2019年05月15日

アドヒアレンスが良い人は死亡リスクが低い?!

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「コンプライアンス」という言葉があります。「法令遵守」という意味で、企業コンプライアンスがどうのこうのとか・・・・・・最近は「コンプライアンス委員会」なるものを置く会社も少なくないようです。法令守るのに委員会がいるの?!と思わないではないけど、単に法令のみならず、社会的なマナーを含めて“遵守する”ことが求められるからでしょうか。

医療の世界では「コンプライアンス」は「服薬遵守」を意味します。処方された通りに薬を服用しているか、どうか・・・・・・「ではまた1ヶ月後に。ところでくすりはきちんと飲んでいますか?!」「もちろんですよ、先生。あっ、でも薬はずいぶん残っているので、今日はけっこうです。」「・・・・・・」なんてマンガみたいな会話はよくあることです。

ところが最近、「薬をきっちり服用する、ということだけでは不十分だ。処方薬のみならず、日々の食事、運動、体重管理など、患者自身が十分に説明をうけて同意をしたうえで適切なガイドラインを遵守するなど、自発的かつ積極的に治療管理にコミットすることこそが重要だ!」と主張する理屈っぽい専門家が増えています。かれらの言わんとすることを簡明に表現すると「アドヒアレンスが重要だ!」となります。辞書では「アドヒアレンス=固執・執着」というあまり良くない語感だったのですが、いつのまにか「アドヒアレンス」は“善玉ワード”になったようです。

良きアドヒアレンスの代表として、「慢性疾患予防のためのライフ・スタイルのガイドラインを守る」、という態度を挙げることができます。米国人女性(正確なデータが取りやすい看護師さんたちです)77,782人を24年間追跡した研究では、禁煙、体重管理、適度な運動、適度な飲酒、食事制限の5項目を遵守するのと、しないのとでは、全死亡リスクで4倍以上の差がみられることが報告されています(「英国医師会雑誌」2008年)。でもまあ、そりゃそうだろう、と思いますよね。遵守して益がないと、ガイドラインの意味がありませんものね〜

では“そりゃそうだろう”とは言い難い研究を紹介します。「推奨されるがんスクリーニングをきちんと受けている人と、受けていない人の間で、“スクリーニング対象のがん以外の死亡率”に差があるか否か」というのがテーマです(「米国医師会雑誌 2018年12月号」。

この研究には「PLCOがんスクリーニング・トライアル」という“元研究”があり、今回紹介する“がんスクリーニングに対するアドヒアレンス”は、同じ集団を解析対象とした“副次的研究”です。元研究は、胸部X線、S字結腸内視鏡(男女とも)、前立腺がんマーカーのPSA+直腸指診(男性のみ)、婦人科がんマーカーのCA125+経腟超音波(女性のみ)を実施し、合計77,443人を最長13年間フォローして、がんスクリーニングの死亡率低下効果を検証したものです(結果については未だ議論があります)。

今回とりあげる研究は、上記がんスクリーニングをきっちり受けた人(アドヒアレント群=A群;85.3%)、一部だけ受けた人(部分アドヒアレント群=PA群;3.9%)、全く受けなかった人(非アドヒアレント群=NA群;10.8%)の3群に分けて、10年のフォローの後、スクリーニング対象となったがん以外の死亡率を比較しています。結果は、確かに「NA群はA群に比べて死亡率が高かった」のですが、それは単に“A群はNA群に比べて“健康意識”が高かったので、その結果死亡率が低かった”のではなさそうです。もしそうなら“そりゃそうだろう”なんですけど。

この研究では、NA群とA群とで死亡率を比較するときに、年齢、性、人種のみならず、喫煙状況、BMI、婚姻状況、教育レベル、さらには種々の疾患(冠動脈疾患/心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、がんの病歴、慢性閉塞性肺疾患、肝疾患)など考えられる限りの要因で補正した後も、NA群はA群に比べて5年間で1.45倍、10年間で1.26倍、15年間で1.38倍死亡リスクが高かったのです。なおPA群はNA群とA群の中間リスクを示していました。

疾患別にみると、NA群でリスクが高くなるのが、消化管疾患(2.26倍)と呼吸器疾患(1.97倍)で、ついで心血管疾患(1.40倍)、がん(1.28倍)が有意に高リスクでした。一方、感染症(1.19倍)、神経系疾患(1.13倍)、事故(0.96倍)では両群に有意差はありませんでした。内分泌疾患(1.37倍)は高リスクと思われたのですが、補正していくと有意差はなくなりました。

“推奨されるがんスクリーニングを受けないという行動様式”が、がんとは関係のない特定分野の疾患による死亡リスクを上昇させるという結果が得られましたが、「なぜそうなるのか?」については明らかではありません。行動科学的なものなのか、ある種のストレスが関係しているのか・・・・・・「心・行動・身体の関連」について、まだまだ分からないことがたくさんある、そう思わせる研究でした。
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2019年05月01日

“フレイル”が認知症発症の鍵を握る?!


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歳をとるにつれて、さまざまな病気のリスクが増加するのは、仕方のないことなのですけど、「認知症のリスク」は嫌ですね〜現時点で約500万人、2025年には何と700万人を超えると予測されています。何とかなりませんかね〜

認知症の中核を占めるのが「アルツハイマー型認知症(AD)」です。ADの脳内で何が起こっているかについてはかなり分かっていて、“著しい神経細胞の脱落と、細胞外のアミロイドβ蛋白の沈着、そして細胞内でのリン酸化されたタウ蛋白の蓄積”が典型的な顕微鏡的な病理学的所見です。これらの病変が、どのようにして“ドミノ倒し”のように病変部周囲の正常組織を侵食し、進行していくのかについては、多くの研究者がその解明に取り組んでいるのですが、未だ明らかではありません。

また、ADにはもうひとつ大きな謎があります。病理所見と臨床症状が大きく解離することが稀でないことです。すなわち、生前ほとんど認知症状を示していなかった人が他の病気で亡くなって剖検すると、脳に著しいアルツハイマーの病理所見が見つかる、また逆に明らかな認知症状を示していたのに剖検での病理所見がごく軽い、などということがしばしば経験されるのです。このような現象は、アルツハイマー型認知症に特異的ではありませんが、他の多くの疾患では病理所見と臨床症状の程度は、たいていの場合ほぼ一致します。

すなわち、ADにおいて脳に起こる病理学的変化は、この病気の成り立ちに深く関わっているのは疑いないのですが、実際に認知症の症状が出現する(=日常生活において支障がでるレベルの症状がある)ということとは必ずしも直接結びつかず、その間を繋ぐ、あるいは調節する因子が介在する、という可能性が考えられます。

ではどのような因子が考えられるのでしょうか?遺伝的な“症状の起こりやすさ”、合併する身体疾患や病態(たとえば糖尿病や感染症など)・・・・・・など要因が多すぎて整理するのにも一苦労です。しかし最近“歳をとること”と密接に関連するひとつの病態が大きな役割を果たしている可能性がある、とする研究論文が発表されました(「ランセット・神経病学 2019年1月号」)。

この論文の著者らが言うには、「鍵を握るのは“フレイル(frailty)だ」とのことです。フレイルについては、このブログでも2016年11月15日分(第43回)で紹介しています。すなわちフレイルとは“加齢とともに心身の活力低下し、生活機能が障害され、心身の脆弱性が増した状態”で、その診断基準を再掲すると、「@半年で2-3s以上の体重減少A握力低下;男性<26s、女性<18sBここ2週間のわけもなく疲れた感じC通常歩行速度<1.0m/秒D軽い運動・体操もせず、定期的な運動・スポーツもしていない、のうち0項目該当が“健常”、1-2項目該当なら“プレフレイル”、3項目以上で“フレイル”」とされています(@については年間≧4.5kg、または≧5%、Bについては、週3−4日は何をする気も起こらない、とする定義もあります)。

さて、上記ランセット誌の論文では60歳以上の米国イリノイ州の住民を対象として(登録時認知症なし)、毎年精神神経学的評価と臨床的評価を行い、最終的に死亡時に剖検を行うことができた456人から得られたデータを解析しています。最終のメディカル・チェックでフレイルの程度が軽かったグループと重かったグループで、ADの病理学的所見の変化の強さ(軽度、中等度、高度の三段階)と実際に認知症の症状があったか否かの関連を検討するとフレイルの程度によって顕著な差が現れたのです。

フレイルの程度が軽いと、脳の病理変化が軽度なら認知症症状を呈した割合はわずか3%、中等度変化で30%、高度の病理変化があっても認知症症状は67%に止まりました。一方、フレイルの程度が強いと、軽度の病理変化を示していても69%に認知症がみられ、中等度変化で74%、高度の変化では78%に認知症がみられたのです。また、フレイルの程度が強くなるに従って、脳の病理変化も強い人が多くなる傾向もみられました。

この研究が正しいとするならば、脳でADの病理学的変化が起こっていても、健常な心身活動状態を維持している、すなわち心身の脆弱性=フレイルと無縁であるのならば、認知症の症状が出現しにくくなるかも知れない、ということになります。“フレイルからできるだけ距離をおいて歳をとること”が認知症対策に極めて有用なら、健康的な日常生活の維持や身体疾患の適切な管理はとても重要と言えるでしょう。

率直に言って、元気な時の“フレイル対策”は、さほど問題ではありません。持病さえしっかり管理しているのなら、日々を今までどおり楽しめば良いと思います。問題は大きな病気になった後です。それによって心身の活動性が低下した時こそ正念場・・・・・・ここが人生最後?!の頑張りどころかも知れません。
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2019年04月15日

“帰ってきた水ぼうそう”〜高齢者の敵、帯状疱疹

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俗称“水ぼうそう”、正式名「水痘」はありふれた幼児・小児の感染症です。私たちの世代はみな罹ったことがあるのではないでしょうか。水痘はごく一部の不幸な例外を除くと、3週間もすれば治癒して、生涯二度と罹ることはありません。ただし運悪く成人で罹患すると重症化し易く、高度の免疫不全状態や高容量の副腎ホルモンや抗がん剤で治療中だと命に関わることもあります。

水痘を引き起こすウイルスは「ヘルペスウイルス3(1から8まであります)」、別名「水痘-帯状疱疹ウイルス」、英語の頭文字をとってVZVと呼ばれます。VZVの最大の特徴は、水痘に罹患して治癒してもVZVは体内から完全に排除されるわけではなく、生涯知覚神経細胞のなかに潜伏し、“隙があれば活性化して神経細胞を伝って皮膚で増殖しよう”と企てています。しかし、それを防ぐために人体には「免疫監視機構」が備わっていて、VZV特異的メモリー細胞(Tリンパ球に分類される白血球の一種)がVZVの再活性化を阻止すべく、絶えず“巡回・監視”しています。

VZVは潜伏していると言っても、“ウイルスDNAの尻尾”である「オープン・リーディング・フレーム」がコードする蛋白質を発現しているので、再活性化するとすぐ巡回・監視細胞に感知され押さえ込まれます。いわば“頭隠して尻隠さず”の状態なのです。

ところがある条件が整うと、VZVは再活性化するとともに免疫監視を突破し、神経細胞を経由し皮膚で増殖して皮疹形成と神経痛を特徴とする「帯状疱疹」という病気を引き起こします。その条件とは巡回・監視細胞の機能が低下するとき、すなわち“細胞免疫の低下”です。免疫不全を来す疾患、高容量副腎皮質ホルモン・免疫抑制剤・抗がん剤投与時などがその代表なのですが、最もありふれた細胞免疫低下を来す原因は実は「加齢」なのです。従って帯状疱疹は高齢者の疾患ということになります。

帯状疱疹で最初に起こる症状は体の片側の知覚神経分布に一致した(すなわち帯状に)神経痛あるいは異常知覚(痛みとは言えないまでも、ピリピリした不快な感覚)で、これが数日〜1週間ほど持続し、その後同部位にやや膨らんだ紅斑が出現、中に水疱が出来てきます。そして神経痛は悪化し、しばしば非常に強く痛みます。帯状疱疹が起こる場所は脊髄神経領域なら胸部、腹部(このあたりは気がつきやすいのですが)の他、大腿、臀部、顔面(三叉神経領域、目の症状があれば視力低下の危険があります!)、頭部など、どこでも出来ます。

神経痛だけがでているときには、帯状疱疹かどうかは分からないのだけど、皮疹がでたら、出来るだけ早く、遅くとも72時間以内に抗ウイルス剤による治療を開始する必要がありますので、直ちに受診して下さい。経験したことがないような神経痛や異常感覚を感じたら、しばらくは変な皮疹・水疱がでて来ないかどうか、その部位の皮膚を毎日確認してくださいね。

では帯状疱疹の高齢者における頻度はどれくらいなのでしょうか。米国デユーク大学の論文(「老年医療の臨床誌」エルゼビア出版 2016)と日本の釧路市の複数の病院・診療所による論文(日本皮膚科学会誌英語版 2016)とを比較してみると、欧米と日本で罹患率には大きな差はなく、欧米では65歳以上で10〜14人/1,000人・年、日本では60歳以上で10.2人/1,000人・年で、釧路グループのデータによると、罹患すれば平均5.7回の通院加療を要し、3.4%は入院加療が必要となりました。

帯状疱疹の最もやっかいな合併症は「帯状疱疹後神経痛」です。神経痛が皮疹軽快後も長期間持続(時には数年以上)し、しかも日常生活を脅かすような強い痛みも稀ではありません。この「帯状疱疹後神経痛」はやはり入院加療を要するような重症例に多く、外来患者の9.2%、入院患者の26.5%にみられたそうです。また、「帯状疱疹後神経痛」に発展するリスク因子として男性(2.5倍)、70〜74歳(3.5倍)、免疫抑制剤投与中(6.4倍)、初診時重症例(3.1倍)、上肢の皮疹(3.5倍VS上肢に皮疹なし)が挙げられました。

繰り返しますが、帯状疱疹の治療は、とにかく早期発見・早期治療、そしてもし神経痛が強かったら、早めに「ペイン・クリニック」の専門医を受診することが大事です。また、子供用の「水痘ワクチン」が成人の「帯状疱疹ワクチン」として認可されています。実は水痘ワクチンは、1974年に世界で初めて大阪大学微生物研究所で開発されたのですけど、そのわりには日本での普及が遅れていて・・・・・・

同期のみなさんの帯状疱疹罹患率を推定してみると、いちおう90歳まで生きるとして・・・・・・おそらく5〜6人に1人は罹患する計算になります。もう罹患したよ!とおっしゃる方、よほどの基礎疾患がなければ、たぶんもう心配いりません。まだ罹っていなくて痛いのは嫌という方、自費診療になりますがワクチン考えてみて下さいね。
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