2018年05月01日

ハエ、マウス、ヒトが共有する体温日内リズム制御機構

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古来、日本では明と暗が接する時間帯、すなわち黄昏時は“禍々しいもの”に出会いやすいとされており、今も「逢魔時」という言葉が残っています。だけど私は、ふだんの行いが良いせいか、未だに禍々しいものに出会ったことはありません。でもひとつ例外があります。なぜか昼食後のひと時には、しばしば「魔」に遭遇します。言わずと知れた「睡魔」です。

「睡魔」については、想い出したくないことがいくつか・・・・・・かつて不覚にも居眠りして,自分の病院の研修医の先生が学会発表した演題を聴き逃したこと、重要な会議(差し障りがあるので具体的には書けませんが、病院外で開催される公的行事で、途中で居眠りするなど言語道断の会議です)でつい寝入ってしまって、病院から一緒に来ていた隣席の人に足を蹴飛ばされて起こされたこと・・・・・・後者の場合、あろうことかイビキもかいていたらしいです。もちろん自分では「記憶にございません」なのですけど。

さてこの睡魔なるもの、実体は「体温の日内リズム」に由来するとされています。動物にはこのリズムによって体温を下げて休息・睡眠に導く、というメカニズムが備わっています。ヒトも同じメカニズムが働いていて、まず血流が増加して温かくなって放熱し、体温を下げて眠りに誘う、というシステムです。小さい子が眠る前に手足が温かくなるのもそうですね。しかしこのリズムを制御する仕組みについては明らかではありませんでした。

ところが最近、京都大学とシンシナティ小児病院の研究者らが、動物に普遍的に存在する「カルシトニン受容体」が変温動物である昆虫(ショウジョウバエ:この種ではカルシトニン受容体ではなく「DH31受容体」という名称ですが、同じものです)と恒温動物であるマウスに共通した体温日内リズムの制御に関わっていることを明らかにしました(「ジーンズ& デベロップメント誌」 2018年 2月号)。昆虫とマウスが進化系統樹上で分離するのは約6億年前とされていますので、この「カルシトニン受容体」による体温リズム調節機構は少なくとも6億年以上の歴史があると考えられます。むろんヒトもこのシステムを共有しているのです。

カルシトニン受容体を発現する神経細胞は、哺乳類では視交叉上核に存在します。視交叉上核は脳の視床下部の一角の狭い場所にあります。ざっくり言えば、眼と眼の間の奥の方・・・・・・このあたりには、生体のさまざまな日内リズムを司る中枢が集まっているところです。いわば体内時計の集積所みたいな部位なのですが、さまざまな生体リズムがからみあって、相互に影響しながら、個としての生命体のリズムが作られていくと考えられています。どうです?昼間に眠くなると、つい眼と眼の間をごしごし擦りたくなりませんか?

今回の研究で実験対象として用いられているのも「ショウジョウバエ」です。「ショウジョウ」というのは漢字では「猩猩」、ヒヒのような伝説上の生き物ですが、ショウジョウバエは眼が赤くて、お酒に寄ってくるところが「猩猩」に似ているので、この名がついたようです。伝説の生き物に似ている・・・・・・と言われてもね〜見たことないし。

名前の由来はともかく、「ショウジョウバエ」ほど、生物学研究に貢献している生き物はいません。その歴史はもう100年以上にもなります。「ショウジョウバエ」が実験動物として用いられる分野は、遺伝学、発生学、生理学、行動学、進化学・・・・・・などなど広範囲に及びます。昨年ノーベル医学生理学をとった「体内時計」の研究にも使われていました。体温日内リズムも体内時計システムの一環だから、「ショウジョウバエ」が使われて当然なのかも・・・・・・

体長2-3mmの「ショウジョウバエ」と「ヒト」が遺伝子を共有して、その歴史が何億年、と言われたら、ただただ「すごいな〜」という他はないですが、これを思えば、やはり「眠気を根性で振り払ってむりやり眼を覚ます・・・・・・」というのは無理ですね。なんたって、進化の歴史の重みに一個人が抵抗できるわけはありませんから。

というわけで、過去の私の苦い想い出も、すべて“不可抗力という言い訳の海”に流してしまおうと思うのです。

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2018年04月15日

“飼い犬に手を噛まれる”についての一考察


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2017年、ついに飼い猫の数が飼い犬の数を上回ったというニュースが流れたのは記憶に新しいところです。しかしそれでも飼い犬の数は約900万頭で、犬は人間の親しい友人であることには変わりありません。でも犬はときどき人を噛みます。ではどれくらいの人が噛まれるのか、噛まれる方に何か要因があるのかについては、まとまった報告はありませんでした(そりゃ、なかなかないだろうな〜とは思いますが)。今回はこの問題についてのユニークな研究を紹介します。

研究を行ったのは英国リバプール大学のグループで、結果は「英国医師会雑誌」の姉妹誌である「疫学と住民健康誌」の2月号に掲載されました。調査対象はイングランドのチェシャー州の1260世帯で、犬を飼った経験、噛まれた経験、そのときの状況など、さらに感情的な安定性に関する評価についても調査しています。回答が得られたのは、385世帯の694人からなのですが、うち犬に噛まれた経験があったのは25%でした。そのうち治療を要した人は約3人に1人、入院するほどの傷を負ったのは0.6%でした。噛まれる頻度は18.7/人口1,000人/年と算出されました。

英国の飼い犬の数は約850万頭で日本とほぼ同じですが、人口は半分なので、相対的な“対人犬口密度”は日本の倍、ということになります。もし犬に噛まれるという事象が“犬口密度”に比例するのならば、日本では人口1,000人あたり約10回/年、おおよそ一年あたり100人1人程度でしょうか。

この英国発の研究結果で特徴的なのは、男性は女性より1.8倍噛まれやすいことです。また、現在犬を複数飼っている人は飼っていない人に比べて3.3倍噛まれやすいという結果でした(そりゃ、当たり前だろう、とは思いますけど)。注目すべきは噛まれた人の過半数(55%)は“全く面識がなかった犬”に噛まれている、という事実です。文字通り“飼い犬に手を噛まれた”人は男性で17%、女性では16%にすぎませんでした。そういえば私も今までで2回ほど犬に噛まれそうになった経験があるのですが、どちらも知らない犬でした。もちろん親しげに寄ってこられた経験も複数回あります。だから決して犬にとって私が“怪しい人物”に見えるわけではないと思っています。

もうひとつ興味深い結果がでていて、それは“感情的に安定”している人は犬に噛まれるリスクが低下する、ということです。この研究では心理学の分野でよく用いられている質問票で評価しています。回答によって1点〜7点のスコアが付き、高い得点であるほど感情的に安定していて不安傾向も少ない、という評価になるのですが、スコアが1点上昇すると噛まれるリスクが23%低下することが明らかになりました。

この論文の結果を総括すると、まず男性は女性より噛まれやすい、ということです。犬が向かってきたら、男性は逃げた方が良さそうです。問題は、犬は人より足が速い、ということですけど……また「飼い犬に手を噛まれる」ことはもちろんあるけど、「飼い犬でない犬に手を噛まれる」ことの方がずっと多い、ということです。いまひとつはメンタルに安定していない時は噛まれやすい、ということです。確かに犬は賢い動物です。犬を飼っている人に聞いた話ですが、「悲しくて泣いていると犬が慰めにきてくれた」とのことです。昔、我が家にいた “愛犬”と比べると、あまりの落差にため息がでそうです……ただ飼い主メンタルがあまりに不安定だったりすると、飼い犬の方もついにキレて、「え〜い、うっとうしい奴!」となってガブリ、と一噛み……なんてことになるのかも。

たまに噛むことがあったとしても、犬は人の友人であり、家族同然の存在です。そればかりではなく、犬を飼うことで心血管病の罹患や死亡が減少する、という報告が複数あります。うち最も信頼できる研究は最近サイエンティフィック・リポーツ誌2017年11月号に掲載されたスウェ―デンのグループによるものです。研究規模は大きく、同国の2001年1月時点での40〜80歳の全住民約400万人のうち340万人を対象としています。犬を飼っていた人は全体の13.1%でしたが、単身者で犬を飼っている人の全死亡リスクは33%低下していました(他に家族が居て犬を飼っている人のリスク低下は11%)。また心血管病による死亡リスク低下は36%(同15%)でした。犬の種類で比べると、猟犬種で最も効果が高かったとのことです。猟犬を飼うと運動量増えそうですものね。

犬を飼えば、むろん癒やされるし、運動量が増え、社会とも繋がる機会も増えます。とくに単身者で心血管病リスク低下効果が顕著なのは分かる気がします。でも北欧は広いし人口密度も低いから良いけど、狭い日本で猟犬を飼ったら犬のストレスが溜りそうですね〜それで機嫌悪くなったらちょっと怖いな〜

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2018年04月01日

体温が高いと死亡率が上がる!?

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「熱っぽくて、しんどいのですね?でも体温は36.3℃ですので熱はないようですね。」「先生、でも私、平熱が36℃ないのです。だから絶対!、微熱があると思います!!」・・・・・・確かに体温は、とくに病気にかかっていない状態では人それぞれです。では、体温の高低の違いにはどのような意味があるのでしょうか。昨年末の「英国医師会雑誌クリスマス特集」に掲載された米国ボストンのグループの研究結果はなかなか興味深いものでした。

研究方法は、ある大規模病院の外来患者35,488人を対象に243,560回の体温測定のデータと電子カルテの情報を解析するというものです。対象患者の平均年齢は52.9歳、うち64%が女性で、41%は非白人という構成です。体温が研究対象になっていますので、感染症病名がついた人や抗菌剤が処方された人は対象から除外されています。

結果は、平均体温は36.6℃でした。この論文では体温測定部位による違いについての記載もあるのですが、口腔温を基準にして(体温測定ではしばしば直腸温が最も正確とされるのですが、外来での測定にはちょっと無理があります)、腋窩測定では−0.26℃、鼓膜測定では−0.06℃、スマホアプリを使った側頭動脈測定では−0.03℃でした。また、体温に関係するいくつかの因子や状態も明らかになりました。年齢が高くなると体温は低下し(−0.021℃/10年)、人種ではアフリカ系米国人女性が最も高値でした(白人男性に比べて+0.052℃)。

もちろんいくつかの病気と体温の関係も示されました。よく知られたことなのですが、基礎代謝が低下する甲状腺機能低下症ではやはり体温が低いことが確認されました(−0.013℃)。また、がんでは0.020℃体温が高くなり、肥満の指標となるBMI(身長m/体重kg2)と体温との関係をみると1m/kg2あたり0.002高くなる、という結果でした。しかしこれらの因子を合算しても、それらの体温に対する影響はわずか8.2%にとどまりました。

では体温の高低と最も関連していたのは何だったのでしょうか。それは将来の死亡率だったのです。体温0.149℃の上昇は1年間の死亡リスク8.4%の上昇と関連していました。
実はこの結果、今までに発表された基礎的、疫学的研究結果を踏まえると、予想されたものでした。ただ実際の総合病院の患者さんから得られた“ビッグ・データ”で確認されたところに意義があります。

ではネットの世界では高体温はどう捉えられているのでしょうか。目につくのは、「体温を上げると免疫力がアップしてがんなどに罹りにくくなる!」という言説です。もう、ほんと、いい加減!真逆のことがまことしやかに流布されているのです。言いたい放題の世界ですね・・・・・・ちゃんとした科学的根拠の裏付けのない意見は、たとえ専門家・権威の意見であっても重んじるに値しない、というのが現代医学の常識です。また、たとえ論文の裏付けがあったとしても、意図的に自分の意見に合うものだけを引用する、というのもアウトです(これはメディアでもよく使われる手法です)ましてや非専門家の思いつき・体験談などは論外です。せいぜいBSテレビによく出てくる通販の宣伝程度の信頼度でしょうね。

・・・・・・と言いながらも、“権威でない論文マニア”である私の意見を・・・・・・潜在するがんや炎症が検査をくぐり抜けて診断には至らなかったけど、体温だけは少し上昇させていた、という説明は否定できないけど、ちょっと無理筋かなと思います。一方、高体温が代謝亢進にリンクしているとすれば、過剰なエネルギー燃焼は、やはり酸化ストレスの増加など、ある種のリスクに繋がる可能性はあります。代謝亢進を来すことで有名な病気に「甲状腺機能亢進症(バセドウ病またはグレーブス病)」があります。発汗、頻脈、高体温、甲状腺腫大を来たし、放置すれば最悪死に至る疾患です。血液検査で甲状腺ホルモンと下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモンを測定すれば簡単に診断できます。ところが甲状腺ホルモン関連検査がすべて正常範囲にあっても、甲状腺ホルモンが“低めの健常人”は“高めの健常人”に比べて寿命が長いとする報告があります(「米国医師会雑誌・内科学2017年9月号」)。やはり代謝亢進や体温上昇は生物にとって負荷であり、寿命に対するリスクなのでしょうね。

というわけで、“体温が低い”ことは欠点ではなく優れた資質かも知れません。“being cool”は”being hot”より有利のようです。それに何に対しても活動的なのも良いのですが、アルカイック・スマイルを浮かべて静謐の中に生きる、というのも何だか“かっこいい(It’s so cool)”感じがしませんか?・・・・・・もう体温あげないように、じっとしておこうっと・・・・・・

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記