2019年08月01日

高血圧治療における降圧目標は?!


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今年4月に日本高血圧学会(JSH)が5年ぶりに「高血圧治療ガイドライン」を改訂しました。従来、75歳未満の成人の血圧の“基準値”(検診・健診では≒正常範囲)は収縮期血圧140mmHg未満/拡張期血圧90mmHg未満でしたが、今回の改訂で境界値あたりの血圧は4段階に層別化され、120/80未満が「正常血圧」、120-129/80未満は「正常高値血圧」、130-139/80-89は「高値血圧」で140/90以上が「高血圧」となりました。“血圧の基準値”は据え置きなのですが、“目指すべき血圧”=降圧の目標値は130/80未満となり、収縮期、拡張期とも基準値より10mmHg引き下げられました。

すなわち正常血圧と高血圧の間に2段階の階層ができて、高血圧の人はむろんのこと、高値血圧の人もリスク評価を行って、減塩、体重管理、適度な運動、禁煙などの生活習慣の改善を行い、脳心血管病のリスクが高いと判定された人は生活習慣是正で十分な降圧が得られない場合、降圧剤による治療も考慮という方針が示されたのです。なお、ここで言う血圧は「診察室で測定した血圧」で、「家庭での自己測定血圧」は、診察室血圧より5mmHgほど低いとされています。

「そんな、急に変えられても・・・・・・」という意見もあるかも知れませんが、この改訂はJSHとしてもさまざまな批判や反対は覚悟の上、それなりに思い切った判断だったと思います。JSHは薬剤よりも生活習慣是正の重要性を強調してはいますが、日本の“高血圧患者”は一挙に千万人単位で増加します(今でも4,000万人超!?)。各医療機関、健診・検診施設もそれぞれ対応が必要となります。なんのかんの言っても、改訂に沿った治療が普及すれば医療費は増大し、降圧による副作用イベントも増加します。一方、改訂による高血圧関連心血管疾患の罹患率や死亡率の減少という利点が明らかになるのは何年か先になります。

今回の改訂の背景にあるのは、2015年11月に「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌」に掲載された「SPRINT研究」という論文です。心血管病のリスク因子をもつが糖尿病のない9,361人を<120を目標とする群と<140を目標とする群にランダム化して治療を行い、心筋梗塞やその他の急性冠症候群、脳卒中、心不全などのイベント発生と心血管疾患による死亡を比較しました。研究開始から3.26年経過した時点で<120の群の年間主要イベント発生率が<140の群に比べて25%減少、全死亡リスクも27%減少という明らかな差が認められたため、この時点で研究は中止されました。ただ<120の群では、確かに目標とした心血管病イベントや死亡は減少したものの、低血圧・失神、電解質異常、急性腎機能障害という有害事象が多かったのも事実です。

この研究を主導したのがNIH(米国衛生研究所)であり、研究の規模も大きく信頼性も高かったので世界中で大きな反響を呼び、米国では高血圧の基準値が140/90から130/80以上と下方修正されました。しかし欧州と日本は高血圧の基準は据え置いて降圧目標のみ下方修正していますが、血圧は130/80未満が望ましいという基本的な考え方では一致しています。

なおSPRINT研究で用いられたのは「診察室自動血圧測定法」という方法です。自動血圧計の規格も決まっていますし、患者さんは医療従事者が退室した診察室で5分安静にした後に3回測定して平均をとっています。通常の診察室での測定より10mmHgほど低くなるそうです。日本の診療現場に導入するのはちょっと無理がありますが、安静時の家庭血圧はこれに近いかも知れません。

今回の改訂では、SPRINTの結果をそのまま日本人にあてはめても良いのかとか、過剰降圧のリスクの検証が必要だとか、生活習慣是正の励行が先ではないかとか、様々な異論もあります。SPRINT研究が発表された当初は、その結果の解釈では慎重論を唱える専門家が多かったのですが・・・・・・JSHは大局的に見て、従来の140/90未満という目標を下方修正する方が良い結果を生むと判断したのだと思います。もっとも、JSHも指摘しているように最大の問題は、現在治療中で140/90未満が達成出来ていない人、あるいは高血圧を放置している人が合計3,000万人!もいることでしょうね。

さて具体的には・・・・・・あなたの血圧が120/80未満なら、おめでとう!あなたは“血圧エリート”です。でも調子にのらないようにね。毎年確実に歳をとりますから。129/80未満なら、今の間に生活習慣の見直しをしましょう。もし130-139/80-89なら、いますぐ生活習慣の改善着手してください。それでも血圧が下がらなかったら・・・・・・脳血管障害の既往、心臓病、糖尿病、慢性腎臓病などがあれば降圧剤の適応があるかも・・・・・・主治医の先生に相談して下さい。140/90以上なら主治医の管理の元で生活習慣の改善を行って下さい。必要なら降圧剤も・・・・・・130/80未満まで降圧を行うべきか否かについては、合併症・動脈硬化の程度などで個々の人で異なります。既に治療中の方は、主治医の先生と降圧目標について再確認してくださいね。

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2019年07月15日

“血糖アラート犬”登場!!

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2015年5月15日付のこのブログで、訓練された犬が患者さんの呼気を嗅いで大腸がんの有無を判別する、という研究を紹介したのですが、今回も犬の驚異的な嗅覚を臨床応用する新たな試みの話です。対象疾患は前回に続いて糖尿病・・・・・・とは言っても、“普通の糖尿病”とは一線を画する「1型糖尿病」です。

糖尿病は血糖を調節するのに決定的な役割を果たすホルモンである“インスリンの作用不足”によって起こる病気です。糖尿病のほとんどは「2型糖尿病」で、素質にさまざまな外因が加わって発症すると考えられています。必ずしもインスリン分泌自体が低下しているわけではなく、インスリンが効きにくくなる、すなわち“インスリン抵抗性”が糖尿病の主因となっていることも少なくありません。治療は食事療法・運動療法に加え、多種多様の経口糖尿病治療薬が治療の主体となりますが、病状によってはインスリン注射も行われます。

これとは対称的に「1型糖尿病」はインスリンを分泌する膵臓にあるランゲルハンス島(顕微鏡でみると海に浮かぶ島にみえます)のβ(ベータ)細胞が破壊されて、インスリン分泌能が欠如したために発症する糖尿病です。ヒトはインスリンなしでは生存できないので、1型糖尿病では1日数回以上の「血糖自己測定」を指標にしてインスリン自己注射を1日複数回、生涯に渡って続けることが必須です。この治療は大きな負担ではあるのですが、うまく管理すれば、ほぼ不自由なく仕事に就き、また日常生活をおくることは十分可能です。

とはいえ、健常状態なら精緻にコントロールされて分泌されるインスリン動態を注射で再現することは簡単ではなく、さまざまな要因に影響されて、予想に反して著しく血糖が上昇(高血糖)、あるいは低下(低血糖)することも多いのです。とくに低血糖はあるレベル以下になると急速に意識障害から昏睡に至るため、運転中や危険作業中の大事故に繋がりかねません。

高血糖、低血糖を防ぐには体調・症状に注意し、血糖の自己測定の回数を増やすしかありませんが、これは大変なストレスです。もし血糖の上下に伴う代謝の変化が人体から発するある種の臭いにごくわずかな変調を来すのなら、ヒトには無理でも犬ならばそれを感知できるかも知れません。そこである程度以上の血糖変化を感知して飼い主にアラートを発するように訓練した“血糖アラート犬”を育成できたら、1型糖尿病患者の生活の質を改善できるのではないかという考えが生まれました。

この発想に基づく最初の報告は米国のグループによって2017年に「米国糖尿病技術協会機関誌」に発表されています。対象は“4〜48歳の患者−飼い犬”のペア8組で、飼い主の満足度は高かったのですが、アラート犬が低血糖を感知できた率(感度)は36%で診療に応用するには物足りないデータでした。

しかし最近、より大規模でより希望が持てそうな研究成果が英国のグループから発表されました(プロス・ワン誌 2019年1月)。“飼い主の1型糖尿病患者−飼い犬”のペア27組で、延べ4,000回以上の低血糖と高血糖イベントについて、血糖アラート犬の感知の正確性を検討しています。実際にはペア毎に“至適血糖範囲”を決めてその範囲を逸脱して血糖が低下したとき、上昇したときに犬が誤りなく感知し、飼い主に警告を発することができるか否かを記録していくのですが、至適範囲の下限は80〜90mg/dl(インスリン治療中なら低血糖に警戒すべきレベルです)、上限はペアによってかなり異なっていて、妥当と思われる220〜280mg/dlから厳格過ぎる150mg/dlに設定しているペアも・・・・・・

さて結果ですが、27ペアの平均で“低血糖アラート”の感度は平均83.3%、“高血糖アラート”の感度は67.0%、そして低血糖・高血糖を合わせた「陽性的中度」、すなわちアラート犬が「ワン!血糖低いよ(高いよ)!と告知して、本当に低かった(高かった)確率」は81.1%でした。むろん成績は犬によって大きく異なっていて、低血糖・高血糖を合わせた感度で27 匹中4匹が50%未満だった一方、7匹は感度90%超を記録、うち3匹は見事100%を達成しました。なお、血糖アラート犬の場合、陽性的中度が高いにこしたことはないけど、見落とし(吠え落とし?)を防ぐ意味で、感度の方がより重要かと思います。

この論文の著者らは、血糖アラート犬には期待を持てるとする一方、訓練の質、個々の犬の適性、飼い主との相性など、さまざまな要因があるので、それらをさらに検討する必要があると述べています。私はこの結果は悪くはないと思うのだけど、心配なのはアラート犬に事実上24時間、365日の“勤務”を強いることになるのではないか、ということです。これはたぶん盲導犬や介助犬にも言えることだと思うのですが・・・・・・

なお論文には「アラートがうまくいったら、ご褒美に食べ物を与える飼い主」のペアでは成績が良かったそうです。やはり働いてもらっているのなら、報酬はケチったらダメですよね。「ブラック企業」ならぬ「ブラック飼い主」になってしまいます・・・・・・
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2019年07月01日

肝機能検査で糖尿病発症を予測する!?


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多くの人が検診・健診を受けているのに、またメディアもあれほど糖尿病の注意喚起を行っているのに、糖尿病は今もなお増え続けているようです。国立がん研究センターなどの多施設共同研究によれば、HbA1c≧6.5%、または空腹時血糖≧126mg/dl かつ/または 75gブドウ糖負荷試験2時間値≧200mg/dlで定義すると、2010年における女性の糖尿病有病率は6.1%、男性では9.9%、全人口の7.9%と推計され、2030年までには女性6.7%、男性13.1%、全人口の9.8%にまで増加すると推計されています(アジア糖尿病学会機関誌 2015年9月号)。

検診・健診の結果を目にしても血糖やHbA1cといった“ダイレクトな糖尿病指標”に異常なければ「今回はOK〜」と思いがちですし、体重管理・肥満の解消・カロリー/糖質制限などの生活習慣における注意は「もう、わかった、わかった。“耳タコ”だよ〜」と聞き流してしまいがちです。しかし、もし血糖やHbA1c以外の、一見糖尿病とは関係のなさそうな検査値から糖尿病リスク高くなるのが予測できるとすれば、また違ったインパクトがあるかも知れません。そしてより科学的に言えば、糖尿病リスクと関連する検査が明らかになれば、また違った角度から糖尿病の病態に迫る道が開け、新しい糖尿病治療の方法論を立てることができるかも知れません。

そう考えて“血液や尿のバイオマーカーと糖尿病発症リスク”に興味を持って研究している学者たちも増えてきているようです。最近の英国のグループが中心になって行った研究(前向き研究139編を集積して分析;プロス・ワン誌 2016年10月号)によれば、今までに糖尿病発症リスクとの関連に関して血液・尿検査項目、総計167項目が検討されていますが、十分評価に耐えうるデータあるものは35項目程度で、そのいずれもが糖尿病発症予測に寄与すると明確に結論付けることはできなかったようです。

とはいえ・・・・・・糖尿病発症リスクを予測ができるものはないか、しかも一般的な検査で、と考えるとやはり第一に肝機能検査が頭に浮かびます。事実肝臓は血糖レベルの調節、とりわけ空腹時血糖の調節に大きな役割を果たしているからです。肝機能を代表する検査を二つあげるとすれば、やはり肝細胞障害を忠実に表現するALT(旧名GPT)と胆道系機能やアルコール性障害,脂肪肝を反映するγGTPでしょうか。どちらも肝臓の意義が異なる代表的機能の指標ですし、検診・健診にも必ずと言ってよいほど含まれている検査ですから。実際、香港大学の研究者らはALT高値が糖尿病罹患リスク増大に関係することを報告しています(サイエンティフィック・リポーツ誌 2016年12月号)。

糖尿病の病態や発症率にはかなり人種差がありますので、ここは日本人を対象にした研究結果が知りたいところです。そこで2018年9月にアジア糖尿病学会機関誌に発表された名古屋大学のグループの論文を紹介します。対象は日本人の男性勤労者2,775名(35〜66歳)です。12年間の観察(27,040人・年)で276人の2型糖尿病が発症しました(10.2人/1,000人・年)。そこでALT基準範囲内(5〜27)、ALT高値(28≦)、γGTP基準範囲内(8〜48)、γGTP高値(49≦)にわけて、さらに他の交絡因子による補正を加えて糖尿病発症率を検討しています。

さて結果ですが、最も厳密に交絡因子補正を行った場合(年齢・家族歴・運動量・喫煙・アルコール消費量・BMIに加えて空腹時インスリン値や空腹時血糖値で補正)を紹介しますと、ALTとγGTPのどちらか片方が高かったときには糖尿病発症リスクは1.4倍高まり、両方とも高かったときにはリスクは2.0倍高くなりました。ただし中性脂肪が基準範囲内(<150mg/dl)のときには、この相関はかなり弱くなります。

今回紹介した研究では、代表的な肝機能検査であるALT・γGTPと糖尿病リスクとの一定の関係を示唆してはいますが、まだすっきりとはしません。上記の香港のグループの研究では、γGTPと糖尿病リスクの関連を否定していますし、名古屋グループの研究でも中性脂肪の影響の意味するところが解決されていません。しかしとりあえずは、検診・健診での血液検査、とりわけ肝機能異常があるときには糖尿病リスク増加の可能性を考えて生活習慣を再点検した方が良さそうです。

具体的には・・・・・・健診の結果を手にとってみて・・・・・・@空腹時血糖やHbA1cが異常値→もう立派な糖尿病なのかも→直ちにかかりつけ医に相談して下さい。A空腹時血糖やHbA1cは正常→安心せずに肝機能ALTとγGTPをみる→高値なら糖尿病発症リスクは1.5〜2倍高いかも→体重管理・肥満解消・適度の運動・食生活の改善にGO!・・・・・・というところでしょうか。


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2019年06月15日

女性の脳は男性より三歳若い?!

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最近“脳の老い”、感じたことはありますか?「いや〜ワシも歳とったわ。なかなか思いだせないし、新しい事は覚えられないし・・・」「ワタシは大丈夫よ!まだまだ若い人には負けないわ〜」さて、あなたはどちらでしょう?・・・なぜ語り口に性差をつけているのだ!とご不満の方もおられるかも知れませんが、この書き分けは科学的根拠に基づいています。女性の脳は男性より“代謝年齢”では三歳ほど若いようです。

脳は活動に必要なエネルギーのすべてをブドウ糖に依存しています。ブドウ糖は細胞に取り込まれると“解糖系”という生化学的システムで分解され、その過程でエネルギーを発生します。酸素がなくてもエネルギーは産生できるのですが、酸素があれば、はるかに効率よく(およそ18倍)エネルギーを産生することができます。前者を嫌気的解糖、後者を好気的解糖とよびます。脳の糖代謝は嫌気的、好気的両方の解糖系が動いているのですけど、このシステムは大きく加齢に影響されることが分かってきました。

セントルイス・ワシントン大学(“ワシントン大学”という名称は全米で複数あるので、所在地を付けて表記するようになったようです)のグループは以前から“脳の老化と糖代謝の関係”に注目して研究をすすめてきました。彼らによれば、若い脳では好気的解糖と嫌気的解糖が混在しているのですが、加齢が進むにつれ好気的解糖は減少し、60歳あたりでほぼ消失するそうです。ただしこの変化は認知機能が正常で、認知症と関係が深いアミロイド沈着がない人にも生じるので、加齢の指標ではあっても病的な神経変性によるものではないようです(「細胞代謝誌」2014 年、2017年)。でもこの加齢による変化によって、かなり脳内のエネルギー産生効率が悪くなりそうな気がしますね〜何となく実感とも合致するし。

最近この研究グループが加齢と脳内糖代謝の男女差を明らかにするために、認知機能正常の20〜82歳の成人(女性121、男性84名)を対象として「陽電子放射断層撮影(PET)」を用いて脳の局所ブドウ糖利用、酸素消費量、脳血流のデータを得て、それらをもとに好気的解糖を計算したデータを加えてコンピュータにインプットし、「機械学習アルゴリズム」に“年齢と脳代謝の関係”を見つけるように訓練させました(コンピュータを訓練して演算式を求めるやり方です。何でもできるようになっているのですね〜)。次にそれに基づいて実年齢と“代謝年齢”との関係における男女差を比較したのです(「米国科学アカデミー紀要」 2019年2月号)。

さて結果ですが、男性のデータで学習したアルゴリズムに女性のデータをインプットすると「女性の脳年齢は実年齢(男性のデータに基づいています)より3.8歳若い」という結果が得られ、逆に女性のデータで学習したアルゴリズムに男性のデータをインプットすると「男性の脳年齢は実年齢(女性のデータでに基づいています)より2.4歳老化している」という結果が得られました。すなわち「女性の代謝年齢は男性より3歳ほど若い」と推論できます。

この“女性の脳の若さ”は既に20歳代からみられ80歳まで一貫しているようです。「やっぱり!そうじゃないかと思っていたわ!」と強気になる方もおられるかも知れませんが、ここは慎重に考える必要があります。確かに高齢の同年齢で比較すれば女性が有利かも知れません。実際、高齢者の認知機能を同年齢で比較すると女性の方が良い結果を出す、という報告も少なくないことと符合します。しかしこれを“脳の老化についての性差の優劣”と解釈すべきではない、という意見があります。脳は他の臓器とは異なり、身体が大人になってからも成熟を続ける性質を持っています。この性質を「幼形成熟」というのですが、この特性を考慮すると、今回紹介した研究の知見は単に“男性の脳の方が成人期に女性より3年早く成熟し、その差が老年期まで持続している”ことを示しているに過ぎないと考えることもできます(著者らもこの可能性を指摘しています)。

だったら「20歳頃の男女の脳の成熟度を比べてみたら分かるじゃないか、男性脳が先に成熟しているはずだから」となりますよね。この研究は口で言うほど簡単ではなく、実際にこれを検討した論文は寡聞にして知らないのですが、個人的な感覚で言えば、20歳レベルで男性脳が女性脳より成熟しているとはとても思えません・・・・・・私は女性脳が3歳若くてちょうど良いと思います。だって女性の平均寿命は男性より6年長いのですから。6−3は3、もうあと3年若返りたいところ・・・・・・なんて余計なお世話ですね。

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2019年06月01日

結核は稲作と一緒に渡来した?!


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少し前にネットで鳥取大学医学部の先生たちのグループが中国の長江流域の遺跡で東アジア最古、約5,000年前の結核の痕跡がある女性の人骨を発見した、という記事をみつけました。面白そうだったので記事の元になった論文(「国際古生物病理学雑誌」エルゼビア出版 2019年1月号)を読んでみました。

このグループが発掘したのは上海市にある「広富林遺跡」で、肥沃な長江のデルタ地帯にあり、数千年前から盛んに稲作を行われていました。どうやらこのあたりから稲作技術が日本に渡来したと推測されているそうです。発見された人骨には胸椎と腰椎が癒合・変形した「結核性脊椎炎(脊椎カリエス)」の徴候がありました。専門家によれば、日本では結核の痕跡は縄文時代の遺跡からは発見されておらず、弥生時代に渡来したと考えられるので、今回の発見は結核が長江流域から稲作とともに日本に渡来した可能性を示唆している、とのことです。

結核は日本のみならず、世界中で猛威を振るった、そして今も振るっている感染症です。日本ではかつては“労咳”と呼ばれ恐れられてきました。結核によって多くの著名人が亡くなっていますが、ここ150年くらいで幾人か名前を挙げると、幕末歴史ファンなら新撰組の沖田総司と長州の高杉晋作、文学ファンなら脊椎カリエスで34歳の若さで亡くなった明治の俳人、正岡子規の名が頭に浮かびます・・・・・・「いくたびも 雪の深さを 尋ねけり」なんて、病床に臥せる彼の心情が分かるような気がするな〜

結核は飛沫感染または空気感染で経気道的に人から人に伝搬します。体内に入った結核菌はまず肺胞に定着しますが、そのほとんどは人体の感染防御を担う好中球と肺胞マクロファージにより貪食され処理されます。しかし時には結核菌が自らを貪食したマクロファージの中で増殖し、ついにはマクロファージを殺して初感染巣を作ります(ちょっとした“エイリアン”ですね)。

しかしたいていは、結核病巣は“乾酪壊死”という現象を起こして、結核菌も封じ込められて病気も終息・・・・・・なのですけど一部の人では結核菌は早期にリンパ節、その後血流に入って肺以外に病巣を作る「肺外結核症」を発症し、また、一見何事もなく治ったかにみえても、死なずに残った結核菌が長い時間の後、免疫が低下したときに再燃する、などの現象が起こります。なお脊椎カリエスのような骨・関節結核は未治療の数%に発症するとされていますが、幸い現在では稀な合併症です。

ドイツの研究グループによれば、結核菌群のルーツは約40,000年前の東アフリカまで辿ることができるそうです。彼らは人類がアフリカを出て世界中に移り住むようになるのと一緒に結核もグローバルに広がったと推論しています(「PLOS微生物学」2008年)。

また、結核症の痕跡は数千年前のエジプト、先コロンブス期(石器時代〜西欧人の米大陸進出までの期間とのことです)のアメリカ大陸、新石器時代のヨーロッパにみてとることができます。脊椎カリエスなどの肉眼的な人骨の変化のみならず、最近のDNA解析技術により、一見病変のないミイラの組織や骨にも結核菌の存在を証明することができます(「米国微生物病学会誌」2016年8月)。

稲作・農耕技術が確立したことにより、人類は安定した食物エネルギーを入手できるようになりました。それによって狩猟で動物を追いかけてあちこち移動する必要がなくなり、定住生活が可能となって人口も飛躍的に増加しました。実はこの人類の定住化と人口増加が“人から人への伝搬で生き延びている”結核菌にとっても絶好の条件だったのです。

人口の増加(正確には人口密度の増加)以外に結核菌繁殖にとって好都合な条件といえば戦乱による衛生環境の悪化(集団の免疫不全につながります)があります。実際、結核は産業革命や第一次世界大戦などで増加し、抗生物質の発見によって一時頭打ちとなり、その後HIVの蔓延で再度増加傾向を示していることが明らかになっています(「ネイチャー遺伝学」2015年3月)。

今の日本、とくに大阪府は稲作・農耕が盛んでもないし、戦乱もないけど人口密集地域です。また、若者を中心に結核菌に対して免疫のない人も少なくありません。従って会社や施設で複数人が同時に結核に感染することがあります。また結核患者さんがそれとは知らず、一般病院外来を受診したことが判明して感染対策で大騒ぎすることも珍しくはありません。

微熱・咳・痰などが2週間以上続けば、とりあえず胸部X線写真をとるべきだと思います。必要があれば痰の検査や結核に対するリンパ球の反応をみる検査など、診断ツールは揃っています。結核は“誰でもなる可能性がある病気”、“他の人に伝染する可能性がある病気”であることを忘れないで下さいね。
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2019年05月15日

アドヒアレンスが良い人は死亡リスクが低い?!

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「コンプライアンス」という言葉があります。「法令遵守」という意味で、企業コンプライアンスがどうのこうのとか・・・・・・最近は「コンプライアンス委員会」なるものを置く会社も少なくないようです。法令守るのに委員会がいるの?!と思わないではないけど、単に法令のみならず、社会的なマナーを含めて“遵守する”ことが求められるからでしょうか。

医療の世界では「コンプライアンス」は「服薬遵守」を意味します。処方された通りに薬を服用しているか、どうか・・・・・・「ではまた1ヶ月後に。ところでくすりはきちんと飲んでいますか?!」「もちろんですよ、先生。あっ、でも薬はずいぶん残っているので、今日はけっこうです。」「・・・・・・」なんてマンガみたいな会話はよくあることです。

ところが最近、「薬をきっちり服用する、ということだけでは不十分だ。処方薬のみならず、日々の食事、運動、体重管理など、患者自身が十分に説明をうけて同意をしたうえで適切なガイドラインを遵守するなど、自発的かつ積極的に治療管理にコミットすることこそが重要だ!」と主張する理屈っぽい専門家が増えています。かれらの言わんとすることを簡明に表現すると「アドヒアレンスが重要だ!」となります。辞書では「アドヒアレンス=固執・執着」というあまり良くない語感だったのですが、いつのまにか「アドヒアレンス」は“善玉ワード”になったようです。

良きアドヒアレンスの代表として、「慢性疾患予防のためのライフ・スタイルのガイドラインを守る」、という態度を挙げることができます。米国人女性(正確なデータが取りやすい看護師さんたちです)77,782人を24年間追跡した研究では、禁煙、体重管理、適度な運動、適度な飲酒、食事制限の5項目を遵守するのと、しないのとでは、全死亡リスクで4倍以上の差がみられることが報告されています(「英国医師会雑誌」2008年)。でもまあ、そりゃそうだろう、と思いますよね。遵守して益がないと、ガイドラインの意味がありませんものね〜

では“そりゃそうだろう”とは言い難い研究を紹介します。「推奨されるがんスクリーニングをきちんと受けている人と、受けていない人の間で、“スクリーニング対象のがん以外の死亡率”に差があるか否か」というのがテーマです(「米国医師会雑誌 2018年12月号」。

この研究には「PLCOがんスクリーニング・トライアル」という“元研究”があり、今回紹介する“がんスクリーニングに対するアドヒアレンス”は、同じ集団を解析対象とした“副次的研究”です。元研究は、胸部X線、S字結腸内視鏡(男女とも)、前立腺がんマーカーのPSA+直腸指診(男性のみ)、婦人科がんマーカーのCA125+経腟超音波(女性のみ)を実施し、合計77,443人を最長13年間フォローして、がんスクリーニングの死亡率低下効果を検証したものです(結果については未だ議論があります)。

今回とりあげる研究は、上記がんスクリーニングをきっちり受けた人(アドヒアレント群=A群;85.3%)、一部だけ受けた人(部分アドヒアレント群=PA群;3.9%)、全く受けなかった人(非アドヒアレント群=NA群;10.8%)の3群に分けて、10年のフォローの後、スクリーニング対象となったがん以外の死亡率を比較しています。結果は、確かに「NA群はA群に比べて死亡率が高かった」のですが、それは単に“A群はNA群に比べて“健康意識”が高かったので、その結果死亡率が低かった”のではなさそうです。もしそうなら“そりゃそうだろう”なんですけど。

この研究では、NA群とA群とで死亡率を比較するときに、年齢、性、人種のみならず、喫煙状況、BMI、婚姻状況、教育レベル、さらには種々の疾患(冠動脈疾患/心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、がんの病歴、慢性閉塞性肺疾患、肝疾患)など考えられる限りの要因で補正した後も、NA群はA群に比べて5年間で1.45倍、10年間で1.26倍、15年間で1.38倍死亡リスクが高かったのです。なおPA群はNA群とA群の中間リスクを示していました。

疾患別にみると、NA群でリスクが高くなるのが、消化管疾患(2.26倍)と呼吸器疾患(1.97倍)で、ついで心血管疾患(1.40倍)、がん(1.28倍)が有意に高リスクでした。一方、感染症(1.19倍)、神経系疾患(1.13倍)、事故(0.96倍)では両群に有意差はありませんでした。内分泌疾患(1.37倍)は高リスクと思われたのですが、補正していくと有意差はなくなりました。

“推奨されるがんスクリーニングを受けないという行動様式”が、がんとは関係のない特定分野の疾患による死亡リスクを上昇させるという結果が得られましたが、「なぜそうなるのか?」については明らかではありません。行動科学的なものなのか、ある種のストレスが関係しているのか・・・・・・「心・行動・身体の関連」について、まだまだ分からないことがたくさんある、そう思わせる研究でした。
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2019年05月01日

“フレイル”が認知症発症の鍵を握る?!


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歳をとるにつれて、さまざまな病気のリスクが増加するのは、仕方のないことなのですけど、「認知症のリスク」は嫌ですね〜現時点で約500万人、2025年には何と700万人を超えると予測されています。何とかなりませんかね〜

認知症の中核を占めるのが「アルツハイマー型認知症(AD)」です。ADの脳内で何が起こっているかについてはかなり分かっていて、“著しい神経細胞の脱落と、細胞外のアミロイドβ蛋白の沈着、そして細胞内でのリン酸化されたタウ蛋白の蓄積”が典型的な顕微鏡的な病理学的所見です。これらの病変が、どのようにして“ドミノ倒し”のように病変部周囲の正常組織を侵食し、進行していくのかについては、多くの研究者がその解明に取り組んでいるのですが、未だ明らかではありません。

また、ADにはもうひとつ大きな謎があります。病理所見と臨床症状が大きく解離することが稀でないことです。すなわち、生前ほとんど認知症状を示していなかった人が他の病気で亡くなって剖検すると、脳に著しいアルツハイマーの病理所見が見つかる、また逆に明らかな認知症状を示していたのに剖検での病理所見がごく軽い、などということがしばしば経験されるのです。このような現象は、アルツハイマー型認知症に特異的ではありませんが、他の多くの疾患では病理所見と臨床症状の程度は、たいていの場合ほぼ一致します。

すなわち、ADにおいて脳に起こる病理学的変化は、この病気の成り立ちに深く関わっているのは疑いないのですが、実際に認知症の症状が出現する(=日常生活において支障がでるレベルの症状がある)ということとは必ずしも直接結びつかず、その間を繋ぐ、あるいは調節する因子が介在する、という可能性が考えられます。

ではどのような因子が考えられるのでしょうか?遺伝的な“症状の起こりやすさ”、合併する身体疾患や病態(たとえば糖尿病や感染症など)・・・・・・など要因が多すぎて整理するのにも一苦労です。しかし最近“歳をとること”と密接に関連するひとつの病態が大きな役割を果たしている可能性がある、とする研究論文が発表されました(「ランセット・神経病学 2019年1月号」)。

この論文の著者らが言うには、「鍵を握るのは“フレイル(frailty)だ」とのことです。フレイルについては、このブログでも2016年11月15日分(第43回)で紹介しています。すなわちフレイルとは“加齢とともに心身の活力低下し、生活機能が障害され、心身の脆弱性が増した状態”で、その診断基準を再掲すると、「@半年で2-3s以上の体重減少A握力低下;男性<26s、女性<18sBここ2週間のわけもなく疲れた感じC通常歩行速度<1.0m/秒D軽い運動・体操もせず、定期的な運動・スポーツもしていない、のうち0項目該当が“健常”、1-2項目該当なら“プレフレイル”、3項目以上で“フレイル”」とされています(@については年間≧4.5kg、または≧5%、Bについては、週3−4日は何をする気も起こらない、とする定義もあります)。

さて、上記ランセット誌の論文では60歳以上の米国イリノイ州の住民を対象として(登録時認知症なし)、毎年精神神経学的評価と臨床的評価を行い、最終的に死亡時に剖検を行うことができた456人から得られたデータを解析しています。最終のメディカル・チェックでフレイルの程度が軽かったグループと重かったグループで、ADの病理学的所見の変化の強さ(軽度、中等度、高度の三段階)と実際に認知症の症状があったか否かの関連を検討するとフレイルの程度によって顕著な差が現れたのです。

フレイルの程度が軽いと、脳の病理変化が軽度なら認知症症状を呈した割合はわずか3%、中等度変化で30%、高度の病理変化があっても認知症症状は67%に止まりました。一方、フレイルの程度が強いと、軽度の病理変化を示していても69%に認知症がみられ、中等度変化で74%、高度の変化では78%に認知症がみられたのです。また、フレイルの程度が強くなるに従って、脳の病理変化も強い人が多くなる傾向もみられました。

この研究が正しいとするならば、脳でADの病理学的変化が起こっていても、健常な心身活動状態を維持している、すなわち心身の脆弱性=フレイルと無縁であるのならば、認知症の症状が出現しにくくなるかも知れない、ということになります。“フレイルからできるだけ距離をおいて歳をとること”が認知症対策に極めて有用なら、健康的な日常生活の維持や身体疾患の適切な管理はとても重要と言えるでしょう。

率直に言って、元気な時の“フレイル対策”は、さほど問題ではありません。持病さえしっかり管理しているのなら、日々を今までどおり楽しめば良いと思います。問題は大きな病気になった後です。それによって心身の活動性が低下した時こそ正念場・・・・・・ここが人生最後?!の頑張りどころかも知れません。
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2019年04月15日

“帰ってきた水ぼうそう”〜高齢者の敵、帯状疱疹

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俗称“水ぼうそう”、正式名「水痘」はありふれた幼児・小児の感染症です。私たちの世代はみな罹ったことがあるのではないでしょうか。水痘はごく一部の不幸な例外を除くと、3週間もすれば治癒して、生涯二度と罹ることはありません。ただし運悪く成人で罹患すると重症化し易く、高度の免疫不全状態や高容量の副腎ホルモンや抗がん剤で治療中だと命に関わることもあります。

水痘を引き起こすウイルスは「ヘルペスウイルス3(1から8まであります)」、別名「水痘-帯状疱疹ウイルス」、英語の頭文字をとってVZVと呼ばれます。VZVの最大の特徴は、水痘に罹患して治癒してもVZVは体内から完全に排除されるわけではなく、生涯知覚神経細胞のなかに潜伏し、“隙があれば活性化して神経細胞を伝って皮膚で増殖しよう”と企てています。しかし、それを防ぐために人体には「免疫監視機構」が備わっていて、VZV特異的メモリー細胞(Tリンパ球に分類される白血球の一種)がVZVの再活性化を阻止すべく、絶えず“巡回・監視”しています。

VZVは潜伏していると言っても、“ウイルスDNAの尻尾”である「オープン・リーディング・フレーム」がコードする蛋白質を発現しているので、再活性化するとすぐ巡回・監視細胞に感知され押さえ込まれます。いわば“頭隠して尻隠さず”の状態なのです。

ところがある条件が整うと、VZVは再活性化するとともに免疫監視を突破し、神経細胞を経由し皮膚で増殖して皮疹形成と神経痛を特徴とする「帯状疱疹」という病気を引き起こします。その条件とは巡回・監視細胞の機能が低下するとき、すなわち“細胞免疫の低下”です。免疫不全を来す疾患、高容量副腎皮質ホルモン・免疫抑制剤・抗がん剤投与時などがその代表なのですが、最もありふれた細胞免疫低下を来す原因は実は「加齢」なのです。従って帯状疱疹は高齢者の疾患ということになります。

帯状疱疹で最初に起こる症状は体の片側の知覚神経分布に一致した(すなわち帯状に)神経痛あるいは異常知覚(痛みとは言えないまでも、ピリピリした不快な感覚)で、これが数日〜1週間ほど持続し、その後同部位にやや膨らんだ紅斑が出現、中に水疱が出来てきます。そして神経痛は悪化し、しばしば非常に強く痛みます。帯状疱疹が起こる場所は脊髄神経領域なら胸部、腹部(このあたりは気がつきやすいのですが)の他、大腿、臀部、顔面(三叉神経領域、目の症状があれば視力低下の危険があります!)、頭部など、どこでも出来ます。

神経痛だけがでているときには、帯状疱疹かどうかは分からないのだけど、皮疹がでたら、出来るだけ早く、遅くとも72時間以内に抗ウイルス剤による治療を開始する必要がありますので、直ちに受診して下さい。経験したことがないような神経痛や異常感覚を感じたら、しばらくは変な皮疹・水疱がでて来ないかどうか、その部位の皮膚を毎日確認してくださいね。

では帯状疱疹の高齢者における頻度はどれくらいなのでしょうか。米国デユーク大学の論文(「老年医療の臨床誌」エルゼビア出版 2016)と日本の釧路市の複数の病院・診療所による論文(日本皮膚科学会誌英語版 2016)とを比較してみると、欧米と日本で罹患率には大きな差はなく、欧米では65歳以上で10〜14人/1,000人・年、日本では60歳以上で10.2人/1,000人・年で、釧路グループのデータによると、罹患すれば平均5.7回の通院加療を要し、3.4%は入院加療が必要となりました。

帯状疱疹の最もやっかいな合併症は「帯状疱疹後神経痛」です。神経痛が皮疹軽快後も長期間持続(時には数年以上)し、しかも日常生活を脅かすような強い痛みも稀ではありません。この「帯状疱疹後神経痛」はやはり入院加療を要するような重症例に多く、外来患者の9.2%、入院患者の26.5%にみられたそうです。また、「帯状疱疹後神経痛」に発展するリスク因子として男性(2.5倍)、70〜74歳(3.5倍)、免疫抑制剤投与中(6.4倍)、初診時重症例(3.1倍)、上肢の皮疹(3.5倍VS上肢に皮疹なし)が挙げられました。

繰り返しますが、帯状疱疹の治療は、とにかく早期発見・早期治療、そしてもし神経痛が強かったら、早めに「ペイン・クリニック」の専門医を受診することが大事です。また、子供用の「水痘ワクチン」が成人の「帯状疱疹ワクチン」として認可されています。実は水痘ワクチンは、1974年に世界で初めて大阪大学微生物研究所で開発されたのですけど、そのわりには日本での普及が遅れていて・・・・・・

同期のみなさんの帯状疱疹罹患率を推定してみると、いちおう90歳まで生きるとして・・・・・・おそらく5〜6人に1人は罹患する計算になります。もう罹患したよ!とおっしゃる方、よほどの基礎疾患がなければ、たぶんもう心配いりません。まだ罹っていなくて痛いのは嫌という方、自費診療になりますがワクチン考えてみて下さいね。
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2019年04月01日

“禁断のお菓子”を遠ざける方法


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“禁断の果実(Forbidden fruit)”は、私のようなキリスト教信者でない人間でも知っている有名なエピソードです。出典は「旧約聖書」の「創世記」。曰く、エデンの園で暮らしていたアダムとエバが、悪魔の化身だった蛇に唆されて神様から禁じられていた“知恵の樹の実”を食べて楽園を追放される・・・・・・ジョン・ミルトンの叙事詩、「失楽園」ですね・・・・・・私は本屋で立ち読みしてすぐ止めたけど・・・・・・読破した方がおられたら尊敬するな〜でも原題の英語名「Paradise Lost」って、ちょっと素敵な響きがありますね。

では現代の“禁断の果実”とはいったい何でしょうか。もちろん合法的なものに限ってですけど・・・・・・病気を中心に考えると、やはり体に悪い食べ物の代表、肥満や糖尿病の最大の敵、つい手がでる美味しいお菓子もそうかも知れません。これら“禁断のお菓子”の悪影響については、広く周知されているはずなのですが、いざ目にすると、きっぱりと“買わないという選択”ができる人はそう多くはないでしょうね。

“国民の疾病回避・健康増進”という観点に立って、“健康的ではない食品をどのようにして避けるか”という問題を考えるとき、国民個人の努力や克己心だけに委ねていいのか、という議論があるのです(もちろん私自身も克己心に自信がない、ということは自信をもって言えます)・・・・・・すなわち食品提供者の方も何らかの努力と責任を果たすべきではないか、という意見があります。そこでひとつの例として、スーパー・マーケットの「レジ横の菓子類の陳列」が挙げられます。「今日は甘い物は厳禁、誰が何と言っても、絶対お菓子は買わないぞ!」という強い意志をもって買い物に来た人に、最後の最後でレジ横で“悪魔の勧誘”をするのは“エデンの園の蛇同然の所行”ではないか、という批判がありました。

そんな大袈裟な、と思う方もあるかも知れませんが、年々肥満の問題が大きくなりつつある英国では、2013年に大手スーパー9社のうち6社が「レジ横に菓子類(砂糖菓子、チョコレート、ポテトチップスなど)を置かない」との決定を実行しました(これを名付けて「チェックアウト・フード・ポリシー」と呼びます)。そこでケンブリッジ大学のグループは、これにより消費者行動にどのような変化が生じたかを検討を行ったのです(プロス・メディシン誌 2018年12月号)。

さてこの「チェックアウト・フード・ポリシー」の効果、なかなかどうしてたいしたものでした。購入食品をすべて記録している30,000家庭(きっちりした家庭もあるのですね〜)を対象とした2013〜2017の調査では、上記菓子類の購入(家庭へ持ち帰り分)は実施直後から17%減少し、1年後でも16%減少を維持していました。また持ち帰りせずに外で食べる食品の購入をすべて記録している7,500人(これまた、きっちりした人もいるのですね〜)を対象とした調査では、レジ横に菓子類を陳列している店と比べてみると、購入が何と76%も少なかったのです。やはりスーパーにおいて食品の陳列場所というのは購買意欲や購買欲求に大きな影響を及ぼしていることが分かりました。

こうなると、“国民の疾病回避・健康増進”のための新たな戦略が浮かび上がってきます。スーパーなどの食品販売者側の理解と協力を得て、健康に悪影響を及ぼす可能性が高い食品・菓子類をレジ横から一掃するのはもちろん、目に触れにくいところに移動してもらう、という対策です。販売者側も商売だから、そう簡単には納得できないとは思いますが、ここは国民の未来がかかっているのだから、せめて「レジ横陳列だけは」止めて欲しいものです。

もっとも、この“健康志向・菓子類のレジ横からの追放”が一大ムーブメントとなって全国に広がったらどうなるでしょうか・・・・・・私は予言します!・・・・・・日本中のスーパーのレジ横には、ありとあらゆる健康食品とサプリメントとが満ち溢れることでしょう!・・・・・・

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さて、このブログも掲載開始から早4年、今回が記念すべき100回目です。 
今まで読んで下さっている皆様、このHPとブログ記事掲載を管理して頂いている丸山登志子さんに厚く御礼申し上げます。

今後も同期の皆様、読者の皆様の健康維持に少しでもお役に立てるよう、また私自身の認知機能のセルフ・チェックのためにも続けていきたいと思っています。まっ、そんなこと言ったらすぐ終わってしまいそうなので・・・・・・実は市立豊中病院で週2回“病院長ブログ”を病院HPに連載していたのですが、100回達成!したとたんに病気になって、あえなく105回で終了・・・・・・教訓を生かし、意識せずに、あくまで一歩一歩、自然体で・・・・・・

ではまた。

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2019年03月15日

高齢者の“正常範囲”

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ヒトの健康にかかわるすべての検査には“正常範囲”というものがあります・・・・・・というのは正しいようで正しくありません。理屈の上では、“すべての面で健康な人”をたくさん集めてデータを取れば“正常範囲”を決めることができるはずですが、ここで“すべての面で健康な人”をどのように定義し、どのように集めるのか、という難問にぶつかります。

これを考えていたら先に進まないので、検査学の世界では“基準範囲”という名前にしよう、というのがグローバル・スタンダードになりつつあります。呼び方変えただけじゃないか・・・・・・と思わないではないのですが。しかし現実は人間ドックの結果判定などで“正常範囲”はまかり通っています。そうでないとみんな承知しませんからね〜

製薬会社の出版とはいえ、120年の歴史を持ち、“世界標準の総合医学テキスト”のひとつであるメルク・マニュアル第20版(2018)には加齢による身体の生理的変化が要領よくまとめられています。ヒトは高齢になると(いちおう≧65歳)、身体構成成分で言えば、「脂肪を除いた体重」「筋肉量」「骨量」「体内水分量」は減少し、心拍出能や呼吸関連組織の衰えによって「心肺機能」も低下します。脳の「認知機能」も健常人でもある程度は低下し、歩行では“筋緊張亢進”、“腕の振りが小さくなる”という、「パーキンソン病」の症状と同様の傾向がでてきます。多くの内臓も血流量が低下し、臓器も萎縮傾向となります。細胞レベルで言えば、細胞の設計図であるDNAの損傷が増加し、その修復機転も効きにくくなるため、発がんリスクが高まります。

とはいえ、すべての検査値が必ずしも異常となるわけではありません。確かに心肺機能は多少低下しますが、多くは自覚症状がないか、あっても軽微で日常生活に大きな支障はないので異常と判定する必然性はありません。「腎機能」は通常、年齢の要素を加味して判定されますが、かなりの高齢になっても一般成人と比べて遜色のない機能を保持した人たちが一定の割合で存在します。「肝機能」も同様で、臓器容積減少などの解剖学的な変化はあっても、“明らかな肝疾患”がない人の肝機能検査の評価は通常の“正常範囲”を用いて差し支えありません。血液中の「電解質」(ナトリウム、カリウム、クロルイオン、カルシウムなど)も非高齢者と比べて大差ありません。

高齢者でも“正常範囲”に大きな変化がない場合には、もし異常があれば非高齢者と同じようにその原因を探せば良い、ということになります。ただし治療を行うかどうかの閾値は必ずしも非高齢者と同じではなく、経過観察という選択肢を選ぶことが多くなると思われます。

では、貧血に代表される血液細胞の加齢変化はどうでしょうか。血液細胞には,赤血球(ヘモグロビン[Hb]を含有し全身に酸素を運搬する)、白血球(多種あるが、ざっくり言って外部異物=非自己に対する抵抗力=免疫を担う)、血小板(出血を止める)の三種類がありますが、加齢によって変化するのは赤血球だけです。WHOのやや大雑把な基準で言えば、Hb(g/dl)で成人男性13>、成人女性12>、65歳以上は男女とも11>が「貧血」となっています。しかし実際には“高齢健常者”のうち、かなりの人が非高齢者の“正常範囲”をクリアしますので、WHOの基準は少し甘すぎるように思います。

しかし一方、近年の高齢化に伴ってか、原因不明の高齢者の貧血が増加しつつあるのも事実です。これに関して最近新しい知見が加わってきました。

血液細胞にも“がん”ができます。リンパ球由来のものは別とすれば、「急性骨髄性白血病(AML)」とその“前段階”に相当する「骨髄異形成症候群(MDS)」がその代表です。これらの病気は血液細胞の元になっている「造血幹細胞」に突然変異が起こって、危険な癌遺伝子が複数活性化して発症すると考えられます。ところがAMLやMDSを発症していなくてもこれらの癌遺伝子を持つ異常な血液細胞集団(「クローン造血」と言います)を持つ人が高齢者には稀でなく、65歳以上では10%以上の頻度で認められることが明らかになっています(「血液の進歩」米国血液学会刊行 2018)。これが高齢者の“原因不明の貧血”の一因であると考えられます。

この異常な「クローン造血」を持っている人は、将来AMLやMDSを発症するリスクが飛躍的に高まるのみならず、このクローンに属する単球(白血球の一種)にも機能異常があります。単球はマクロファージと名を変えて各組織に定着して炎症・免疫反応や異物貪食の働きを担うのですが、血管内皮にこの「クローン造血」由来の異常な単球が集積すれば心血管病に結びつく動脈硬化が著明に促進されるとされています。

もしこの異常クローンを制御できれば血液がんと心血管病とを同時に減らせることができる可能性があるのですが、それを実現するにはもう少し時間が必要です。
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