2018年01月01日

やっかいな“無症状のインフルエンザ”

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あけましておめでとうございます。同期のみなさまには恙なく新年を迎えられたことと存じます。もっとも私のように“恙なく”とは言えない方もいらっしゃるでしょうが・・・・・・。

さて今年もインフルエンザの季節がやってきましたね。ここにきて患者さんの数も増えつつあるようです(もっとも、この原稿は11月に書いているので、ほんとうのところは分からないのですけど)。インフルエンザの最大の特徴の一つに強力な伝搬力を挙げることができます。とにかく流行しやすいのです。病院など健康でない不特定多数の人が出入りする場所はとくに注意が必要なのですが、意外にやっかいなのは「軽症・無症状のインフルエンザ患者」です。何しろ本人の自覚がないので、感染源としては、つい“ノーマーク”になりがちなのです。

さて、この軽症・無症状のインフルエンザ、普通のインフルエンザを比べて、どのような特徴があるのでしょうか。本当に感染源になり得るのでしょうか。この問題について検討した研究はそれほど多くありません。その中から、比較的日本に近いエリアで行われ、2017年5月に「臨床感染症(オックスフォード大学出版局)」に発表された論文を紹介します。この研究は2008年から2014年にかけて香港で行われた“地域密着型研究”で、「確実にインフルエンザ(A香港型)と診断された人と家庭内で接触し、研究にエントリーした時には健康であった人」を対象にしています。対象となった人たちに毎日体調・症状の記録をつけてもらって、インフルエンザウイルスの排出状況も調べていく、という方法をとっています。

この方法により家庭内でインフルエンザに二次感染した患者さん235名が特定されました。これらの患者さんは症状によって以下の3群に分類されています。@有症状インフルエンザ(37.8℃以上の発熱、頭痛、筋肉痛、咳、咽頭痛、鼻汁、喀痰のうち、二つ以上の症状がある人)A軽症インフルエンザ(@に挙げた症状が一つだけ認められた人)B無症状インフルエンザ(上記症状が全く無かった人)・・・235名のうち、軽症例は31名(13%)、無症状例は25名(11%)でした。すなわち家庭内で二次感染した人のうち、4人に1人は症状がほとんどないか、または全く無症状だったことになります。

ではこの軽症例・無症状例はインフルエンザウイルスを排出していたのでしょうか。答えはyesでこれらの患者さんもまたウイルスを排出していました。ただし有症状例に比べると、ウイルス排出期間は短く、かつ急速に排出が減少・消失する傾向にありました。結局のところ、軽症例・無症状例のウイルス排出総量は有症状例の10〜100分の1程度でした。

とはいえ、この研究はごく軽症の患者や無症状のインフルエンザ患者においても、少ないながらもウイルスが排出されていて感染源になる可能性を示唆しています。いくらウイルス量が少なくとも、家庭内や閉鎖空間での接触があれば感染が成立する可能性は十分あると思われます。よく「インフルエンザが流行していますので、外出時はマスク着用、帰宅時には手洗い励行してください」という注意が促されますが、家にいてもマスクが必要!?となればちょっと大変です。それに実際のところ、これらの感染対策で軽症例・無症状例インフルエンザによる伝搬がどの程度防げるかについてはよく分かっていません。それを検証するには、かなりの労力と費用が必要なので実施は難しいかも・・・・・・

この研究結果からみても、「インフルエンザ対策は一筋縄ではいかない」と言わざるを得ません。インフルエンザ流行期には病院でも「どこから入ったか分からないインフルエンザの集団発生」がしばしば見られます。ここに軽症・無症状インフルエンザ患者さんが関与していても不思議はない、と思いますし、これらの患者さんがパンデミックに一役かっている可能性は十分ありますね・・・・・・

さて、では何ができるか、ということになると、流行期前のワクチン接種に加えて、流行期の「手洗い・マスク」くらいしか思いつきません。むろんワクチンやマスクの効果を科学的根拠に乏しいとして疑問視する意見もあります。でもね、やはり現時点では“やらないよりはマシ”かな〜しかし海外ではマスク着用の習慣がない国も少なくありません。むしろマスクしていると“怪しい人物”と判断される場合もあるそうな・・・・・・インフルエンザ流行期でも海外ではその国の状況を確かめる方が良いかも知れません。“郷に入っては郷に従え”というやつですね。

では今年もお暇なときにおつきあいください。

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2017年12月15日

“表情”というイヌたちの戦略


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今回は動物ネタのお話です。ほとんどの哺乳類には“顔の表情”があることが知られていますが、これらは“能動的なコミュニケーション・ツール”というよりむしろ、“意図的ではない感情の表出”であると考えられてきました。むろんヒトの古き良き友人であるイヌにしてもその例外ではありません。ところが最近、飼い犬の顔の表情は、飼い主と意思疎通を図ろうとする積極的な意図によるものである可能性を示す研究が発表されました(サイエンティフィック・リポーツ 2017年10月号)。

この研究を行ったのは英国ポーツマス大学のグループで、彼らはこの研究に「顔面動作コーディング・システム(Facial Action Coding System FACS)」を用いています。この顔の表情のFACS解析、40年の歴史をもつ技法で、“顔の表情は解剖学的に独立し、視覚的に識別可能な表情動作の最小単位=動作単位(action unit :AU)によって構成されていて、これらを観察・分析することで非言語的コミュニケーションの一端が明らかになる・・・・・・”
とのことです。そこで著者たちは飼いイヌを対象として、ヒトが注目する場合としない場合、食べ物がある場合とない場合について、FACSでイヌの表情の変化の頻度と現れる動作単位の特徴を解析しました。

結果はなかなか興味深く、イヌはヒトから注目されている時により頻繁に表情を動かすのですが、食べ物は表情変化に影響しませんでした。このことは“社会的コミュニケーション刺激”であるヒトの注目はイヌの表情に大きな影響を与えるのですが、イヌにとって“興奮を呼び起こすものではあるものの、非社会的な刺激”である食べ物には、表情に対するインパクトがない、ということを意味します。すなわちイヌの顔の表情は、単なる意図的でない感情の発露というよりむしろ、ヒトに対する意図的なコミュニケーション・ツールである可能性があるのです。

イヌがヒトに対して最もよく使う表情、すなわち“得意技”が“inner eye brow raise”という動作単位で、“眉頭を上げて目を大きくして子犬のように可愛く見せる”という表情である(思わず自分でやってみた方は好奇心旺盛かつ実証主義的な方ですね)。ヒトが注目していると、この動作単位の出現頻度は倍以上になります。なお、このような動作は生物学的には“幼形保有”というカテゴリーに入るとされています。すなわち“幼い頃の姿・形、動作を再現して愛嬌を振りまく”という行動で、平たく言えば“ぶりっ子”ですね。この手段、イヌ・ヒト間では非常に有効のようです。でもヒト・ヒト間では・・・・・・時と場合によるだろうな〜しばしば“気味が悪い”と捉えられて逆効果のことも稀ではないでしょうね。

さて、この研究結果に対する私の感想は「イヌたち、なかなかやるじゃないか」である。ひょっとしたら飼い主に愛嬌を振りまいて立場を良くする、という立派な戦略的意図に基づく可能性も無きにしもあらずです。また最近、ネコの人気が高まってきていて、ネコ番組の放映が多くなっています。あるいはイヌたちも危機感を持っているのかも・・・・・・もしみなさんがネコ番組を視聴していると飼い犬たちが一生懸命“inner eye brow raise”でアピールしているかも知れませんよ、ぜひ注目してあげてください。

また私は“inner eye brow raise”に対する飼い主側の反応としての表情変化についても興味があります。きっとFACS解析に値する変化がみられるかも知れません。加えて声も優しくなったりして・・・・・・“ネコ撫で声”ならぬ“イヌ撫で声”ですね。

さて、年内のブログはこれでおしまいです。今年一年、おつきあい頂きましてありがとうございました。今までもそうなのですが、たまには一般科学ネタとか動物ネタとか、医学に関係しないジャンルのブログも書いてみたいと思います。まあ、“箸休め”ということで・・・・・・お暇なときには、また読んで頂けたら嬉しいです。

では、10日ほど早いですが、Merry Christmas! そして良いお年を。

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2017年12月01日

脳は薬価にだまされる・・・・・・ノセボ効果の不思議

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新しい治療法や薬剤の効果を検証するための最も信頼性の高い研究手法は「ランダム化比較試験」です。例をあげると、ある薬剤の効果を検証するのに、対象患者集団を検証薬剤投与群と対照薬剤投与群の2群に無作為に振り分け(これがランダム化です)、できれば医師にも患者にもどちらの群になっているかが分からない形で(これを二重盲検といいます)効果を検証するというやり方です。このとき倫理的な問題がクリアできるなら、対照薬剤として、しばしば薬理作用が全くない“偽薬(プラセボ)”が用いられます。

ところが薬効がないはずの偽薬投与群でも一定の効果が得られることは珍しくありません。これを「プラセボ効果」といいます。ところが逆に偽薬投与群で本来は起こるはずのない“副作用”が起きることもあり、こちらは「ノセボ効果」と呼ばれます。このノセボ効果、意外にやっかいです。現に偽薬群に割り付けられた患者が“副作用のために治験を離脱する”ことは少なくありません。これを実際の臨床場面に置き換えると、ノセボ効果により、本当は中止しなくても良いはずの治療が“副作用のため継続不能”となる可能性がある、ということになります。

最近、このノセボ効果が薬価の高低に左右されることを示す研究が発表されました(サイエンス誌2017 10月号)。対象は健常ボランティア49名で、論文の著者たちは彼らに“痒み止めのクリーム”を試すよう依頼します。この“かゆみ止め”、実体はなんら薬効成分を含まない偽薬なのですが、その際に“痛覚過敏が生じる可能性”を伝えています。そして49名中25人には“高価な薬剤”と称して、いかにも高そうな青い箱に入った薬剤を、残りの24人には“安価な薬剤”と称して、いかにも安っぽいオレンジ色の箱に入った薬剤を渡しています。もちろん両群とも中身は同一の偽薬です。

さて結果はどうなったかといえば、45℃の温度刺激で誘発される痛みを指標にすると、“高価薬剤群”では“安価薬剤群”の約2倍強い痛みを感じ、継続すると“高価薬剤群”では次第に悪くなっていったのに対し“安価薬剤群”ではしだいに軽減して消失しました。また機能的MRIによる解析を行ったところ、このノセボ効果は大脳の前頭前野での神経細胞活性化に関係していることが示唆されました。

著者たちは、この二種の薬剤の“それらしさ”を演出するのにかなり力を入れており、箱の見た目に加えて、偽の薬剤ブランド名にも“高級感”や“チープ感”を出すのに工夫を凝らしています。まあ、“ワル乗り”というやつですね。とにもかくにも、高価な薬剤だと認識すればするほどノセボ効果は発現し易い、という可能性はありそうです。しかもそのノセボ効果は単なる思い込みというよりも、脳の一定の部位の活性化が複数の被験者で観察されていることから、脳神経細胞ネットワークをも巻き込んだ現象であることが示唆されます。ここまでくると「そんなこと心配いりませんよ〜気のせいですよ〜」くらいの助言では容易に解決しそうにないなあ・・・・・・どんな治療でも副作用は必ず一定の割合で生じるので、完全に避けることはできません。従っていかなる場合でも慎重な観察が必須なのですが、その際にノセボ効果の可能性にも留意して、事前に患者さんによく説明するのが良いかもしれません。

ただ、この研究が普遍的な結果を示しているかどうかについては疑問もあります。この研究に参加したボランティアは「薬価が高い方が、作用が強く、従って副作用も出やすい」と感じた人が多かったのかも知れないけど、「薬価の安い方が、質が悪く、従って副作用も出やすい」と感じる人も少なくないように思うのですが・・・・・・このあたりは国や文化、コミュニティによっても違いがでる可能性もありますね。

私はどうかと言えば、薬剤についてはこれという経験はありませんが、食べ物を食べた後で「げっ、賞味期限が切れていた!」ということはあります。そのときに何だかお腹の調子がおかしいような、おかしくないような・・・・・・私はきっと薬価が安い方が、ノセボ効果がでやすいタイプなのかも知れません。


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