2018年08月01日

“うつ病の時代”〜薬剤誘発性抑うつ障害

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病気のことを、あまり単純化して説明するのはいかがなものか、とは思うのですが、うつ病という病気をあえて一言でいえば、「うつ病は心的エネルギーの低下である」となります。その中核となるのは“悲哀(メランコリー)”や“自己否定”の感情で、しばしば睡眠障害や食欲低下、頭痛・腰痛などの身体症状を伴い、身体症状のみが前面に出ることも稀ではありません(仮面うつ病)。また一見、“落ち込み”ではなく“不安・焦燥・興奮”などがめだつこともあります。「うつ病」「抑うつ障害」「気分調節障害」などさまざまな名で呼ばれ、その病型分類は複雑です。加えて最近は「新型うつ病」など、新たな概念や名称が提唱されたりして、よけいにややこしくなっています。

うつ病(いろいろなうつ状態をひっくるめていると考えて下さい)、いったいどれくらいの人が罹っているのでしょうか。以前は日本では一般人口の1〜2%と言われていました。しかし欧米では10〜20%以上という報告はざらにあります。日本も1〜2%どころではなく少なくとも5%程度はあると考えるのが自然です。すなわちうつ病はありふれた病気なのです。また、うつ病は本質的には治る病気です。軽症なら診察を受けるだけでもかなり改善しますし、中等症〜重症でも多くは投薬治療で改善します(すなわち脳内に生化学的変化が生じているのです)。とにかく早めに専門医の診察を受けることが大事で、これによりうつ病の最悪の転帰である自殺企図のリスクを最少化できます。

また、私たちの年代では、うつ病を違った観点から考える必要があります。“持病”と“薬剤”の影響です。たとえばがんや糖尿病などの病気に罹患しているとうつ病を発症する確率はかなり上昇し、欧米人並に20%以上となるという意見もあります。もうひとつの問題は薬の服用で起こり得る“薬剤誘発性抑うつ状態”です。どんな薬がうつ病を起こすのかについては、「ほとんどの薬でその可能性がある。しかし頻度は不明(実際、副作用リストにもそう記載されます)」と言わざるを得ません。

“うつ状態を起こし得る薬剤”の横綱格は、多種多様の炎症・免疫疾患などに処方される「副腎ホルモン剤」、それにウイルス肝炎治療に効果を発揮する注射剤の「インターフェロン」です。後者については、最近優れた経口抗ウイルス剤がでてきたので、使用機会はめっきり減りましたが……このふたつの薬剤なら投与された人の数%くらいに確実にうつ病の症状が現れます。次に多いのはおそらくは降圧剤です。多くの種類の降圧剤でうつが生じることが報告されています。頻度はそう高くはないと推測されますが、何しろ使用頻度が高く、もともと一般人口の約5%がうつ病に罹患しているので、個々のケースで薬剤が原因であると特定することは容易ではありません。また降圧剤以外にも、頻用される抗潰瘍剤、頭痛薬、心臓病薬など、うつ病を引き起こすポテンシャルを持つ薬剤は枚挙にいとまがありません

また、高齢になればなるほど、複数の病気を抱えることが多くなってきます。ということは複数の薬剤が処方され、何種類も服用する〜これを“ポリファーマシー”といいます〜機会が増えることになります。では、この現象はどれくらいうつ病のリスクを高めるのでしょうか。

この問題に関連して、最近米国イリノイ大学シカゴ校のグループが米国医師会雑誌6月号に論文を発表しました。著者らは18歳以上の米国人26,192人(平均年齢46.2歳、男性49%・女性51%、うつ病罹患7.6%)を対象に2005年から2014年までの10年間、「可能性がある有害事象として“うつ”が記載されている薬剤」の処方歴と、実際にうつ病と共存しているか否かを解析しています。なお、市販薬の抗うつ剤を使用している人(米国では抗うつ剤が市販されていて診察なしで購入可能とのこと。常用者はなんと数千万人!?)、既に抗うつ剤で治療を受けている人、降圧剤で治療を受けている高血圧症患者は対象から除外されています。

さて結果ですが、副作用として“うつ”記載がある薬剤の使用者は、ここ10年で35%から38.4%に上昇しており、これらの薬剤を3種類以上同時に服用している人は6.9%から9.5%に増加していました。また、観察期間中にうつ”の症状が現れたのは、これらの薬剤3種類以上同時服用者では15%、これらの薬剤を全く服用していなかった人では4.7%でした。やはり“ポリファーマシー”には一定のリスクがありそうです。

ありふれた薬剤服用中に、ありふれた病気の症状がでてくる……その関連性の有無を検証することは簡単ではありませんが、たいていの薬剤はネットで副作用の詳しい情報を得ることができます(処方薬をもらう薬局で薬剤師さんが副作用の概略は説明してくれるのですが、稀なものも含め、すべての可能性のある副作用に言及するのは無理だと思います)。

「このところ気持ちがネガティブになってしまう、体のだるさや食欲不振がとれない……
昔はこんな自分じゃなかった……」なんて思うときには、「薬剤惹起性うつ!?」ということもあるので、ぜひ主治医の先生に相談してみてください。

「役に立つクスリ、でもときどきリスク」ということもまた、現代のありふれた情景なのです。



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2018年07月15日

我が内なる海、マイクロビオーム


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ヒトは無数の細菌・微生物と共生しています。ヒトの全構成細胞数は約40〜60兆個とされていますが、体内に住む細菌・微生物は約200種、その数、実に数百から千兆個と考えられています。これらの細菌・微生物群は「マイクロビオーム」とよばれ、ヒトの細胞・組織と情報伝達を行いつつ、ヒトの「健全な恒常性維持」に重要な役割をはたしています。「マイクロビオーム」の異常が多くの疾患の発症・進展に関わっていることは、もはや疑いなく、マイクロビオームの大票田である腸内細菌叢を中心に精力的に研究が進められています。ある種の疾患では “健常者からの便移植治療!”が行われており、一定の効果をあげています。

マイクロビオームはしばしば外界からの影響をうけるのですが、その代表的なものに抗生剤の投与があげられます。抗生剤は細菌感染症の治療に必要不可欠ですが、過度な抗生剤使用は、抗生剤が効かない「耐性菌」の出現に繋がります。時には現在使用できる、ほぼすべての抗生剤が効かない「多剤耐性菌」が院内感染の形で集団発生し、治療に難渋することも稀ではありません。

そうは言っても、抗生剤治療は現在、もっとも有効な治療手段のひとつです。しかし抗生剤はたとえ適切に投与されても「マイクロビオーム」に一定の影響を及ぼすはずです。その場合、いったいどんなリスクがあるのでしょうか。

個人レベルの抗生剤投与による短期的影響として、欧米では「退院後90日以内の敗血症リスク」が注目されています。敗血症とは細菌感染が血流に乗って全身に広がり、重大な臓器障害を引き起こしている状態で、致命率も高い危険な病気です。ある米国の研究報告では、43,095人を対象として「感染症に関連しない入院」「感染症に関連する入院」「クロストリジウム・ディフィシル感染症(強力な抗生剤治療のあと“マイクロビオームの撹乱=菌交代現象”によって増殖し重篤な腸炎を引き起こします)による入院」の三つに分けると、退院後90日以内の重症敗血症の発症率はそれぞれ、4.1%、7.1%、10.7%でした。また退院後90日以内とそれ以降の期間での重症敗血症発症率を比較すると、退院後90日以内では3.3倍高いという結果がえられました(米国呼吸器集中治療医学雑誌 2015)。

まあ、ちょっと退院後90日以内の敗血症発症率が高すぎるような気がしますけど、“感染症による入院”→“抗生剤治療”→“マイクロバイオームの撹乱”→“退院後の敗血症”という図式は成立します。そこで最近報告された「米国疾病防疫センター(CDC)」のグループは抗生剤投与と退院後90日以内の敗血症の発症についての大規模研究を見てみましょう(臨床感染症 2018 年4月号)。

この研究の著者らによれば、516病院のデータからのべ約1,275万件!の退院事例について調査したところ、0.17%の患者が退院後90日に重症敗血症または敗血症ショックを発症していました。入院中に投与抗生剤が投与された患者をマイクロビオームに対する影響の大きさによって、“高リスクの抗生剤が投与された患者”、“低リスクの抗生剤が投与された患者”、“極小リスクの抗生剤が投与された患者”の三群に分けると、高リスク抗生剤投与群では抗生剤非投与群に比べて敗血症が65%増加していました。 一方、低リスク、極小リスクの抗生剤の影響は小さかったようです。

なお、著者らが定義したマイクロバイオームを撹乱しやすい“高リスクの抗生剤”には、主として現在非常によく使われている、強力で広い範囲の細菌に効果がある「最新・最強の抗生剤グループ」が含まれ、 “低リスク”は30〜40年前から使われてきた「長く使われているが今も有用な抗生剤」です。“微小リスク”には「最古の抗生剤であるペニシリンと投与経路の組織移行の特殊性から考えてほとんど腸内細菌に影響しない薬」が含まれます。

いずれにしても抗生剤投与は必要最小限として、できるだけ「マイクロバイオーム」を乱さない方が無難のようです。そして入院で抗生剤投与を受けたときには、退院して少なくとも3ヶ月は体温くらい計っておいた方が良さそうですね。

かく言う私も、最初の入院は5年前 20日ほどでしたが退院後2ヶ月で敗血症を発症して緊急入院しました。確かに初回入院時に使った抗生剤は“高リスク”の薬剤だったような……もちろん退院後体温は毎日計っていましたよ。それでこれはやばい、と思って、119をコールして救急車に来てもらいました。医師としては何度も乗っていますが、むろん患者としては初めてでした……まあ、乗り心地は悪い、サイレンはうるさい(文句言っている場合じゃないですけど)、なによりも恥ずかしい……あの経験は一度でこりごりです。



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2018年07月01日

座位時間が長いと時間旅行ができなくなる?!

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皆さんは最近記憶力が悪くなったな〜と思いませんか?やはり若い頃のようにはいきませんよね。私は新しいことを憶えたら、その分古いことを忘れていくような気がします。「騏麟も老いては駑馬に劣る」という古い中国の諺がありますが、もともと“騏麟”じゃないので、どこまで衰えるかと思えば、ちょっと怖いな……

人の記憶には二通りあります。ひとつは“普通の記憶”で、個人の過去・現在・未来とは関わりのない事象に関する記憶、例えば「円の面積はπr2で求めることができる」や「大政奉還は1867年」などがこれにあたり「意味記憶」とよばれます。もうひとつが「エピソード記憶」で、それぞれの人の過去の“人生におけるイベント”の記憶です。

この「エピソード記憶」、最大の特徴は、“時空を超え、いついかなる時でも、そのイベントがあった時、所、人、そしてその時の感情さえも、鮮やかに再構成できる”ことです。そればかりではなく、空想という翼をつければ、現在を超え、はるか未来のことまで脳裏に描くことも可能です。この脳の“記憶とともに主観的な時間軸に沿って行き来する機能”を、記憶研究の第一人者であるトロント大学のエンデル・タルヴィング博士は「メンタル・タイムトラベル」と名付けました(米国アカデミー紀要 2010)。なかなかロマンティックな命名ですね〜

このメンタル・タイムトラベルという機能を発揮する際には、記憶の主座である脳の海馬を中心とした内側側頭葉(MTL)という部位が重要な働きをしていて、そこでは“物に関する情報”と“時間に関する情報”が見事に統合されるようになっているそうです(サイエンス誌2011)。そして加齢とともにこのMTLの機能も低下するとされていますので、ここは何とかMTLの機能を維持したいところです。

現代人は座位時間が長くなりすぎている、といわれています。とくに高齢者でこの傾向が強いようです。最近、「座位時間と健康・疾病との関連」についてさまざまなデータが蓄積されつつあります。例えば座位時間が長いことは“すべての原因による死亡”や“心血管病による死亡”の増加と関連していて(欧州疫学雑誌2018)、“がんの罹患率”も上昇させると報告されています(ランセット腫瘍学2017)。また、たとえ座位以外の時間帯に運動を励行しても、座位時間が長いことによる悪影響を必ずしも打ち消せないとする報告も少なくありません。

高齢者にとって、過去を振り返ることは、単なる“ノスタルジー”以上の意味がありそうです。たぶん現在の自分を肯定的に承認するうえで重要なのではないかと思うのですが……例えばフランク・シナトラの「My Way」なんてエピソード記憶による自己肯定の塊のような歌ですよね。ちょっと品がないけど……「だからシナトラは好きになれない!」とおっしゃる方、シャルル・アズナブールの「帰り来ぬ青春 Yesterday When I Was Young」はいかがでしょう? いずれにしても「エピソード記憶」は高齢になっても「時をかける高齢者」であるためにとても重要なのだろうと思うのです。

しかしあまり座ったままの生活を送っていると、「エピソード記憶」の主座であるMTLが薄くなってくる、という研究結果が報告されました(プロス・ワン誌2018)。米国UCLAのグループは35人の認知症のない中高年(男性10人、女性25人、45〜75歳)を対象に、質問表で生活習慣を問うとともに高解像度MRIでMTLの厚みをチェックしました。すると、座位時間の長さとMTLの厚みは逆相関するという結果が得られました。一方、運動とMTLの厚さとの間には相関は見られませんでした。要するに座りっぱなしだと大事なMTLが痩せてくる、というわけです。すなわち体重だけ増えて、MTLは痩せるということでしょう。これは、いくらなんでも最悪です。「エピソード記憶」の貯蔵量がどんどん減っていくのは勘弁してほしいな〜と思いますね。

となれば“アームチェアに腰掛けながらブランデーのグラスを傾ける時、過ぎ去りし日の想い出がよみがえる”…というのは、どうもリスクが高そうです。想い出に浸る時は、ちょっとせわしないですけど、20〜30分に一度は立ち上がって、軽い体操をして、少し周りを歩いた方が・・・・・・とにかく生涯タイムトラベラーであり続けるには、長く座り続けない生活習慣が肝要です。



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