2021年01月15日

虚血耐性〜血圧計で脳梗塞の予後を改善する

片桐先生1.jpg

脳卒中(脳梗塞/脳塞栓、脳出血、くも膜下出血)は高血圧治療などの生活習慣病の啓発・管理の進歩や日本人の食事中塩分の低下などにより、年々減少傾向にはあるのですが、それでも2017年の集計では年間111万人以上が罹患し、年間数万人の死亡が報告されています。現在、脳卒中の主体を占めるのは脳梗塞で、命は長らえても罹患した多くの患者さんで片マヒなどの運動障害が残るのが大きな問題でした。

脳梗塞の治療を大きく進歩させたのが2005年から認可された組織型プラスミノゲン・アクチベータ(t-PA)による急性期血栓溶解療法の導入です。t-PAはヒトの生理的かつ最も強力な血栓溶解蛋白で、これが遺伝子組み換え技術により製品化されたのです。t-PAにより脳梗塞の予後はかなり改善し、30%強の患者さんでは血栓が溶解してほぼ後遺症を残さずに回復すると報告されています。t-PAの投与には発症後早ければ早いほど良いのですが、発症4時間半を超えると投与できません。またCTやMRI所見が無いか叉は軽微、症状が軽症〜中等症の患者さんではかなり効果が期待できますが、重症例では効果が乏しいことが難点です。なお、心房細動のような不整脈などによって心臓内で血栓が形成され、それが血流に乗って脳に流れて突如として脳血管を閉塞する「脳塞栓」では二次的に脳出血を起こすリスクが高くなるのでt-PAは投与できません。

このようにt-PAは極めて有用な薬剤ではあるものの、効果には限界があり、とくに発症時重症例ではマヒが残存する患者も少なくありません。このような場合、リハビリテーションに頼ることになりますが、現状ではそのキャパシティや効果は必ずしも十分ではありません。ここは何かローリスク・ハイリターンな治療が望まれるところです(なにしろリハビリ中ですので、リスクの高い治療は許容できないと思います)。そんなうまい話があるのか、と誰しも思うのですが、ひょっとすれば「瓢箪から駒」ならぬ「血圧計からカフ」という手があるかも知れない、と思わせる研究が発表されました。

その前に予備知識を・・・・・・「虚血耐性」なる現象があります。軽度の虚血負荷をかけておくと、未来のより大きな虚血負荷に対する耐性を誘導し得る、というもので動物実験では明瞭に示されるようです。この虚血耐性の実証はヒトでは必ずしも容易ではないのですが、“自然の実験”ともいうべき現象が観察されています。「一過性脳虚血発作(TIA)」という病気があります。突然脳梗塞類似の症状がおこりますが、24時間(多くは数分〜数十分)以内に完全に自然軽快するという病気で、脳梗塞の前兆として捉えられています。興味深いことに、このTIAを過去に経験している人が脳梗塞を起こすと、TIAを経験していない人に比べて軽症に経過する傾向があるとする報告があります(米国脳卒中協会誌 1999)。すなわちTIAによる虚血負荷によって虚血耐性が誘導されて脳梗塞が軽く済む、ということです。しかし65歳以上の高齢者ではそのような耐性獲得はみられないという論文(脳卒中・脳血管疾患誌 エルゼビア出版 2008)もあり、未だ議論のあるところです。

TIAと脳梗塞の時間的関係は “脳梗塞発症前にTIAという虚血負荷がかかる”なのですが、不思議なことに虚血負荷は脳梗塞発症後でも有効で、しかも虚血負荷がかかる血管は脳血管である必要はなく、脳とは離れている遠隔臓器の血流遮断でも有効だと考える研究者もあります。

そこで最近、中国の西安交通大学のグループはt-PA治療を行った患者68人(平均年齢65歳、平均入院期間 11.2日)を対象とし、血圧計のカフ加圧(両腕、5分間加圧/3分間解除を40分繰り返す、1日2回)を介入としたランダム化試験を行いました。介入群、対照群ともに34人で両群の入院時の重症度や入院期間には差はありませんでした。

3ヶ月後に、症状を評価するスケールを用いて無症状とごく症状の軽い人の割合を両群で比較したところ、介入群71.9%、対照群50.0%と介入群で良好な結果が得られました。なお著者らは両群で脳梗塞による組織障害の程度や組織修復に関連する血液マーカーも検討していて、介入群では対照群に比較し、組織障害が抑制され、修復機転が高まっていることを示唆する結果も得ています。さすがにちょっと話が旨すぎる気もしないではありませんが、ただ、この介入はほぼノーリスクに近いのは間違いありません。

もちろんこれで脳梗塞におけるマヒ改善に有効な“脳梗塞発症後の遠隔虚血耐性”確認されたとまでは言えません。でもこのような日常ケアのレベルでマヒを改善できる手立てがあるのなら期待したくなります。研究の発展を祈りたいところです・・・・・・というか、普段から血圧をしょっちゅう計って虚血負荷を加えておけば、良いことがあるのではないか、と思わないではありません。でも
1日40分×2回はちょっときついかな〜



posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年01月01日

COVID-19と糖尿病〜やっかいな双方向関係


片桐先生2.jpg

あけましておめでとうございます。令和3年、新型コロナ暦2年、丑年、今年もよろしくお願いします。

新型コロナ、出現から1年が過ぎましたが、相変わらず居座っています。しばらくは身近な、だが格別の注意を要する感染症として残りそうです。新型コロナのおかげで日常生活、大袈裟に言えば文化も様変わりしました。早く2009年の新型インフルエンザのように、“共存可能な日常の感染症”となって落ち着いてほしいものです。

さて新型コロナ、正式名COVID-19の流行初期の段階で、既に糖尿病が入院・重症化・死亡のハイリスク因子であることが明らかになりました。元来、糖尿病は高血糖のみならず、しばしば高血圧・心血管病・肥満・腎障害を合併し、高インスリン血症による慢性炎症状態や血液凝固亢進状態となっていて、COVID-19に限らず感染症にとても脆弱な状態です。加えて感染症を併発すると糖尿病の血糖管理状態は悪化します。強力な血糖管理やCOVID-19に対する治療により一定の効果は期待できるものの、重症COVID-19に有効とされる副腎ホルモン剤が血糖を著しく上昇させる作用があるなど、COVID-19に罹患した糖尿病の治療は難渋します(ランセット誌 糖尿病・内分泌学 2020)。

COVID-19に感染したときには、糖尿病は強いリスク因子となる・・・・・・これは事実ですが、どうも話はそれだけでは終わらないようです。すなわち、この二つの病気の“悪しき関係は双方向”のようです。言い換えれば、COVID-19の罹患によって糖尿病発症を引き起こす可能性があるということです。

糖尿病は二つのタイプに大別されます。大部分を占めるのは生活習慣病の代表で、徐々にインスリン効果が低下する2型糖尿病、いまひとつはインスリン産生工場である膵臓のランゲルハンス島が破壊されて生じる1型糖尿病です。1型糖尿病は小児期から高齢者まであらゆる年代でみられますが、その多くは自己免疫によって起こると考えられていて、ここ何十年かの環境変化などで増加傾向にあることを昨年9月15日のブログで紹介しました。しかし急性のウイルス感染もまた1型糖尿病の誘因となります(欧州糖尿病学会機関誌 2017)。

COVID-19の感染者数は世界中で既に4千数百万人に達していますが、無症状の不顕性感染者を考えると、ひょっとすれば感染者は億を超えるかも知れません。もしCOVID-19もウイルス感染→免疫機構の撹乱→1型糖尿病発症という経路をとり得るのなら、近い将来COVID-19によって1型糖尿病のアウト・ブレイクが起こる可能性もあります(世界糖尿病連合機関誌 2020)。

また別のメカニズムでCOVID-19が糖尿病を誘発する可能性も指摘されています。上記膵臓のランゲルハンス島という名前は、顕微鏡で観察したとき、外分泌腺細胞(膵臓ですので消化液を分泌する細胞です)の“海”の中に、ぽっかり浮かんだ内分泌腺細胞集団が“島”のように見えることから、こう名付けられました。内分泌細胞集団は3つの細胞群から構成されているのですが、そのうちのβ細胞がインスリンを産生します。1型糖尿病では、自己の免疫細胞がこのβ細胞を攻撃・破壊して糖尿病を引き起こします。ところがこのβ細胞にはCOVID-19がヒト細胞に侵入するときに結合する「アンギオテンシン転換酵素2(ACE2)」の受容体が発現されているのです。

そうなると・・・・・・COVID-19はACE2とその受容体を介して膵臓のβ細胞に直接侵入しβ細胞を破壊する、という可能性があります。事実、臨床的には1型糖尿病とは区別できないけれど、従来知られている1型糖尿病の自己免疫の特徴を示さない症例が報告されています(ネイチャー・メタボリズム誌 2020)。また本当にこのメカニズムが動いているのなら、COVID-19に感染した2型糖尿病も感染を契機に悪化する可能性も十分あり得ます。すなわち “COVID-19による集団に対する後遺症としての糖尿病の発症または増悪”が今後生じてくるかも知れません。

これを防ぐよい手立てはなかなか見つからないのですが・・・・・・血糖コントロール・合併症対策が甘い糖尿病は、COVID-19に限らず、どんな病気に罹ってもすごく不利になります。かりに主病の手術や治療がうまくいっても、その後の合併症の確率は上がりますし、最終的な転帰も悪くなります。糖尿病を治療中の方、あるいは糖尿病予備群の方、ふだんから気をつけて“今の最善”の状態を維持して下さいね。

“幸運の女神は地道な努力を愛でたもう”今年最初に思いついた諺です。なかなか良い出来だと思うのです。でも似たようなことを言っている人がいないか、確かめてみると・・・・・・米国のJim Rogersという投資家・ファンドマネージャー(良く知らないけど大金持ちみたい)の言葉。「幸運の女神は努力を続けた者のみに微笑む」なんだ、一緒じゃないか。真似するな、と言いたいところですが、向こうが先でした・・・・・・残念・・・・・・

posted by みみずく at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月24日

クリスマス増刊号 COVID-19におけるハイ・リスク濃厚接触 〜何が家族内感染のリスクとなるか〜


片桐先生2.jpg

メリー・クリスマス・・・・・・なんて言っている場合じゃないですね。COVID-19の蔓延は大阪のみならず、日本中で止まる気配がありません。感染者数は各地で日々最多記録を更新し、「医療崩壊が現実となる!?」という警鐘も鳴りっぱなし・・・・・・COVID-19の患者さんを入院させる病床は逼迫しつつあります。そのためにCOVID-19以外の病気に対する医療体制の維持も怪しくなってきているのは確かです。

現在、主に地域の基幹病院で一般病床をCOVID-19用に転用して対応しているのですが、有効な治療法が確立していないので治療に難渋すること、また院内感染対策を重視した治療・ケアに途方もない人手(そして費用も)がかかることなどの理由により、おおまかに言えば、病床数の5%をCOVID-19に転用しようとすれば、従来の病院のアクティビティを15〜20%くらい落とさないと達成できない、という状況だと思います。今後は軽症者・無症状者の自宅待機という選択肢も増えてくるかも知れません。これはこれで待機中の急変リスクを完全にコントロールすることが難しいという問題があります。

いずれにしても、今後はCOVID-19陽性になった家族と同居する、あるいは家庭外で地域のコミュニティで自身が“濃厚接触者”となった時など、どのような状況において感染リスクが高まるのかを知ることはとても重要です。この点に関しては、メディアを通じて、連日さまざまな情報が発信されているのですが、科学的エビデンスは乏しいと言わざるをえません(今の時期に良質のエビデンスを求めるのは“無いものねだり”なのですが)。

そんな中、濃厚接触者の感染リスクに関して、かなり良質の研究論文が最近報告されました。複数の一般Webサイトでも紹介されているから、世界的に見ても高い評価を受けているようです。

報告したのはシンガポール国立感染症センターを中心とした多施設共同研究グループです(ランセット 感染症学誌 2020 11月2日 on line)。シンガポールは新型コロナ感染症対策において、瞠目すべき成績を上げています。とくに現在までの感染者約58,000人で死亡率が0.05%というのは驚嘆すべき値です。日本の死亡率は感染者約207,000人で死亡率1.5%、米国は日本の百倍規模の患者数・死者数ですが、死亡率は1.8%、英国・欧州は死亡率が高くて3%超、シンガポールはなんと二桁少ないのです。人口570万と小国ですが、確かに裕福で世界から注目されている医療ツーリズムのメッカとして有名です。それにしてもすごいです。国外からの労働者の寮で50%近い集団感染も起こしたこともあるのですが、うまく制御できたようです。これも2003年のSARS流行の教訓を活かして作られていたリーダーシップに富む指揮命令系統と精緻に組み上げられたシステムの賜のようです(と論文に書いてあります)。

さてこの論文の対象は今年の1月23日〜4月3日の間に確定診断されたCOVID-19患者1,114人に関わる、ほぼすべての濃厚接触者7,770人です。その内訳は家庭内濃厚接触者(同居家族)1,863人、仕事場での接触者2,319人、コミュニティでの接触者3,588人でした。なお非家庭内の濃厚接触者は“2m以内の距離で30分以上接触”と定義されています。またシンガポールではCOVID-19患者は全員入院治療となるのですが、濃厚接触者は14日間1日3回の電話によるモニタリングを受けています。

結果ですが、全対象のうち96.8%で完璧にデータが収集されました(これもすごいです)。
症状に基づいたPCR検査で188例のCOVID-19感染が認められました。二次感染率は家庭内で5.9%、仕事場、コミュニティではともに1.3%でした。また、濃厚接触者1,150人(家庭内 524人、仕事場 207人、コミュニティ419人)についての抗体検査と問診を統計学的手法で解析すると、症状のみに基づいたPCR検査戦略ではCOVID-19の62%が見落とされ、感染者の36%は無症候であると考えられました。

さて、この研究が示した高リスク状況というには、家庭内では「寝室の共有(リスク約5倍)」、「COVID-19患者から30分以上話されること(約8倍)」,家庭外では「2人以上のCOVID-19との接触(約4倍)」、「COVID-19患者から30分以上話されること(約3倍)」、
「「COVID-19患者と同じ車にのること(約3倍)」でした。一方、家庭内、家庭外いずれにおいても「間接的接触(例えば患者からの物の受け渡し、患者が触ったところを触るなど)」「食事を一緒にとる」「トイレの共有」では有意なリスク増加では認められませんでした。

この論文を読むと、やはり家庭内感染の方が家庭外よりも有症状二次感染が多いことが分ります。有症状二次感染率は家庭内ではほぼ抗体陽性率に等しかったのですけど、家庭外では有症状二次感染者の2倍以上の抗体陽性者が確認されました。やはり家庭内では、より濃厚かつより長時間の接触があるからでしょう。注意すべきは “近接”と“会話”は独立した危険因子であることです。また、感染者の三分の一が無症状者であるのもやっかいです。家庭内の無症候性感染者が今のパンデミックの一因かも知れません。

さて、論文の著者たちの結論は何かと言えば、「物理的な距離をとり、会話は必要最小限に・・・・・・」世も末、身も蓋もない感満載だけど、このご時世、ちょっとでも体調が変だと思ったら“できるだけ家庭内自主隔離、沈黙は金!”を守るのが安全かも、です。
posted by みみずく at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | COVID-19