2020年05月01日

噛めば噛むほど認知症予防・・・・・・


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皆さんは食事時にしっかり噛むほうですか?私は医師になって間もない頃は食事時間が惜しい気がして、ずいぶん食べるのが早くなりました。そのために噛むのもいい加減になって、今も続いているような・・・・・・しかし噛む、すなわち咀嚼という行動は大事です。摂食・消化・吸収に重要な役割を果たすばかりではなく、どうやら脳にも好影響をもたらせてくれるようです。

以前から咀嚼によって脳血流が増加することは知られていたのですが、その詳細な機序については明らかではありませんでした。このテーマについて、昨年末に東京都健康長寿医療センターのグループが「脳血流と代謝誌(BMC出版)12月25日 2019」に興味深い論文を発表しました。

著者らが明らかにした脳内メカニズムは次のようなものでした。咀嚼すると脳の奥まった場所にあるマイネルト基底核という神経細胞が活性化します。マイネルト神経核からは神経線維が広範囲の大脳皮質に放射されていて、それを介する信号によって大脳皮質の血流量が大きく増加します。マイネルト神経核はアルツハイマー型認知症で脱落することが知られていて、認知機能に重要な役割を果たしていると考えられています。すなわちこの部位の活性化によって脳血流が増加するという現象からみて、咀嚼が認知機能の維持・認知症の予防に役立つことが期待できるというのです。

この研究の面白いところは、咀嚼によって脳血流が増えると言っても、必ずしも咀嚼筋を動かす必要はない、ということを示したことです。著者らはラットを用いた実験系でいろいろな工夫を加えて、この現象の機序の解明に迫っています。印象深いのは、咀嚼筋自体は動かない状態にしておいて大脳皮質の咀嚼中枢を刺激してみると、普通の咀嚼と同様にマイネルト神経核が活性化し、脳血流が増加することが分かりました。これをヒトに例えると、「しっかり噛むぞ!」と思っただけで脳血流が増加する、ということになります。

なぜ咀嚼が脳に良いのか、についてはひとつのヒントがあります。この研究グループは以前から歩行が同様に脳血流を増加させることを報告してきました(自律神経科学誌 エルゼビア出版 2003、日本老年医学会英文誌 2010)。これがどれくらい認知機能にとって役立つかについては、実際に高齢者を対象とした疫学的なデータがあります。東北大学のグループはしっかり歩く高齢者はそうでない高齢者に比較して認知症のリスクが30%近く低くなる、という結果を発表しています(年齢と老化誌 オックスフォード出版 2017)。東京都健康長寿医療センターのグループは歩行や咀嚼などの“リズミカルな運動”がマイネルト神経を刺激して、この神経核を経由した脳血流増加が起こると考えているようです。

ここでちょっと思いつきました。咀嚼も歩行も、マイネルト神経核を刺激して脳血流を増やすことができます。そしてそれは認知機能に良い影響を与える可能性があります。だったら咀嚼と歩行を組み合わせて、“歩きながら物を食べる”のが、最も効率良く認知機能を鍛えることができるのでないか・・・・・・でもやはりこれは“行儀が悪い”“不作法”“迷惑”“品が無い”などという批判の嵐を覚悟しないといけませんね。最近の言葉で言うと、“炎上する”というやつです。これは困ります。ましてや私はどちらかと言えば品格で勝負するタイプですので、さすがにこれは実行しづらいし、お勧めできません。

でも心配いりません。今回紹介した論文には “何も咀嚼筋を動かさなくても良い。咀嚼中枢が活性化する=咀嚼すると思うだけで脳血流が増える”と書いてあります。これが事実なら、“歩きながらしっかり噛む”というイメージ・トレーニングを行うだけで効果が上がるかも知れません。いくらなんでもちょっと話がうますぎる気はするのですが・・・・・・それにイメージ・トレーニングだけでは、歩行という運動の効果も得られないし、噛まずにいると消化・吸収はどうするのだ、ということになります。

やはりここは、めんどうがらずに、1日10,000歩目指して、しっかり歩くとともに、朝・昼・晩(あるいは+間食)食べるときには、しっかり噛みましょう!
しかもリズミカルに・・・・・・そうすれば体も顎も鍛えられ、消化吸収も良くなり、おまけに認知機能も保たれて、「健康ジジ・ババ」への道が開けるかも知れませんよ。



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2020年04月28日

特別増刊号−3  「COVID-19の薬」の続報と「COVID-19流行中の予定 入院」について


私が毎朝の通勤で乗る大阪シティバスは梅田まで12分ほどなのですが、乗客は2人くらい、梅田から乗る阪急宝塚線急行は朝で1車両に10人ちょっと、帰りは数人です。この光景にはなかなか慣れません。見るたびに私たちは今、非日常の世界にいることを痛感します。

現時点で、医療現場がなによりも必要としているものは、まずガウン/エプロン・マスク・ゴーグル/フェイスシールドなどの個人感染防御具(PPE)の十分な配備、数十分〜1時間以内で判明するCOVID-19迅速診断検査、そして有効な治療薬です。PPEについては、国や自治体の有効な対策、善意の寄付、さらに自力で作成(DIY)!(まさか本当にこれが必要になるとは思いませんでした)など、何でも良いからとにかく入手するしかありません。PCR以外のもっと早く診断できる検査法については、少しずつですが進展しつつあります。でもなんと言っても待たれるのは、有効な治療薬です。“攻撃に勝る防御なし”は感染症治療においても事実です。守ってばかりでは勝てそうもないので。もっとも、麻疹レベルの有効なワクチンが広く行き渡ればまた話は別なのですが・・・・・・

前回の増刊号で紹介しましたように、最も効果が期待できそうな薬剤は、ウイルスRNAの合成を阻害する二つのRNAポリメラーゼ阻害剤、ファビピラビル(アビガン)とレムデシビル(増刊号−2で“レムデシベル”と書いていました、すいません。“デシベル”は音量の単位だ・・・・・・)です。ごく最近、両剤に関する論文が閲覧可能になりましたので、紹介します。

[ファビピラビル(アビガン)] 前号で論文に行き着けなかったと書いていた研究です。「エンジニアリング誌(中国工程院〜中国の技術分野における最高機関〜英文機関誌)」に“印刷中”として閲覧ができるようになっていました。前に閲覧できなかった理由は、一旦論文が撤回されたからのようですが、このあたりの事情はよく分かりません。何かあったのかも・・・・・・多少の“きな臭さ”はあります。論文のタイトルは「COVID-19に対するファビピラビルの実験的治療:オープンラベル(患者も医療従事者も治療内容が分かっている=盲検化していない)対照研究」で、広東省深セン市の第三人民病院の医師らによる研究です。

さて研究の概要ですが、比較している治療法はファビピラビル(アビガンのジェネリックです)を初日1600mg 1日2回、2〜14日目は600mgを1日2回服用)+インターフェロンα吸入(1回500万単位、1日2回)群35例VS カレトラ(抗HIV薬)+インターフェロンα吸入群45例です。ファビピラビルの1日投与量は日本で新型インフルエンザに認可されている量と同じですが、インフルエンザの場合は5日までの投与となっています。

結果ですが、投与からウイルス消失までの期間では、ファビピラビル群で平均4日、カレトラ群で平均11日、また胸部CT画像の改善率はファビピラビル群で91.4%、カレトラ群で62.2%でした。副作用もファビピラビルの方が軽微であったとのことです(11.4% VS 55.6 %)。このデータからはファビピラビルの判定勝ち、と言っても良さそうです。薬効に関する科学的な評価については、より洗練された臨床試験が必要なのですが、COVID-19の現状をみると、その実施には倫理的な問題など、さまざまな障壁があります。

もうひとつは、やはり中国発の論文で、こちらは“プレプリント・サーバー”に登録された「査読前論文」です。専門家の批判的吟味を受ける前の状態ですので、解釈には注意がいります(読み手の自己責任です)。武漢の病院や大学、北京大学などの共同研究です。

研究方法はファビピラビルとアルビドールとの前向き、ランダム化、オープンラベルの比較試験です。なおアルビドールというのはロシア産の広域抗ウイルス剤で(抗ウイルス剤研究誌 エルゼビア出版 2014)、COVID-19の治療については、カレトラ投与群34例とアルビドール投与群16例を比較した論文があります。重症肺炎患者は対象外なのですが、投与14日目のウイルス消失率をみるとアルビトールで100%、カレトラで56%であったとのことです(英国感染学会誌 2020)。

さて、話を上記査読前論文に戻しますが、240例のCOVID-19を120例ずつファビピラビル群とアルビドール群に割り付けています。投与7日目の臨床的な改善については、有意差はなかったのですが(ファビピラビル群 61.2%VSアルビドール群 51.7%)、ファビピラビル群で発熱や咳の持続期間が短く、副作用も軽微であったということです。この研究の対象患者には死亡例が含まれておらず、論文を読んでもすっきりしないところがありますが(なんで比較対照がアルビドールやねん!)、アルビドールと比較して互角以上、ということにしておきましょう。

当然ここで、日本のデータが知りたいところです。これについては4月18日に行われた日本感染症学会 Web特別シンポジウムで藤田医科大学の土井洋平教授が現在行われつつある臨床試験の迅速観察結果を報告されています。全国の約200の医療機関が参加した臨床試験なのですが、対照群をおいた比較試験ではない、吸入ステロイドの併用例もある、転帰の判断は各主治医にまかされるなど、さまざまな観察研究の限界はあるものの、346例(男性262、女性84)が解析対象となっている貴重なデータです。

COVID-19患者を重症度で3群に分けて(軽症:酸素投与なし、中等症:酸素投与あり、機械換気(人工呼吸)なし、重症:機械換気あり)、アビガン投与後7日目/14日目の改善率をみると、軽症で70/90%、中等症で66/85%、重症で41/61%でした。ただし重症では7日目/14日目の悪化が34/33%あったということです。すなわち、重症に至らないうちにアビガンを投与すれば、良い結果が期待できそうな印象がありますが、巷間で伝えられているようにCOVID-19患者の80%は重症化しないのなら、とくに軽症者に対する効果の検証は容易ではありません。「投与した、効いた(とくに有名人の患者さんが良くなると)」でつい前のめりになりがちですが、土井教授がおっしゃっておられるように、さらなる検証が必要です。たとえ今、混乱の中にあったとしても、この先将来にわたって続くであろうCOVID-19との戦いに備えて、質の高い科学的根拠をすくい上げておくことが重要であろうと思います。

[レムデシビル] こちらは「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」のサイトで2020年4月10日にアップされました。論文のタイトルは「重症COVID-19患者に対するレムデシビルの人道的投与(Compassionate Use)」です。「重症COVID-19患者を助けたいがために、人道的見地から(ギリアド社の提供した)レムデシビルを投与した結果なので、臨床研究の方法論としては不備なところも多々あるが、そこは理解してほしい」という著者たちの心の内が感じられます。米国、欧州、カナダ、そして日本の医師・研究者も共同著者に名を連ねています。

対象となったのは入院中のCOVID-19患者で、室内気または酸素吸入下で酸素飽和度が94%以下(95%以上が正常範囲ですが、ほとんどの健常人は98〜100%を示します)を示した人たち(計61名)です。レムデシビルは初日200mgを経静脈投与、以後2〜10日目は100mgが投与されるデザインでしたが、治療後データの欠如や投与量の誤りで8例は除外となり解析対象となったのは53人(米国22例、欧州・カナダ22例、日本9例)でした。

投与前の状態をみると重症例が多く、30/53例(57%)は人工呼吸器管理されていて、4/53例(8%)は体外式膜型人工肺(ECMO)使用中でした。結果は、平均18日の観察期間で、36名(68%)では酸素供給状態の改善がみられました(人工呼吸器管理を受けていた30例中17例で人工呼吸器離脱)。また合計25名(47%)は退院し、死亡したのは7名(13%)でした。死亡率はハイレベルの人工呼吸管理を受けていた患者では18%(6/34)、そうでない患者では5%(1/19)でした。この結果からレムデシビルは重症COVID-19患者にも一定の効果があると考えられ、偽薬を対照群としたランダム化試験が進行中とのことです。

でもこの後4月24日にWebニュースで「WHOが中国で行われていたレムデシビルの臨床試験が失敗に終わったと発表し、レムデシビルを製造するギリアド社の株価が5%低下。だがギリアド社は、これはWHOの誤発表であったとして抗議しWHOは発表撤回・・・・・・」というように混乱していて、情報も錯綜しているようです。中国、米国、WHOの関係もぎくしゃく、というか乱闘寸前!というふしもあるので、論文もより慎重に読まないといけないかも知れません。それにしても、COVID-19の問題については、「ちょっといいかげんにしてよ!WHO!」と言いたくなります。私もしつこい性格じゃないけど、ことの始めの頃にWHOがどう言っていたか、しっかり覚えているものね・・・・・・そりゃね、新しい病気だから、すべてを見通せる人なんていないのは分かっているけど、明らかな間違いを言ったのなら「ごめんなさい」の一言くらいあっても良いと思うのです!愚痴になるからもう言わないけど・・・・・・

愚痴のついでに・・・・・・4月28日に「日本でレムデシビルが5月中にも特例承認される」と安倍首相が述べたというニュースが流れました。それは良いけど、アビガンはどうなったのでしょう?!COVID-19に対して第一線で診療にあたっている医師を信じて、早くアビガン使用の自由度をあげてほしいと思います。今のような状況になれば、厚生行政のコントロールが日本中、津々浦々行き渡るのは不可能です。アビガンの真の効果や最善の使いどころは、臨床の現場から届く情報でしか分からないと思うのです。そして「新たな脅威となった疾病に対する最善の治療法を決める段階で、“医学的・科学的でない事情”が干渉している」ことがないように願いたいです。

ではついでにCOVID-19に関する別の話題をひとつ・・・・・・

COVID-19が世界を変えてしまって、日本でも、ほとんどの病院が影響を受けています。たとえば、別の病気で以前から手術の予約をしていたのだけど、それが延期になってしまった・・・・・・という話は珍しくありません。せっかく入院申し込みをした患者さんは「コロナで混乱しているのは分かるけど、院内感染に注意して、何とか予定通りに手術ができないものか」と思っておられるでしょうね。でもCOVID-19は感染していから発症するまでの期間(潜伏期間)が3〜10、最長14日(あるいはもっと)とされています。もちろんこの期間は症状がないので気づきません。では、もし知らずに感染していて、潜伏期間に入院して手術を受けることになれば、何か不利なことがあるのでしょうか?実はこれはかなりの高リスクになるという論文がありました。

武漢の4病院の医師たちは、結果的に潜伏期間中に予定手術を受けることになった34名の患者について分析してランセット誌の姉妹紙である「Eクリニカルメディシン(エルゼビア出版) 2020」に発表しました。対象患者は平均年齢55歳、58.8%が女性でした。手術術式は腹腔鏡あるいは開腹のがん手術、整形外科、婦人科、脳外科領域などさまざまでした。
最終的には15名(44.1%)でICU管理が必要となり、7名(20.5%)が死亡しました。死亡した患者さんは平均年齢59.2歳とやや高く、手術前からあった合併症の頻度も高い傾向があったのですが、術式をみても、平常時であれば、こんなべらぼうな死亡率になるはずがありません。COVID-19と知らずに手術し、術後に発症すると、予後が悪くなることは間違いなさそうです。すなわちCOVID-19の潜伏期間中の手術は、結果としてかなりの高リスクになるわけです。

ですから今のような時期に予定手術を受ける際には、入院までの間は、極力感染機会を避け、体温の記録を怠らず、体調の変化を細かく記録しておくべきだと思います。万一変化があれば、たとえ入院当日であろうと、必ずまず主治医に電話連絡をしてください。

これから梅雨の時期を経て、そしていつもの暑い夏がやってきます。温度と湿度が上がり、紫外線が増えたら、COVID-19の蔓延も収まってくるのでしょうか?COVID-19感染と気候の関連については、肯定する文献も否定する文献もあります。私見ですが、患者数には大きな差があるとはいえ、北半球にも南半球にも感染は広まりました。東アジアでも暖かい都市でも発症がみられました。やはり気候よりも、ソーシャル・ディスタンス、3密を避ける方が重要だと思うのです。

季節の移ろいに期待するよりも地道な努力・・・・・・でも経済や学校教育のことを考えると、たとえCOVID-19が収まっても、本当に大変なのはその後かも知れません。後世の史書に「令和は忍耐の時代であった。」とか書かれることになりそうな・・・・・・


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2020年04月15日

人類の進化と情動を司る遺伝子変異

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私たち人類の祖先(ヒト属)が地球に誕生して約200万年、さまざまな幸運に見舞われ、地上の覇者となりました。まだ人類の祖先が無力な原始哺乳類だった6500万年前には巨大隕石衝突が起こって、当時の覇者だった恐竜があっという間に絶滅したのは運以外の何者でもないし、二足歩行・脳の発達にしても、たまたま起こった進化=遺伝子変異が運良く“当たり”だっただけかも知れませんしね・・・・・・

覇者になったとはいえ、人類は他の動物種とは違って、しょっちゅう仲間割れするし、意図的でないにしろ他の生物種を絶滅に追い込むし、ふつうの動物種では当たり前に備わっている本能が弱くて、生きる意味とか、自己実現とかのお題目を無理矢理考え出さないといけないし・・・・・・なんだか“生物種としての不完全性”が目立ちますね〜自分を振り返っても、ホント、そう思います。

数十万年前、多くの類人猿が世界中に乱立・跋扈していた中から、いかにして我らヒト属が生き残ったか、についてはさまざまな説があります。医学的な観点からこのような議論を展開できる分野のひとつとして、大脳生理学・神経科学があげられます。

ある生物種が少数しか存在していないとき、その生物種の行動や情動の特性は種の生き残りに大きな影響を与える可能性があります。そうなるとヒト属の場合、行動とそれを裏打ちする脳の情動は大きな意味を持ちますが、その情動は脳内の神経伝達物質という脳神経細胞活動を賦活・制御する物質の支配下にあると考えられます。一方、神経伝達物質にはそれを取り込んで輸送する固有の蛋白質があるので、この蛋白質の機能が結果として脳神経細胞活動、ひいては情動に大きな影響を与えます。

このような観点から、東北大学のグループは情動に関わる神経伝達物質の取込に深く関わる「小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)」という蛋白質の進化段階を検討しました(進化生物学誌 BMC出版 2019)。著者らはVMAT1の変異体を培養細胞で再現する技術を用いて類人猿から現代人に至るまでに5段階のVMAT1を作成し進化論的分析を加えています。

VMAT1変異が起こる、すなわち遺伝子配列の突然変異によって蛋白質を構成するアミノ酸がわずか1個変化しただけで、神経伝達物質の取込能が変わって、個体の認知や情動がかなり変化することが分かっています。VMAT1は進化の過程で5段階の変異が起こったのですが、1〜4段階までの過程では神経伝達物質の取込が、かなり減少する方向に変異したようです。これはヒト属において、不安やうつ傾向が強くなっていったことを意味しているそうです。ところが最終の5段階目の変異によって神経伝達物質の取込は大きく上昇しました。これが起こったのは今から約10万年前で、ちょうど私たちの直接の先祖であるヒト属が、アフリカ大陸を出て、世界中に散らばっていった時期に一致するのです。

ちょっと出来過ぎた話のような気もしないではないのですが、確かにヒトの黎明期は厳しい環境にあり、認知・行動・情動の“方向”が生存を左右したことは想像に難くありません。すなわち“環境による自然選択”が働き、“適者生存”〜“フィッターズ・ビクトリー”の原則によって、適応したものが生き残った、ということです。「不安」は自己防衛に繋がりますし、「うつ」も私たちが想起するような薬物治療が必要なレベルはさておき、やや古典的な言説に想像を交えて考えると、しばしば“うつになりやすい性格”とされる「他者に配慮する」、「几帳面」、「責任感の強さ」を豊富に持つことが厳しい環境での比較的小さな集団の維持・生存に有利に働いたのかも知れません。

そしてさらに環境が悪化し、どうにもならなくなった時には、不安やうつ傾向に乏しい“行動的な”ヒトが現れ、新天地に飛び出して行った・・・・・・「出エジプト」ならぬ「出アフリカ」ですね。あるいは行動・前進を恐れぬモーゼのような(顔は「十戒」のチャールトン・ヘストン似)リーダーが皆を引っ張って行ったのかも・・・・・・

それが起こったのはほんと10万年前か?ということで調べてみると、最近の発見から考察すると出アフリカはもっと古く、遅くとも18万年前という意見も(サイエンス誌 2011)・・・・・・まあ、遺伝子変異の時期を正確に推計するのも困難ですし、数万年の差はあまり気にしなくても良いのかも知れませんが。

それよりひっかかるのは、人類の進化も、そして今それを考察しているこの私の思考も、脳内の神経伝達物質とそれを運ぶVMAT1などのトランスポーター蛋白のなせる技・・・・・・ということになると、ちょっと虚しい気もしないではありません。やはりこの生身の体は、所詮は遺伝子の乗り物に過ぎないのかも知れません・・・・・・乗り物だとすれば、ちょっとガタが来始めているのが気がかりです。

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