元市立豊中病院病院長の片桐修一さん(小西ホーム)が最新の論文を元に気になる医療情報を語ってくれます。
2021年02月01日

2015年のブログで非アルコール性脂肪性疾患(NAFLD)のうち、最も軽症の脂肪肝でも甘くみていたら肝硬変に進行するリスクがあるというお話をさせて頂きました。最新の考えに基づいてNAFLDの病勢進行を眺めてみると、肝細胞に脂肪は沈着しているけども肝細胞の壊死(=肝炎)は起こっていない(@単純性脂肪肝)→肝細胞壊死が起こってきているが肝臓の“線維化”はまだ生じていない(A非線維化脂肪肝炎)→肝細胞壊死に線維化が伴っているが肝硬変には至っていない(B非肝硬変肝線維症)→線維化が進行して肝肝臓の構造変化・機能低下が明瞭となる(C肝硬変)というふうになります。
すなわち脂肪が肝細胞に蓄積してくると、いずれは肝細胞が壊死を起こし、それが持続すれば反応性に肝臓の線維成分が増加して(線維化)、肝臓の構造の再構築が進行し(硬変化)、その結果、肝硬変という状態に至って肝細胞の蛋白合成能低下による低アルブミン血症や止血・凝固タンパクの低下、アンモニア・アミノ酸代謝不全による脳症、肝臓に関わる血管系の循環障害(門脈圧亢進症;食道静脈瘤、脾腫による血小板減少、腹水貯留など)が生じてきます。また肝線維化の進行につれて肝細胞癌の発生頻度も増加してきます。
肝線維化・肝硬変診断の“黄金標準”は肝生検です。しかしこの検査には出血などのリスクがあるので実施するには入院が必要となるなど簡単には実施できないうえ、経過観察にも不向きです。そのために最近の肝臓病学では“NAFLD(むろんウイルス性など他の原因の肝炎でも同様ですが)における肝線維化の把握・モニタリング検査”の重要性が指摘されています。そのいくつかを紹介しますと、まず血液検査で一番簡単なのはルーチンに行われる血算と肝機能から計算できるFib-4 Indexがあります。計算式は『[AST(IU/L×年齢]÷[血小板数(109/L)×√ALT(IU/L)]』です。血小板数は1,000で割った値で計算します(例えば血小板20万/μlなら200)。ややこしいと思われる方はネットで「Fib-4計算式」で検索したらすぐに計算ボードが出てきます。この値が<1.3-1.45なら肝線維化の可能性は低く、≧2.67では線維化の可能性が高いと報告されています。またALTが正常なら<1.67までは大丈夫とも言われています。ただしAST、ALTが筋肉疾患で上昇している場合、あるいは血液疾患で血小板が低い場合にはFib-4は使えません。
また、肝線維化を推定するための血液検査項目も保険診療で複数認可されています。例を挙げると「プロコラーゲンVペプタイド(P-V-P)」、「ヒアルロン酸」、「W型コラーゲン」がよく使われています。これらの検査は有用ですが、肝疾患以外の病気でも異常高値になることがあります。この点、比較的最近保険適応となった「Mac-2結合蛋白糖鎖修飾異性体(M2BPGi)」は肝線維化によってある種の蛋白に付いた糖鎖の変化を調べる検査で、肝疾患により特異的だとされています。また最近は肝臓超音波検査で血流を観察するパルス・ドップラー法を用いて血流速度の変化の波形パターンで肝線維化の程度を計る方法も行われています。
要するに“NAFLDでは早期に肝線維化を捉えて対策を立てるのが肝要、以上。”と言いたいところですが、最近、脂肪肝炎・肝線維化がないからと言って安心はできないという論文が発表されました(英国消化器病学会機関誌 10月9日 2020)。この研究は肝生検で様々な段階のNAFLDと確定診断されたスウェーデンの住人10,568例と背景をマッチさせた対照49,925例を対象とし、全死亡率、疾患特異的死亡率を検討したものです。平均14.2年の観察期間でNAFLD患者4,338人が死亡しています。
まず1,000人/年(100人の人を10年観察に相当)でみた“すべての原因による死亡”ですが、NAFLD群 28.6,対照群 16.9でした。さまざまな要因で調整するとNAFLD群は対照群に比べて1.93倍死亡リスクが高い、という結果です。次に、NAFLDの各段階別の“超過死亡リスク”、すなわち1,000人/年の間で対照群に対して何人よけいに死ぬか(死亡数が増加するか)をみると、ちょっと衝撃的な結果が得られました。超過死亡は@単純性脂肪肝でも8.3人、A非線維化脂肪肝炎で13.4人、B非肝硬変肝線維症で18.4人、C肝硬変で53.6人でした。この“NAFLD関連の超過死亡”の原因の上位は(1)肝臓以外の部位のがん(超過死亡4.5人)、(2)肝硬変(同2.7人)(3)心血管疾患(同1.4人)(4)肝細胞癌(同1.2人)、となりました。これをリスク比で表現すればNAFLDでは肝臓以外のがんの死亡リスクは2.16倍、心血管疾患の死亡リスクは1.4倍となります。肝硬変、肝細胞癌の死亡リスクはそれぞれ約18倍、11倍になりますが、これは当然のことです。
すなわち重要なことは、“たかが単純性脂肪肝でも死亡リスクが有意に上昇する”“この超過死亡の原因として、肝臓以外のがん、心血管病が重要である”という二点です。
やっぱり単なる脂肪肝でも無視できません。真剣に体重を落として脂肪沈着を改善すべきです。「それで死亡率が下がるか?」と言われたら・・・・・・「たぶんね〜他に良い手もないし頑張って!」とお答えしておきます。
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日記
2021年01月15日

脳卒中(脳梗塞/脳塞栓、脳出血、くも膜下出血)は高血圧治療などの生活習慣病の啓発・管理の進歩や日本人の食事中塩分の低下などにより、年々減少傾向にはあるのですが、それでも2017年の集計では年間111万人以上が罹患し、年間数万人の死亡が報告されています。現在、脳卒中の主体を占めるのは脳梗塞で、命は長らえても罹患した多くの患者さんで片マヒなどの運動障害が残るのが大きな問題でした。
脳梗塞の治療を大きく進歩させたのが2005年から認可された組織型プラスミノゲン・アクチベータ(t-PA)による急性期血栓溶解療法の導入です。t-PAはヒトの生理的かつ最も強力な血栓溶解蛋白で、これが遺伝子組み換え技術により製品化されたのです。t-PAにより脳梗塞の予後はかなり改善し、30%強の患者さんでは血栓が溶解してほぼ後遺症を残さずに回復すると報告されています。t-PAの投与には発症後早ければ早いほど良いのですが、発症4時間半を超えると投与できません。またCTやMRI所見が無いか叉は軽微、症状が軽症〜中等症の患者さんではかなり効果が期待できますが、重症例では効果が乏しいことが難点です。なお、心房細動のような不整脈などによって心臓内で血栓が形成され、それが血流に乗って脳に流れて突如として脳血管を閉塞する「脳塞栓」では二次的に脳出血を起こすリスクが高くなるのでt-PAは投与できません。
このようにt-PAは極めて有用な薬剤ではあるものの、効果には限界があり、とくに発症時重症例ではマヒが残存する患者も少なくありません。このような場合、リハビリテーションに頼ることになりますが、現状ではそのキャパシティや効果は必ずしも十分ではありません。ここは何かローリスク・ハイリターンな治療が望まれるところです(なにしろリハビリ中ですので、リスクの高い治療は許容できないと思います)。そんなうまい話があるのか、と誰しも思うのですが、ひょっとすれば「瓢箪から駒」ならぬ「血圧計からカフ」という手があるかも知れない、と思わせる研究が発表されました。
その前に予備知識を・・・・・・「虚血耐性」なる現象があります。軽度の虚血負荷をかけておくと、未来のより大きな虚血負荷に対する耐性を誘導し得る、というもので動物実験では明瞭に示されるようです。この虚血耐性の実証はヒトでは必ずしも容易ではないのですが、“自然の実験”ともいうべき現象が観察されています。「一過性脳虚血発作(TIA)」という病気があります。突然脳梗塞類似の症状がおこりますが、24時間(多くは数分〜数十分)以内に完全に自然軽快するという病気で、脳梗塞の前兆として捉えられています。興味深いことに、このTIAを過去に経験している人が脳梗塞を起こすと、TIAを経験していない人に比べて軽症に経過する傾向があるとする報告があります(米国脳卒中協会誌 1999)。すなわちTIAによる虚血負荷によって虚血耐性が誘導されて脳梗塞が軽く済む、ということです。しかし65歳以上の高齢者ではそのような耐性獲得はみられないという論文(脳卒中・脳血管疾患誌 エルゼビア出版 2008)もあり、未だ議論のあるところです。
TIAと脳梗塞の時間的関係は “脳梗塞発症前にTIAという虚血負荷がかかる”なのですが、不思議なことに虚血負荷は脳梗塞発症後でも有効で、しかも虚血負荷がかかる血管は脳血管である必要はなく、脳とは離れている遠隔臓器の血流遮断でも有効だと考える研究者もあります。
そこで最近、中国の西安交通大学のグループはt-PA治療を行った患者68人(平均年齢65歳、平均入院期間 11.2日)を対象とし、血圧計のカフ加圧(両腕、5分間加圧/3分間解除を40分繰り返す、1日2回)を介入としたランダム化試験を行いました。介入群、対照群ともに34人で両群の入院時の重症度や入院期間には差はありませんでした。
3ヶ月後に、症状を評価するスケールを用いて無症状とごく症状の軽い人の割合を両群で比較したところ、介入群71.9%、対照群50.0%と介入群で良好な結果が得られました。なお著者らは両群で脳梗塞による組織障害の程度や組織修復に関連する血液マーカーも検討していて、介入群では対照群に比較し、組織障害が抑制され、修復機転が高まっていることを示唆する結果も得ています。さすがにちょっと話が旨すぎる気もしないではありませんが、ただ、この介入はほぼノーリスクに近いのは間違いありません。
もちろんこれで脳梗塞におけるマヒ改善に有効な“脳梗塞発症後の遠隔虚血耐性”確認されたとまでは言えません。でもこのような日常ケアのレベルでマヒを改善できる手立てがあるのなら期待したくなります。研究の発展を祈りたいところです・・・・・・というか、普段から血圧をしょっちゅう計って虚血負荷を加えておけば、良いことがあるのではないか、と思わないではありません。でも
1日40分×2回はちょっときついかな〜
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日記
2021年01月01日

あけましておめでとうございます。令和3年、新型コロナ暦2年、丑年、今年もよろしくお願いします。
新型コロナ、出現から1年が過ぎましたが、相変わらず居座っています。しばらくは身近な、だが格別の注意を要する感染症として残りそうです。新型コロナのおかげで日常生活、大袈裟に言えば文化も様変わりしました。早く2009年の新型インフルエンザのように、“共存可能な日常の感染症”となって落ち着いてほしいものです。
さて新型コロナ、正式名COVID-19の流行初期の段階で、既に糖尿病が入院・重症化・死亡のハイリスク因子であることが明らかになりました。元来、糖尿病は高血糖のみならず、しばしば高血圧・心血管病・肥満・腎障害を合併し、高インスリン血症による慢性炎症状態や血液凝固亢進状態となっていて、COVID-19に限らず感染症にとても脆弱な状態です。加えて感染症を併発すると糖尿病の血糖管理状態は悪化します。強力な血糖管理やCOVID-19に対する治療により一定の効果は期待できるものの、重症COVID-19に有効とされる副腎ホルモン剤が血糖を著しく上昇させる作用があるなど、COVID-19に罹患した糖尿病の治療は難渋します(ランセット誌 糖尿病・内分泌学 2020)。
COVID-19に感染したときには、糖尿病は強いリスク因子となる・・・・・・これは事実ですが、どうも話はそれだけでは終わらないようです。すなわち、この二つの病気の“悪しき関係は双方向”のようです。言い換えれば、COVID-19の罹患によって糖尿病発症を引き起こす可能性があるということです。
糖尿病は二つのタイプに大別されます。大部分を占めるのは生活習慣病の代表で、徐々にインスリン効果が低下する2型糖尿病、いまひとつはインスリン産生工場である膵臓のランゲルハンス島が破壊されて生じる1型糖尿病です。1型糖尿病は小児期から高齢者まであらゆる年代でみられますが、その多くは自己免疫によって起こると考えられていて、ここ何十年かの環境変化などで増加傾向にあることを昨年9月15日のブログで紹介しました。しかし急性のウイルス感染もまた1型糖尿病の誘因となります(欧州糖尿病学会機関誌 2017)。
COVID-19の感染者数は世界中で既に4千数百万人に達していますが、無症状の不顕性感染者を考えると、ひょっとすれば感染者は億を超えるかも知れません。もしCOVID-19もウイルス感染→免疫機構の撹乱→1型糖尿病発症という経路をとり得るのなら、近い将来COVID-19によって1型糖尿病のアウト・ブレイクが起こる可能性もあります(世界糖尿病連合機関誌 2020)。
また別のメカニズムでCOVID-19が糖尿病を誘発する可能性も指摘されています。上記膵臓のランゲルハンス島という名前は、顕微鏡で観察したとき、外分泌腺細胞(膵臓ですので消化液を分泌する細胞です)の“海”の中に、ぽっかり浮かんだ内分泌腺細胞集団が“島”のように見えることから、こう名付けられました。内分泌細胞集団は3つの細胞群から構成されているのですが、そのうちのβ細胞がインスリンを産生します。1型糖尿病では、自己の免疫細胞がこのβ細胞を攻撃・破壊して糖尿病を引き起こします。ところがこのβ細胞にはCOVID-19がヒト細胞に侵入するときに結合する「アンギオテンシン転換酵素2(ACE2)」の受容体が発現されているのです。
そうなると・・・・・・COVID-19はACE2とその受容体を介して膵臓のβ細胞に直接侵入しβ細胞を破壊する、という可能性があります。事実、臨床的には1型糖尿病とは区別できないけれど、従来知られている1型糖尿病の自己免疫の特徴を示さない症例が報告されています(ネイチャー・メタボリズム誌 2020)。また本当にこのメカニズムが動いているのなら、COVID-19に感染した2型糖尿病も感染を契機に悪化する可能性も十分あり得ます。すなわち “COVID-19による集団に対する後遺症としての糖尿病の発症または増悪”が今後生じてくるかも知れません。
これを防ぐよい手立てはなかなか見つからないのですが・・・・・・血糖コントロール・合併症対策が甘い糖尿病は、COVID-19に限らず、どんな病気に罹ってもすごく不利になります。かりに主病の手術や治療がうまくいっても、その後の合併症の確率は上がりますし、最終的な転帰も悪くなります。糖尿病を治療中の方、あるいは糖尿病予備群の方、ふだんから気をつけて“今の最善”の状態を維持して下さいね。
“幸運の女神は地道な努力を愛でたもう”今年最初に思いついた諺です。なかなか良い出来だと思うのです。でも似たようなことを言っている人がいないか、確かめてみると・・・・・・米国のJim Rogersという投資家・ファンドマネージャー(良く知らないけど大金持ちみたい)の言葉。「幸運の女神は努力を続けた者のみに微笑む」なんだ、一緒じゃないか。真似するな、と言いたいところですが、向こうが先でした・・・・・・残念・・・・・・
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