2018年03月01日

“雨の日は関節が痛む”という都市伝説

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「今日の調子はいかがですか?」「今日は良くありません。雨が降っているでしょう?私、雨が降るとだめなんですよ。」「やはり雨が降ると痛みますか・・・・・・それはつらいですね〜」「ほんと、私は天気には敏感なんですよ。雨が降る前から痛み出すので、天気予報の替わりになりますよ。気象庁の予報より良く当たります!」・・・・・・こういう会話を経験した医師は決して珍しくありません。今回は“痛みと天気”についてのお話です。

慢性の関節・運動器疾患を抱えている患者さんはとても多くて、加齢とともに増加します。一口に関節・運動器疾患と言っても、「慢性関節リウマチ」のような炎症性疾患や「変形性関節症」「変形性脊椎症」のような加齢による変性疾患、あるいは椎間板疾患のような構造上の異常によるものなど、原因はさまざまですが、その中には“天気が悪くなる、あるいは雨が降ると痛みがひどくなる”という方は少なくありません。私の患者さんでは「慢性関節リウマチ」の方にこの訴えが多かったように思います。

これは日本だけではなく、世界中でまことしやかに流布されている話です。患者さんのみならず、医師の中にも「そのとおりだ」と認識している人も少なくないと思います。私もどちらかと言えばそう思っていました。原因は不明ですが、湿度、温度変化、気圧変化などが細胞間相互作用に干渉して・・・・・・など、それこそ“まことしやか”な病態生理で説明する人も現れたりして・・・・・・根拠は定かではない多くの人が信じている、まさに医療版“都市伝説”の一つですね。

ではこの天気と痛みの関係、検討した研究がないのか、と言えばそうではありません。実際にいくつかの研究報告があるのですが、研究の規模も小さいし、はっきりした結果は得られていません。「まあ、人によってはそういうこともあり得る・・・・・・」という程度のものが多かったのです。もっとも、病気もいろいろだし、天気の変化も細分化すればいろいろです。結果の解釈はそれほど簡単ではなさそうです。だったら、ものすごい数の患者さんで検討したらどうでしょう。患者さんや天気の変化の多様性も薄められて、真相にたどり着けるかも知れません。

そこで昨年12月英国医師会雑誌に掲載された米国のグループによる論文です。対象は米国の高齢者保険に加入している65歳以上の外来患者さん、その数なんと1,552,847人、この人達が2008年〜2012年の間の総受診回数、なんと11,673,392回・・・・・・こりゃちょっとすごい数です。このデータは保険給付支払請求に基づくものですが、これと米国気象庁のデータをつきあわせています。そして関節痛と腰背部痛で受診した人の割合を、雨の日とそうでない日を同じエリアで比較する、という方法です。基礎疾患は慢性関節リウマチ、変形性関節症、脊椎症、椎間板疾患、とその他の非外傷性疾患とさまざまです。もし雨と関節痛・腰背部痛が関係しているのならば、雨の日には、これらの症状による受診者の比率が増加していることが予測されます。

さて結果はどうだったかといえば、約1,170万回の受診のうち、雨の日の受診は18.0% でした。そして、やはり雨の日には関節痛、腰背部痛による受診者が統計学的に有意に増加していました。やっぱり!・・・・・・と言いたいところですが、その差の大きさはどれくらいだったかと言えば、補正なしの値で6.23% VS 6.42%、さまざまな因子で補正後の値で6.35% VS 6.39%、 わずか0.05~0.19%程度だったのです。
いくら統計学的に有意とはいえ、この程度の差ではとても臨床的に意味があるとは思えません。また1週間に何日雨が降ったか、という尺度で見ると有意差は消失し、これまでの報告で、最も雨に関係ある可能性が高いと考えられていた慢性関節リウマチにおいても有意差は認められませんでした。

結局のところ、痛みと天気(雨限定ではありますが)の関連は“都市伝説”のままで終わりそうです。想像するに、慢性の運動器の痛みがある人は、雨が降るとよけいにうっとうしくて、痛みの記憶が刻印されやすいのかも知れません。でもその差は人が感知できるとは思えないほどわずかなものだ、という可能性が高そうです。でもこの結果、「気象庁に勝つ!」と言っている患者さんは、絶対受入れないだろうな〜

私は基本的には批判的吟味を行った上での科学的根拠を信じています。現時点ではもっとも優れた方法論であると思っています。従ってこの研究の結果は真実を突いていると考えます・・・・・・それはともかく、最近ちょっと腰が痛くてね・・・・・・今日はいつもより痛いので、この分では明日は雨になるかもね〜


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2018年02月15日

フル・ムーンfull moonはバイク事故のリスク?!


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「おお、漆黒の闇にひときわ輝く満月、古より人を蠱惑する中天の女神、果たして汝は真の神か、はたまた悪魔か」・・・・・・「どうかしたのか?」とのご心配はご無用です。ついに頭がおかしくなったのではありません。ブログの題材を探していて昨年末の「英国医師会雑誌のクリスマス特集(2017;359;j5367)」のfull moonとバイク(motorcycle)事故関連死亡に関する論文に“有り余る詩心???”が触発されて、ロシア・フォルマニズム(外国文学を専攻されていた方、懐かしい言葉でしょう?)の「言葉の異化作用」を実践してみただけです。

米国では何百万というバイク愛好者がいるそうですが、死亡事故も年々増加しつつあり、最近は毎年5,000人(全交通事故死亡の1/7に相当します)ほどが死亡しているそうです。バイク事故の主な原因のひとつが「一瞬の不注意・わき見」であることは異論がないでしょう。一方、full moonは漆黒の闇のなかではひときわ大きく、美しく輝くので運転中に運転者が一瞬目を奪われれても不思議ではありません。その場合、より不安定なバイクの事故が起こりやすくなる可能性は十分に考えられます。そこでカナダと米国の研究者はfull moonとそうでない夜とでバイク死亡事故の頻度に違いがあるか否かを検証しました。

あるいは同期の方々にもバイク愛好者はおられるかと思いますが、四輪自動車の方が多いだろうし、自動二輪も近場の用事とか買い物程度が多いかな・・・・・・でも場合によってはfull moonで乗り物に乗ることもあるかも知れないし、交通事故は“巻き込まれ”も稀でないので、こういう情報も知っていて損はないと思います。

さて、この研究は1975年〜2014年での13,029件/1,482夜のバイク死亡事故を対象としています。対象とした”night time”は4:00pmから翌朝の8:00amです。結果は月1回のfull moonでは4,494死亡/494夜=9.10/夜、一方、full moonでない夜では8,535死亡/988夜=8.64/夜であり、full moonでは有意差をもって死亡事故が5%増加していました。また年1回の”super moon”ともなれば、さらにリスクは高まり、なんと32%の増加となっていました。この現象は米国のみならず、英国、カナダ、豪州でも認められました。著者らはこの研究では検証できていない様々な交絡因子の存在を考慮して、やや控えめな記述をしていますが、full moonでは事故が起こり易い可能性があることを忘れず、ヘルメットの装着、バイクの整備の徹底、注意深い運転を心がけるなどの注意喚起をしています。

私はやはり月には一種独特の魔力があるように思います。werewolfすなわち狼男・人狼伝説が伝えるが如く、満月にはヒトの精神を高揚させる何かがあるかもしれません。ちょっと話は逸れますが、病院の医師には狼男はともかく、一匹狼は確かに存在します。それもひとつの病院に複数棲息しています。いわば“多発性一匹狼状態”ですね。彼らはご機嫌が悪い時には「がおっ〜」と荒れるのですが、full moonのときに特に荒れやすいか否かについては、残念ながら信頼すべきデータがありません。

話を元に戻します。full moon、super moonともなれば「輝く月に向かってぶっ飛ばそうぜ〜」という極めて高リスクなバイク野郎もいるかも知れません。そうでなくとも、“健常運転者”でも満月に一瞬目を奪われることはあり得ることです。ビルの連なりが一瞬途切れる場所、木々の隙間から月光が差し込む場所などは、とくにバイクにとってはハイリスク・ポイントになるのでしょうね。そういうところで突発的に生じる事故には、正直居合わせたくないですよね〜

やはり満月は家の窓から「月光ソナタ」でも聴きながら心静かに眺めるのが安全だと思います。しかしそのとき、突如顎が変形して、毛がみるみる伸びてメタモルフォーシス(変態)起こす・・・・・・そしてついに「がおおおおっ〜」・・・・・・なんてことはないと思いますが、万一あっても病院・診療所で対応するのは無理ですのであしからず。“フル・ムーン誘発性人狼変態”は保険適応外ですし、そもそもエクソシストの専門領域です。


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2018年02月01日

コーヒー摂取量と健康、結論はいかに?!

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2015年6月15日付のこのブログで、日本初のコーヒー摂取量と健康についての研究を紹介したのですが、その後もコーヒー摂取量と健康に関する研究論文は多数出版され、その益や害に関する意見もさまざま・・・・・・そこでより正確な結論を得るために、複数の論文のデータを統合して解析する「メタ解析」あるいは「システマティク・レビュー」という手法をとった論文も続々出版されるようになりました。「では、その更に上を行く研究を・・・・・・」となれば複数の「メタ解析」・「システマティク・レビュー」を統合した研究手法があります。これを「アンブレラ・レビュー」といいます。イメージとしては“傘解析”・・・・・・今回はコーヒーと健康に関するアンブレラ・レビュー(英国医師会雑誌2017年11月号)を紹介します。

コーヒーは世界で最も愛飲されている飲物のひとつです。ですからコーヒーが健康に何らかのインパクトを与えるのなら、たとえ個人にとっての影響はわずかでも、世界中で積算される影響は“計り知れない”とも言えます。より深い科学的検討と洞察が望まれるところですが、これは簡単ではありません。なにしろ焙煎したコーヒーに含まれる生理活性物質は何と1,000種類を超え(欧州食品研究技術誌オンライン 2014年10月)、そのいくつかの成分は抗酸化作用、抗炎症作用、抗線維化作用(線維化とは組織の炎症後などに線維芽細胞が増殖して組織が硬くなり機能障害に陥ること〜例えば肝炎後の肝硬変症など)、そして抗がん作用を持つことが知られています。

コーヒーの生理活性物質のうち、その核となるものがいくつか同定されており、カフェイン、クロロゲン酸、ジテルペン、カフェストール、カーウェオールなどが代表的成分で、それらの作用も詳細に分析されています(食物機能誌 2014年8月)。そうは言っても、コーヒーは未焙煎の生豆の状態から焙煎されることによって“化学的変容”を遂げてさまざまな生理活性を示すと考えられています。その過程は複雑で、アラビカ豆かロブスタ豆かによっても違うし、焙煎から抽出に至る方法によっても影響を受けます。生理活性がある限りは、その量によって益と害が生じる割合は異なってくると想像されますが、一定の結論を得るには、大量の文献情報をまとめて解析するしか手はありません。そこでこの「アンブレラ・レビュー」の出番ということになります。

この「アンブレラ・レビュー」の対象となった論文は201編の観察型研究と17編の介入型研究で合計76の知見が報告されていました。コーヒー摂取はおおむね益が害に勝っていて、摂取量は増えれば増えるほど、とはいえないのですが、1日3〜4杯くらいが最も益がでる可能性が高いという結論が得られました。“1日3〜4杯摂取群”と“コーヒーを全く飲まない群”とを比較すると、「すべての原因による死亡」におけるコーヒー摂取群のリスクは0.83(すなわち17%リスク減少)でした。また「心血管病による死亡」リスクは0.81、「心血管病罹患」リスクは0.85でした。がんについては「コーヒー摂取量が多い」と「少ない」群を比べると、摂取量が多い群で18%のリスク低下が認められました。その他にもコーヒー摂取はいくつかの特定のがん、パーキンソン病などの神経疾患、代謝疾患や肝疾患のリスク減少に関係しているという結果も得られました。コーヒー摂取の害については、多くの場合、喫煙という因子で補正すると影響は消失しました。

しかしコーヒーの多量摂取を絶対避けるべき状況があります。それは妊娠です。コーヒーの高容量摂取は低体重出生児や早産あるいは死産のリスクを20〜46%くらい高めるという結果が得られました。コーヒーの成分であるカフェインは妊娠中血中濃度が2倍になり、しかも胎盤を容易に通過することが知られています。おまけに胎児のカフェイン代謝活性は低いので、この結果は重要視すべきです。親しい方に対象の方がおられるなら、頭の隅に留めておいてくださいね。またコーヒー摂取は女性においては骨折リスクを高める可能性があるのですが、男性ではこの傾向は認められず、むしろ逆に骨折リスクが低下します。この点については、もうちょっとデータの積み重ねが必要かと思われます。

さて結論は・・・・・・コーヒー摂取は、妊娠など特別な状況は別にして、健康には悪くはなさそうです。益もありそうです。コーヒー好きの方は引き続き安心して飲んで頂いて良さそうです。しかし女性の骨折リスクなどまだまだ未解決の問題もあるので、コーヒーを飲まない方が、今から飲み始める必要もないと思います。「時々飲むのだけど・・・・・・」という方は、ここはじっくり考えてみてくださいね。まっ、とりあえずコーヒーを1杯淹れて・・・・・・

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記