2021年03月01日

瞳孔面積で心不全の予後を予測する


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“目は口ほどに物を言う”とは紛れもない事実だと思います。と言うより実際のところ、目(とくに瞳)はそれ以上です。第一、口は嘘をつきますが、瞳は嘘をつかないので(・・・と信じているのですけど、どうでしょうか)そのインパクトはとても大きいです。どれくらい大きいかと言えば、電位で現せば概ね10,000ボルト程とのことです(「君の瞳は一万ボルト」堀内孝雄&谷村信司 1978)。

最近、この瞳孔の面積が心不全の全死亡率を予測する、という論文が北里大学のグループから発表されました(欧州心臓学会心不全誌 2020)。研究対象は急性心不全で入院した870例(67.0±14.1歳、女性37%)で、入院後少なくとも7日以上瞳孔面積を測定した患者さんです。瞳孔面積と全死亡率・心不全による再入院率とを比較検討しています。

結果ですが、平均1.9年(1.0-3.7年)の観察期間中に131例が死亡し、328例が心不全で再入院したのですが、瞳孔面積の大きい群は小さい群に比べて(中央値で二分して、大きい群と小さい群に分けています)死亡率、再入院率とも有意に低く、全死亡率では28%減少、再入院率では18%減少していました。またこの瞳孔面積と死亡率・再入院率との相関は他の因子と独立したものでした。

自律神経は交感神経系と副交感神経系があり、交感神経が緊張すると心拍数が増加し瞳孔は散大(面積が広くなります)します。一般に心不全では心拍数が増加しますので、当初著者らは、交感神経緊張を示す瞳孔面積増大が予後不良に関連すると想定していたようですが結果は逆でした。これについては運動時など心拍増加が要求される時に適切に心拍増加で対応できない状態(「変事性心不全」といいます)が心不全での自律神経障害を反映していて、それが心不全の予後悪くしているのではないかとされているのですが(米国心臓病協会機関誌「循環、心不全」 2018)、同様に瞳孔がうまく拡大しないことも自律神経障害→予後不良に関連している可能性があると推論されています。

この北里大学のグループは昨年、対光反射(瞳孔に光をあてると瞳が縮む反応です。この反応の消失は古典的な死亡確認にも使われます)の復帰時間が心不全の予後と関連することを報告していますが(心不全誌 エルゼビア出版2019)、対光反射復帰時間の測定には動画記録が必要となるのに比べ、今回の瞳孔面積は、暗順応後に静止画像を一枚撮像するだけで結果が得られるので簡便です。またこの瞳孔面積検査を加えると、世界中で汎用されている心不全の予後予測ツールである「シアトル心不全スコア」の信頼性も向上するようです。なかなかどうして、たいしたものだと思います。

多くの古の名医が“患者を見つめる眼差し”の重要性について言及しています。眼差しの先にあるのは、もちろん患者の瞳孔です。真剣に見つめれば患者さんの予後も分る、というのは情緒的にも納得できる気がしますね〜

この“瞳孔面積と心不全”の話は、臓器障害に合併する自律神経障害が予後を悪くする、ということを示唆しています。これに関連した最もよく知られている事例は“糖尿病に伴う自律神経障害”です。糖尿病の場合、検査法で最も良く行われているのが心電図での心拍の間隔(心電図の波形の名称をとってR-R間隔といいます。脈拍の間隔に一致します)の測定です。健常な人ではR-R間隔にはある程度の“揺らぎ”があります。しかし糖尿病性神経障害が進むとこの揺らぎは消失し、固定してしまいます。これもまた予後不良の徴候です。

自律神経からみると、ヒトのもつ機能は、ある程度の揺らぎがあって当然、それこそ健康の証、ということです。何でもそうですよね〜揺らぎがないと人間らしくないです。揺らぎすぎるのも、それはそれで問題だけど・・・・・・

ただ急に現実に戻って恐縮ですが、現在の保険診療では、瞳孔機能検査というのはあるのですが、眼科的疾患以外の内科的疾患としては糖尿病の自律神経障害でしか認められていません。それにこの研究のように7日以上測定は入院でないと無理だし、広く心不全の診療に役立てるには、もう一工夫要りそうです。

それでもさまざまな病気で、しかも進行性の臓器障害を来す病気では、合併する自律神経の異常というのは、今考えられているよりずっと重要なのかも知れません。それを把握するために“瞳を見つめる”というのは優れた方法になり得るような気がします。
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2021年02月15日

炎症反応とうつ病との関係

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うつ病というのは、本当にやっかいな病気です。典型的にはとくに誘因もなく抑うつ気分が持続し、悲哀感・無力感・自己否定感に苛まれ、睡眠障害(早朝覚醒や入眠困難)や体重減少などを来たします。病状が悪化すると、希死念慮から最悪の転帰である自殺に至ることも稀ではありません。米国の有名テキストでは一般人口における有病率は年間で数%、個人の生涯での発症率は13〜15%とされています。日本ではこの半分程度という記載が多いようですが、単に定義や診断機会の差かも知れません。

自殺という転帰はある意味、いかなる病気の死の転帰よりも悪いと思います。個人的な経験を言えば、今まで内科の初診外来で数人の方から希死念慮を聞き出して即日精神科に紹介して事なきを得たこともある一方で、ほぼ同数の全く予期しない朋輩・後輩の自死も経験しています。そのほとんどはうつ病であったと思っていますが、近親者には無念と後悔、そして心の傷が残ります。

うつ病の病因は明らかではありませんが、たぶん多因子・複合因子によるものでしょう。脳活動に関する生理活性物質の異常が報告されていることや多くの患者さんで明らかに薬物療法が奏効することから、脳内での生化学的異常が関連していることは確実です。有効な薬物療法があることが、なおさら“予期しない自殺”の無念さを大きくします。新たなうつ病の病因を明らかにできたなら、それが自殺を食い止める新しい治療に繋がるかも知れません。

その可能性のひとつとして炎症反応があります。炎症とは自己を守る免疫反応ですが、それが心血管病やがんの発生・進展と関係していることはよく知られています(動脈硬化誌 2017 、疫学年史2020、いずれもエルゼビア出版)。炎症反応の最も基本的かつ簡便・有用な血液検査にC反応性蛋白(CRP)があります。平常時の血中濃度は0.01〜0.3 mg/dlと微量なのですが、一旦感染が起こると免疫細胞からインターロイキン6(IL-6)という活性物質が分泌され、主として肝細胞でのCRP産生誘導により血液中の濃度は急増します。重症感染症はもとより、ありふれた扁桃腺炎でも20〜30 mg/dl以上(103倍のレベル)になることは珍しくありません。また例えば慢性関節リウマチのような非感染性の慢性炎症性疾患では病勢に一致してCRPの高値が持続します。

最近、このCRPあるいはその上位調節物質であるIL-6がうつ病・うつ症状と関連しているとする報告がみられるようになりました(気分障害誌 2013 エルゼビア出版)。平常時のCRPレベルは人によって異なります。すなわち感染や炎症が全くない状態では、CRPのレベルは遺伝的に規定されている可能性があります。となれば、心血管疾患やがんでは疾患そのものによってCRPがわずかに上昇している可能性もありますが、逆にベースのCRPが高いために心血管病やがんに罹りやすいとも解釈できます。CRPによって表現される炎症とうつ病との関係にも同じ事が言えるかも知れません。

昨年10月、ドイツ・ミュンヘンのマックス・プランク精神医学研究所のグループから“炎症、代謝失調とうつ症状の関連を詳細に分析する”というタイトルで論文が上梓されました(米国医師会雑誌・精神医学 2020)。マックス・プランク研究所(80以上の部門あり。精神医学もその一つ)は多数のノーベル賞受賞者を輩出した名門で、ノーベル賞受賞者にして第一次世界大戦で使われた毒ガスの生みの親となり“科学者の栄光と挫折”を地で行ったフリッツ・ハーバー博士とも関係が深いことで知られています。

著者らは最先端の研究手法であるゲノムワイド関連解析(GWAS)を使って、“炎症機構が個々のうつ症状と遺伝的背景を共有しているか否か、また炎症機構がうつ病の病因に関与しているか否か”という命題に取り組みました。GWASというのは、ヒトのDNA配列にはわずかな違い(遺伝子多型)があるので多数の対象で網羅的に遺伝子多型を検索して知見を得るという研究手法です。遺伝子多型の違いは病気・病態として表現される可能性があり、GWASによって一見関係がなさそうな病気・病態間の関連が見つかることもあります。

さて、結果ですが、高いCRPレベルと九つのうつ症状との間に遺伝的相関があり、またCRPを制御するIL-6産生状態が上方にセットされている(IL-6の過剰産生がある)ことが、うつ病の最悪の転帰である自殺に関与している可能性が示唆されました。著者らはIL-6を抑制することにより、自殺を防ぐ治療の開発も模索しているようです。

抗IL-6製剤は既に認可されていて、重症・難治性のリウマチ性疾患・炎症性疾患で保険適応になっています。でも仮にうつ病で抗IL-6製剤が有効だとしても・・・いつ、どんな状態のうつ病患者さんに、どれ位の期間投与すべきか・・・何人に投与したら一人の自殺が防げるか、そのときに重篤な副作用は何人にみられるか・・・などなど、ハードルは決して低くはありません。でも自殺という最悪の合併症の無念さを思えば、慎重に検討してみる価値はあるかも知れないと思うのです。

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2021年02月01日

NAFLD〜単純な脂肪肝でも死亡リスク上昇


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2015年のブログで非アルコール性脂肪性疾患(NAFLD)のうち、最も軽症の脂肪肝でも甘くみていたら肝硬変に進行するリスクがあるというお話をさせて頂きました。最新の考えに基づいてNAFLDの病勢進行を眺めてみると、肝細胞に脂肪は沈着しているけども肝細胞の壊死(=肝炎)は起こっていない(@単純性脂肪肝)→肝細胞壊死が起こってきているが肝臓の“線維化”はまだ生じていない(A非線維化脂肪肝炎)→肝細胞壊死に線維化が伴っているが肝硬変には至っていない(B非肝硬変肝線維症)→線維化が進行して肝肝臓の構造変化・機能低下が明瞭となる(C肝硬変)というふうになります。

すなわち脂肪が肝細胞に蓄積してくると、いずれは肝細胞が壊死を起こし、それが持続すれば反応性に肝臓の線維成分が増加して(線維化)、肝臓の構造の再構築が進行し(硬変化)、その結果、肝硬変という状態に至って肝細胞の蛋白合成能低下による低アルブミン血症や止血・凝固タンパクの低下、アンモニア・アミノ酸代謝不全による脳症、肝臓に関わる血管系の循環障害(門脈圧亢進症;食道静脈瘤、脾腫による血小板減少、腹水貯留など)が生じてきます。また肝線維化の進行につれて肝細胞癌の発生頻度も増加してきます。

肝線維化・肝硬変診断の“黄金標準”は肝生検です。しかしこの検査には出血などのリスクがあるので実施するには入院が必要となるなど簡単には実施できないうえ、経過観察にも不向きです。そのために最近の肝臓病学では“NAFLD(むろんウイルス性など他の原因の肝炎でも同様ですが)における肝線維化の把握・モニタリング検査”の重要性が指摘されています。そのいくつかを紹介しますと、まず血液検査で一番簡単なのはルーチンに行われる血算と肝機能から計算できるFib-4 Indexがあります。計算式は『[AST(IU/L×年齢]÷[血小板数(109/L)×√ALT(IU/L)]』です。血小板数は1,000で割った値で計算します(例えば血小板20万/μlなら200)。ややこしいと思われる方はネットで「Fib-4計算式」で検索したらすぐに計算ボードが出てきます。この値が<1.3-1.45なら肝線維化の可能性は低く、≧2.67では線維化の可能性が高いと報告されています。またALTが正常なら<1.67までは大丈夫とも言われています。ただしAST、ALTが筋肉疾患で上昇している場合、あるいは血液疾患で血小板が低い場合にはFib-4は使えません。

また、肝線維化を推定するための血液検査項目も保険診療で複数認可されています。例を挙げると「プロコラーゲンVペプタイド(P-V-P)」、「ヒアルロン酸」、「W型コラーゲン」がよく使われています。これらの検査は有用ですが、肝疾患以外の病気でも異常高値になることがあります。この点、比較的最近保険適応となった「Mac-2結合蛋白糖鎖修飾異性体(M2BPGi)」は肝線維化によってある種の蛋白に付いた糖鎖の変化を調べる検査で、肝疾患により特異的だとされています。また最近は肝臓超音波検査で血流を観察するパルス・ドップラー法を用いて血流速度の変化の波形パターンで肝線維化の程度を計る方法も行われています。

要するに“NAFLDでは早期に肝線維化を捉えて対策を立てるのが肝要、以上。”と言いたいところですが、最近、脂肪肝炎・肝線維化がないからと言って安心はできないという論文が発表されました(英国消化器病学会機関誌 10月9日 2020)。この研究は肝生検で様々な段階のNAFLDと確定診断されたスウェーデンの住人10,568例と背景をマッチさせた対照49,925例を対象とし、全死亡率、疾患特異的死亡率を検討したものです。平均14.2年の観察期間でNAFLD患者4,338人が死亡しています。

まず1,000人/年(100人の人を10年観察に相当)でみた“すべての原因による死亡”ですが、NAFLD群 28.6,対照群 16.9でした。さまざまな要因で調整するとNAFLD群は対照群に比べて1.93倍死亡リスクが高い、という結果です。次に、NAFLDの各段階別の“超過死亡リスク”、すなわち1,000人/年の間で対照群に対して何人よけいに死ぬか(死亡数が増加するか)をみると、ちょっと衝撃的な結果が得られました。超過死亡は@単純性脂肪肝でも8.3人、A非線維化脂肪肝炎で13.4人、B非肝硬変肝線維症で18.4人、C肝硬変で53.6人でした。この“NAFLD関連の超過死亡”の原因の上位は(1)肝臓以外の部位のがん(超過死亡4.5人)、(2)肝硬変(同2.7人)(3)心血管疾患(同1.4人)(4)肝細胞癌(同1.2人)、となりました。これをリスク比で表現すればNAFLDでは肝臓以外のがんの死亡リスクは2.16倍、心血管疾患の死亡リスクは1.4倍となります。肝硬変、肝細胞癌の死亡リスクはそれぞれ約18倍、11倍になりますが、これは当然のことです。

すなわち重要なことは、“たかが単純性脂肪肝でも死亡リスクが有意に上昇する”“この超過死亡の原因として、肝臓以外のがん、心血管病が重要である”という二点です。

やっぱり単なる脂肪肝でも無視できません。真剣に体重を落として脂肪沈着を改善すべきです。「それで死亡率が下がるか?」と言われたら・・・・・・「たぶんね〜他に良い手もないし頑張って!」とお答えしておきます。
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