2020年12月15日

E型肝炎ウイルス(HEV)

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日本で供給される血液製剤の安全性は世界のトップクラスにあります。かつて日本ではB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)による輸血後肝炎が蔓延していた時期がありました。十分な消毒や針交換を行わずに実施されていたワクチン接種によるHBVやHCV感染も少なくありませんでした。
しかしHBVやHCV感染の病態が明らかになり、予防や治療法が確立し、さら日本が世界に先駆けて行った輸血によって伝搬する可能性のあるウイルスを検出するための全献血検体を対象とした核酸増幅検査(NAT)スクリーニングの導入により、輸血後B型肝炎、C型肝炎の発症は激減、ほぼ皆無となりました。

献血によって得られた血液製剤は、日本のどこで採血されても、すべて全国8カ所のNAT検査施設でHBV、HCV、それにHIVについてのウイルス検査が行われます。大阪府の検体は福知山にある検査センターに送られるのですが、私も一度見学に行ったことがあります。血液製剤のひとつである新鮮凍結血漿保存のための全館冷凍庫仕様の地上5階建てビルというすごい施設が整備されています。中にも入りましたが、プチ南極でした。NATといえども新規感染からごく短期間(“ウィンドウ期間”ウイルスによって異なります)で献血されたら検出できないことがあるのですが、ほとんどの感染検体をチェックすることができます。しかし問題となる肝炎ウイルスはHBV、HCVだけではありませんでした。

日本赤十字社は去る2020年8月5日採血分より、核酸増幅検査(NAT)の対象ウイルスに、従来行ってきたHBV、HCV、HIVに加えてE型肝炎ウイルス(HEV)を追加しました。E型肝炎は従来、主として輸入感染症だったのですが、近年国内発生が増加傾向にあり、重症血液疾患での“輸血後E型肝炎”での死亡例も報告されました。また関東圏の献血検体でのHEV・NAT陽性例が0.18%(関東圏のデータ)ということからHEV・NATが追加されることになったのです。

国内発生E型肝炎は元来、北海道・東日本に多くみられ、豚肉や豚内臓の不十分な加熱摂食によるものが多いとされていましたが、最近西日本でも人里での“接近遭遇”が増えた野生の猪や鹿肉の生食ないし不十分な調理による事例が増加しています。皆さんの中には、自分で猪や鹿を捌く人はそうはいないと思いますが、素人が捌いた肉を分けてもらったりしても危険ですのでご注意下さい。「猪と鹿はダメ、では蝶は?」と聞きたくなる方、賭け事はいけませんよ。

現在、ウイルス性肝炎はA〜E型の5種類が知られています。A型肝炎は汚染された魚貝類(昔から生牡蠣が有名です)などから経口感染し、劇症化はごく稀、慢性化はありません。B型とC型肝炎は、以前は輸血後肝炎の主役で慢性化が大きな問題でしたが、現在は予防や治療の進歩によってほぼ制圧されつつあります。D型肝炎は原因ウイルスが一種の“欠陥ウイルス”で、HBVの存在下でしか増殖しないのですが、発症した場合には重症化する危険が高くなります。

問題のE型肝炎はA型と同様に原則として経口感染、多くは無症状で劇症化は稀、慢性化もほぼないとされていましたが、輸血後肝炎の形式をとり得ること、そして免疫抑制状態では肝炎が遷延・再燃・重症化することがあり、また妊婦さんに感染すると劇症化のリスクが非常に高くなることが知られています。世界的にみればHEVの感染は年間2,000万人に達し、肝炎のみならず血液・腎臓・神経系などの肝外合併症を起こし得るので油断できません(CMH韓国肝臓学会機関誌 2020)。

ウイルス感染で肝機能が明らかに上昇する、すなわち“臨床的な肝炎”は肝炎ウイルス以外のウイルス感染でもしばしば見られます。主としてリンパ球に感染するEBウイルスやサイトメガロウイルスの初感染時、あるいは麻疹罹患時などでも中程度のAST・ALT上昇、すなわち“急性肝炎”が起こります。ただしこれらのウイルス感染の主座は肝臓ではなく、慢性化もしません。ですので急性肝炎が生じても、これらのウイルスを“肝炎ウイルス”とは言いません。

繰り返しになりますが、肝炎に関して言えばやはり生の獣肉は危険性が高いので注意が必要です。また未知のウイルス感染のリスクもあるかも知れないし、新型インフルエンザや新型コロナウイルスも動物由来という話もありましたし・・・・・・

とにもかくにも、新型コロナ元年が暮れようとしています。今年もブログご愛読ありがとうございました。もし来年も続くようなら引き続きご愛顧をお願いします。

では、少し早めのご挨拶・・・・・・

Merry Christmas and a Happy New Year! So long, my friends!
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2020年12月01日

日本食を食べて長生きする!?


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世界を見渡せば、さまざまな地域と歴史に根付いた食習慣がありますが、日本食もそのひとつで、世界的にも“体に良い食事”としても注目されています。文献では「地中海食」と双璧じゃないかな、と思えます。ただ、日本食と地中海食とどちらが優れているかガチで勝負、というのは臨床研究としてはとてもハードルが高く、なかなか実施困難なので、日本人を対象として、“より日本食の色彩の濃い食習慣を持つ人”と“そうでない人”を比べるのが現実的です。

国立がん研究センターが主導するコホート研究にJPHC研究というものがあります。コホートというのはある特定地域の住民を対象にして長期間観察を行い、生活習慣と疾病の関連などを調査する研究手法です。JPHCでは全国11の保健所管内の住民を対象としています。最近、JPHCの研究グループが日本食パターンと死亡リスクとの関連について研究結果を発表しましたので紹介します(欧州栄養学雑誌 2020 7月16日 on line)。

この研究は1990年と1993年の2期にわけて始められました。1990年は岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、東京都葛飾区、1993年は茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の各保健所管内の住民が対象となりました。対象住民の年齢は第1期では40-59歳、第2期では40-69歳で、合計約13万6千人のうち75%が研究開始5年後に行われた食事調査票に回答し、極端に高いまたは低い摂取カロリーの人を除いた92,969人(うち男性42,700人;年齢56.5±7.8歳)を平均18.9年の間観察し、ほぼ全例でフォローアップが完遂されました(これは立派なデータです。ふつうはこうはいきません。脱落者がたくさんでます)。

さて、食生活における日本食パターンの評価ですが、「8項目日本食指標(JDI8)」を用いています。これは米飯、味噌汁、海藻、漬け物、緑黄色野菜、魚貝類、緑茶の摂取が多ければそれぞれ1点、牛肉・豚肉摂取が少なければ1点、合計8点満点で食事調査票を採点します。点数が高いほど日本食の色合いが濃い食事ということになります。

次に対象者を得点順に並べて4つに等分して、JDI8スコアとすべての原因による死亡、がんによる死亡、循環器病疾患による死亡、心疾患による死亡、脳血管障害による死亡との関連を検討しました。このコホートでは、総計1,635,302人・年を観察したことになるのですが、この間、20,596人に死亡が確認されました。そのうちわけはがん死亡7,148人、 心血管疾患4,990人(うち心疾患 2,600人、脳血管障害 1,950人)でした。

さて、対象を4群に分けて、最もJDI8スコアが高い群と低い群を比較すると、
JDI8スコアが高い群では全死亡のリスクが14%、循環器疾患・心臓疾患の死亡リスクは11%低下していました。一方、がん死亡と脳血管障害での死亡については有意差が認められませんでした。また、全死亡リスクを各食品別でみると、海藻を多く摂取すると6%、漬け物で5%、緑黄色野菜で6%、魚貝類で3%、緑茶で11%の低下が認められました。

日本食に効果、なかなかのものですね。他にも同様の報告があって、東北大学が主導している宮城県大崎保健所管内の国民健康保険加入者を対象としたコホートでも日本食パターンが強ければ寿命が延長するという結果がでています(臨床栄養誌 エルゼビア出版 2020)。

ただ“日本食は塩分過多じゃないか”という疑問ないし問題点が指摘されています。たしかに私が学生時代の夏休みに自主研修させていただいた信州地方の漬け物などは塩分濃かったな〜でもいまは全国的に塩分控えめになってきていますね〜“塩分控えめ梅干し”とか“塩分控えめ塩ラーメン”とか店頭で見かけますものね。酷暑の時期などはむしろ塩分をしっかり摂取しろ、という広報がテレビなどで流れるほどになりました。

今回紹介した論文でも、漬け物を多く摂ると全死亡率が多少低下する、というデータがでています。これはたぶん漬け物が日本食パターンと強くリンクしていることもありますが、多少塩分(ナトリウム:Na)が多くなってもカリウム(K)が豊富に摂取できていればNa/K比が低下するので、Naによる血圧を上昇させる効果が打ち消される(高血圧雑誌 2015 ウオルタース・クルーワー出版)とする報告があります。この食事におけるKを十分摂取することの意義はNaの過剰摂取を避けること以上に強調されても良いと思います。ただし腎機能が悪い人にはK摂取は危険なのですが・・・・・・

さて、コロナ年であった2020も暮れようとしています。今年もブログご愛読ありがとうございました。お正月にお節を食べられる方、日本食の良さを再認識してください。えっ、うちは中華お節、洋風お節だって!!そう言われたら困るな〜

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2020年11月15日

“良く生きること”が動脈硬化の進展を抑制する

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「幸福とは何か?」これは人類にとって永遠のテーマです。この問題についての哲学的考察の端緒は、今から2,300年ほど前、古代ギリシャ時代にまで遡ります。当時の幸福論の系譜は二つあって、ひとつはエピクロスの唱えた「快楽主義(ヘドニア)」、すなわち望みや喜びを達成し、苦痛がないこと、今ひとつはアリストテレスの言う“生きる意味や目的を求めつつ、良く生きることこそ幸福”という「幸福主義(ユーダイモニア)」です。

幸福を感じているのと、不幸を感じているのと、どちらが健康に良いかといえば、常識で考えても幸福の方が体に良さそうだと、誰もが思うのではないでしょうか。でも好きなものを食べたいだけ食べて、好きなお酒を浴びるほど飲んで、「幸せだな〜(これはヘドニアです)」と感じることが健康に良いとはとても思えません。健康や疾病との関連を検討するのなら、“幸福”も少し深く掘り下げる必要がありそうです。

現代の心理学・精神医学では心の幸福は“心理的well-beingウェルビーイング”という言葉で表現されることが多いのですが、これを“今、喜び・楽しみを感じて心地よい”、すなわち「ヘドニア・ウェルビーイング」と、“生きる意味”や“生きる目的”を目指す過程に重きを置く「ユーダイモニア・ウェルビーイング」とを区別する考えがあります。

それにしても、このふたつの幸福の系譜が、現代においても疾病に関与する因子として研究対象になっていることに驚かされます。私自身の研究なんぞ、そのインパクト(もともとごく限られた“ムラ社会分野”においてですが)は発表して数年もすれば霧散霧消していることを思えば・・・・・・古代ギリシャ哲学、恐るべし・・・・・・

最近、順天堂大学と英国ロンドン大学、ケンブリッジ大学が共同研究を行い、動脈硬化の進展とヘドニア・ユーダイモニアとの関連を検討して、米国心臓協会・米国脳卒中協会の機関誌(ハイパーテンション誌 2020)に発表しました。

研究に用いたデータベースは英国公務員を対象とした「ホワイトホールU研究」と呼ばれるものです。実際に解析対象となったのは心理的ウェルビーイングの有り様を調査するCASP-19に回答し、基準時または5年後に大動脈脈波伝搬速度(PWV)を受けた男性3,466人、女性1,288人(平均年齢65.3歳)でした。

CASP-19は65−75歳の人の生活の質や心理的ウェルビーイングを測定するためのツールとしてインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者が発表した質問票なのですが(加齢とメンタルヘルス誌 2003)、「人生の喜び・楽しみ」「コントロール」「自律性」「自己実現」の四つの要素から評価します。喜び・楽しみはヘドニアに、残りの三つは生きる意味や目的、すなわちユーダイモニアに関連するとされています。またPWVは臨床検査として広く行われている簡便な動脈硬化の指標であり(動脈硬化伸展によりPWVが高値をとる)、心血管病のリスクを予測可能とされています(米国心臓学会・心臓協会機関誌 2014)。

さて、結果ですが、ユーダイモニア・ウェルビーイングのレベルが高い男性は低い男性に比べPWVが低く、その傾向は5年後にも持続しました。しかし女性ではこのような相関は見られず、一方、ヘドニア・ウェルビーイングのレベルとPWVの相関は男女いずれにおいても認められなかったとのことです。

この論文の順天堂大学の著者は、日本の高齢者の心理的ウェルビーイングと動脈硬化・心血管疾患の関連について、さらに調査を進めたいようです。彼らは高齢者が“生きる意味・目的をもって余生を送る”ことが、ひいては心血管病の予防にも繋がると期待しているのでしょう。私もそうであれば良いと思うのだけど・・・・・・

しかしこの手の研究、とくに幸福感と身体疾患関連の研究ですが、男性で有意の相関がでても、どうも女性では、“ポジティブデータ”がでにくい傾向があるようです。このあたりが気になります。また、この研究でもそうなのですが、どうしてもユーダイモニア・ウェルビーイングがヘドニア・ユーダイモニアよりも上位にあると思われているように見えます。でもね、CASP-19でもユーダイモニアの指標となっている「自己実現」、何かうさんくさくないですか!?これを提唱した米国の心理学者アブラハム・マズロー先生、すごく有名な方で、その業績は心理学を越えて教育学、経営学にまで影響を及ぼしたのですが・・・・・・

私は「自己実現」は言ってみれば幻想じゃないかな、と思っています。その幻想に振り回されている男性にはユーダイモニア・ウェルビーイングは意味があるのだけど、女性はつまらない幻想とは無縁で、ユーダイモニア・ウェルビーイングよりも、もっと大事なものが見えているのではないかという気がしてなりません・・・・・・でも見えていない男性は、この際やけくそで幻想を離れ、ヘドニア・ウェルビーイングへまっしぐら!というのはまずいかな、やっぱり。
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