2020年10月01日

REM睡眠が長寿の鍵を握る!?


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良質の睡眠が健康、ひいては寿命に好影響を与えることは間違いないようですが、睡眠のうち“深い睡眠”であるノンREM(NREM)睡眠か、はたまた夢と密接に関連する“浅い睡眠”であるREM睡眠か、どちらがより重要なのかは議論のあるところです。でも最近の文献を見る限り、死亡率低下という観点からは、どうも鍵となるのはREM睡眠の方のようです。個人的にも“夢も見ずに脳もしっかり寝ている徐波睡眠主体のNREM睡眠”よりは“夢に彩られたREM睡眠”の方が好きですね〜文字通り夢があって・・・・・・

夢と言えば、高校の音楽の授業で、野間嘉代子先生がスティーブン・フォスターの「夢見る人(Beautiful Dreamer)」を歌っておられたのを想い出します。あっ、でもひょっとしたら中学の音楽の授業と記憶がごっちゃになっているのかも・・・・・・あるいは野間先生が歌っておられたのは同じフォスターの曲でも「金髪のジェニー(Jeanie with the Light Brown Hair)」だったのかも・・・・・・52年の時の流れによる記憶の変容は恐ろしいものです。

野間先生とは高校卒業十数年後に意外なところで接点がありました。当時私は福島区にあった旧阪大病院の第二内科病棟の現場監督のような仕事をしていました。ある日病棟にあがると、「片桐くん、片桐くん」と、どこかで聞いたことがある、優しいけど張りのある女性の声が・・・・・・声の主を探してみると、何とそこに野間嘉代子先生が・・・・・・びっくりしてお聞きすると先生の御夫君がその日に検査入院されたということでした。当時の阪大の入院申込書には大阪府在住かつ別所帯の保証人の署名が必要だったのですが、適当な方が見つからない、ということで私が保証人になりました。

すると病棟の看護師(当時は看護婦と呼ばれていましたね)さんたちからは、「先生が保証人って、ご親戚ですか?」と聞かれたので「高校時代の音楽の先生です」と説明すると、彼女たちはその旨、ご丁寧に申し送りをしていました。そんな申し送り、いらないのに・・・・・・野間先生も慣れない入院で緊張されていたところで私に会って安心されたのか、病室を訪れる看護師さんたちに私の高校時代の話をされて・・・・・・でも、その内容は「そんなことあったかな〜」「それはいくらなんでも大袈裟〜」「それは誰か違う人でしょ〜」というエピソードのオンパレードでした。しまいには看護師さんたちが皆、私のことを野間先生の口まねをしながら「片桐くん、片桐くん」と呼ぶので困りました。今となれば懐かしい想い出ですね〜

2017年11月のブログでREM睡眠の減少が認知症リスクに関連するという論文を、そして2019年12月にREM睡眠の記憶を消去するシステムが備わっているという論文を紹介しました。最近の睡眠医学の分野では、REM睡眠が興味の中心になっているようです。とりわけ寿命とその裏返しである死亡率とREM睡眠との関連は気になるところです。

最近スタンフォード大学のグループが「中年〜高齢成人におけるREM睡眠と死亡率との関連」と題する論文を発表しました(米国医師会雑誌 神経学 2020年7月)。対象は平均年齢76.3歳の男性2,675人(追跡期間平均12.1年)と平均年齢51.5歳の男女1,386人(男性54.3%、平均追跡期間20.8年)のふたつの集団です。

その結果、高齢男性の追跡データでは総睡眠時間に占めるREM睡眠の割合が5%減るごとに心血管疾患による死亡率およびすべての原因による死亡率が13%も上昇することが分かりました。女性を含めた中年の人達の追跡データでも同様の結果が得られたとのことです。

こうなるとREM睡眠不足は立派なリスク・ファクターです。ぜひとも人間ドックの項目に入れて・・・・・・と言いたいところですが、REM睡眠の動態を知るには「睡眠ポリグラフ」で一晩の睡眠記録をとる必要があります。この検査は「睡眠時無呼吸症候群」の診断にも用いられるのですが、原則入院を要するのでけっこう大変です。とてもじゃないけど人間ドックの項目に加えて普及させる、というのは難しそうです。

それに一番の問題は、REM睡眠を量的・質的に改善する手段がないことです。ですからREM睡眠の多寡以前に、他の修正可能な睡眠に関する問題を解決する方が現実的かも知れません。上記の「睡眠時無呼吸症候群」はその代表です。罹患していると良質な睡眠にはほど遠いのは自明ですし、いびきの頻度、大きさ、呼吸の一時停止の有無が心血管疾患リスクに関連することが明らかにされています(チェスト誌 エルゼビア出版 2020年7月)。睡眠中のひどいいびきや無呼吸があれば、かかりつけ医にご相談下さい。あとは睡眠剤の使用です。眠れないのはつらいので、使用もやむを得ないことはあるのですが、薬剤は睡眠リズムを乱すので一考の余地があります。やはりまずはかかりつけ医に相談です。

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2020年09月15日

最近、自己免疫疾患が増加しつつある!?

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ヒトには“常に生体を同じ状態(恒常性)”に維持するための「免疫系」が備わっています。免疫系は「自己」と「非自己」を識別して非自己を排除します。非自己は自己にとって有害な分子であり、免疫系を賦活する物質=抗原でもあります。この原理によって免疫系は非自己と認識された病原体やがん細胞などを排除しますが、原則として自己の細胞や組織、あるいは無害な環境成分には反応しません。

とはいえ、免疫系も完璧ではありません。病原体を排除できなかったり、がん細胞の増殖を許したり、生体には無害であるスギ花粉に反応してアレルギー性鼻炎を起こすこともあります。また自己の細胞や組織に対して免疫反応が惹起されて細胞や組織の障害を生じる「自己免疫疾患」が発症することも少なくありません。

免疫の中核を担うのは白血球のひとつであるリンパ球、そのなかでも「T細胞」です。自然界には無数の抗原が存在しますが、ヒトには、そのすべての抗原に対して反応するT細胞のレパートリーが用意されています。その中には自己成分・自己抗原に対して反応するT細胞も含まれているのですが、これらの自己反応性T細胞は以下の二つの機序によって無効化されています。

ひとつは免疫系形成の初期段階で自己成分に出会った自己反応性T細胞は“自殺プログラム”が作動して消去されること、もうひとつは、たとえ生き残った自己反応性T細胞があっても、「制御性T細胞」という免疫反応を抑制する機能を持ったT細胞によって押さえ込まれるという、二重の安全装置によって簡単に自己免疫反応が作動しないように設計されています。最近の研究で、とくに後者が重要であることが分かってきました。

しかし実際には、さまざまな組織・臓器に対して自己免疫現象が起こることによって多種多様な自己免疫疾患が発症します。そのなかでも最も頻度が高い「橋本病=自己免疫性甲状腺炎/甲状腺機能低下症」の有病率(一般人口に占める病気の割合)は女性で10〜12%(男性でも2〜3%)にも達します。“制御”は必ずしも十分とは言えないようです・

自己免疫疾患の発症には複数の要因が関与していると考えられています。遺伝性素因、性ホルモン(一般に自己免疫性疾患は女性に多い)、ある種の感染症、環境化学物質、薬剤などなど・・・・・・そして近年、少なくとも一部の自己免疫疾患が増加しつつある、とする報告があります。たとえば“自己免疫疾患の典型的モデル”とされ、他臓器に多彩な病変を来す「全身性エリテマトーデス(SLE)」(リューマトロジー・インターナショナル誌 2018)や自己免疫によりインスリン分泌が枯渇する「1型糖尿病」(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌 2017)などがそうです。

しかし、ほとんどの自己免疫疾患は無症状から典型的な症状を示す例まで臨床像に幅があり、診断基準や検査法も時代によって変化しているので、その発生頻度や有病率を異なる時代間で比較するのはそう簡単ではありません。そこで別のアプローチとして特定の疾患ではなく、「自己免疫疾患の普遍的なスクリーニング検査」の陽性率を比較する、という方法があります。

自己免疫疾患のスクリーニング検査として最も頻用されているのは「抗核抗体(ANA)」という自己抗体を検出する検査です。かなり以前からずっと同じ方法で測定されている、という点からも目的に適います。この検査はヒトの細胞核成分に反応する自己抗体を蛍光顕微鏡で検出する検査なのですが、SLEやその近縁の自己免疫疾患ではほぼ100%、そのほか多くの疾患で高い陽性率を示すことが分かっています。通常は40倍希釈の血清で反応させた場合に陰性であれば
“正常”と判定します。欠点は健常人でも十数%は陽性になることですが、それでも多数の検体でのANAの陽性率を時代間で比較すれば、“自己免疫現象の時代間での陽性率の変遷”についての情報を得ることができます。

そこで米国の国立環境衛生科学研究所のグループは全国健康栄養調査のデータデースから14,211人のANAデータを抽出し、1988-1991、1999-2004、2011-2012の三つの期間でANA陽性率を比較しました(米国リウマチ学会誌 2020)。ANA陽性率は、11.0%(1988-1991)、11.5%(1999-2004)、15.9%(2011-2012)で、経時的な陽性率の上昇が認められました。とくに12-19歳の思春期世代では最初の時期に比べ第2期、第3期はそれぞれ2.02倍、2.88倍と増加傾向が明瞭でした。経時的増加は男性でも女性でも、50歳以上の世代にも、また人種を超えても認められました。

ANA陽性率が上昇しつつあると言っても、それが自己免疫疾患の増加に繋がるかどうかはまだ分かりません。ただここ30年の環境変化が、あるいはヒトの免疫系に対しても何らかの負荷を与えている可能性はあると思われます。それが人類に何をもたらすかについて注意深い観察はしておくべきだろうと思うのです。

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2020年09月01日

日本の伝統芸能従事者の寿命


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長期間に渡るライフ・スタイルが寿命や死亡率に影響することは周知の事実で、とりわけ運動習慣による死亡率低下は良く知られています。最近東京工業大学・リベラルアーツ研究教育院(昔で言えば“教養部”ですね)のグループが、歌舞伎、能楽、茶道、落語、長唄という日本の伝統芸能従事者の寿命を主として“生涯に渡って継続される運動の強度”という視点から比較する(しかも対照としたのが天皇家、将軍家ファミリー)というユニークな研究を発表しました(パルグレイブ・コミュニケーションズ 5月18日オンライン 2020〜ネイチャー誌グループのWeb雑誌です)。

この研究では1700年以降に生まれた男性伝統芸能従事者699名(死亡566名)のうち、誕生年と没年が二つ以上の資料から確認でき(能楽師は資料が極端に少ないため、一つの資料だけで検討対象に含めています)、かつ戦死、自殺、事故死と20歳に達しない死亡を除いた人を対象として解析しています。対照として男性の天皇家と将軍家ファミリーを選んでいますが、これは当時の最高の食事と医療が提供されていたグループだと考えられるからです。

まず生存曲線を描いてみると、すべての伝統芸能従事者は天皇家・将軍家よりも中央値で15歳ほど長命という結果が得られました(70.6歳VS 54歳)。著者らは“生涯に渡って激しい運動をすると寿命に好影響があるかも知れない”という観点から、当初は「歌舞伎・能楽者の寿命が長い」という仮説を立てたようです。しかし次に20世紀以降に生まれた人について比較すると、予想に反して歌舞伎役者の寿命は茶道・落語・長唄従事者に比較して短命であることが分かりました。そこで誕生年を考慮にいれた詳細な寿命の解析を行ったところ、歌舞伎役者の寿命は短く、天皇家や将軍家と差がないことが分かりました。

まずなぜ天皇家や将軍家の寿命が短いのか、という疑問があります。著者らも分析しているのですが、当時最高の食事といっても寿命延長に繋がるかは別問題です。それらはむしろバランスが悪く、贅沢過ぎる食事だったかも知れません。徳川第14代将軍家茂公は白米と高価な甘い物を好み、「脚気衝心」によってわずか20歳で亡くなりました。今で言えば「ビタミンB1欠乏性心不全」です(今でもインスタントラーメンばかり食べている学生さんなどに時に見られる脚気独特の心不全です)。また天皇家・将軍家の“ストレスフル”かつ“座位が多い”という生活習慣も短命の原因だったという考えもあります。

歌舞伎役者の寿命が短い理由についてはより詳細に議論されています。世襲職であったが故の遺伝的問題、舞台化粧に用いられていた鉛の毒性などなど・・・・・・ただ、これという決定的な要因を指摘するのは難しいようです。歌舞伎役者は幼小期より生涯に渡って厳しい稽古(=激しい運動)を積むであろうと思われます。そこで歌舞伎(しばしば激しい動きを伴うsing & dance;以下著者らの英文説明)を他の伝統芸能と比較した場合、運動面からどのような考察が可能でしょうか。この論文では茶道(tea ceremonies)、落語(telling comic stories)、長唄(playing instruments)はいずれも座位で行う伝統芸能として位置づけています。しかし得られた結果は、激しい運動を行う歌舞伎よりも座位主体の伝統芸能の方が長命だったのです。

以下は私の想像です・・・・・・少なくとも落語家は登場人物になりきる過程で、全身または部分の筋肉運動や呼吸運動を巧みに使っていますし、また長唄は楽器演奏ですから、ともに“全くの静の技”とは言えないように思います。茶道は子供の頃に祖母の指導で二、三度経験しただけなので、全く自信はありませんが、所作のそこかしこに“動”の要素も含む、あるいは何か俗人にはみえない健康上の利点があるのかも・・・・・・いずれにしても歌舞伎以外の伝統芸能は必ずしも“座位の芸能”ではない気もします。

この論文の中では、江戸時代における歌舞伎役者の特殊な社会的地位についても考察されているのですが、やはり短命を説明できるものではないとしています。そして著者らは「この研究結果は日々の職業としての激しい運動が、寿命延長というよりむしろ寿命短縮に繋がることを示唆する」と述べています。

確かに“幼小期から生涯続く激しい職業運動”は健康に害を及ぼし、寿命を短くするのかも知れません。でも別の考えもあります。ひとくちに伝統芸能と言っても、歌舞伎は別格です。とくに江戸期において、歌舞伎役者は良くも悪くも“特別な階級に属するスター集団”でした。そのスター性は現代では想像もつかないレベルだったと思うのです。今に残る当代一流の絵師たちの手による優れた役者絵がそれを如実に物語っています。

日々たゆまぬ厳しい鍛錬と舞台、そして庶民の熱狂・・・・・・たぶんかれらは一日24時間、歌舞伎役者でした。生まれ落ちた時から定められた人生を一気に駆け抜ける生涯・・・・・・やはり節制・健康・長命とは無縁の世界に生きていた人達だったように思うのです。
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