジェニー(Jeanie with the Light Brown Hair)」だったのかも・・・・・・52年の時の流れによる記憶の変容は恐ろしいものです。
野間先生とは高校卒業十数年後に意外なところで接点がありました。当時私は福島区にあった旧阪大病院の第二内科病棟の現場監督のような仕事をしていました。ある日病棟にあがると、「片桐くん、片桐くん」と、どこかで聞いたことがある、優しいけど張りのある女性の声が・・・・・・声の主を探してみると、何とそこに野間嘉代子先生が・・・・・・びっくりしてお聞きすると先生の御夫君がその日に検査入院されたということでした。当時の阪大の入院申込書には大阪府在住かつ別所帯の保証人の署名が必要だったのですが、適当な方が見つからない、ということで私が保証人になりました。
すると病棟の看護師(当時は看護婦と呼ばれていましたね)さんたちからは、「先生が保証人って、ご親戚ですか?」と聞かれたので「高校時代の音楽の先生です」と説明すると、彼女たちはその旨、ご丁寧に申し送りをしていました。そんな申し送り、いらないのに・・・・・・野間先生も慣れない入院で緊張されていたところで私に会って安心されたのか、病室を訪れる看護師さんたちに私の高校時代の話をされて・・・・・・でも、その内容は「そんなことあったかな〜」「それはいくらなんでも大袈裟〜」「それは誰か違う人でしょ〜」というエピソードのオンパレードでした。しまいには看護師さんたちが皆、私のことを野間先生の口まねをしながら「片桐くん、片桐くん」と呼ぶので困りました。今となれば懐かしい想い出ですね〜
2017年11月のブログでREM睡眠の減少が認知症リスクに関連するという論文を、そして2019年12月にREM睡眠の記憶を消去するシステムが備わっているという論文を紹介しました。最近の睡眠医学の分野では、REM睡眠が興味の中心になっているようです。とりわけ寿命とその裏返しである死亡率とREM睡眠との関連は気になるところです。
最近スタンフォード大学のグループが「中年〜高齢成人におけるREM睡眠と死亡率との関連」と題する論文を発表しました(米国医師会雑誌 神経学 2020年7月)。対象は平均年齢76.3歳の男性2,675人(追跡期間平均12.1年)と平均年齢51.5歳の男女1,386人(男性54.3%、平均追跡期間20.8年)のふたつの集団です。
その結果、高齢男性の追跡データでは総睡眠時間に占めるREM睡眠の割合が5%減るごとに心血管疾患による死亡率およびすべての原因による死亡率が13%も上昇することが分かりました。女性を含めた中年の人達の追跡データでも同様の結果が得られたとのことです。
こうなるとREM睡眠不足は立派なリスク・ファクターです。ぜひとも人間ドックの項目に入れて・・・・・・と言いたいところですが、REM睡眠の動態を知るには「睡眠ポリグラフ」で一晩の睡眠記録をとる必要があります。この検査は「睡眠時無呼吸症候群」の診断にも用いられるのですが、原則入院を要するのでけっこう大変です。とてもじゃないけど人間ドックの項目に加えて普及させる、というのは難しそうです。
それに一番の問題は、REM睡眠を量的・質的に改善する手段がないことです。ですからREM睡眠の多寡以前に、他の修正可能な睡眠に関する問題を解決する方が現実的かも知れません。上記の「睡眠時無呼吸症候群」はその代表です。罹患していると良質な睡眠にはほど遠いのは自明ですし、いびきの頻度、大きさ、呼吸の一時停止の有無が心血管疾患リスクに関連することが明らかにされています(チェスト誌 エルゼビア出版 2020年7月)。睡眠中のひどいいびきや無呼吸があれば、かかりつけ医にご相談下さい。あとは睡眠剤の使用です。眠れないのはつらいので、使用もやむを得ないことはあるのですが、薬剤は睡眠リズムを乱すので一考の余地があります。やはりまずはかかりつけ医に相談です。
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日記
2020年09月15日

ヒトには“常に生体を同じ状態(恒常性)”に維持するための「免疫系」が備わっています。免疫系は「自己」と「非自己」を識別して非自己を排除します。非自己は自己にとって有害な分子であり、免疫系を賦活する物質=抗原でもあります。この原理によって免疫系は非自己と認識された病原体やがん細胞などを排除しますが、原則として自己の細胞や組織、あるいは無害な環境成分には反応しません。
とはいえ、免疫系も完璧ではありません。病原体を排除できなかったり、がん細胞の増殖を許したり、生体には無害であるスギ花粉に反応してアレルギー性鼻炎を起こすこともあります。また自己の細胞や組織に対して免疫反応が惹起されて細胞や組織の障害を生じる「自己免疫疾患」が発症することも少なくありません。
免疫の中核を担うのは白血球のひとつであるリンパ球、そのなかでも「T細胞」です。自然界には無数の抗原が存在しますが、ヒトには、そのすべての抗原に対して反応するT細胞のレパートリーが用意されています。その中には自己成分・自己抗原に対して反応するT細胞も含まれているのですが、これらの自己反応性T細胞は以下の二つの機序によって無効化されています。
ひとつは免疫系形成の初期段階で自己成分に出会った自己反応性T細胞は“自殺プログラム”が作動して消去されること、もうひとつは、たとえ生き残った自己反応性T細胞があっても、「制御性T細胞」という免疫反応を抑制する機能を持ったT細胞によって押さえ込まれるという、二重の安全装置によって簡単に自己免疫反応が作動しないように設計されています。最近の研究で、とくに後者が重要であることが分かってきました。
しかし実際には、さまざまな組織・臓器に対して自己免疫現象が起こることによって多種多様な自己免疫疾患が発症します。そのなかでも最も頻度が高い「橋本病=自己免疫性甲状腺炎/甲状腺機能低下症」の有病率(一般人口に占める病気の割合)は女性で10〜12%(男性でも2〜3%)にも達します。“制御”は必ずしも十分とは言えないようです・
自己免疫疾患の発症には複数の要因が関与していると考えられています。遺伝性素因、性ホルモン(一般に自己免疫性疾患は女性に多い)、ある種の感染症、環境化学物質、薬剤などなど・・・・・・そして近年、少なくとも一部の自己免疫疾患が増加しつつある、とする報告があります。たとえば“自己免疫疾患の典型的モデル”とされ、他臓器に多彩な病変を来す「全身性エリテマトーデス(SLE)」(リューマトロジー・インターナショナル誌 2018)や自己免疫によりインスリン分泌が枯渇する「1型糖尿病」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌 2017)などがそうです。
しかし、ほとんどの自己免疫疾患は無症状から典型的な症状を示す例まで臨床像に幅があり、診断基準や検査法も時代によって変化しているので、その発生頻度や有病率を異なる時代間で比較するのはそう簡単ではありません。そこで別のアプローチとして特定の疾患ではなく、「自己免疫疾患の普遍的なスクリーニング検査」の陽性率を比較する、という方法があります。
自己免疫疾患のスクリーニング検査として最も頻用されているのは「抗核抗体(ANA)」という自己抗体を検出する検査です。かなり以前からずっと同じ方法で測定されている、という点からも目的に適います。この検査はヒトの細胞核成分に反応する自己抗体を蛍光顕微鏡で検出する検査なのですが、SLEやその近縁の自己免疫疾患ではほぼ100%、そのほか多くの疾患で高い陽性率を示すことが分かっています。通常は40倍希釈の血清で反応させた場合に陰性であれば
“正常”と判定します。欠点は健常人でも十数%は陽性になることですが、それでも多数の検体でのANAの陽性率を時代間で比較すれば、“自己免疫現象の時代間での陽性率の変遷”についての情報を得ることができます。
そこで米国の国立環境衛生科学研究所のグループは全国健康栄養調査のデータデースから14,211人のANAデータを抽出し、1988-1991、1999-2004、2011-2012の三つの期間でANA陽性率を比較しました(米国リウマチ学会誌 2020)。ANA陽性率は、11.0%(1988-1991)、11.5%(1999-2004)、15.9%(2011-2012)で、経時的な陽性率の上昇が認められました。とくに12-19歳の思春期世代では最初の時期に比べ第2期、第3期はそれぞれ2.02倍、2.88倍と増加傾向が明瞭でした。経時的増加は男性でも女性でも、50歳以上の世代にも、また人種を超えても認められました。
ANA陽性率が上昇しつつあると言っても、それが自己免疫疾患の増加に繋がるかどうかはまだ分かりません。ただここ30年の環境変化が、あるいはヒトの免疫系に対しても何らかの負荷を与えている可能性はあると思われます。それが人類に何をもたらすかについて注意深い観察はしておくべきだろうと思うのです。
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2020年09月01日

長期間に渡るライフ・スタイルが寿命や死亡率に影響することは周知の事実で、とりわけ運動習慣による死亡率低下は良く知られています。最近東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院(昔で言えば“教養部”ですね)のグループが、歌舞伎、能楽、茶道、落語、長唄という日本の伝統芸能従事者の寿命を主として“生涯に渡って継続される運動の強度”という視点から比較する(しかも対照としたのが天皇家、将軍家ファミリー)というユニークな研究を発表しました(パルグレイブ・コミュニケーションズ 5月18日オンライン 2020〜ネイチャー誌グループのWeb雑誌です)。
この研究では1700年以降に生まれた男性伝統芸能従事者699名(死亡566名)のうち、誕生年と没年が二つ以上の資料から確認でき(能楽師は資料が極端に少ないため、一つの資料だけで検討対象に含めています)、かつ戦死、自殺、事故死と20歳に達しない死亡を除いた人を対象として解析しています。対照として男性の天皇家と将軍家ファミリーを選んでいますが、これは当時の最高の食事と医療が提供されていたグループだと考えられるからです。
まず生存曲線を描いてみると、すべての伝統芸能従事者は天皇家・将軍家よりも中央値で15歳ほど長命という結果が得られました(70.6歳VS 54歳)。著者らは“生涯に渡って激しい運動をすると寿命に好影響があるかも知れない”という観点から、当初は「歌舞伎・能楽者の寿命が長い」という仮説を立てたようです。しかし次に20世紀以降に生まれた人について比較すると、予想に反して歌舞伎役者の寿命は茶道・落語・長唄従事者に比較して短命であることが分かりました。そこで誕生年を考慮にいれた詳細な寿命の解析を行ったところ、歌舞伎役者の寿命は短く、天皇家や将軍家と差がないことが分かりました。
まずなぜ天皇家や将軍家の寿命が短いのか、という疑問があります。著者らも分析しているのですが、当時最高の食事といっても寿命延長に繋がるかは別問題です。それらはむしろバランスが悪く、贅沢過ぎる食事だったかも知れません。徳川第14代将軍家茂公は白米と高価な甘い物を好み、「脚気衝心」によってわずか20歳で亡くなりました。今で言えば「ビタミンB1欠乏性心不全」です(今でもインスタントラーメンばかり食べている学生さんなどに時に見られる脚気独特の心不全です)。また天皇家・将軍家の“ストレスフル”かつ“座位が多い”という生活習慣も短命の原因だったという考えもあります。
歌舞伎役者の寿命が短い理由についてはより詳細に議論されています。世襲職であったが故の遺伝的問題、舞台化粧に用いられていた鉛の毒性などなど・・・・・・ただ、これという決定的な要因を指摘するのは難しいようです。歌舞伎役者は幼小期より生涯に渡って厳しい稽古(=激しい運動)を積むであろうと思われます。そこで歌舞伎(しばしば激しい動きを伴うsing & dance;以下著者らの英文説明)を他の伝統芸能と比較した場合、運動面からどのような考察が可能でしょうか。この論文では茶道(tea ceremonies)、落語(telling comic stories)、長唄(playing instruments)はいずれも座位で行う伝統芸能として位置づけています。しかし得られた結果は、激しい運動を行う歌舞伎よりも座位主体の伝統芸能の方が長命だったのです。
以下は私の想像です・・・・・・少なくとも落語家は登場人物になりきる過程で、全身または部分の筋肉運動や呼吸運動を巧みに使っていますし、また長唄は楽器演奏ですから、ともに“全くの静の技”とは言えないように思います。茶道は子供の頃に祖母の指導で二、三度経験しただけなので、全く自信はありませんが、所作のそこかしこに“動”の要素も含む、あるいは何か俗人にはみえない健康上の利点があるのかも・・・・・・いずれにしても歌舞伎以外の伝統芸能は必ずしも“座位の芸能”ではない気もします。
この論文の中では、江戸時代における歌舞伎役者の特殊な社会的地位についても考察されているのですが、やはり短命を説明できるものではないとしています。そして著者らは「この研究結果は日々の職業としての激しい運動が、寿命延長というよりむしろ寿命短縮に繋がることを示唆する」と述べています。
確かに“幼小期から生涯続く激しい職業運動”は健康に害を及ぼし、寿命を短くするのかも知れません。でも別の考えもあります。ひとくちに伝統芸能と言っても、歌舞伎は別格です。とくに江戸期において、歌舞伎役者は良くも悪くも“特別な階級に属するスター集団”でした。そのスター性は現代では想像もつかないレベルだったと思うのです。今に残る当代一流の絵師たちの手による優れた役者絵がそれを如実に物語っています。
日々たゆまぬ厳しい鍛錬と舞台、そして庶民の熱狂・・・・・・たぶんかれらは一日24時間、歌舞伎役者でした。生まれ落ちた時から定められた人生を一気に駆け抜ける生涯・・・・・・やはり節制・健康・長命とは無縁の世界に生きていた人達だったように思うのです。
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日記
2020年08月15日

“人は、いつかは老いる”というのは誰もが知る真実です。それだからこそ、大昔から不老不死にまつわる伝説や物語があるのでしょうね。人のみならず、ヒトの体を構成する細胞もいつかは老います。というより、細胞が老いるからヒトも老いるというべきですね。
「細胞老化」の概念を始めて示したのは、米国の解剖学者であったレオナルド・ヘイフリック博士です。ヘイフリック先生はヒトの皮膚から採取した線維芽細胞を培養すると、常に一定回数の細胞分裂を経た後で永久に分裂を停止する(すなわち増殖が止まる)ことを発見しました。また彼は、分裂を停止したからといって直ちに細胞が死んでしまうわけではなく、この状態で長時間培養してもなお細胞は生きていることを示し、これを「細胞の老化」と名付けました(実験細胞研究誌 エルゼビア出版 1961年)。
その後、多くの研究者がこの実験を追試したのですが、採取した臓器によって固有の分裂回数が決まっていて、そこに達すると細胞は老化し、増殖が止まることが確認されました。この原則から外れて無限の増殖能を維持し続ける細胞は、「がん細胞」と「さまざまなタイプの幹細胞」だけです(人工的に作られたiPS細胞も幹細胞の一種です)。
生体でおこる細胞老化の原因は、さまざまなストレスによる遺伝子(DNA)損傷の蓄積だと考えられています。DNA損傷がわずかなうちは修復も可能ですが、それが蓄積すると、老化のスイッチが入ってしまうわけです。もっとも細胞の老化自体は、生体にとって必ずしも常に不都合な現象というわけではありません。発達過程や外傷からの回復過程の組織再構築には、細胞老化は必須のメカニズムでもあります。ただ老化細胞からは、さまざまな種類の生理活性物質(炎症性サイトカインなど)が分泌され、周辺の細胞に悪影響を及ぼすことが知られていて(「老化関連分泌現象」と呼ばれます)、慢性炎症や腫瘍の発生に関連していることも事実です(細胞生物学傾向誌 セル出版 2018年)。そうなると、この“老化した細胞”を除去すれば、生体にとって“明るい未来”が来るのではないだろうかと考えるのは、あながち突飛な考え方ではありません。
ちょっと話が逸れますが、実社会に出て職について、いくばくかの経験を積むと、上の世代のやり方に対して不平・不満を抱くようになるのは珍しいことではありません。「あのひとたちは、とにかく何においても古い!古過ぎる!」、一方、上の世代の人たちは「もう、最近の若い者はなってない!」という慣用句で対抗し、“世代間対立”が生まれます。でも、ほんとうに恐るべき事は、ついこの間まで「もういつまでも旧態依然の人たちにまかせてはおけない!」と言っていた自分が、いつのまにかその“旧態依然の人たち”の立場になっていることになかなか気付かないことです・・・・・・あるときそれに気付くと愕然となるのですよね〜人間社会のレベルでも細胞間レベルと同じような“老VS若”の構造があるように思えるのです。
さて、話を細胞老化に戻しますと、最近大阪大学のグループは老化したリンパ球の一種であるT細胞を生体から除去するワクチンの開発に成功し、専門誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」(2020年5月18日 オンライン版)に発表しました。ある種の実験マウスは高脂肪食で飼育すると、耐糖能低下(糖尿病傾向)や脂肪組織での慢性炎症が生じ、ヒトの生活習慣病類似の病状を呈してきます。このとき脂肪組織では老化T細胞が増加しています。この研究では、老化T細胞を除去するワクチンを作成して投与することにより、高脂肪食で飼育しても血糖上昇が抑制され、脂肪組織の炎症も軽減されることが示されました。
ヒトでも、肥満・耐糖能低下・脂肪組織での老化T細胞の蓄積・慢性炎症がメタボリック症候群や心血管病にリンクする、という現象は実際に起こっていると考えられています(サーキュレーション誌 2012)。一方、老化T細胞はその表面抗原のパターンから他の細胞と区別することができるので、この研究が示すように、それを除去するようなワクチンを作成することは可能と思われます。そしてうまくいけば・・・・・・老化を遅らせて若さを保つ、病気から逃れる、という夢のような未来を手に入れことができるかも知れません。
しかし、私たちはもう、若くはありません。ただ、そんなに“老い”を毛嫌いしなくても、今までそれなりに貢献してきたし、老いてはじめて見える景色もあるのだから・・・・・・とつい“老い”の肩を持ちたくなります。
でもね、“出番を終えたら舞台を降りる”というのは仕方のないことだと思います。トルーマン大統領に解任されて連邦議会での最後の演説(1951)に臨んで、「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ(Old soldiers never die, they just fade away.)」と言ったマッカーサー将軍もきっとそう感じていたのだと思うな〜
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日記
2020年07月15日

幸いにしてまだ道端で毒ヘビにお目にかかったことはありませんが、学生時代に沖縄に旅行にいったときに、土地の人から「夜に散歩するとハブにやられるぞ」と脅かされました。“貸しマングース”があれば安心できたのにな〜
ヘビは全世界に約3.000種が棲息していますが、その中で危険な毒をもつものは約15〜20%、多くはマムシの仲間です。毒ヘビに咬まれる事故は米国で年間約45,000件、死者は70人位だから致死率はおおむね0.15%、日本では年間約3,000件で死亡は数人ですから致死率はほぼ同じです。ただ全世界では、年間10万人以上が毒ヘビ咬傷で命を落としているそうです(メルク・マニュアル 第20版 2018)。
ヘビの毒は酵素活性を持った複雑な蛋白質から構成されているのですが、主な毒性は二つあり、ひとつは血管の透過性を高める作用で、局所の浮腫・腫脹を引き起こし、高度になれば循環血液量が減少してショックや腎不全を起こします。いまひとつは血液凝固の引き金を引くことによって、血液中の止血凝固のための多種多様の蛋白が消費されて枯渇し、その結果重篤な出血が生じます。後者の病態は「消費性凝固障害」と呼ばれています。
毒ヘビ咬傷はヒトだけでなくペット、とくにイヌやネコにも起こります。その際、イヌはネコよりずっと致命率が高いのです。その機序について豪州の研究者が専門誌に研究成果を発表しました(比較生化学と生理学 Part C:毒性学と薬理学 5月3日 オンライン 2020エルゼビア出版)。
豪州では、ペットの毒ヘビ咬傷の3/4は「東部褐色ヘビ」によるものですが、イヌやネコが死に至る場合、そのほとんどがヘビ毒による「消費性凝固障害」が原因となります。しかしイヌとネコでは生存率に大きな差があり、抗血清の治療が行われなかった場合、イヌの生存率はわずか31%ですが、ネコの生存率は66%でした。また抗血清治療を行った場合でもネコの方が、有意に生存率が高かったのです。
このような差が生じる原因を明らかにするために、著者らは「東部褐色ヘビ」の毒を含む11種のヘビ毒をイヌ・ネコの血漿に添加して凝固活性を検討しました。その結果、どの毒を用いてもイヌの方がネコより迅速に血液が凝固することが分かりました。すなわちヘビ毒に曝露された場合、イヌの方がネコより「消費性凝固障害」が生じやすいことが明らかになりました。
加えて、イヌとネコの習性の違いも関係しているそうです。ヘビと出会った場合、イヌは嗅覚に頼って鼻を近づけて咬まれてしまいます。イヌの鼻には血管が豊富に分布しているので、咬まれたときの毒のまわりが早いのです。一方、ネコは“ネコパンチ”の手を出して触ろうとします。そのため咬まれた時のリスクはネコの方が低い・・・・・・ほんとかな〜まあ、ありそうな話だけど。
血液止血凝固機構はなかなかよくできた仕組みで、何事もなければ、複数の止血凝固蛋白は何の反応も起こさずに静かに血液中を循環しています。しかし一旦血管が破綻して出血が起こると、その刺激が引き金となって、止血凝固蛋白は次々に活性化され、あたかも連なる瀑布に水が流れるように一連の反応が進み、最終的に血管の破綻部分を凝固した血液が覆って止血します。止血の完成とともに一連の反応は停止し、もとの状態に戻ります。もしこの反応がヘビ毒のような外来物の注入で起これば、一連の反応は制御されずに進行して止血凝固蛋白は消費し尽くされてついには枯渇し、重篤な出血が起こり得ます。これがヘビ毒による「消費性凝固障害」の本態です。イヌでもネコでもヒトでもこのようなことがヘビ咬傷で起こるわけです。
むろんヒトの「消費性凝固障害」は、ほとんどの場合ヘビ咬傷以外のさまざまな原因で起こります。血液がんである急性前骨髄球性白血病(APL)、産科的大出血・巨大血管腫・解離性大動脈瘤などの急性に生じる大きな体内血腫、重症感染症などに合併する微小血栓多発による播種性血管内凝固症候群(DIC)などが知られています。とくにAPLによる「消費性凝固障害」は病態生理の点でヘビ咬傷と似たところがあり、血液凝固を引き起こすヘビ毒が注入されるかわりに、白血病細胞から血液凝固の引き金をひく活性をもった蛋白質が分泌されて急性かつ重篤な出血傾向が起こります。しばしば病初期に致死的な脳出血や肺出血が生じるのですが、最近は非常によく効くAPL専用の抗白血病薬があるので、治療成績は昔より格段に良くなりました。
私が医師になった頃、商品名レプチラーゼという止血剤(注射剤)がありました。この薬剤は蛇毒から精製・分離されたヘモコアグラーゼという酵素製剤です。私自身はもう40年以上使っていませんが、つい最近まで薬として認可されていました。しかし昨年製造中止になったようです。原因は科学的根拠不足か、はたまた原料の毒ヘビの不足か・・・・・・いずれにしろ薬剤としての役割は終えた、ということでしょうね。
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日記
2020年07月01日

糖尿病はインスリンというホルモンの作用不足によって高血糖を来たし、さまざまな血管障害や臓器障害を生じる疾患です。自己免疫によってインスリン産生細胞そのものが破壊される1型糖尿病はさておき、糖尿病の大部分を占める2型糖尿病では、インスリン産生が障害されるというより、むしろインスリンが効きにくくなる(インスリン抵抗性)ことがインスリン作用不足の主因であるとされていて、そのため多くの患者さんで高インスリン血症が生じます。
一方、糖尿病ではずいぶん昔から“がんになりやすい”ことが経験的に知られていました。近年、糖尿病とがんに関する科学的根拠を蓄積されてきて、糖尿病はがんのリスクであること、その病態としては、細胞の増殖因子でもあるインスリンが高値となる、すなわち高インスリン血症が関わっているという意見が受け入れられつつあります(内分泌関連がん雑誌 2009、ダイアベィテス・ケア 2010)。事実、非糖尿病者でも肥満の有無にかかわらず、高インスリン血症がある人はない人に比べ、がん死亡リスクが1.9〜2.0 倍高いとする報告もあります(国際対がん連合機関誌 2017)。
では、なぜ高インスリン血症があるとがんになりやすいか、については未だ解明されてはいませんでした。ところが最近、京都大学生命科学研究科の井垣達吏教授のグループが“高インスリン血症による「細胞競合の破綻」”というユニークな切り口でこの謎の一端を明らかにしました(デベロップメンタル・セル誌 2020)。
自然界では常に個体間あるいは生物種間で、適者生存を目指した競合が行われています。もっともときには「イソギンチャクとクマノミ」のような“助け合い”にみえる共生・協調がみられることもあるのですが、基本は競合が世の習いです・・・・・・ところがこの競合、多細胞生物であるヒトの内部でも起こっていることが知られています。
生体内で“がん”という名の異常細胞は、あちこちで、しょっちゅう生まれています。幸いなことに、そのほとんどは成長することなく体内から除去されます。その多くは“腫瘍免疫機構を担当する免疫細胞”によって非自己と識別され、除去されると考えられているのですが、どうも安全装置はそれだけではないようです。
京都大学のグループはショウジョウバエを用いて、生体には細胞競合という、発生したがん細胞を除去する仕組みが備わっており、高インスリン血症がおこると、このがんに対する“セーフティーネット”が破綻して、がん細胞の増殖を許してしまうことを明らかにしました。ショウジョウバエではchico(チコ)遺伝子というインスリン受容体基質遺伝子があり、この遺伝子に変異がおこると高インスリン血症が生じるのです(ぼ〜としていると叱られそうな遺伝子です)。高インスリン血症を来すと、健常時では生じないはずのがん細胞増殖が起こるのです。さらにこの実験系にヒトの糖尿病の基本薬剤のひとつであり、インスリン抵抗性の改善作用を持つ「メトホルミン」を添加すると細胞競合が復活して癌増殖が抑制されるというきれいな結果が示されています。
細胞競合というのは、かりにがん細胞が出現しても、その周囲を健常細胞が囲んでいると、癌細胞は除去(細胞自殺プログラムが発動して“アポトーシス”を起こして細胞は死んでしまう)されるという現象です。異端者は許さない!という中世的な恐ろしさも感じないではないですが、生体の恒常性を維持するためには異端者は除くほかないのです。生体内では弱者の声を聞くとか、多数決で決める、というのもダメです。残念ながら生体でしばしば出現するがん細胞という異端者は弱者ではなく、個体を死に追いやるいわば“暴力革命勢力”になるからです。
ショウジョウバエとヒトが、全く同じシステムを共有しているとは言えないとしても、この高インスリン血症による細胞競合というがん抑制機構の破綻と、それによるがん増殖、さらにそれをメトホルミンで阻止できる、というのは、ショウジョウバエを使った基礎実験でありながら実臨床に近い非常に優れた研究だと思います。
やはり糖尿病臨床の中核は、食事療法+運動療法、加えて薬剤やインスリンを用いた血糖の適性管理、そして忘れてはならないのは高インスリン血症の是正、ということになるのでしょうね。問題はただひとつ。「言うは易し、行うは難し」ですよね〜
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