2018年11月15日

便潜血でわかる健康リスク〜大腸がんだけではない

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便ヒトヘモグロビン検査、通称“便潜血”は大腸がんスクリーニングとして世界中で普及しています。検診で便潜血を行うことにより、大腸がん死亡率を低下させることができ、しかも検査自体にはリスクがなく、最も優れた“がん検診”のひとつと言っても過言ではありません。

便潜血が陽性であれば、必ず全大腸内視鏡検査が必要です。検診での便潜血陽性率は4〜5%くらいと報告している施設が多いのですが、全大腸内視鏡を行うと、陽性者のうちの2%くらいに大腸がんがみつかるとされています。では、もし大腸内視鏡で異常がなければ、「ラッキー、もう大丈夫」と言って良いのか、というのが今回のテーマです。どうも話はそう簡単ではないようです。

最近、英国スコットランドのグループが「便潜血陽性は“大腸がんの死亡率”のみならず、“すべての原因による死亡率”と“大腸がん以外の原因による死亡率”にも関係している」と報告しました(「ガット(腸)誌」2018年7月号)。彼らは2000年3月〜2016年3月に便潜血検査を受けた134,192人(女性53%)を対象に便潜血の結果と死亡原因との関係を調査しました。対象者のうち2,714人(約2%)が便潜血陽性でしたが、男性の陽性率は2.6%、女性は1.5%、と男性で陽性率が高く、また年齢が高いほど陽性率が高い傾向にありました。また便潜血陰性者の約18%、陽性者の約29%が、アスピリンなどの出血を来しうる薬剤を処方されていました。2016年末の観察終了時点で便潜血陰性者の9.6%、陽性者の21.9%が死亡しており、死亡時平均年齢は陰性者で71歳、陽性者で70歳でした。

さて、問題となる原因別による死亡リスクですが、結果に影響し得るさまざまな因子について補正を行って比較すると、便潜血陽性者の大腸がん(正確には結腸直腸がん)による死亡リスクは陰性者に比べ高く、7.79倍と算出されました。便潜血陽性者には進行大腸がん、あるいはがんが発見され、その治療後に再発した大腸がんの患者さんが多数含まれているはずですので、当然予想された結果です。

次に著者らは“すべての原因による死亡率”で便潜血陽性者と陰性者を比較しているのですが、この比較でも陽性者は陰性者に比べて1.76倍高い、という結果でした。しかしこの結果には“大腸がんによる死亡率の高さ”が影響しているはずです。そこで検討すべきは“大腸がんを除くすべての原因による死亡率”です。ところが、これについても便潜血陽性者は1.58倍の死亡リスクがあるという結果でした。さらに“すべての循環器疾患による死亡”でくらべてみると、やはり便潜血陽性者の死亡率は陰性者に比べ1.28倍高いという結果が認められました。同様に“呼吸器疾患による死亡率”では1.96倍、“消化器疾患による死亡率”では3.36倍、“神経精神疾患による死亡率”では1,66倍、“血液・内分泌疾患による死亡率”では2.06倍と、実に多彩な疾患において、便潜血陽性者の死亡リスクの上昇がみられたのです。

確かに便潜血陽性者は陰性者と比較して、大腸がん以外の病気に罹患している確率は高いと思われます。この論文の対象者をみても、アスピリンやその他の出血しやすくなる(同時に血栓ができにくくなる)薬剤(抗凝固剤や抗炎症剤)を処方されている人の比率は便潜血陽性者で多かったのです。心血管を主とした血栓性疾患や炎症性疾患の罹患者が少なくなかったと推察されます。血栓のできやすさは多くの心血管病につながりますし、炎症は死亡につながるような多くの病気の原因や増悪因子になり得る病態です。やはり“便潜血陽性”という状態はいろいろな意味からも多種多様な健康リスクをはらんでいる、と言っても過言ではないかも知れません。

では便潜血陽性で大腸内視鏡に異常がなければ、どうしたら良いでしょうか。
少なくとも大腸の非がん病変も、もしあれば見つかると思います。あとは高血圧、肝腎機能、脂質、血糖関連検査をよく見て下さい。基本的な炎症マーカーであるCRPの値があれば有益です。きっちり見た上で、かかりつけ医がおられたらぜひ相談してみて下さい。要するに健診項目をみる場合は、すべての項目を“気合いを入れてみる”のが良いかもしれません。単なる流し読みは読まないより悪いのでご注意を!チコちゃんに「ボーと生きてんじゃねえよ!」と叱られますよ(意味が分からない人は「チコちゃん・NHK」で検索してくださいね)。

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2018年11月01日

“運動はがんのリスクを下げるPart2”〜夢、はかなく?!

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2016年7月15日付けのこのブログで、“運動はがんのリスクを低下させる”というお話を紹介しました。その後も、このテーマで毎年数え切れないほどの研究論文が発表されています。生活習慣病の予防・治療における運動の効果は明らかなので、がん予防効果についても大いに期待されるところです。たとえわずかな低下でも、全世界で行えば大きな効果があります。多くの熱心な研究も、その期待の現れなのでしょう。

一方、このような状況で「しかし、ちょっと待て」・・・・・・という研究者も当然も出てきます。なぜなら、みんなが期待している結果は論文としてよりたやすく採択され、出版される確率が高くなることはよく知られています。これを「出版バイアス」といいます。要するに“研究が日の目をみるハードルが下がる”という現象が起こるのです。そこでブラジルのグループは、この問題について現時点での総括を試みました。彼らは今まで出版された19編の総説、26編のメタ解析(がんと運動についての総説を集めて解析する研究です)と541編の原著論文を合わせて、計22種類のがん、770,000症例を解析した結果を報告しました(英国スポーツ医学雑誌 2018年)。

ここで“運動とがんリスク”についての研究史に触れておきます。運動による大腸がんと乳がんのリスクが低下については30年前くらいから報告がありました。そしてここ10年ばかりの間で、膀胱がん、子宮内膜がん、食道がん、胃がん、膠芽腫(脳の悪性腫瘍)、腎がん、肺がん、髄膜腫(脳腫瘍で一部悪性)、卵巣がん、膵臓がん、前立腺がんでも運動のリスク低下効果が報告されるようになってきました。2016年にこのブログで紹介した論文も、26種類のがんのうち、10種でリスク低下を認めた、としていました。何だか運動はオールマイティにがんリスクを低下させる!との勢いです。

しかし今回のブラジルの研究者たちは、そう考えるには、より精緻な検証が必要と考えました。そこで“がんリスクを低下させるという根拠の強さ”について詳細に検討したところ、「まず間違いなさそうな科学的根拠があるのは、大腸がんと乳がんだけ」という結果になりました。その他のがん種では、バイアスも無視できないし、論文間のばらつきも多く、確かとは言えない、ということです。ちょっと夢はしぼみぎみ・・・・・・というところですね。

しかし一方、大腸がんと乳がんにおける運動のがんリスク低下効果は、十分信用できると考えて良さそうです。そうなると問題になるのは、なぜこのふたつだけなのか、ということでしょうね。運動には、慢性炎症・高インスリン血症の抑制作用、抗酸化作用があり、これががんリスク低下と関係している、と考察されるのですが、これでは“なぜ大腸がんと乳がんだけ?”の説明にはなりません。

運動は便秘の改善に有用で、大腸での便停留時間を短縮して消化管内容物から発生する発がん物質との物理的接触を減少させる、という説もあります。しかしリスク低下は結腸がんだけで直腸がんにはみられないという報告もあり(BMC公衆衛生 2018年;BMCはドイツのシュプリンガー社が出版する生物・医学関連雑誌)、発がん物質を特定して運動との関連を明らかにしない限り、仮説の域をでません。

一方、運動はエストロゲンの分泌を抑制する、という報告があります(乳癌の研究と治療誌 2015年)。乳がんの多くはエストロゲンなどの女性ホルモンで増殖する・・・・・・となればこれががんリスク低下のメカニズム!と言いたいところですが、乳がんの多くは更年期以降〜高年齢域に発症します。この時期はエストロゲン分泌が低下しているはずなので、単純な運動によるエストロゲン分泌低下で説明するのは無理があります。

更年期以降の女性ホルモン感受性の乳がんは、副腎皮質から少量分泌される男性ホルモン(女性でも少量の男性ホルモンが分泌されています)を、がん細胞自身が「アロマターゼ」という酵素でエストロゲンに転換して増殖するとされています(従って“アロマターゼ阻害剤”は有力な乳がん治療薬となっています)。そして運動自体は男性ホルモン分泌を抑制しないので、現時点では、この経路に関する運動の乳がん予防効果についての納得のいく説明はありません。

結論は「運動は結腸がんと乳がんのリスクを低下させる。ただしその機序は不明。また他のがんについての運動の効果のほどは怪しい」ということになります。「たった二つだけ〜」と思われるかも知れませんが、ないよりはマシ・・・・・・それにやりようによっては、コストもかからないし、体重が減るとか、他に良いこともあるし、無理のない程度で頑張って下さいね。

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2018年10月15日

“風呂は命の洗濯”のエビデンス

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ある有名アニメの中で「風呂は命の洗濯よ〜」というセリフがありました。疲れた後など、ほんとうにそのとおりだな〜と思いますね。もちろん、世界中どこでも日本のように、ゆったりと湯船に浸かる・・・・・・という国ばかりではありません。格別水事情が悪くなくとも、ホテルの部屋はシャワーだけ、というところも少なくないようです。それはそれで不便というほどではないのだけれど、やはり何か物足りませんね〜とはいえ、私はどちらかといえば“カラスの行水”だから、たとえ立派な“檜風呂”とか“岩風呂”とかでも、大して変わりはないのですが・・・・・・

温泉大国ニッポンでは、昔から入浴の健康に対する効用については各地で言い伝えられてきました。“湯治”という言葉もありますしね。それ以上に日本では入浴は一種の文化でした。もっとも“銭湯の文化”は“時代は遠くなりにけり”ですけど……銭湯文化を歌っている南こうせつさんの「神田川」は今でもよく耳にしますけど、実感がない人も増えているでしょうね。

医学研究の世界においても入浴の効用についての科学的根拠が報告されるようになったのはつい最近のことです。やはりこの分野を牽引するのは日本をはじめとする温泉大国の研究グループです。最近の報告をみますと、まずサウナ浴(sauna bathing)の効果についての報告が国内外からされました(米国心臓病学会誌:富山大学2012、米国医師会雑誌・内科学:東フィンランド大学2015、日本循環器学会誌・英語版;和温療法研究所2016)。なお「和温療法」というのは鹿児島大学名誉教授(現和温療法研究所)鄭 忠和先生が開発された“サウナ浴15分+安静保温30分+水分補給”からなる心不全などに対する日本発の入浴治療法です。これらの臨床研究は、サウナ浴には心血管疾患の死亡率の低下や、心不全患者の運動能力改善などの効果が期待されることが示されています。

では、私たちが日常普通に行っている入浴(hot water bathing)には効果はあるのでしょうか?この観点から研究を行った愛媛大学のグループの論文が最近発表されました(サイエンティフィック・リポーツ 2018)。対象は同大学の“抗加齢・予防医療センター”の人間ドックの受診者873名(平均年齢約66歳、男女比=4:6)で、入浴に関するアンケートを行う一方、動脈硬化指標として「超音波による頚動脈内膜中膜厚」と「上腕足首間脈波伝搬速度」を測定、また「中心血圧(大動脈起始部での血圧:普通に測定する血圧よりも低く、その質も異なっていて、臨床研究の評価項目としてより適正だとする意見があります)」の推定値を橈骨動脈(ふつうに脈をとる場所です)圧波形から求め、さらに心臓負荷の指標として血液中B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP:既に心機能を簡便に知る血液検査として定着しています)を測定しています。

さて、結果ですが、一回あたりの入浴時間は最長120分、平均12.4±9.9分でした。1週間あたりの入浴回数最多はなんと24!回(この方は道後温泉近くにお住まいかと推察します)で平均回数は5.8±1.9回でした。湯の温度については熱め(41℃<)は約13%、多くの人は中間温度(40−41℃)かぬるめの温度(40℃>)で入浴していました。入浴の効果について要約すると、「週5回以上の人は、4回以下の人に比べて動脈硬化指標、中心血圧、心臓の負荷、いずれもが低くなる。なお2回以上データがとれた対象者164人でみると、週5回以上の入浴者では経年的変化でも良い傾向がみられる」ということでした。

以上の結果から、効果を期待するなら週5回以上は入浴した方が良さそうです。動脈硬化を遅らせ、血圧を下げ、また心臓に対する負荷を減らせる、となれば値打ちがありそうですね。なお湯の温度については、“熱め(41℃<)”の方が、より高い効果が得られそうなのですが、これについては、著者らは「さらに検討が必要」としています。風呂が嫌いじゃなかったら毎日入浴、で良さそうです。湯の温度については、今のところ個人の好みに合わせれば良いのではないでしょうか。

この入浴に関する研究、日本では大いに発展しそうです。“有○温泉VS草○温泉”とか“天然温泉VS温泉の素”とか・・・・・・でも大規模研究ともなれば時間もお金もかかるからな〜実際にやるかどうかは、温泉にでも浸かってゆっくり考えてからかな。

以上のように“風呂は命の洗濯”はあながち間違いではなさそうです。一方、入浴して“極楽、極楽〜”という良いながらリラックスする、という場面もよく目にするのですが、入浴と心血管病の予後について検討を加えてきた立場から言うと、「極楽」を連呼するのは、いかがなものかと思うので、やはり“命の洗濯”としておきましょう・・・・・・




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