2017年12月01日

脳は薬価にだまされる・・・・・・ノセボ効果の不思議

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新しい治療法や薬剤の効果を検証するための最も信頼性の高い研究手法は「ランダム化比較試験」です。例をあげると、ある薬剤の効果を検証するのに、対象患者集団を検証薬剤投与群と対照薬剤投与群の2群に無作為に振り分け(これがランダム化です)、できれば医師にも患者にもどちらの群になっているかが分からない形で(これを二重盲検といいます)効果を検証するというやり方です。このとき倫理的な問題がクリアできるなら、対照薬剤として、しばしば薬理作用が全くない“偽薬(プラセボ)”が用いられます。

ところが薬効がないはずの偽薬投与群でも一定の効果が得られることは珍しくありません。これを「プラセボ効果」といいます。ところが逆に偽薬投与群で本来は起こるはずのない“副作用”が起きることもあり、こちらは「ノセボ効果」と呼ばれます。このノセボ効果、意外にやっかいです。現に偽薬群に割り付けられた患者が“副作用のために治験を離脱する”ことは少なくありません。これを実際の臨床場面に置き換えると、ノセボ効果により、本当は中止しなくても良いはずの治療が“副作用のため継続不能”となる可能性がある、ということになります。

最近、このノセボ効果が薬価の高低に左右されることを示す研究が発表されました(サイエンス誌2017 10月号)。対象は健常ボランティア49名で、論文の著者たちは彼らに“痒み止めのクリーム”を試すよう依頼します。この“かゆみ止め”、実体はなんら薬効成分を含まない偽薬なのですが、その際に“痛覚過敏が生じる可能性”を伝えています。そして49名中25人には“高価な薬剤”と称して、いかにも高そうな青い箱に入った薬剤を、残りの24人には“安価な薬剤”と称して、いかにも安っぽいオレンジ色の箱に入った薬剤を渡しています。もちろん両群とも中身は同一の偽薬です。

さて結果はどうなったかといえば、45℃の温度刺激で誘発される痛みを指標にすると、“高価薬剤群”では“安価薬剤群”の約2倍強い痛みを感じ、継続すると“高価薬剤群”では次第に悪くなっていったのに対し“安価薬剤群”ではしだいに軽減して消失しました。また機能的MRIによる解析を行ったところ、このノセボ効果は大脳の前頭前野での神経細胞活性化に関係していることが示唆されました。

著者たちは、この二種の薬剤の“それらしさ”を演出するのにかなり力を入れており、箱の見た目に加えて、偽の薬剤ブランド名にも“高級感”や“チープ感”を出すのに工夫を凝らしています。まあ、“ワル乗り”というやつですね。とにもかくにも、高価な薬剤だと認識すればするほどノセボ効果は発現し易い、という可能性はありそうです。しかもそのノセボ効果は単なる思い込みというよりも、脳の一定の部位の活性化が複数の被験者で観察されていることから、脳神経細胞ネットワークをも巻き込んだ現象であることが示唆されます。ここまでくると「そんなこと心配いりませんよ〜気のせいですよ〜」くらいの助言では容易に解決しそうにないなあ・・・・・・どんな治療でも副作用は必ず一定の割合で生じるので、完全に避けることはできません。従っていかなる場合でも慎重な観察が必須なのですが、その際にノセボ効果の可能性にも留意して、事前に患者さんによく説明するのが良いかもしれません。

ただ、この研究が普遍的な結果を示しているかどうかについては疑問もあります。この研究に参加したボランティアは「薬価が高い方が、作用が強く、従って副作用も出やすい」と感じた人が多かったのかも知れないけど、「薬価の安い方が、質が悪く、従って副作用も出やすい」と感じる人も少なくないように思うのですが・・・・・・このあたりは国や文化、コミュニティによっても違いがでる可能性もありますね。

私はどうかと言えば、薬剤についてはこれという経験はありませんが、食べ物を食べた後で「げっ、賞味期限が切れていた!」ということはあります。そのときに何だかお腹の調子がおかしいような、おかしくないような・・・・・・私はきっと薬価が安い方が、ノセボ効果がでやすいタイプなのかも知れません。


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2017年11月15日

“夢見る頃”を過ぎると認知症リスクが高まる?!


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夢/dreamという言葉は良いですね〜響きが何とも言えません。ところでみなさんは「夢であいましょう」というテレビ番組を覚えていますか?1961年4月から私たちが三丘に入学した1966年4月までNHKで放映されました。「今月のうた」というコンテンツがあり、そこで「上を向いて歩こう」、「遠くへ行きたい」、「おさななじみ」などの名曲が生まれました。一方、米国で“dream”と言えばキング牧師です。彼は1963年のワシントン大行進の折、「I have a dream today !」と演説し20万人の聴衆を興奮の坩堝へと誘いました。そうそう、かのウォルト・ディズニーも「If you can dream it, you can do it.」とおっしゃったとか・・・・・・

「夢」は“期待と不安がないまぜになった将来の願い”という意味で使われることが多いのですが、医学生理学的には“睡眠中に生じる脳細胞活動のひとつの表現”です。今回は睡眠中にみる夢と認知症リスクとの関連についてのお話です。

ヒトは人生の三分の一を睡眠に費やします。乳児期には一日の半分は寝ていますが、歳をとるにつれて睡眠時間は短くなります。睡眠には構造があり、「レム(REM:早い眼の動きを伴う)睡眠」と「ノンレム(早い眼の動きがない)睡眠」に大別されます。レム睡眠では、脳波をみると覚醒状態に非常に近い波形を示し、骨格筋は弛緩しているのですが脳は活発に活動していて(だから“金縛り”が起こることも・・・・・・)、交感神経も活性化して血圧や脈拍も上昇し、高頻度に“夢をみている”状態です。一方、ノンレム睡眠は、脳波の特徴から「徐波睡眠」とも呼ばれ、睡眠深度が深くなると血圧や心拍数・呼吸数は低下します。まさに“夢も見ずに深く眠っている”状態です。

睡眠の意義は完全には解明されてはいませんが、脳神経細胞のネットワークや記憶回路のメンテナンスに重要な役割を果たしていると推測されています。睡眠が記憶に関連しているのなら、記憶障害が主症状のひとつである認知症との関係はどうだろうか、という興味がわいてきます。もちろん従来からさまざまな研究がされていて、とくにノンレム睡眠の比率と深度と認知症の関連を検討したものが多かったのです。ところが最近、レム睡眠と認知症との関連についての論文が発表されて注目を集めました。

発表したのはオーストラリアのグループで、60歳以上の321名(平均年齢67±5歳、男女比1:1)を対象にして自宅睡眠ポリグラフ(睡眠中の脳波、呼吸運動、心電図、眼球運動、四肢運動などを記録する解析機器です)による睡眠パターンの検討とともに平均12±5年、最長19年間観察し認知症発症リスクを解析しました(ニューロロジー, 2017)。観察期間中に32例が認知症を発症し、うち24例がアルツハイマー型でした。睡眠にレム睡眠が占める割合が少ないほど、またレム睡眠に至る時間が長いほど認知症リスクは高まり、睡眠時間にREM睡眠の占める割合が1%低下すると、なんと認知症リスクが9%上昇しました。なおノンREM睡眠の深度と認知症リスクとの関連は認められませんでした。
 
この研究結果は、「レム睡眠と夢の関係」が強調されて、“夢をみなくなると認知症リスクが高まる、という研究成果!”としてメディアで話題になりました。もちろん夢をみなくなることが認知症の直接の原因になっているとは思えませんが、ひょっとすると「最近夢をみなくなったな〜」ということは、認知症リスクが高まっている!という危険信号なのかも・・・・・・

だったら、どうしたら良いか・・・・・・科学的根拠はないのですが、“幾つになっても夢を追いかける”というのは良いかもの知れませんよ。「それは夢の意味が違うだろう」というご指摘はもっともですが、“夢を忘れないことが脳の老化を防ぐ”・・・・・・何だかありそうな気がするのです。どうせ他に良い予防法もないことだし・・・・・・

臨床研究には過去のデータを振り返って検討する「後方視的研究」とこれから未来に起こるデータを集めながら検討を進める「前方視的研究」の二通りのやり方があるのですが、一般に「前方視的研究」の方が、評価が高いのです。やっぱりね、幾つになっても“前向き姿勢”が大事だと思うのです。ひょっとすると「過去は忘れて、まっすぐ未来だけを見つめる」というのが “老化しない秘訣”なのかも知れませんよ。あっ、でも過去のことを片っ端から忘れていくのは、それはそれでやばいのかも・・・・・・
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2017年11月01日

がん治療における“代替療法”のリスク


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みなさんは「代替療法」ってご存じですか?英語ではalternative therapyというのですが、この“オルタナティブ”という単語には、「二者択一のもう一方のほう」「とって替わるもの」「主流でないもの」などの意味があります。今回は、この代替療法が現代のがん治療を侵食してきている、という話です。

最近のがん治療の進歩はめざましく、その成果は着実に現れてきています。にもかかわらず、がんと診断され初回治療を受ける段になって、科学的根拠に担保された最善・最良の治療、すなわち「標準(standard)治療」を拒否し、根拠が定かではない(そしてしばしば荒唐無稽としか言い様のない)「代替療法」を選ぶ人たちも未だに少なくありません。これらの人たちの多くは、命があれば、いずれ標準治療の道に戻って来ますが、“時、既に遅し”ということも稀ではないのです。

代替療法のほとんどは“よく分からない○○水”など単なる詐欺に過ぎないもの、“ビタミン大量療法”など既に広く用いられている薬剤の適応・用法・用量を無視した根拠のない治療、あるいは動物実験や基礎実験レベルの結果を曲解?!(ほとんどはわざとだと思います)した医師による“先進的?!免疫療法”、時には医師免許をもつ者が共犯となった確信犯的詐欺行為(最近摘発された臍帯血輸血によるがん治療がその典型です)などさまざまな“フェイク療法”があり、それに関する情報が膨大で、ネットで検索すると、医学的に正しく吟味された情報と誤解された情報、それにフェイク情報が同時にヒットして、専門知識がなければ判別は難しい状況です。この“正邪混在・情報氾濫状態”がまず大きな問題です。

しかしこの代替療法が実際のがん治療においてどの程度の影響があるかについては明らかではありませんでしたが、最近、エール大学グループが研究成果を公表しました(「米国国立がん研究所雑誌」on website 8月10日2017、出版1月1日2018予定)このニュースは同研究所のプレス・リリースでも取り上げられて世界中に拡散し、日本でもたくさんのメディアで紹介されて話題になりました。

この論文のタイトルは「がんにおける代替療法の使用とそれが生存に及ぼすインパクト」で、対象は乳がん、前立腺がん、肺がん、結腸・直腸がんと診断された患者281人です。彼らは診断の時点では転移はなく(ここが重要です。すなわちまだ“治癒の可能性”があります)、初期治療として化学療法、放射線治療、手術療法そしてホルモン療法(乳がん、前立腺がんが対象)のいずれも受けることなく、少なくとも一種類以上の代替療法を選択しました。この代替療法グループと標準治療を受けた560人のグループと比較したところ、5年以内の死亡率は、グループ全体では2.5倍、乳がんで5.7倍、肺がんで2.2倍、結腸・直腸がんで4.6倍に上昇していました。初回治療として代替療法を選択するリスクが明瞭に示されたのです。

驚くことに、代替療法を選択する患者さんは必ずしも“情報弱者”ではなく、比較的若く、社会経済的に高い地位にあり、全身状態の良い人が多いのです。著者らは、「そのため死亡率も、低めにでている可能性があり、代替療法の悪影響は実際にはもっと深刻かも知れない」と危惧しています。情報収集力に自信がある人ほどフェイク情報に引っかかりやすいのではないかと私は感じています。

最大の問題は、「なぜ代替療法を選ぶ人がいるのか」ということです。“標準(standard)治療”という名称が良くない、という意見もあります。「標準は最善・最良(best)にあらず」と考える患者が少なくないのでは、という指摘です。あるいはそうかも知れません。また「がん治療を受けなければいけない」という事実に直面したとき、“インフォームド・コンセント(説明と同意)の原則に従って、主治医は”悪い経過をたどる可能性“にも言及します。この”悪い話“を受入れられない人たちは、“どこかに必ずあるはずの完全無欠、理想の治療(幻想に過ぎません)”を追い求めようとします。そういう時に、「あなたが望む治療がありますよ」との魔の囁きに魅せられることは無理からぬことかも知れません。そこにつけ込む商法があり、それが放置されていることが大問題なのですが・・・・・・残念ながら、そのすべてを洗い出して法の網にかけるのは至難の業です。判別法をひとつ、「高額な自費診療はフェイクだ」と考えて間違いありません。

一方、科学的根拠に裏打ちされた“まっとうな代替療法”も存在していて、それらにはちゃんと出番はあるのです。それらは主として、がんそのものの症状や治療の副作用緩和、そして精神心理的なサポートを目指す「支持療法(標準治療をサポートする役割を担います)」の一環として行われます。一例を挙げれば「心身(マインド−ボディ)療法」で、リラクゼーション、イメージ療法、催眠療法、ヨガ、医療メディエーション(一種の対話療法)、太極拳、気功、芸術療法などがこれに含まれ、がん治療中の倦怠感やうつ症状などに対する効果についての検証が進行中です(カレント・オンコロジー・リポーツ 2017)。

ただ、がんが再発・難治になった段階ではちょっと話が違ってきます。確かに全身状態が許す限り、何らかの治療法は存在します。しかし効果がみられる可能性はしだいに小さくなり、多少の効果があったとしても、患者さんが望む“劇的な寛解”にはほど遠いのが常です。そのような状況では、がんそのものをターゲットとはせずに、症状のコントロールを第一とする「緩和ケア」がはっきりとした形で提示されることもあるでしょう。そうなれば“現代医療の限界”が患者さん達に、“幻の奇跡を呼ぶ青い鳥”としての代替療法を選ばせることになるのかも知れません。

実は私も現在、胃がん再発で外来化学療法を受けています。最初の治療(ファースト・ラインといいます)は空振りだったけど二番目の治療(セカンド・ライン)は大健闘・・・・・・
毎日おおむね元気で病院臨床検査部の管理医師の仕事をしています。そりゃ、治療についてはいろいろ考えるところがあります。医学文献検索とその吟味は何十年もやってきていますので、再発胃がん治療に関する、ほぼすべての論文にアクセスして評価することができます。それによって一定水準の論文になっていない代替療法は、ほぼすべてフェイクと判断できます。しかしなかには将来夢のような治療に結びつく可能性がある代替療法も絶無ではないかも知れないけれど、それは広大な砂漠で一粒の真珠を探すようなものです。探している間に熱中症で倒れてしまいそうです・・・・・・希望を持つことと幻を求めることは根本的に違うと思うのです。

「後悔のないように、やるだけのことはやった」・・・・・・そう思いたい気持ちはわからないではありません。ですから追い詰められたときに代替療法を選択する人を責めるつもりはなく、むしろ彼らを止める言葉がないことを残念に思います。でもね、“裏に悪意が見え隠れする幻想”を見抜くこともまた、人生における、ひょっとして最後となる後悔のない選択だと思うのです。
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