元市立豊中病院病院長の片桐修一さん(小西ホーム)が最新の論文を元に気になる医療情報を語ってくれます。
2015年07月01日

MERS(Middle East Respiratory Syndrome:中東呼吸器症候群)が韓国で発生・流行しています。この原稿を書いている時点(6月22日)で、韓国で患者さんが確認されてから1か月経過しましたが、患者数は172人、死亡は27人、死亡率は15.7%です。数千人が隔離対象となっていますがWHOはまだ「緊急事態宣言」を出すには至っていません。今後の拡大は抑えられると踏んでいるのか、政治的・経済的影響を重視しているのかは分かりませんが……今後収束に向かうことを祈るばかりです。
MERSはコロナウイルス(Coronavirus)の一種によっておこる呼吸器感染症で、MERS-CoVと表記されます。2012年9月にサウジアラビアで最初の患者が見つかってから現在までに約1200例の発症があり、死亡率は30%を超えていますが、韓国例ではそこまで高くはないようです。症状は、発熱は95%以上、咳も80%以上、呼吸困難も70%以上にみられ、25%くらいで下痢などの消化器症状も伴います(2012‐2013発症例のデータ)。すべての年齢層で発症が報告されていて、持病に糖尿病、高血圧、慢性心疾患、慢性腎疾患があると罹患リスクや重症化のリスクは高まります。ウイルスの自然宿主としてはラクダやコウモリが考えられていますが、間違いなくヒト−ヒト間の感染が存在します。
コロナウイルスはありふれた「かぜ症候群」を引き起こすウイルスのひとつ、というくらいに認識されていました。まあ、「どうってことないウイルス」だったのです。その認識を一変させたのは2002年に中国で始まりアジアとカナダで広がったSARS(severe acute respiratory syndrome:重症急性呼吸器症候群)です。1年足らずで8000人以上が感染し、死亡率は約9.6%でした。SARSとMERSは異なるウイルスですが、同じコロナウイルスに属します。SARSの後10年を経てMERS が出現したわけです。MERSが収束しても、遠くない未来にまたコロナウイルスが変異を起こして人類社会に新たな脅威をもたらすことがあるかも知れません。
さて、MERSの感染経路ですが、インフルエンザと同様に「飛沫感染」が主体であると思われます。すなわち咳やくしゃみで飛び散る湿性生体物質(体液)に含まれるウイルスによる感染です。これらの湿性物質は直径5μm以上ですので、飛沫到達距離は通常1mまで、最長でも2mくらいです。しかし湿性物質が床に落ちて乾燥すると、より小さなサイズの粒子が舞い上がり感染の原因となることがあります。これが「飛沫核感染」で「空気感染」とほぼ同義語です。この感染様式では、感染性粒子は飛沫感染と比べてはるかに遠くまで到達するのみならず、密閉空間での空調のような条件では同時に多数の人に感染を起こす可能性があります。韓国でのMERSの病院内での感染を思わせる報道をみると、飛沫核感染が起っているのかも知れません。
現在のところMERSに対する有効な治療法は知られていないので、発症例に対しては対症療法を行うしかありません。それだけに、もし日本で感染が確認され広がるようなことがあれば、個人レベルでも可能な限り予防に努めることが重要です。
MERSの予防と言っても、何も特別なことはありません。感染対策で「標準予防策」と呼ばれる基本的な予防策の励行につきます。すなわち頻回の水と石鹸による手洗い(1回20秒)、水道が利用できないところではアルコール含有速乾性手指消毒剤も有効です。市販のマスク(ほとんどが“医療用サージカルマスク”タイプです)は飛沫感染防止には効果を発揮します。ただし大きな隙間があると無効ですし、鼻腔がでているのは論外です。また手を洗っていない状態で眼・鼻・口に触れるのも避けなければいけません。うがいはしないよりマシかも知れませんが、手洗い・マスクほどの効果は期待できないかな……
では今回のむすびとして諺を……”Hope for the best and prepare for the worst”〜「最善を期待し、最悪に備える」……でも私としては ”Tomorrow is another day”「まっ、なんとかなるさ〜」なんだけどもね……
posted by みみずく at 11:00|
2015年
2015年06月15日

飲み物付の食事で必ず聞かれるのが「Coffee or tea?」 もちろんどちらを選ぶかは好みだけど、私はコーヒーです……スタンダード・ミュージックでも「二人でお茶を」より「コーヒールンバ」の方が好きだし……今回はコーヒーが病気を防ぐかも知れない、というお話です。
ある集団の健康・疾病に関する研究を行う学問が臨床疫学です。コーヒーの健康に対する益あるいは害を検証するには、通常コホートと呼ばれる研究手法を用います。コーヒー消費量の異なる集団を長期に観察して比較するので時間もコストもかかるけど、複数の疾患との関係を同時に検討できます。観察の対象となる集団のサイズが大きいほど信頼性が高まるのですが、人種差もあり得るので自国民のデータの方が望ましいですね。
そこで3月に米国臨床栄養学会誌に発表されたコーヒーに関する日本発の研究を紹介します。日本にしては珍しい大規模コホートで、対象は登録時にがん・脳血管疾患、虚血性心疾患の病歴のない40〜69歳の日本人90,914人です。平均観察期間は18.7年で、この間に12,874人の死亡が確認されています。
結果をみると、性別にかかわりなくコーヒー摂取であらゆる原因を合算した全死亡リスクが低下することが明らかになりました。すなわちコーヒーを全く飲まない人のリスクを1とすれば、1日1杯以下の人で0.91、1〜2杯で0.85、3〜4杯で0.76、5杯以上では0.85というリスク比が得られました。1日3〜4杯の摂取では全死亡リスクが約25%減少することになります。1日5杯以上では死亡リスク低下効果は弱くなるようです。このリスクの低下は心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患などで明らかでしたが、がん死亡のリスク低下は認められませんでした。
コーヒーの効果については欧米でも多くのコホート研究があり、肯定的な結果も少なくありません。では、紅茶はどうかといえば、健康に寄与するというデータもあるのですが、コーヒーと同じ土俵に上がった研究では若干分が悪いようです。どちらにも血圧・血液循環に有益な作用をもつ成分は含まれているのですが、飲用1回分で考えたらコーヒーは10g、紅茶は2gくらいと相当差があるので、紅茶の有用性は証明されにくいのかも知れません。
とは言っても、ふだん飲まない人が「ではあすから毎日コーヒーを3杯!」というのは早計かも……このような集団のデータを個人にあてはめる時には、それぞれの年齢、性別、生活習慣、病歴、さらには価値観も考えたうえで、結果を適応するかどうかを決めるのが現代の「エビデンスに基づく医療」の根幹です。それともうひとつ “現実的な効果の大きさ”も考えておく必要があります。
この研究では約90,000人がエントリーされて約19年で全体の死亡率は14.2%、がん死亡はコーヒーとは関係ないので、がん以外の死亡率を計算すると8.3%です。コーヒーによるリスク低下はがん以外でみると、全体でみるより効果が高まるので最大35〜40%のリスク低下としてみます。さらにコーヒーを飲まない人と飲む人が1:1〜1:2として死亡率を概算してみると、それぞれ10〜11% VS 6〜7%となり、19年間の死亡リスク低下の絶対値は約4%となります。言い換えると「約25人のコーヒーを飲まない人がコーヒー党に転向したとすれば19年間で25人中1人の死亡を防ぐことができる」ということになります。
この効果の大きさをみなさんならどう評価されるでしょうか。ぜひコーヒーや紅茶を楽しみながら、一度ゆっくり考えてみてくださいね……
posted by みみずく at 10:00|
2015年
2015年06月01日

ふたたび映画と病気の話を・・「ロレンツォ」からさらに20年ほど遡って1973年・・
同期の皆さんの多くが社会に出た時ですね。この年のハリウッド映画は佳作が多かったです・・「スティング」「パピヨン」「追憶」・・どの作品も音楽が素敵でした。でも興行収入第一位は「エクソシスト」・・めっちゃ気味悪かったけど、どうして米国人はあんなに“悪魔もの”が好きなのでしょうね・・
ご存じのとおり「エクソシスト」は少女に乗り移った悪魔VS悪魔祓いの神父の死闘!・・を描いたオカルト映画ですけど、これはある実話がモデルになった〜based on a true story〜という噂も・・憑依現象は古今東西を問わず、けっこう報告されていたようです。昔ならいざ知らず、今は悪霊のせいだと思う人は、そうはいないでしょう。ですから憑依現象も“科学的”に説明したいところです。ここで持ち出されるのは、ほとんどが精神疾患・・でもどの病気もこのような患者の“独特の症状”をうまく説明できなかったのです。
それまで普通に生活していた人(若年女性が多いのですが)に急速かつ進行性に興奮、人格変化、幻聴、幻覚、家族や周囲に対しての敵対的振る舞いなどが生じます。次いでしばしば痙攣発作を契機に無反応状態に陥り、この時期になると徐々に呼吸抑制が起こって多くの場合人工呼吸が必要となります。無反応にも拘わらず激しい異常運動が口唇・舌・顔面、四肢に現れるのが大きな特徴です。血圧・脈拍異常などの重篤な自律神経障害を伴う例も多く、死亡例も少なくないのですが、数か月〜1年以上かかっても自然に完全回復する例もある・・とても不思議な病態です。
この病気を解明に導いたのはペンシルべニア大学のダルマウ博士でした。彼は2005年に「アナルズ・オブ・ニューロロジー」に自験例4例とそれまでに報告された症例を検討して、この病気が免疫異常(少なくとも半数の患者では合併した卵巣奇形腫と関連)によっておこることを示しました。さらに2007年にはこの免疫異常の本態が脳神経細胞膜に存在するN-メチルD-アスパラギン酸(NMDA)受容体に対する自己抗体(本来は出現しないはずの自己成分に対する抗体)による神経のシグナル伝達の障害であることを報告、翌2008年には「ランセット・ニューロロジー」に合計100例の患者を集めて詳細に解析した論文を発表して新しい病気である「抗NMDA受容体抗体脳炎」という概念を確立しました。もし「エクソシスト」が実話に基づいて作られたのが事実なら、実話の“患者”が患っていたのは、この病気であった可能性は非常に高いとされています。
この病気は脳の機能のなかでも「記憶・情動・自律神経系」を司る「大脳辺縁系」におこる“辺縁系脳炎”のひとつに分類されます。日本でも報告されていて北里大学や慶応義塾大学などの先生が優れた研究業績を発表しています。病態がほぼ明らかになった現在では、診断がつけば腫瘍合併例は手術切除し、副腎ステロイドやそのほかの薬剤による免疫抑制療法、免疫グロブリン大量療法、血漿交換で治療するという治療戦略はほぼ固まっています。
昨年5月にこの病気を扱ったノンフィクションが刊行されました。著者はニューヨーク・ポスト社の新聞記者スザンナ・キャハランさん。最初はさまざまな精神疾患と診断され治療を受けたが良くならず、ついに一人の医師の慧眼で「抗NMDA受容体抗体脳炎」の診断に到達、治療を受け回復した経過を綴った本です。原題は「BRAIN ON FIRE‐My Month Of Madness」・・“劫火のなかの脳‐わが狂気の日々”という感じなのですが、角川マガジンズから刊行された日本語版は「脳に棲む魔物(訳:澁谷正子氏)」になっています。・・この本はダコダ・ファニングさんの主演で既に映画化が決まっていて、公開はたぶん来年・・ファニングさんは2001年にショーン・ペンの主演で知的障害の父と娘の心の交流を描いてヒットした映画「I am Sam」の娘役を演じた名子役でしたね。
ということで来年には「抗NMDA受容体抗体脳炎」の知名度は抜群にあがると思います。その時はちょっと知ったかぶりをして下さいね。
posted by みみずく at 10:00|
2015年
2015年05月01日

あれっ、歩く会の宣伝?・・ではありません。今年1月に英国スポーツ医学雑誌という専門誌に掲載された論文の紹介です。翌月の著名な医学ダイジェスト雑誌に取り上げられていたので原文を読んでみました。
適度な運動を定期的に行うことが健康に良いことは既に実証されています。とくに時速4‐8km/hくらいの運動はお勧めのひとつです。しかし良いと分かっていてもできない人は山ほどいますよね。英国でも事情は同じみたいで、成人の29%は週に30分未満の運動しかしないし、4週間にわずか5分間!さえ続けて歩いていない人たちが8%もいるそうです。こういうものぐさな人たちに定期的に散歩させるのに良い方法のひとつに「戸外でグループ散歩に参加する」があります。ではこの“walking group”の本当の効果や、いかに?という研究が行われました。
論文の著者は英国ノーフォークの東アングリア大学ノリッチ医学校のサラ・ハンソン先生とアンディ・ジョーンズ先生、ハリウッド俳優のような名前のお二人。方法は今まで発表された“walking group”と健康上の利点を対象にした研究を7つのデータ・ベースを使って検索、5205件の論文を収集、さらに詳細な検討を加えていって最終的には一定の条件を満たす42編を対象としました。そこでデータをすべて合算して統計処理する、すなわち「メタ解析」という信頼性の高い研究手法を用いています。
さて解析結果ですが、“walking group” 総参加者数は1843人、合算した散歩時間は74,000時間、参加者の平均年齢は54歳(10歳勝っているというか、負けているというか・・)、うち74%は女性です。散歩時間は週あたり20〜460分、観察期間は3週間〜1年間とけっこうばらついています、
では注目の”walking effects”をあげてみると・・最高血圧−3.7mmHg、最低血圧−3.1mmHg、安静時脈拍は−2.9/分、体脂肪は−1.3%、BMI(体重/身長の2乗)−0.7、コレステロール−4.3r/dl、最大酸素消費量+2.7ml/kg/分、SF-36健康関連QOLスコア+6ポイント、6分間歩行距離+79.6mで統計学的に有意な改善があり、さらに「うつスケール」でも良くなっていました。一方、血糖やコレステロール以外の脂質検査には有意な改善は認められませんでした。また予想されたように、問題になるような害はありませんでした。
「効果って、その程度?!」とおっしゃる方があるかも知れませんが・・なかなかどうして、侮れない効果なのです。例えば最高血圧で3.7 mmHgの低下ですけど、2003年の100万人以上を対象としたメガ・スタディによると、わずか2mmHgの低下で脳卒中は10%くらい減少するとされています。3.7mmHgの低下は十分に意味のあるものです。逆に最高血圧が20mmHg上昇すると<140mmHgだったとしても脳卒中リスクは2倍になるとも報告されているので、話は合うのです。
“walking group” のもう一つの利点は、平均の脱落率が25%と、脱落者が少ないことです。4人のうち3人は続けることができるわけです。やっぱり一人で歩くよりみんなで楽しく歩けば長続きする・・ということですね。
・・ところで、今気がついたのだけど、ず〜とパソコンの前に座って文献読んで、散歩の効能を説く書き物をしている・・これってどうなんかなあ・・と思わないではないんだよな〜・・
posted by みみずく at 08:52|
2015年
2015年04月15日

ネットで検索していたら、ある病気の名前に目に留まり20年前の記憶がよみがえって・・ちょっと調べ直してみました。
よく「感動の実話、待望の映画化!」というキャッチ・コピーを目にしますね。・・でも実話が映画を越えてしまうこともあります。今回は1992年の米映画「ロレンツォのオイル/命の歌(原題Lorenzo's Oil)のお話です。
オドーネ夫妻はイタリア系米国人。1983年、5歳になった一人息子のロレンツォを突然病が襲います。学校での問題行動や歩行障害などの症状が現れ始めました。診断は「副腎白質ジストロフィー(ALD)」という遺伝性疾患、医師からは余命2年と宣告されます。世界的権威のニコライス教授が主導する食事療法の治験にも参加しましたが効果はありませんでした。しかし夫妻は諦めません。
父のオーギュストは世界銀行に勤務する経済学者でしたが、彼は妻と協力し、ありとあらゆる専門書を読み漁り、ALDでは代謝異常により「極長鎖脂肪酸(VLCFA)」が異常蓄積するのですが、「オレイン酸とエルカ酸エステルの混合オイル(オリーブ油と菜種油を混ぜたようなものです)」を服用すればこのVLCFAが低下するのではないかという仮説に到達し、これを合成してロレンツォに投与することを思い立ちます。だがニコライス教授は危険もある性急な投与に反対したのです。その後ようやく英国の老生化学者の協力を得て投与に漕ぎつけることができました。その結果、VLCFAは正常化、全く意思疎通もできず寝たきりであったロレンツォに明らかな改善が得られ、その後彼は30歳まで生き、この奇跡のオイルは“ロレンツォのオイル”と呼ばれるようになりました。
ここで「めでたし、めでたし」なら良かったのですが・・1992年に公開された映画は大ヒットとなり、薬代が年間200万円以上だったにも拘わらず、ALDの子供を持つ親たちは争って「ロレンツォのオイル」を買い求めました。しかし他の子どもたちには効果はほとんど認められず、1993年フランス国立保健医学機構の専門家らが権威ある医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に「14例の患者に投与したところ、“ロレンツォのオイル”は全く効かなかった」という論文を発表し、同誌の編集委員も「“ロレンツォのオイル”-希望と失望」と題した論説で「映画と現実は違うのだ」と酷評しました。ここに至って“ロレンツォのオイル”に対する批判が一挙に高まり、オドーネ夫妻も詐欺師呼ばわりされる事態となったのです。
しかし思わぬ味方が現れます。映画では両親の情熱に水を差す悪役として描かれたニコライス博士の実在のモデル、ケネディ・クリーガー研究所のモーザー博士です。彼にとって映画は不快なものであったはずですが、それでもオドーネ夫妻をかばう論陣を張り、慎重に“ロレンツォのオイル”の治験を進め、2005年「アーカイブス・オブ・ニューロロジー」に89例の患者に平均7年間投与したデータを示し、まだ神経症状が出現していない段階で投与すれば“ロレンツォのオイル”は有効であることを示しました。連名著者の最後に名を連ねる名誉あるラスト・オーサーはこの研究に協力したロレンツォの父親、オーギュスト・オドーネでした。モーザー博士はわだかまりを捨て、オーギュストへの敬意を表し、この業績を分かち合ったのですね。偉いな〜
ALDはX染色体にあるABCD1という遺伝子の変異によって脂肪酸代謝異常をきたし副腎不全と中枢神経系の脱髄(神経線維を保護しその機能を助ける“さや”=髄鞘が崩壊する)をおこす病気です。患者はほぼ男性に限られ、さまざまな病型がありますが10歳以下で発症する「小児大脳型」が最重症でロレンツォもこの病型です。もっとも信頼性の高い治療法は1982年に始まった骨髄移植ですが、なぜ有効かは未だ明らかではありません。たぶん健常な造血幹細胞が髄鞘を構成するグリア細胞と何らかのコンタクトをすることによって代謝異常が修復されるのではないかと思うのですが・・ただ骨髄移植はリスクが高く症状が進行しないうちに行わないと効果は期待できません。
最近はある種のコレステロール降下剤・糖尿病薬の効果や遺伝子治療も検討されていますが、まだまだ道半ばです。従ってロレンツォのオイルは今でも意義があります。この治療がひとりの患児の両親の途方もない努力と愛情、そして両親と衝突しながらも医学者としての道を貫いた専門家の信念によって生まれたことこそが奇跡であったように思います。
映画の中で父親はオイルの投与を諌めるニコライス教授に「なぜ分かってくれないだ?!」と問いただした時、教授(すなわちモーザー博士)はこう答えます。「あなたが責任を持つのはご自分のお子さんだけだが、私はこの病気で苦しむ現在の、そして未来のすべての患者さんに対して責任を負っているのです」オーギュスト・オドーネ氏は2013年80歳で亡くなりますが、きっとモーザー先生の言葉の意味を理解していたと思うのです。
posted by みみずく at 12:05|
2015年
2015年04月01日

最近全米で大ベストセラー になった本があります。題名は”Radical Remission: Surviving Cancer Against ALL Odds.「劇的な寛解:崖っ淵から生還したがん患者」という感じかなあ・・“寛解”とは病気の徴候が完全に消失すること・・いちおう“再発”の可能性を留保する言葉です。この本の邦訳もでていて訳本の題名は「がんが自然に治る生き方」となっています。副題には「余命宣告から“劇的な寛解”に至った人たちが実践している9つのこと」・・実際には“がんの寛解”というより“がんの自然治癒”について書かれたものなのです。
原著者はケリー・ターナー博士。カリフォルニア大学バークレー校・統合腫瘍学の研究者です。彼女の研究に至った経緯は・・ “以前から時にがんが自然に治る人がいることが知られていた(これはそのとおりです)”“しかし誰もそのエピソードを検討しようとしていない(そんなことはないのですけど・・)”・・そこで彼女は自然治癒1,000例以上の論文に目を通し、10か月にわたって数か国を旅して100人以上の患者にインタビューして、がんから奇跡の生還を果たした患者さんたちの生き方をまとめたのです。
この本でとりあげているがん患者は重篤または末期といえるレベルで、無治療あるいは標準治療で効果がなかったのに自然治癒した人たちを対象としています。ターナー博士が発見した“9つの生き方”とは、(1)食事を劇的に変える(2)自分の病気に対する方針を自分自身で管理する(3)直観に従う(4)ハーブやサプリを使う(5)抑圧された感情を解き放つ(6)ポジティブな感情をもつ(7)社会のサポートに寄り添う(8)魂との結合を深める(9)生きるための強い理由を持つ・・です。ちょっとオカルティックな感じもあるけど・・
確かに過去数十年の文献を検索すれば彼女の言うように1,000例以上の“自然治癒(学問的には”がんの自然退縮“)”が報告されています。現在世界のがん死亡は年間10万人あたり約200人強、専門誌に報告されるチャンスのある先進国の人口を10億と仮定して推計すれば、がんの自然退縮はおおむね年間で重篤・末期がん患者1万人から10万人に1人くらいかなあ・・
報告をみると自然退縮が比較的多いがんとそうでないものがありそうです。肝臓がん、腎がん、悪性黒色腫などはよく報告されるがんの代表です。退縮するメカニズムもいくつか考えられています。(1)がん組織の血流が途絶える〜がん細胞は増殖に多量の血液を必要としているので、腫瘍に流れ込む血流が何かの原因で途絶したらがん細胞は破壊され、腫瘍は退縮します(既に肝臓がんの治療に応用されています)(2)それまで起動していなかったがん細胞を除去する免疫機構が何らかの刺激で起動し始める(この理論で新規薬剤が開発・実用化されています)(3)全身の炎症反応が生じてその結果がん細胞が除去される〜昔からさまざまな感染症のあとでがんが消失した、という報告があります。
ですからターナー博士の言うように、“生き方を変えるとがんが消失する可能性がある”というのはちょっとしんどいかな、と思います。やはり現象と因果関係は別物ですから・・もちろん博士は断定していないし、標準的な治療を否定しているわけではありませんけど、こういう結果はマスコミとかがとりあげて一人歩きするんだよな〜それが一番心配です。
そうは言っても、ポジティブに生きることや、生きる理由を持つのは悪くないなあ・・第一お金かからないし・・でも魂との結合深めるって・・どうしたらいいのでしょうね?!
posted by みみずく at 10:00|
2015年
2015年03月15日

ダイエットといえば減量のため!・・と思いがちなのですが、本来は健康で長生きするために行う食習慣であるべきですよね。そこで近年話題になっているダイエットを紹介します。あまた星の数ほどあるダイエットのうち、多数の良質の研究で担保されていると言う点では「地中海食ダイエットMediterranean Diet」が一頭抜きんでています。
地中海食やその構成食物(ナッツやオイーブオイルなど)の効果については心臓病、脳卒中の一次(初発)予防、二次(再発)予防、肥満の解消、糖尿病の予防、がん死亡の減少などなど・・が一流専門誌に報告され、権威ある学会のガイドラインでも推奨されています。また基礎研究レベルですが細胞レベルで寿命延長が得られる、すなわち老化に対する効果も示唆されています。
「良かった!地中海食とかイタリア料理は大好き!」とおっしゃる方、ちょっと違います。地中海食といっても、体に良いのは、ファスト・フードが広がる以前の1960年代くらいの“伝統的地中海食”です・・ネット好きの方は「地中海食 ピラミッド」で検索すれば視覚的に理解できる“Mediterranean Diet Pyramid”がヒットします。
では米国ウィスコンシン大学病院の”Health Facts For You”というサイトにある解説を引用してみます・・まずベースになるのは適度な運動。ウオーキング、自転車、水泳などを1日30-60分、週150分から始めて毎日続けること・・それと適正な体重を保つこと・・
さて毎日摂る食物ですが・・主食の炭水化物は精製パン・パスタ、そして白米ではなくホール・グレイン、すなわち全粒穀物とポテトでとりなさい、ということです。食物繊維が豊富で血糖や中性脂肪が上昇しにくいという利点があります。フルーツも十分とることが推奨されます。スイーツは止めてフルーツに変えること!・・とも記載されています。毎日こぶりの果物2個+フレッシュ・ジュース1杯くらいは必要です。野菜・・これが大変・・日本でのメニューに置き換えてみれば、毎日生野菜大皿+野菜の煮物小皿+おひたし+野菜スープ・・これくらいは頑張って下さいね。
乳製品はスキムミルク、ライト・ヨーグルト、低脂肪のチーズ、豆乳もおすすめ・・飲料タイプで1日500mlくらいかな。地中海食定番の豆とナッツ・・アーモンド15個、ピーナッツ20個+豆料理半カップで手を打ちましょう。なお卵黄は週4個まで。卵白は制限ありません。
脂肪分はオリーブオイル換算で1日75ml・・3分の1をマヨネーズとマーガリン、あるいはアボカド1/4個に置き換える手もあります。
蛋白源はもちろん魚・・良質の油が豊富なサーモン、ニシン、イワシ、サバがお勧めです。1回量の目安はトランプ1組の大きさで週3回・・鳥は食べたいならトランプ1箱大を週2回までで我慢!ただし鳥皮は除いてくださいね・・赤身の獣肉は・・どうしても、というなら同量を週1回まで!
最後にアルコール、エタノール換算で女性は1日15ml、男性は30ml、ただし持病があれば主治医のOKがいります。
さて、結論は「こんな食事が実行できたら健康になるのはあたりまえ」・・それに今の日本ではこの食事はかなりの高コストになります。実際、安価なファスト・フードほど健康に良くなくて、高カロリーで・・ここが問題なんですよね。
posted by みみずく at 10:00|
2015年
2015年03月01日
こんにちは,片桐です。突然ですが、皆さんの中に「人なんて自分のことしか考えていないし平気で嘘をつく」「所詮他人は信用できない」と思っている方はいませんか?また、「何で私がしないといけないのか!やる人間がバカをみるだけじゃないか!」とか言った覚えのある方はどうかな?21期にはたぶんいませんよね〜でも、ちょっとくらいはいるかも!?・・このようなシニカルな生き方(シニシズム、欧米では“シニシズム的不信‐cynical distrust‐”とも言われます)、できれば改めるほうが良さそうです。というのは、この“シニシズム的不信”の度合いを表すスコアの高い高齢者は認知症のリスクが高まる、という論文がフィンランドの研究者によって米国神経病学会誌に報告されたからです。
この研究によれば、シニシズム的不信は、他の要因を考慮しても認知症発症との関連が認められ、最大3倍のリスク増加があるそうです。ちなみに研究で使われたシニシズム度を測るスケールは1954年に発表されたCook-Medley Scale(本邦では何と「敵意スケール」と呼ばれています)です。このスケール、「ゴジラ」と同い年で既に還暦を迎えているので、今日でも通用するのか?と思わないではないですがが、さまざまな健康問題との関連について既に多くの論文が発表されています。「敵意スケール」、ちょっと興味ありますよね?自分の周りの人たちを対象に検査してみたくないですか?
でもたぶん協力はしてくれないだろうな・・まっ、検査しなくてもだいたい想像はつきますけどね。
この論文の著者は、シニシズム的不信という認知症の危険因子は修正可能なターゲットであると考えているようです。老後の幸せのためにシニシズム脱却!「ほんとうだな?信じて裏切られたら責任とってくれるんだろうな?振り込め詐欺にあったら弁償してくれるんだろうな?」・・なんてことを言うのもシニシズム的不信の徴候かも知れませんよ。
確かに私たちにとっても高齢者直前の今こそ、生き方を考え直すラストチャンス?!・・でも気になることも・・まず論文の結論が正しいかどうか分かりません。掲載された雑誌は立派な専門誌だけど、複数の追試で検証されないと確実とはいえません。それに・・この年になって生き方や考え方を直すなんて、無理、無理・・と思ってしまうのです。
posted by みみずく at 10:00|
2015年
2015年02月15日
ふぅ〜もうちょっとで死んじゃうところだったな〜
あっ、小西ホームの片桐です。市立豊中病院で病院長やっていたのですが、一昨年5月に病気になって退職・・とてもヒマになってしまいました。辞める1年ほど前から病院ホームページ閲覧数増加を目指して病院長ブログを連載開始、すると閲覧数大幅増!・・と喜んでいたのですが、100回を超えたところで、あえなく連載中止・・そこで21期のホームページにブログ風のエッセイを連載させてもらうことにしました。気が向いたら読んでくださいね。
題材はやっぱり医学系から選びます・・どうせ他の分野では信用ないだろうし・・もっとも病気してから医学系でも信用が危うくなっているのですけど。
第1回は「予期しない体重減少」のお話です。実は自分の病気に気付いた契機がこれです。予期しない(本意ではない)体重減少 unintentional (involuntary) weight lossというのは患者さんの訴えとして重要視されるもののひとつです。○○ダイエットとかラ○ザ○プとか何も努力していないのに体重が減少する、という状況ですね。「一度で良いからそうなってみたい・・」と思われる方、体重を減らすには努力あるのみ、です・・
私の場合について言えば、高校時代52s、大学卒業時54s、その後は順調に増加して病気直前は63sもありました。ところが昨年5月連休明けにたまたま測ってみると60.8s・・「おっ、少し減った。ちょうどいいかな〜」と能天気にかまえていたのですが、1週間後に複数の職員から「最近痩せてきていません?」と言われて再検、なんと58.8s、そういえば頬もこけてきているような・・この時点で頭の中で非常事態のアラームがなり、急いで検査を進めたら「がび〜ん」となる検査結果続出、即入院・手術となった次第です。
予期しない体重減少についてはいくつかの研究があります。原因究明を行うべき体重減少のレベルは1年間でベースラインより4〜5%以上とされています。原因については論文によって多少のばらつきはあるのですが、原因として一番多いのは「うつ状態」でおおむね6人に1人、僅差で第2位は「がん」でやはりほぼ6人に1人、次に良性の消化器病・・と続きます。またいくら検査しても体重減少の原因が見つからない人も4人に1人位います。
同じ体重減少でも急速に起こる時は厳重注意が必要です。1か月で5%以上減少する場合、ほとんどで「がん」をはじめとする身体疾患が見つかります。やはり健康管理のためには時々体重を測ってくださいね。えっ、体重計なんか見たくもないって?!
いえいえ、体重計は敵ではありません。あなたを守る大事な味方ですよ。
(イラスト S.Yamamotoさん)
posted by みみずく at 10:00|
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