2019年01月01日

アスピリン“百年の夢”はうたかた!?

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あけましておめでとうございます。今年もお暇なときに、このブログを読んで頂けたら嬉しいです。

アスピリンは最も古く、かつ最も頻用されている薬のひとつです。ドイツ・バイエル社が鎮痛解熱剤として販売を開始したのが1899年、今年で120年になります。発売当初から、その切れ味鋭い効果で世界を席巻しました。1970年代には少量投与で血小板凝集抑制作用をもつことが明らかとなり、現在では脳梗塞や虚血性心疾患などいくつかの疾患で血栓再発抑制の標準治療薬となっています。さらに近年、アスピリンは大腸がんをはじめとする様々ながんの発生率を低下させる可能性があることが報告され(ランセット誌 2010~2012)、アスピリンで心血管病のみならず、がんも予防できるのではないか、という期待がふくらみました。

「再発予防」(二次予防)から一歩進んで、“未だ病気を発症していない人を対象にして、薬を投与し、発症を未然に防止すること(一次予防)を「化学予防」といいます。心血管病やがんなど、頻度が高く健康に重大な影響を及ぼす病気がターゲットになります。むろんリスクが高い人を対象として投与するのが一般的ですが、効果が確実であれば、すべての健康人を対象にすることも考えられます。       

用いられる薬は長期間服用することが前提となるので、副作用が軽微ないしコントロール可能であること、そして安価なことが条件となります。この条件に合う薬剤としてアスピリンとコレステロール降下剤であるスタチンが考えられます。価格面ではアスピリンが1日投与量で約6円、スタチンはその数倍ですのでアスピリンに軍配が上がります。そこでアスピリンは“人類の健康寿命を延ばす夢の薬”かも知れないという期待が高まりました。

ここでアスピリンがどうして効くか、について簡単にふれておきます。アスピリン、化学的には「アセチルサリチル酸」という物質ですが、この薬には強力な生理活性物質である「プロスタグランジン(PG)」の生成を阻害し、PGによる炎症を抑制し、その結果発熱や痛みを和らげます。またアスピリンは少量投与で止血・血栓形成の最初の重要なステップである血小板の凝集を抑制します(同時に“出血しやすくなる”という問題が生じます)。心血管病の再発抑制には血小板凝集抑制作用が深くかかわっているのですが、がん抑制効果については、炎症抑制作用が関係している可能性が示唆されています。

ところが昨年10月、臨床系医学雑誌の最高峰である「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に4編の論文が同時に掲載されたのですが、これがなんと“アスピリンの夢”を“ちゃぶ台返し”するような結果だったのです。

これらの論文のうち、3編は米国・豪州の共同研究で、同じ対象集団について三つの異なった観点から解析を行っています。対象は70歳以上(米国の黒人とヒスパニックは65歳以上)で心疾患、認知症、身体障害のない人19,114名で、アスピリン100mgと偽薬にランダムに割り付けられています(アスピリン群9.525人、偽薬群9,589人)。

3編の研究結果を要約しますと;@健康な高齢者においてアスピリンは“障害のない生存期間”を延長できるか?→観察期間4.7年で、すべての原因による死亡(全死亡)、認知症、持続性の身体障害、いずれも両群で差はなかった。A健康な高齢者においてアスピリンは心血管イベントを防げるか?→心血管イベントのリスクは両群で差はなかった。重大な出血のリスクはアスピリン群で38%増加した。B健康な高齢者においてアスピリンは全死亡を減少させ得るか?→逆にアスピリン群で全死亡リスクが14%高かった。高くなった原因の主たるものはがんによる死亡であった。

もう惨憺たる結果ですね〜とくにがん死亡までが増加するとは・・・・・・
著者らもこの意外な結果に「解釈は慎重に行う必要がある」と、ちょっと腰が引けています。現時点では健康な高齢者を対象としたアスピリンの一次予防は、 “時期尚早”と思われます。

なお、4つめの論文は異なるグループの研究で、「心血管イベントを未だ発症していない糖尿病患者を対象としたアスピリンの予防効果」を検証したものですが、これによるとアスピリン群では偽薬群に比べ、糖尿病患者の心血管イベントは12%抑制されるものの、重大な出血が29%増加するため、益は害で相殺されてしまう、という結果でした。

念のために繰り返しますが、脳梗塞・心筋梗塞など心血管病を既に発症した患者さんにおけるアスピリンの再発予防効果は確立しています。でも、「では先手をとって発症する前にアスピリンを投与・・・・・・」というのは今の段階では難しい、ということです。

アスピリンの夢、見込みありそうだったけどな〜小椋佳さん作曲、阿久悠さん作詞の名曲「古城の月(1987)」にあるように、「夢は砕けて夢と知り・・・・・・」となるのかも。




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2018年12月15日

フィッシュ・オイルは心の平穏をもたらす!?

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体に良い栄養成分の代表として、「オメガ3系多価不飽和脂肪酸」があります。
「何それ?!」と思われる方も、その中の“御三家”を挙げたら聞き覚えがあるのではないでしょうか。その3つとは「エイサコペンタエン酸(EPA)」「ドコサヘキサエン酸(DHA)」「アルファ・リノレン酸(ALA)」です。ALAは植物油由来なのですが、EPA、DHAはフィッシュ・オイルの成分として知られており、サンマ、イワシ、サバ、マグロ(トロの部分)に豊富に含まれています。

EPA、DHAはサプリメントとしても有名で、世界中で多くの愛用者を獲得しています。その効能として最も喧伝されているのは抗動脈硬化作用で、日本のメディアでは、しばしば“血液サラサラ”と表現されています。これらが他のサプリメントと一線を画するのは、ともに保険適応医薬品として認可されていることです。「高中性脂肪血症」や「閉塞性動脈硬化症」などが適応疾患となっています。

当初はEPA、DHAの効果への期待はどんどん大きくなり、2012の米国栄養学会機関誌に掲載されたある総説(栄養学の進歩・オックスフォード出版 2012)などは 「EPA、DHAには生涯を通じての健康利益がある」とし、胎児の成育、心血管病やアルツハイマー病に対する予防効果など、まさに“ゆりかごから墓場まで”の健康利益をぶち上げています。

しかし私自身のEPAやDHA製剤の処方経験を正直言えば、“明瞭な手応え”は乏しく、また効能効果を保証する第一級の文献も見当たらず、ただでさえ疑り深い私は、しだいに処方を控えるようになりました。こういう場合には、EPAやDHAの有効性についての論文を1編や2編ではなく、できるだけたくさん集めてその効果を検証する“メタ解析”で決着をつける必要があります。

最近、権威あるメタ解析の専門誌である「コクラン・データベース・システマテック・レビュー」に注目すべき論文が掲載されました(2018年7月)。この論文ではEPAやDHAによる心血管病の一次予防(既往のない人が心血管病になるのを予防する)と二次予防(既往のある人の再発を予防する)について検証を行っています。

その結果は・・・・・・ランダム化比較試験79論文のうち、偏りが少なく、まともそうな論文25編を対象として解析したところ、「EPAやDHA摂取を増やすことの益はほとんど、あるいは全くない。今まで喧伝されていた結果は“研究対象や手法の偏りによる偶然の結果”の可能性がある。ALAは、ひょっとしたら、ちょっとはマシかも知れないけど、その科学的根拠は弱い」という結果でした。また、同時期に他誌に掲載された糖尿病患者を対象にオメガ3系多価不飽和脂肪酸サプリメントの血管イベントに対する効果を検証した論文でもやはり有意な結果は得られませんでした(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン 2018年8月号)“やっぱりな〜”という感じですね・・・・・・

しかし現在「では、精神心理的病態に対してはどうか」という観点でEPAやDHAの効果についての研究を進めているグループがあります。日本の国立がん研究センターは健常者やさまざまな精神疾患、身体疾患をもつ患者さんにおけるEPAやDHAの不安軽減効果についてのメタ解析を行い、有意な効果を報告しています(米国医師会雑誌・ネットワーク・オープン 2018)。この研究は9月にはメディアでも取り上げられ、「毎日サンマ1.5匹、三か月で不安を軽減!」と紹介されました(今年はサンマが大量だったので良かったです)。まあ、そんなに強い抗不安効果ではないのですけど。

EPA・DHAを豊富に含むフィシュ・オイル・リッチな食生活は“心血管病を防ぐ”という科学的根拠は乏しいけれども、心の平穏をもたらしてくれる可能性があるかも知れません。なので、不安に襲われた時には苦手でなければぜひどうぞ。ただしサプリメントを購入してまで無理に摂取する必要はないと思います。となればサンマ・イワシ・サバの出番かも・・・・・・ほんとはマグロのトロが一番EPA・DHAが豊富なのだけど、値段高いし、三か月毎日は飽きるし・・・・・・

でもフィシュ・オイル・リッチな食生活による“有害事象(副作用)”もないわけではありません。それはもちろん“小骨が喉に刺さる”ことです。だんだん老眼が進むとリスクが高まりますから用心して下さいね。それに一度小骨が刺さると、また刺さるのではないか、という不安が逆に高まって、せっかくの抗不安作用も帳消しなんてことも・・・・・・なんだか自分でもすごく嫌みな論文の読み方をしているような気がするので、この辺で・・・・・・

……サンマが苦くても塩っぱくても(突然ですが佐藤春夫さんです)、
食べても食べなくても、皆さまに平穏な新年が訪れますように……



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2018年12月01日

簡単な“体力測定”で糖尿病リスクを評価する

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平成28年の厚生労働省発表によれば、日本人の成人で「糖尿病が強く疑われる人」は12.1%(男性16.3%、女性9.3%)、「糖尿病の可能性が否定できない人」は男女ともほぼ12.1%とのことです。合計すれば何と約2000万人です。まさに“堂々たる国民病”です。

さて、糖尿病の危険因子といえば、肥満、運動不足、座位時間が長いこと、不適正な食事習慣・・・・・・などたくさんあるのですが、知りたいのは「現在の自分にとって、将来の糖尿病リスクはどの程度か」ということではないでしょうか。
それもできれば簡単な方法で知りたいところです。その有力候補のひとつが「運動能力」です。とくに最大酸素摂取量などを測定する「心肺フィットネス」で示される運動能力は糖尿病罹患率と逆相関することが明らかになっています(欧州疫学会雑誌 2015)。とはいえ、この心肺フィットネスなるもの、専門的な心機能評価やアスリートの能力評価に用いるレベルの検査なので、広く普及させて誰にでも手軽に利用できるようにするのには、ちょっと無理があります。

そこで注目されるのは「ニイガタ・ウェルネス・スタディ」という日本のグループによる研究です(日本疫学会英文誌 2018)。この研究の対象は2001/04〜2002/03に登録された日本人21,802人(女性6,649人)です。この人たちは登録時には糖尿病に罹患しておらず、この時点で“体力測定”を実施、その後2001/04〜2008/03の間に“体力測定”を少なくとも2回実施しつつ,糖尿病罹患状況を調査しました。

この研究でおこなった“体力測定”の内容ですが;@筋力指標としての「握力」:立位で左右1回ずつ、高い方の値を採用し、体格差を補正するために握力(kg)/体重(kg)で評価、A下肢筋力指標としての「垂直跳び」:2回試技、良い方の記録(cm)/体重(kg)で評価、B体幹バランス指標としての「閉眼片足立ち」:両手は後ろに廻して“4分頑張って下さい”と伝えて3回試技、もっとも長かった時間を採用、C体幹柔軟性指標としての立位前屈:1回試技、できるだけのばした中指の位置を記録とする、D「全身反応時間」:圧センサー付マットに立って、2m先に発光シグナル装置を配置し、光ったらすかさずジャンプする。圧センサーで“シグナル発光から両足が空中にある時間を測定”する。3回試技で平均値を採用、E腹筋を評価する「下肢挙上時間」:臥位で両足を伸ばして踵を床から30cm以上挙上してできるだけ長く保持する。1回試技・・・・・・まあ、ふつうの“体力測定”だけど、全身反応時間だけは装置にお金をかけていますね。

この研究結果の解析方法ですが、すべての項目で、記録の良い順に並べて4等分して4つのランクに分けます。そして最も良い記録だったグループを基準にして、体力テストの記録が悪くなれば糖尿病の罹患率がどうなるかを検討しています。対象の年齢の中央値は50歳で、平均観察期間は5年、この間糖尿病を発症した人は972人(4.5%)でした。

さて、“体力測定”のどの項目の成績が悪いと、糖尿病リスクが高くなるかをみてみますと、6項目のうち、さまざまな因子をきっちり補正したうえで、なおかつ有意差があるのは@握力とB閉眼片足立ちの二つでした。最下位1/4のグループは最上位1/4のグループに比べて@では56%、Bでは39%の糖尿病罹患リスクが増加しました。実際、どれくらいの記録でリスクが高くなるのかといえば、握力/体重で0.5〜0.6(体重60kgなら握力30〜36kg)、閉眼片足立ちで10〜20秒以下ならちょっとやばいかも……

もっともこの結果をすぐに私たちに当てはめられるか、については問題があります。まずこのデータの対象者は私たちより十数年若い集団です。これだけ年齢が違うと、直ちに適応するのは難しいかも・・・・・・それに握力と糖尿病リスクの関係を否定する先行研究(ランセット誌 2015)もあるし・・・・・・もうひとつ、これを読んで頂いた方に重要なご注意を!・・・・・・「よし、では握力トレーニングや片足立ちを練習しよう!」と思った方もおられるかも知れませんが、訓練で握力が強くなり、また片足立ちが上手になったからといって、糖尿病の罹患率が下がる証拠はありません。また、「閉眼片足立ち」は、けっこう難しく、年齢による衰えは思っているよりもずっと大きいかも知れません。どうしてもやるなら周りを片付けたうえで、くれぐれも転倒・怪我には気をつけて。一方、握力については、握力計を入手する必要がありますが、わりあい安価なものもありますし、リスクはほぼないので、興味ある方は試してみてください。ただし勢い余って手関節を痛めることはあり得るので、そこはご注意を!


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