2018年08月15日

がんになると糖尿病に罹りやすくなる!?


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糖尿病は代表的な生活習慣病であり、患者数は数百万人を超えると言われています。糖尿病でみられる高血糖・高インスリン血症・インスリン抵抗性は網膜・腎臓・末梢神経に独特の「糖尿病性細血管障害」を引き起こすだけではなく、全身の動脈硬化病変の進展を加速し、心血管病や末梢動脈疾患のリスクを大きく高めることはよく知られています。一方、糖尿病は「がん」の危険因子でもあることが明らかにされています。そのメカニズムは完全には解明されていませんが、糖尿病の患者さんはがんに罹りやすいことは、まず間違いないと考えられています。

では、逆にがんに罹ると糖尿病になりやすくなることはあるのでしょうか。最近、お隣韓国のグループこの問題について研究を発表しました(米国医師会雑誌・腫瘍学 2018年6月、オンライン版)。韓国では医療保険が一元化されていて、すべての外来・入院患者情報は国の機関が管理しているので正確な大規模データが得られますし、日本人と人種的にも近いので、参考にすべき点も多いと思うのです。

著者らはまず、データベースから、2003年から2013年の間で、調査の時点で糖尿病に罹患しておらず、がんの病歴もない20〜70歳の住民ピックアップし、その後のがんの発症と糖尿病発症リスク増加との関連を検討しています。対象となったのは住民494,189人(男女比1:1)で、平均7年間フォローアップしたところ15,130人ががんを発症し、26,610人が糖尿病を発症しました。結果を年齢・性別・がん発症前の糖尿病の危険因子などで補正して解析したところ、がんを発症すると、その後の糖尿病に罹患する危険度は、がんを発症していない人に比べて1.35倍高いことが分かりました(がん発症後の糖尿病発症率の実測値は患者1,000人あたり1年に17.4人)。すなわち“がんに罹ること”は糖尿病の独立した危険因子だったのです。


がんの部位別でみると、最もリスクが高くなるのは膵臓がんで約5.2倍、ついで腎がん、肝臓がんで約2倍、血液がん、乳がんで約1.6倍、胃がん、甲状腺がんで約1.3倍でした。
一方、子宮・卵巣がん、大腸がん、前立腺がんなどでは糖尿病発症のリスク増加はみられませんでした。がん発症後の年数でみると、がん発症後1〜2年以内が最も高くて約1.5倍だったのですが、少なくとも10年後までは糖尿病発症リスクは約1.1〜1.2倍程度高まったまま推移しました。

膵臓は糖尿に最も深くかかわるインスリンの産生臓器ですから膵臓がん発症後に糖尿病発症リスクが著しく高くなるのは当然かも知れないのですが……その他の部位のがんと糖尿病発症との関連を明快に説明することは簡単ではありません。しかしがんに罹患することによって生じるさまざまな内臓機能の変調や炎症・免疫システムの変化、あるいはさまざまな治療による生物学的ストレスの増加など、いずれもインスリン作用を阻害し、これらがその後の糖尿病発症に結びつく可能性は十分あります。そう考えると「がんに罹ること」が糖尿病の独立した危険因子であることは、それほど不思議なことではありません。

この研究を踏まえて、実践に生かせることがあるとすれば、ひとつは、がんに罹患して運良く長期生存ないし治癒が得られても、糖尿病を対象とした項目を含む検診を怠らないことです。できればがんの経過観察とともに、新たな病気にも目配りして頂けるような「かかりつけ医」を決めておくことをお勧めします。

もうひとつは、めでたく長期生存ないし治癒〜すなわち“がんサーバイバー”になったからと言って、「おれの人生観は変わった。せっかく勝ち取った残りの人生、うまいものをたらふく食って、思い切り酒飲んで……」という生き方は止めておく方が無難です。こういう方、実は少なくないのですよね〜まあ、気持ちは分からなくはないけど……「幸運を無駄使いすれば、すり減ってタダの運になる」という警句をご存じですか?えっ、知らない!?そうでしょうね〜今、思いついた警句ですから……でも自分では真実に近いと思っています。

Good luck, my friends!

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2018年08月01日

“うつ病の時代”〜薬剤誘発性抑うつ障害

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病気のことを、あまり単純化して説明するのはいかがなものか、とは思うのですが、うつ病という病気をあえて一言でいえば、「うつ病は心的エネルギーの低下である」となります。その中核となるのは“悲哀(メランコリー)”や“自己否定”の感情で、しばしば睡眠障害や食欲低下、頭痛・腰痛などの身体症状を伴い、身体症状のみが前面に出ることも稀ではありません(仮面うつ病)。また一見、“落ち込み”ではなく“不安・焦燥・興奮”などがめだつこともあります。「うつ病」「抑うつ障害」「気分調節障害」などさまざまな名で呼ばれ、その病型分類は複雑です。加えて最近は「新型うつ病」など、新たな概念や名称が提唱されたりして、よけいにややこしくなっています。

うつ病(いろいろなうつ状態をひっくるめていると考えて下さい)、いったいどれくらいの人が罹っているのでしょうか。以前は日本では一般人口の1〜2%と言われていました。しかし欧米では10〜20%以上という報告はざらにあります。日本も1〜2%どころではなく少なくとも5%程度はあると考えるのが自然です。すなわちうつ病はありふれた病気なのです。また、うつ病は本質的には治る病気です。軽症なら診察を受けるだけでもかなり改善しますし、中等症〜重症でも多くは投薬治療で改善します(すなわち脳内に生化学的変化が生じているのです)。とにかく早めに専門医の診察を受けることが大事で、これによりうつ病の最悪の転帰である自殺企図のリスクを最少化できます。

また、私たちの年代では、うつ病を違った観点から考える必要があります。“持病”と“薬剤”の影響です。たとえばがんや糖尿病などの病気に罹患しているとうつ病を発症する確率はかなり上昇し、欧米人並に20%以上となるという意見もあります。もうひとつの問題は薬の服用で起こり得る“薬剤誘発性抑うつ状態”です。どんな薬がうつ病を起こすのかについては、「ほとんどの薬でその可能性がある。しかし頻度は不明(実際、副作用リストにもそう記載されます)」と言わざるを得ません。

“うつ状態を起こし得る薬剤”の横綱格は、多種多様の炎症・免疫疾患などに処方される「副腎ホルモン剤」、それにウイルス肝炎治療に効果を発揮する注射剤の「インターフェロン」です。後者については、最近優れた経口抗ウイルス剤がでてきたので、使用機会はめっきり減りましたが……このふたつの薬剤なら投与された人の数%くらいに確実にうつ病の症状が現れます。次に多いのはおそらくは降圧剤です。多くの種類の降圧剤でうつが生じることが報告されています。頻度はそう高くはないと推測されますが、何しろ使用頻度が高く、もともと一般人口の約5%がうつ病に罹患しているので、個々のケースで薬剤が原因であると特定することは容易ではありません。また降圧剤以外にも、頻用される抗潰瘍剤、頭痛薬、心臓病薬など、うつ病を引き起こすポテンシャルを持つ薬剤は枚挙にいとまがありません

また、高齢になればなるほど、複数の病気を抱えることが多くなってきます。ということは複数の薬剤が処方され、何種類も服用する〜これを“ポリファーマシー”といいます〜機会が増えることになります。では、この現象はどれくらいうつ病のリスクを高めるのでしょうか。

この問題に関連して、最近米国イリノイ大学シカゴ校のグループが米国医師会雑誌6月号に論文を発表しました。著者らは18歳以上の米国人26,192人(平均年齢46.2歳、男性49%・女性51%、うつ病罹患7.6%)を対象に2005年から2014年までの10年間、「可能性がある有害事象として“うつ”が記載されている薬剤」の処方歴と、実際にうつ病と共存しているか否かを解析しています。なお、市販薬の抗うつ剤を使用している人(米国では抗うつ剤が市販されていて診察なしで購入可能とのこと。常用者はなんと数千万人!?)、既に抗うつ剤で治療を受けている人、降圧剤で治療を受けている高血圧症患者は対象から除外されています。

さて結果ですが、副作用として“うつ”記載がある薬剤の使用者は、ここ10年で35%から38.4%に上昇しており、これらの薬剤を3種類以上同時に服用している人は6.9%から9.5%に増加していました。また、観察期間中にうつ”の症状が現れたのは、これらの薬剤3種類以上同時服用者では15%、これらの薬剤を全く服用していなかった人では4.7%でした。やはり“ポリファーマシー”には一定のリスクがありそうです。

ありふれた薬剤服用中に、ありふれた病気の症状がでてくる……その関連性の有無を検証することは簡単ではありませんが、たいていの薬剤はネットで副作用の詳しい情報を得ることができます(処方薬をもらう薬局で薬剤師さんが副作用の概略は説明してくれるのですが、稀なものも含め、すべての可能性のある副作用に言及するのは無理だと思います)。

「このところ気持ちがネガティブになってしまう、体のだるさや食欲不振がとれない……
昔はこんな自分じゃなかった……」なんて思うときには、「薬剤惹起性うつ!?」ということもあるので、ぜひ主治医の先生に相談してみてください。

「役に立つクスリ、でもときどきリスク」ということもまた、現代のありふれた情景なのです。



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2018年07月15日

我が内なる海、マイクロビオーム


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ヒトは無数の細菌・微生物と共生しています。ヒトの全構成細胞数は約40〜60兆個とされていますが、体内に住む細菌・微生物は約200種、その数、実に数百から千兆個と考えられています。これらの細菌・微生物群は「マイクロビオーム」とよばれ、ヒトの細胞・組織と情報伝達を行いつつ、ヒトの「健全な恒常性維持」に重要な役割をはたしています。「マイクロビオーム」の異常が多くの疾患の発症・進展に関わっていることは、もはや疑いなく、マイクロビオームの大票田である腸内細菌叢を中心に精力的に研究が進められています。ある種の疾患では “健常者からの便移植治療!”が行われており、一定の効果をあげています。

マイクロビオームはしばしば外界からの影響をうけるのですが、その代表的なものに抗生剤の投与があげられます。抗生剤は細菌感染症の治療に必要不可欠ですが、過度な抗生剤使用は、抗生剤が効かない「耐性菌」の出現に繋がります。時には現在使用できる、ほぼすべての抗生剤が効かない「多剤耐性菌」が院内感染の形で集団発生し、治療に難渋することも稀ではありません。

そうは言っても、抗生剤治療は現在、もっとも有効な治療手段のひとつです。しかし抗生剤はたとえ適切に投与されても「マイクロビオーム」に一定の影響を及ぼすはずです。その場合、いったいどんなリスクがあるのでしょうか。

個人レベルの抗生剤投与による短期的影響として、欧米では「退院後90日以内の敗血症リスク」が注目されています。敗血症とは細菌感染が血流に乗って全身に広がり、重大な臓器障害を引き起こしている状態で、致命率も高い危険な病気です。ある米国の研究報告では、43,095人を対象として「感染症に関連しない入院」「感染症に関連する入院」「クロストリジウム・ディフィシル感染症(強力な抗生剤治療のあと“マイクロビオームの撹乱=菌交代現象”によって増殖し重篤な腸炎を引き起こします)による入院」の三つに分けると、退院後90日以内の重症敗血症の発症率はそれぞれ、4.1%、7.1%、10.7%でした。また退院後90日以内とそれ以降の期間での重症敗血症発症率を比較すると、退院後90日以内では3.3倍高いという結果がえられました(米国呼吸器集中治療医学雑誌 2015)。

まあ、ちょっと退院後90日以内の敗血症発症率が高すぎるような気がしますけど、“感染症による入院”→“抗生剤治療”→“マイクロバイオームの撹乱”→“退院後の敗血症”という図式は成立します。そこで最近報告された「米国疾病防疫センター(CDC)」のグループは抗生剤投与と退院後90日以内の敗血症の発症についての大規模研究を見てみましょう(臨床感染症 2018 年4月号)。

この研究の著者らによれば、516病院のデータからのべ約1,275万件!の退院事例について調査したところ、0.17%の患者が退院後90日に重症敗血症または敗血症ショックを発症していました。入院中に投与抗生剤が投与された患者をマイクロビオームに対する影響の大きさによって、“高リスクの抗生剤が投与された患者”、“低リスクの抗生剤が投与された患者”、“極小リスクの抗生剤が投与された患者”の三群に分けると、高リスク抗生剤投与群では抗生剤非投与群に比べて敗血症が65%増加していました。 一方、低リスク、極小リスクの抗生剤の影響は小さかったようです。

なお、著者らが定義したマイクロバイオームを撹乱しやすい“高リスクの抗生剤”には、主として現在非常によく使われている、強力で広い範囲の細菌に効果がある「最新・最強の抗生剤グループ」が含まれ、 “低リスク”は30〜40年前から使われてきた「長く使われているが今も有用な抗生剤」です。“微小リスク”には「最古の抗生剤であるペニシリンと投与経路の組織移行の特殊性から考えてほとんど腸内細菌に影響しない薬」が含まれます。

いずれにしても抗生剤投与は必要最小限として、できるだけ「マイクロバイオーム」を乱さない方が無難のようです。そして入院で抗生剤投与を受けたときには、退院して少なくとも3ヶ月は体温くらい計っておいた方が良さそうですね。

かく言う私も、最初の入院は5年前 20日ほどでしたが退院後2ヶ月で敗血症を発症して緊急入院しました。確かに初回入院時に使った抗生剤は“高リスク”の薬剤だったような……もちろん退院後体温は毎日計っていましたよ。それでこれはやばい、と思って、119をコールして救急車に来てもらいました。医師としては何度も乗っていますが、むろん患者としては初めてでした……まあ、乗り心地は悪い、サイレンはうるさい(文句言っている場合じゃないですけど)、なによりも恥ずかしい……あの経験は一度でこりごりです。



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2018年07月01日

座位時間が長いと時間旅行ができなくなる?!

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皆さんは最近記憶力が悪くなったな〜と思いませんか?やはり若い頃のようにはいきませんよね。私は新しいことを憶えたら、その分古いことを忘れていくような気がします。「騏麟も老いては駑馬に劣る」という古い中国の諺がありますが、もともと“騏麟”じゃないので、どこまで衰えるかと思えば、ちょっと怖いな……

人の記憶には二通りあります。ひとつは“普通の記憶”で、個人の過去・現在・未来とは関わりのない事象に関する記憶、例えば「円の面積はπr2で求めることができる」や「大政奉還は1867年」などがこれにあたり「意味記憶」とよばれます。もうひとつが「エピソード記憶」で、それぞれの人の過去の“人生におけるイベント”の記憶です。

この「エピソード記憶」、最大の特徴は、“時空を超え、いついかなる時でも、そのイベントがあった時、所、人、そしてその時の感情さえも、鮮やかに再構成できる”ことです。そればかりではなく、空想という翼をつければ、現在を超え、はるか未来のことまで脳裏に描くことも可能です。この脳の“記憶とともに主観的な時間軸に沿って行き来する機能”を、記憶研究の第一人者であるトロント大学のエンデル・タルヴィング博士は「メンタル・タイムトラベル」と名付けました(米国アカデミー紀要 2010)。なかなかロマンティックな命名ですね〜

このメンタル・タイムトラベルという機能を発揮する際には、記憶の主座である脳の海馬を中心とした内側側頭葉(MTL)という部位が重要な働きをしていて、そこでは“物に関する情報”と“時間に関する情報”が見事に統合されるようになっているそうです(サイエンス誌2011)。そして加齢とともにこのMTLの機能も低下するとされていますので、ここは何とかMTLの機能を維持したいところです。

現代人は座位時間が長くなりすぎている、といわれています。とくに高齢者でこの傾向が強いようです。最近、「座位時間と健康・疾病との関連」についてさまざまなデータが蓄積されつつあります。例えば座位時間が長いことは“すべての原因による死亡”や“心血管病による死亡”の増加と関連していて(欧州疫学雑誌2018)、“がんの罹患率”も上昇させると報告されています(ランセット腫瘍学2017)。また、たとえ座位以外の時間帯に運動を励行しても、座位時間が長いことによる悪影響を必ずしも打ち消せないとする報告も少なくありません。

高齢者にとって、過去を振り返ることは、単なる“ノスタルジー”以上の意味がありそうです。たぶん現在の自分を肯定的に承認するうえで重要なのではないかと思うのですが……例えばフランク・シナトラの「My Way」なんてエピソード記憶による自己肯定の塊のような歌ですよね。ちょっと品がないけど……「だからシナトラは好きになれない!」とおっしゃる方、シャルル・アズナブールの「帰り来ぬ青春 Yesterday When I Was Young」はいかがでしょう? いずれにしても「エピソード記憶」は高齢になっても「時をかける高齢者」であるためにとても重要なのだろうと思うのです。

しかしあまり座ったままの生活を送っていると、「エピソード記憶」の主座であるMTLが薄くなってくる、という研究結果が報告されました(プロス・ワン誌2018)。米国UCLAのグループは35人の認知症のない中高年(男性10人、女性25人、45〜75歳)を対象に、質問表で生活習慣を問うとともに高解像度MRIでMTLの厚みをチェックしました。すると、座位時間の長さとMTLの厚みは逆相関するという結果が得られました。一方、運動とMTLの厚さとの間には相関は見られませんでした。要するに座りっぱなしだと大事なMTLが痩せてくる、というわけです。すなわち体重だけ増えて、MTLは痩せるということでしょう。これは、いくらなんでも最悪です。「エピソード記憶」の貯蔵量がどんどん減っていくのは勘弁してほしいな〜と思いますね。

となれば“アームチェアに腰掛けながらブランデーのグラスを傾ける時、過ぎ去りし日の想い出がよみがえる”…というのは、どうもリスクが高そうです。想い出に浸る時は、ちょっとせわしないですけど、20〜30分に一度は立ち上がって、軽い体操をして、少し周りを歩いた方が・・・・・・とにかく生涯タイムトラベラーであり続けるには、長く座り続けない生活習慣が肝要です。



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2018年06月15日

睡眠不足とアルツハイマー型認知症〜たとえ一晩の徹夜でもリスクが高まる?!〜


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ご承知のとおり日本は超高齢化社会にむけて突き進んでいるところですが、いまだ有効な対策は立てられてはいません。社会の高齢化が進めば、加齢にかかわる病気の罹患率は確実に上昇します。とりわけアルツハイマー型認知症の増加は、家族、コミュニティ、医療現場、そして社会における大きな問題となると思われます。

アルツハイマー型認知症は脳内にいわば“タンパク質のゴミ”が蓄積して、神経細胞のネットワークが破壊されていく病気です。蓄積するタンパク質は大きく二種に分けられます。
ひとつはアミロイドβ(Aβ)で、もうひとつはタウ(Tau)タンパク質です。Aβは大脳皮質の神経細胞外に蓄積してアミロイド斑を形成し、一方リン酸化されたTauは神経細胞内部に蓄積し“神経原線維変性”を生じます。これらの変化は進行性で、近傍の正常神経細胞がドミノ倒しのように変性していって認知症に至るとされています。詳細なメカニズムはまだ未解明ですが、初期病変の発症・進行にかかわる可能性がある因子のひとつとして“睡眠不足や睡眠の質の悪化”が挙げられています。

現代人の多くは睡眠時間が不足しがちで、それが積み重なって“睡眠負債(sleep debt)”を背負った状態になっているといわれています。この言葉は最近とみに有名になり、2017年の流行語大賞ベスト10にも選ばれました。この睡眠負債なるもの、少々やっかいで、認知症のみならず、免疫系や神経内分泌システムにストレスとして働き、さまざまな疾患を引き起こす可能性が指摘されています。普通の負債のように、○○法律事務所に相談してもダメで、着手金無料、過払い金が戻ってくる、というわけにもいきません。仕事や生活環境を見直し、適度な午睡もとりながら生体リズムにそって規則正しい生活の中で睡眠時間を確保し睡眠負債を返済していく・・・・・・そんなこと言われなくても分かっているわ!・・・・・・ですよね〜まあ、努力目標ということで。なお“午睡”ですけれど1回30分以内なら有益とされており、1回1時間以上となれば、とくに高齢者では心血管病のリスク増大につながる可能性あり(睡眠医学レビュー誌 2017)、とのことですのでご注意下さい。

さて、話を“睡眠とアルツハイマー型認知症”の問題に絞ります。まず睡眠が認知症と、どう関連するかですが、「睡眠は脳のなかにできたゴミを脳外に運び出すのに重要な働きをしている」という動物実験(マウス)の結果があります(サイエンス誌 2013)。その後この研究結果は専門家の間で支持されつつあるようです。上述のAβもリン酸化されたTauもいわば脳内のゴミですから、睡眠が不足するとゴミがたまりやすくなり、ひいては認知症のリスクが高まる可能性はあり得ます。

ではほんとうにヒトでもマウスのように睡眠不足でゴミがたまるのでしょうか?その答えとなるかも知れない論文が最近発表されました。それによると「確かに睡眠を妨げるとAβが溜る。しかも一晩徹夜しただけでも、その分ゴミが溜る」ということが報告されました(米国アカデミー紀要 2018)。最近の脳内イメージングの進歩には目をみはるものがあり、フッ素の放射線同位元素である18Fで標識したフロルベタベンという物質を注射して、がん検診などに使うPETで撮像すれば、注射薬は脳内のAβに結合して、その分布を可視化することができます。

結果は、たった一晩徹夜するだけで、アルツハイマー型認知症の主要病変部位である海馬、海馬傍回、視床にAβの蓄積が確認されたとのことです。ただこれらのAβ蓄積部位は、慢性の睡眠不足で生じるAβの蓄積部位とは異なっているようで、アルツハイマー型認知症における意義については、まだまだこれからの検討課題ではありますが・・・・・・

さすがに60代も後半になって徹夜する人はあまりいないだろうけど・・・・・・皆さんも学生時代の麻雀(最近の若者は麻雀を知らない人も多く世代の差を実感します)、社会にでてからは夜間勤務などで徹夜した経験のある人も少なからずおられると思います。私の場合は病院の当直勤務で月数回ペース・・・・・・当直って、急患が多ければもちろん、少なくても寝られないのですよね〜

いまさら言っても仕方ないけど、当時の徹夜による睡眠負債は脳内Aβの蓄積となって、現在脳内で密かに進行しているかも・・・・・・しかも利子がついて・・・・・・願わくば、サラリー・ローンのような法外な利子は勘弁してほしいな〜そしてもう手遅れかも知れないけど、良質の睡眠をしっかりとりましょうね。





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2018年06月01日

血液型O型は重症外傷での死亡率が高い?!

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ABO血液型性格診断なるものがあります。これが根強く流布しているのは日本などアジア地域だけで、欧米などから「非科学的であるうえに、“血液型ハラスメント”の原因にもなる!」として批判されています。私もこの批判には同意しますけど、かつて大統領とファースト・レディが星占いにのめり込んでいた某国には言われたくないな〜と思うのですが……

しかし、性格はともかく、ある種の病気や病態がABO血液型と関連しているか否か?ということになれば、これは「ほぼ間違いなく関連している」と言えます。従来から血液型との関連が示唆されている疾患として、がん、感染症、虚血性心疾患、血栓症などが報告されていたのですが、今回紹介するのは血液型が重症外傷での死亡率と関連するという研究で、東京医科歯科大学からの報告です(クリティカル・ケア誌on line 2018年5月)。

さてABO血液型について、ざっくり説明しますと、すべての人(希有な例外はあるけど)は赤血球表面にH抗原を持っていて、これだけだと血液型はO型になります。このH抗原に「N-アセチルガラクトサミン」という糖が結合すればA型に、「D-ガラクトース」という糖が結合すればB型に、両方が結合すればAB型になります。これらの血液型表面抗原は赤血球のみならず、上皮細胞、血管内皮細胞、血小板などにも発現しているので、生体内で何らかの機能を担っていることは疑いなく、血液型の違いによって、その機能にも違いが現れてくる可能性は十分考えられます。

さて。東京医科歯科大学救命救急部の論文ですが、対象となった患者さんは901名で、外傷部位と程度で決まる「外傷総合重症度(1〜75点でランク付)」で>15点、すなわち入院が必要なレベルの患者さんたちです。血液型の分布はO型32%、A型32%、B型23%、AB型13%で、日本人におけるABO血液型の分布と大きくは違いません。この研究でもっともインパクトのある結果は“すべての原因による死亡率”で、O型以外の血液型での死亡率は11%であったのに対しO型では28%と、明らかに高かったのです。結果に影響を与えそうなさまざまな因子で補正しても、やはりO型は、O型以外と比較して死亡率は2.86倍高い、という結果が得られました。「えっ、ほんとに?!」と言いたくなるような差ですね・・・・・・

なぜ“O型”と“それ以外の血液型”で比べるのか、について少し補足しておきます。まずH抗原が糖で修飾されているか否か、という決定的な違いがあること、また4型に分けると、ABは少数で正確なデータが出にくいし、さらに諸外国ではAB型のみならずB型も少なくてO+Aで90%を越える国が多く、4型に分ける意味はあまりないのです。

さまざまな病気におけるO型vs非O型の違いについては以前からけっこう報告があります。簡単にまとめると、感染免疫学の視点からいえば、O型はマラリアの死亡率が低いがコレラには弱い(医学遺伝学サマリ 2012)、また、がん免疫でみれば、すい臓がんや胃がんのリスクが低いとされています(がんの疫学誌 2015)。一方、血栓・止血学からみるとO型は出血のリスクが高いが深部静脈血栓症や虚血性心疾患のリスクは低いと報告されています(止血と血栓セミナー誌 2012, 2013)。要するに血栓・止血の観点からいえば“O型は血液が固まりにくい”と解釈できます。

今回の救急医学領域のO型の死亡率上昇も、易出血性の観点から議論がされています(ただ輸血量でみると差はないようですが)。確かにO型は非O型に比べると、出血に対応する防御機能である止血システムの初期段階で重要な役割を果す「フォン・ビレブランド因子」の量が25〜30%ほど低く、この因子と密接に関連する凝固第[因子活性(この因子が先天的に欠乏している病気が「血友病A」です)も低いことが知られています。今後さらに洗練されたデザインでの追試が必要ですが、論文の著者らも外傷での死亡率の高さは“O型が出血しやすい”ことに関連していると考えているようです。

ということで、いちおうO型のみなさんは、交通事故などにはくれぐれも気をつけてくださいね。「どう気をつけたら良いのか?」というご質問に答えるとしたら……そうですね〜フォン・ビレブランド因子の量が25〜30%ほど低いので……非O型の人より30〜40%ほどよけいに注意するのが良いかと……ちょっといいかげん過ぎるかな〜

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2018年05月15日

転移性脳腫瘍始末記


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ふう〜っ、何とかブログに穴をあけずに済みました。危ないところだった……

昨年3月から、血液検査でがん腫瘍マーカーが上昇してきていたので外来化学療法を開始、当初は効果もあったのですが、昨年秋ごろから徐々に効果が薄れてきて今年に入ると明らかな悪化がみられました。そこで新たな転移巣を探すべく、MRIやPET-CT、内視鏡などさまざまな検査を行ったのですが不明のままでした。まさに“声はすれども姿は見えず”の状態ですね。しかし手をこまねいているわけにもいかず、今年2月末から“現時点での化学療法の最終兵器”である「オプジーボ」という薬剤を開始した矢先のことでした。

長期間外来化学療法を受けていると、代表的な副作用のひとつである末梢神経障害、すなわち手足の末梢のしびれ(しびれの場所の分布から“手袋・足袋型神経障害”と呼ばれます)がほぼ必発です。私も例外ではなく、日常生活にはさほど支障ないものの、常に四肢末梢のしびれはありました。ところが3月第2週に入るとしびれに加えて、突然左手の細かい動作が難しくなり、急速に悪化しました。この付加症状は末梢神経障害では説明できないものだったので、「ひょっとしたら脳梗塞でも起こった?まさか脳転移はないよね〜だよね〜……」と思いつつ、あくまで“念のため”脳のMRIをお願いしました。

こういう時には、病院勤務の強み、予約枠の合間にMRIを撮像してもらって、電子カルテで画像を確認しました。それをみた瞬間、「えっ、マジっ!?……」思わず患者番号・名前を見直しましたが間違いなく私の画像です。右の前頭葉に長径4pの腫瘍が映っていました。こりゃ、どうひいき目にみても胃がんの脳転移ということで、脳神経外科と放射線治療科の先生も巻き込んで大騒ぎとなり、急遽開頭による腫瘍切除術、その後に放射線療法という方針が決まりました。

「そんなになるまで分からないものなの?」と言われたら面目ないのですが、まず“胃がんの脳転移”はすごく稀です。また、今まで転移性脳腫瘍の代表的症状であるふらつき・頭痛・嘔吐は一度もなく、脳転移チェックにはあまり向いていないとはいえ、最近行った全身のPET-CTによる全身がんスクリーニングにも異常ありませんでした。頭部以外の画像検査は定期的にしないといけないし、頭の方は「まあ、症状がでたらMRIを考えよう」と思っていました。そのとおりにやったらこんな大きくなっていて……まあ、かなり短期間で大きくなったのは確かなのですが。

脳腫瘍のなかで転移性脳腫瘍=がん脳転移が占める割合は約30%で、決して珍しいものではありません。がんの原発部位で見ると、肺がんが約半数を占め、乳がん(約15%)がこれに次ぎます。一方、消化器のがんは全部合わせても5%に満たない程度です。またそれぞれの消化器がんがどれくらいの割合で脳転移を生じるか、という視点からみると、大腸がん1%、食道がん1.2%、胃がんについては欧米人も日本人も0.5−0.6%くらいと報告されています(キャンサー誌2011年8月号)。これだけ見ると、「運が悪かったな〜」なんですけど、ここに落とし穴が……

引用した論文は2011年発刊ですが、データ収集期間は1980年代〜2000年代初頭です。立派な論文ですが、データ収集と発表の間にタイム・ラグがかなりあります。当時と現在とでは化学療法による延命効果は格段に良くなっています。生存期間が延長するということは、稀な事象が生じる確率も高くなる、ということになります。論文の著者もこの可能性にきちんと言及しています。また私の場合、“過去に肝転移・肺転移を経験している=がんの芽は既に血流に乗っている”ので、もうちょっと用心しても良かったかな〜と思わないではありません。

もっとも治療を開始してからはツキも戻ってきたようです。転移性脳腫瘍の手術では他の部位のがん手術のように再発を防ぐため、“十分に切代(きりしろ)を確保する”ことはできません。局所再発防止を重視して切除領域を広げると、その分脳機能が失われるからです。そこで「誘発運動電位モニタリング」という方法で脳波をチェックしながら腫瘍外縁ギリギリを慎重に切除し、術後に放射線療法を追加する、というのが最善の方法です。

その放射線療法も、以前は“脳全体にまんべんなく照射する”という「全脳照射」が一般的でしたが、効果の点からも副作用の点からも満足のいくものではありませんでした。今の主流はCTで厳密に位置決めを行い、コンピュータ制御のロボットアームによって多方向からガンマ線を照射して、腫瘍に十分量の放射線を集中するとともに非がん部分のダメージを最小にする「定位放射線療法」が最も優れているとされていて、これは阪大病院に転院して施行して頂きました。

この最新鋭の放射線療法は「ガンマナイフ」とも呼ばれます。さながら電脳空間で目には見えない高エネルギーのナイフを操って病巣を自在に切り取る、というイメージで、映画でいえば「スター・ウオーズ」、アニメでは「機動戦士ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」の世界ですね……むろん副作用がでる可能性はあるのですが、私自身については幸運にも手術〜放射線療法を通じて“副作用は皆無”と言って良いほどでした。

振り返ると“ゲリラ豪雨、のち晴れ”というところかな。“悪運、じゃなかった天運に恵まれた”のかも。とにもかくにも、5月1日から仕事も再開しています。でも「始末記」はこれっきりにしたいな〜
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2018年05月01日

ハエ、マウス、ヒトが共有する体温日内リズム制御機構

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古来、日本では明と暗が接する時間帯、すなわち黄昏時は“禍々しいもの”に出会いやすいとされており、今も「逢魔時」という言葉が残っています。だけど私は、ふだんの行いが良いせいか、未だに禍々しいものに出会ったことはありません。でもひとつ例外があります。なぜか昼食後のひと時には、しばしば「魔」に遭遇します。言わずと知れた「睡魔」です。

「睡魔」については、想い出したくないことがいくつか・・・・・・かつて不覚にも居眠りして,自分の病院の研修医の先生が学会発表した演題を聴き逃したこと、重要な会議(差し障りがあるので具体的には書けませんが、病院外で開催される公的行事で、途中で居眠りするなど言語道断の会議です)でつい寝入ってしまって、病院から一緒に来ていた隣席の人に足を蹴飛ばされて起こされたこと・・・・・・後者の場合、あろうことかイビキもかいていたらしいです。もちろん自分では「記憶にございません」なのですけど。

さてこの睡魔なるもの、実体は「体温の日内リズム」に由来するとされています。動物にはこのリズムによって体温を下げて休息・睡眠に導く、というメカニズムが備わっています。ヒトも同じメカニズムが働いていて、まず血流が増加して温かくなって放熱し、体温を下げて眠りに誘う、というシステムです。小さい子が眠る前に手足が温かくなるのもそうですね。しかしこのリズムを制御する仕組みについては明らかではありませんでした。

ところが最近、京都大学とシンシナティ小児病院の研究者らが、動物に普遍的に存在する「カルシトニン受容体」が変温動物である昆虫(ショウジョウバエ:この種ではカルシトニン受容体ではなく「DH31受容体」という名称ですが、同じものです)と恒温動物であるマウスに共通した体温日内リズムの制御に関わっていることを明らかにしました(「ジーンズ& デベロップメント誌」 2018年 2月号)。昆虫とマウスが進化系統樹上で分離するのは約6億年前とされていますので、この「カルシトニン受容体」による体温リズム調節機構は少なくとも6億年以上の歴史があると考えられます。むろんヒトもこのシステムを共有しているのです。

カルシトニン受容体を発現する神経細胞は、哺乳類では視交叉上核に存在します。視交叉上核は脳の視床下部の一角の狭い場所にあります。ざっくり言えば、眼と眼の間の奥の方・・・・・・このあたりには、生体のさまざまな日内リズムを司る中枢が集まっているところです。いわば体内時計の集積所みたいな部位なのですが、さまざまな生体リズムがからみあって、相互に影響しながら、個としての生命体のリズムが作られていくと考えられています。どうです?昼間に眠くなると、つい眼と眼の間をごしごし擦りたくなりませんか?

今回の研究で実験対象として用いられているのも「ショウジョウバエ」です。「ショウジョウ」というのは漢字では「猩猩」、ヒヒのような伝説上の生き物ですが、ショウジョウバエは眼が赤くて、お酒に寄ってくるところが「猩猩」に似ているので、この名がついたようです。伝説の生き物に似ている・・・・・・と言われてもね〜見たことないし。

名前の由来はともかく、「ショウジョウバエ」ほど、生物学研究に貢献している生き物はいません。その歴史はもう100年以上にもなります。「ショウジョウバエ」が実験動物として用いられる分野は、遺伝学、発生学、生理学、行動学、進化学・・・・・・などなど広範囲に及びます。昨年ノーベル医学生理学をとった「体内時計」の研究にも使われていました。体温日内リズムも体内時計システムの一環だから、「ショウジョウバエ」が使われて当然なのかも・・・・・・

体長2-3mmの「ショウジョウバエ」と「ヒト」が遺伝子を共有して、その歴史が何億年、と言われたら、ただただ「すごいな〜」という他はないですが、これを思えば、やはり「眠気を根性で振り払ってむりやり眼を覚ます・・・・・・」というのは無理ですね。なんたって、進化の歴史の重みに一個人が抵抗できるわけはありませんから。

というわけで、過去の私の苦い想い出も、すべて“不可抗力という言い訳の海”に流してしまおうと思うのです。

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2018年04月15日

“飼い犬に手を噛まれる”についての一考察


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2017年、ついに飼い猫の数が飼い犬の数を上回ったというニュースが流れたのは記憶に新しいところです。しかしそれでも飼い犬の数は約900万頭で、犬は人間の親しい友人であることには変わりありません。でも犬はときどき人を噛みます。ではどれくらいの人が噛まれるのか、噛まれる方に何か要因があるのかについては、まとまった報告はありませんでした(そりゃ、なかなかないだろうな〜とは思いますが)。今回はこの問題についてのユニークな研究を紹介します。

研究を行ったのは英国リバプール大学のグループで、結果は「英国医師会雑誌」の姉妹誌である「疫学と住民健康誌」の2月号に掲載されました。調査対象はイングランドのチェシャー州の1260世帯で、犬を飼った経験、噛まれた経験、そのときの状況など、さらに感情的な安定性に関する評価についても調査しています。回答が得られたのは、385世帯の694人からなのですが、うち犬に噛まれた経験があったのは25%でした。そのうち治療を要した人は約3人に1人、入院するほどの傷を負ったのは0.6%でした。噛まれる頻度は18.7/人口1,000人/年と算出されました。

英国の飼い犬の数は約850万頭で日本とほぼ同じですが、人口は半分なので、相対的な“対人犬口密度”は日本の倍、ということになります。もし犬に噛まれるという事象が“犬口密度”に比例するのならば、日本では人口1,000人あたり約10回/年、おおよそ一年あたり100人1人程度でしょうか。

この英国発の研究結果で特徴的なのは、男性は女性より1.8倍噛まれやすいことです。また、現在犬を複数飼っている人は飼っていない人に比べて3.3倍噛まれやすいという結果でした(そりゃ、当たり前だろう、とは思いますけど)。注目すべきは噛まれた人の過半数(55%)は“全く面識がなかった犬”に噛まれている、という事実です。文字通り“飼い犬に手を噛まれた”人は男性で17%、女性では16%にすぎませんでした。そういえば私も今までで2回ほど犬に噛まれそうになった経験があるのですが、どちらも知らない犬でした。もちろん親しげに寄ってこられた経験も複数回あります。だから決して犬にとって私が“怪しい人物”に見えるわけではないと思っています。

もうひとつ興味深い結果がでていて、それは“感情的に安定”している人は犬に噛まれるリスクが低下する、ということです。この研究では心理学の分野でよく用いられている質問票で評価しています。回答によって1点〜7点のスコアが付き、高い得点であるほど感情的に安定していて不安傾向も少ない、という評価になるのですが、スコアが1点上昇すると噛まれるリスクが23%低下することが明らかになりました。

この論文の結果を総括すると、まず男性は女性より噛まれやすい、ということです。犬が向かってきたら、男性は逃げた方が良さそうです。問題は、犬は人より足が速い、ということですけど……また「飼い犬に手を噛まれる」ことはもちろんあるけど、「飼い犬でない犬に手を噛まれる」ことの方がずっと多い、ということです。いまひとつはメンタルに安定していない時は噛まれやすい、ということです。確かに犬は賢い動物です。犬を飼っている人に聞いた話ですが、「悲しくて泣いていると犬が慰めにきてくれた」とのことです。昔、我が家にいた “愛犬”と比べると、あまりの落差にため息がでそうです……ただ飼い主メンタルがあまりに不安定だったりすると、飼い犬の方もついにキレて、「え〜い、うっとうしい奴!」となってガブリ、と一噛み……なんてことになるのかも。

たまに噛むことがあったとしても、犬は人の友人であり、家族同然の存在です。そればかりではなく、犬を飼うことで心血管病の罹患や死亡が減少する、という報告が複数あります。うち最も信頼できる研究は最近サイエンティフィック・リポーツ誌2017年11月号に掲載されたスウェ―デンのグループによるものです。研究規模は大きく、同国の2001年1月時点での40〜80歳の全住民約400万人のうち340万人を対象としています。犬を飼っていた人は全体の13.1%でしたが、単身者で犬を飼っている人の全死亡リスクは33%低下していました(他に家族が居て犬を飼っている人のリスク低下は11%)。また心血管病による死亡リスク低下は36%(同15%)でした。犬の種類で比べると、猟犬種で最も効果が高かったとのことです。猟犬を飼うと運動量増えそうですものね。

犬を飼えば、むろん癒やされるし、運動量が増え、社会とも繋がる機会も増えます。とくに単身者で心血管病リスク低下効果が顕著なのは分かる気がします。でも北欧は広いし人口密度も低いから良いけど、狭い日本で猟犬を飼ったら犬のストレスが溜りそうですね〜それで機嫌悪くなったらちょっと怖いな〜

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2018年04月01日

体温が高いと死亡率が上がる!?

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「熱っぽくて、しんどいのですね?でも体温は36.3℃ですので熱はないようですね。」「先生、でも私、平熱が36℃ないのです。だから絶対!、微熱があると思います!!」・・・・・・確かに体温は、とくに病気にかかっていない状態では人それぞれです。では、体温の高低の違いにはどのような意味があるのでしょうか。昨年末の「英国医師会雑誌クリスマス特集」に掲載された米国ボストンのグループの研究結果はなかなか興味深いものでした。

研究方法は、ある大規模病院の外来患者35,488人を対象に243,560回の体温測定のデータと電子カルテの情報を解析するというものです。対象患者の平均年齢は52.9歳、うち64%が女性で、41%は非白人という構成です。体温が研究対象になっていますので、感染症病名がついた人や抗菌剤が処方された人は対象から除外されています。

結果は、平均体温は36.6℃でした。この論文では体温測定部位による違いについての記載もあるのですが、口腔温を基準にして(体温測定ではしばしば直腸温が最も正確とされるのですが、外来での測定にはちょっと無理があります)、腋窩測定では−0.26℃、鼓膜測定では−0.06℃、スマホアプリを使った側頭動脈測定では−0.03℃でした。また、体温に関係するいくつかの因子や状態も明らかになりました。年齢が高くなると体温は低下し(−0.021℃/10年)、人種ではアフリカ系米国人女性が最も高値でした(白人男性に比べて+0.052℃)。

もちろんいくつかの病気と体温の関係も示されました。よく知られたことなのですが、基礎代謝が低下する甲状腺機能低下症ではやはり体温が低いことが確認されました(−0.013℃)。また、がんでは0.020℃体温が高くなり、肥満の指標となるBMI(身長m/体重kg2)と体温との関係をみると1m/kg2あたり0.002高くなる、という結果でした。しかしこれらの因子を合算しても、それらの体温に対する影響はわずか8.2%にとどまりました。

では体温の高低と最も関連していたのは何だったのでしょうか。それは将来の死亡率だったのです。体温0.149℃の上昇は1年間の死亡リスク8.4%の上昇と関連していました。
実はこの結果、今までに発表された基礎的、疫学的研究結果を踏まえると、予想されたものでした。ただ実際の総合病院の患者さんから得られた“ビッグ・データ”で確認されたところに意義があります。

ではネットの世界では高体温はどう捉えられているのでしょうか。目につくのは、「体温を上げると免疫力がアップしてがんなどに罹りにくくなる!」という言説です。もう、ほんと、いい加減!真逆のことがまことしやかに流布されているのです。言いたい放題の世界ですね・・・・・・ちゃんとした科学的根拠の裏付けのない意見は、たとえ専門家・権威の意見であっても重んじるに値しない、というのが現代医学の常識です。また、たとえ論文の裏付けがあったとしても、意図的に自分の意見に合うものだけを引用する、というのもアウトです(これはメディアでもよく使われる手法です)ましてや非専門家の思いつき・体験談などは論外です。せいぜいBSテレビによく出てくる通販の宣伝程度の信頼度でしょうね。

・・・・・・と言いながらも、“権威でない論文マニア”である私の意見を・・・・・・潜在するがんや炎症が検査をくぐり抜けて診断には至らなかったけど、体温だけは少し上昇させていた、という説明は否定できないけど、ちょっと無理筋かなと思います。一方、高体温が代謝亢進にリンクしているとすれば、過剰なエネルギー燃焼は、やはり酸化ストレスの増加など、ある種のリスクに繋がる可能性はあります。代謝亢進を来すことで有名な病気に「甲状腺機能亢進症(バセドウ病またはグレーブス病)」があります。発汗、頻脈、高体温、甲状腺腫大を来たし、放置すれば最悪死に至る疾患です。血液検査で甲状腺ホルモンと下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモンを測定すれば簡単に診断できます。ところが甲状腺ホルモン関連検査がすべて正常範囲にあっても、甲状腺ホルモンが“低めの健常人”は“高めの健常人”に比べて寿命が長いとする報告があります(「米国医師会雑誌・内科学2017年9月号」)。やはり代謝亢進や体温上昇は生物にとって負荷であり、寿命に対するリスクなのでしょうね。

というわけで、“体温が低い”ことは欠点ではなく優れた資質かも知れません。“being cool”は”being hot”より有利のようです。それに何に対しても活動的なのも良いのですが、アルカイック・スマイルを浮かべて静謐の中に生きる、というのも何だか“かっこいい(It’s so cool)”感じがしませんか?・・・・・・もう体温あげないように、じっとしておこうっと・・・・・・

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