2019年12月01日

動脈硬化という“ヒトの業”


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“生まれ落ちた瞬間から動脈硬化は始まる”という言説は誇張があるにしろ、一面の真実を含んでいます。血管は「管」ですので社会のインフラと同様、使い始めた時から傷みが始まりますから。

生まれてから死ぬまで血液が流れる血管には絶えることなく負荷がかかり続けます。とくに血液に直接触れる血管内皮細胞は物理的ダメージが起こりやすい部位です。内皮細胞が障害されると、その隙間から白血球の一種である単球という細胞が血管壁に入り込み、姿形を変えてマクロファージ(大食細胞)に変身してコレステロールなどの脂質を溜込みます。すると血管壁は肥厚し、そのため血管腔は狭くなり、内皮細胞の障害はさらに加速し、ついには血栓が形成されます。これが動脈硬化の基本型です。内腔狭窄・血栓形成により血流が悪くなって、血液が流れるはずの組織・臓器では“虚血”となり、運が悪ければ血栓の一部が流れていって、突如血管を塞ぐ(塞栓症)こともあります。

動脈硬化は全世界の死亡の3分の1を占める心血管疾患・脳卒中の主要原因なのですが、その動脈硬化を増悪させる要因が「危険因子」と呼ばれるもので、加齢、高血圧、高脂血症、喫煙、肥満、糖尿病がよく知られています。人類と動脈硬化は“有史以来の付き合い”であることも分かっていて、古代エジプトのミイラをCTで解析したところ、その38%に動脈硬化の証拠がみられたと報告されています(英国医師会雑誌 2013)。またエジプトのみならず世界各地のミイラにも同様の所見がみられ、その原因として現代の危険因子というより、“ある種の慢性炎症”が原因ではないかとも考えられています(グローバル・ハート誌 エルゼビア出版 2014)。

動脈硬化には、まだいくつかの謎があります。そのひとつが心血管疾患を初めて発症した人の15%くらいは危険因子が全くないこと、いまひとつは人類に最も近いチンパンジーはヒトより血清脂質や血圧が高いのにもかかわらず、動脈硬化病変が生じることが極めて稀、という事実です。これらの事実は“ヒトという種に固有の危険因子”があることを示唆しています。

むろんチンパンジーも心臓疾患に罹患し、ヒトと同様に「心臓突然死」も「慢性進行性心不全」も起こります。ただそれらの原因が全くヒトと異なるのです。ヒトでは主要原因は冠動脈の動脈硬化を基盤とする「虚血性心疾患」ですが、チンパンジーでは冠動脈硬化はほとんど起こらず、ヒトではまずみられない「原因不明の心筋の線維化」が主要原因であることが分かっています(応用進化学誌 ワイリー出版 2009)。では、なぜ進化学的には極めて近縁なヒトとチンパンジーが動脈硬化でこれほど違うのでしょうか。

この問題に長年取り組んでいるのがカリフォルニア大学サンディエゴ校のグループです。彼らによれば、鍵となるのは細胞表面に発現していて重要な機能を担う「シアル酸」という物質です。自然界にはNeu5AcとNeu5Gcという二種類のシアル酸が存在していて、ヒト以外の哺乳類はNeu5AcをNeu5Gcに転換するCMAHという酵素を持っていますが、ヒトのCMAC遺伝子は200〜300万年前にその機能を失ったことが分かっています。最近彼らは、ヒトでは、CMAHが機能しないのでNeu5Gcが合成できず、それが動脈硬化に繋がることを、マウスを用いた動物実験で示しました(米国科学アカデミー紀要 2019)。

「何でそんな大事な酵素活性を無くしたんだよ!」と文句の一つも言いたいところですが、今現在人類が繁栄しているところをみると、利点もあったはずです。おそらくNeu5Gcが多くの人畜共通感染症の“微生物の入り口”になっていたので、Neu5Gcを失うことによって、それらの脅威から逃れることができたと考えられています。ではNeu5Acは安全か?と言われたら、そうはいかなくて、例えばインフルエンザはこれを入り口として感染を起こすのですけど・・・・・・でも200万年前の突然変異はヒトにとって大正解だったのでしょう。ただ200万年後に文明の発展によって、これだけ動脈硬化の危険因子がでてくるとは人類としては想定外だったのかも・・・・・・

CMAH機能喪失でもうひとつまずいことが・・・・・・これも今回紹介した研究グループが報告してきたことですが(米国科学アカデミー紀要 2004,2010など)、
Neu5Gcはヒトには存在しないが、他のほぼすべての哺乳類には存在していて、とくに赤身肉(牛、豚、羊など)には豊富に含まれています。ヒトがこれらを摂取するとNeu5Gcが抗原となり、それに対する抗体が産生されます。そして抗原・抗体反応のあるところには炎症が起こる・・・・・・これがひょっとしたらヒト特異的な動脈硬化のメカニズムかも知れません。確かに赤身肉、とくに加工肉摂取は高死亡率に繋がるという論文も少なくありません(英国医師会雑誌 2019など)。

進化の道が、ヒトでは動脈硬化という“種の業”に結びついた、というお話でした。めでたし、めでたし・・・・・・めでたくはないか。
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2019年11月15日

幸福の棲家はどこですか?

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画像診断は臨床医学の診断ツールとしてなくてはならないものです。最も歴史があるのはX線診断、今でも発見者にちなんで「レントゲン」と呼ぶ人がいます(レントゲン先生はこの業績で、第1回ノーベル物理学賞を受賞しましたが、呼び名は“X線”とすべきで“レントゲン”と呼ぶべきではない、と主張されていたそうです。見識あるな〜)。胸部X線検査は今でも検診や入院時検査として定番中の定番です。もっとも、その主な目的は日本で多かった(そして今も少なくない)肺結核のスクリーニングでした。肺がん検診としては、正直なところ、ちょっと荷が重い感は否めません。

頭部や脳については、画像診断の進歩はX線に比べたら比較的最近の出来事です。頭部の単純X線検査は下垂体腫瘍の診断など、役に立つこともあるのですが、頭蓋骨以外の情報が乏しくて、あまり有益とは言えませんでした。歴史が変わり始めたのは、私が大学を卒業した1975年、この年に初めて阪大病院にコンピュータ断層撮影装置(CT)が導入されました。もったいぶってなかなか撮ってもらえませんでしたけど・・・・・・今から考えたらほぼピンぼけ写真レベルでしたけどね。

CT検査はどんどん装置が進歩するにつれて画像が鮮明になり、脳出血やくも膜下出血の診断などに威力を発揮しました。さらに1980年代半ば以降になると核磁気共鳴撮影装置(MRI)が登場して、脳の解剖図譜をみるようなリアルな画像が得られて、初めて見たときにはかなりびっくりしました。その後も機器の性能向上、造影剤の普及が進み、脳梗塞の超急性期診断や微小脳動脈瘤の発見など、脳神経内科・脳神経外科・脊椎外科領域でのCT・MRIなどの画像診断の進歩はめざましいものがあります。

脳は部位毎に担当する機能が決まっていて、さらにおのおのの部位を連結する神経細胞のネットワークが備わっている超高性能のコンピュータなのですが、最近のMRIの進歩は脳の活動状態をリアルタイムで画像化し、ひいては感情や心が沸き上がるメカニズムをも解析することを可能にしつつあります。「すごい!」と思う反面、「そこまでやるか・・・・・・」と引き気味にさえなりますね〜だって人それぞれが唯一無二の存在であることを示す“心の有り様”さえも、神経細胞の電気的興奮と神経細胞間情報伝達の産物に過ぎない、そしてそれはMRIで図示可能と言われてもね・・・・・・ここは「それがどうした!」と居直るしかないでしょうね。

さて賛否はともかく、最近ちょっと興味を引かれた論文を紹介します。テーマは“脳での幸福の棲家”です。研究を進めているのが「京都大学こころの未来研究センター」のグループ・・・・・・心理学の分野では、“主観的幸福”は 感情成分と認知成分から構成されていて、質問紙法で安定して計測可能であるとされているようです(社会指数研究誌 シュプンリンガー出版1999、日本公衆衛生雑誌 2018)。「ほんとかな〜」「質問にウソ答えたらどうなるの?」などと思わないではないのですが・・・・・・

この京大のグループは以前に、より強く幸福を感じる人ほど脳の右楔前部(けつぜんぶ)の灰白質体積が大きいことを見いだしていたのですが(サイエンティフィック・リポーツ誌2015)、最近、右楔前部安静時活動が低いほど主観的幸福度が高いことを報告しました(サイエンティフィック・リポーツ誌2019)。脳の楔前部というのは、脳の断面図を近畿地方の地図に見立てたら、京都府北部あたりに相当します(なんのこっちゃ、と思う方は「楔前部」でネット検索してみて下さい。図がでてきますよ)。

さて、この右楔前部、2015年の報告では体積が大きい方ほど幸福度が高いというので、てっきり“幸福の棲家”と思いきや、むしろそこはネガティブな心根やさまよう心、あるいは鬱々とした心情に関係するという報告が多いのです(ブレイン・リサーチ誌2013)。そしてこのエリアの活動性が低い人がより幸せを感じると言うのなら、脳右楔前部はどちらかと言えば“不幸の棲家”に近いのかも知れませんね。もしそうなら、なるべく静かにしていて欲しいものです

フランスの哲学者のアランは“アランの幸福論”として有名な著作「幸福についての哲学的断章(1928)」の中で「幸福になりたいのなら、幸福を掴み取るという意志が大事なのだ」ということを繰り返し強調しています。積極的・能動的な“攻めの幸福論”ですね。一方浪速のフォーク・グループの雄、ALICEの谷村新司氏は楽曲「平凡」(ALICE ] 1987)で、むしろ控えめに「不幸じゃなければ幸せですか」と唄っています。

さて、ここで京大のグループの論文を踏まえると、幸福は“増点法”ではなく“減点法”で決まるように思えるので、異論は多々あるかも知れませんが、ここは谷村氏の判定勝ち、とさせて頂きたいと思います。




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2019年11月01日

“白衣高血圧”というリスク


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みなさんの中で、ふだんの血圧は正常なのに、健診や診察室で血圧を測ると高くなっていて、「血圧ちょっと高いですね〜」と言われた方、いませんか?これが「白衣高血圧」です。その頻度は診察室や医療環境で血圧高値を示した人の15〜20%、あるいはそれ以上とも言われていて、加齢につれて増加します。

実はかく言う私も「白衣高血圧」で、家庭血圧は正常だし、例えば化学療法治療前に血圧測定しても正常なのに年1回の職場健診に限って高いのですよね〜
これは昔からそうで、恥ずかしいから名札などは全部外して部署や職責が分からないようにして受診していました(健診を担当するのは病院職員じゃなくて業者だから“面は割れて”ません)。

白衣高血圧というのは、比較的知名度は高いのですが、類似概念や相反概念もあるので、整理しておきます。まず「白衣高血圧」は1984年に米国心臓病協会機関誌の「高血圧誌」に発表された概念で、「外来診察室の血圧が(140/90以上)だけど、ふだんの血圧=診察室外の血圧(厳密には24時間自動血圧計による測定値、簡便には家庭血圧)135/85未満であり、降圧剤は処方されていない状態」と定義されます。一方、良く似た用語に「白衣効果」があります(米国高血圧学雑誌:オックスフォード出版1995年)。これは「降圧剤処方の有無やふだんの血圧レベルにかかわりなく、診察室では血圧がふだんより上昇する状態」です。すなわち白衣効果は既に高血圧治療中の患者さんにもしばしばみられます。

白衣高血圧、白衣効果の逆が「仮面高血圧」です。この概念は2000年代初頭に提唱されたのですが「診察室では正常範囲だがふだんの血圧が高い−家庭血圧なら135/85以上−を示す状態」です。正常血圧者の10%くらいがこの仮面高血圧だとされていて、降圧剤治療中の人にも少なからず存在するので要注意です。これは24時間血圧モニタリングや家庭血圧をチェックしない限り完全に見逃される“放置できない高血圧”ということになり、家庭血圧測定の重要性を如実に示す疾患単位と言えます。

さて、話を白衣高血圧・白衣効果に戻しますと、この“診察室(のみならず健診などすべての医療環境を含みますが)での血圧上昇”を示す人は正常血圧の人と比較して、臨床アウトカム(心血管病罹患や全死亡などを意味します)が異なるか、という問題についてはさまざまな意見があり、一定の見解は得られていませんでした。そこで、最近米国のグループがこの問題について、現在までに報告されている文献を集めて解析しました(米国内科学会誌 2019年6月号)。

著者らは観察期間が最低3年以上(3〜19年)ある27編の論文を収集し、“未治療白衣高血圧者”と“治療管理されている白衣効果を有する患者”25,786人と正常血圧者 38,487人を集積して心血管病罹患リスク、全死亡リスク、心血管病死亡リスクを比較しました。

結果はと言えば、白衣高血圧者は正常血圧者と比較すると、心血管病罹患リスクで36%、全死亡リスクで33%、心血管死亡リスクでは2倍のリスク増加が示されました。一方、脳卒中リスクの増加は明らかではありませんでした。なおこの白衣高血圧者のリスク増加は、とくに高齢者や他の心血管病リスクを有する人で顕著であることがわかりました。なお治療中の白衣効果を有する患者では正常血圧者と比較して格別のリスク増加はみられませんでした。この高齢かつ心血管病のリスク因子を複数もつ、すなわち“高リスク”の白衣高血圧者は正常血圧者に比べ、心血管病や死亡リスクが高くなる、という結果は過去の国際共同研究の報告(米国心臓病学会誌:エルゼビア出版 2016年)とも一致しています。

さて、ここで“高年齢層”の定義が気になるところですが、私たちは遺憾ながら、臨床研究レベルでは“押しも押されもしない高齢者”です。ただし年齢だけではそんなにリスクは上がりません。しかし白衣高血圧の他に糖尿病、肥満、喫煙、高脂血症、アルコール過飲などがあれば、綿密な家庭血圧測定が必要で、家庭血圧はぜひとも130/80未満をクリアしたいところです。また白衣高血圧者は将来高率に“普通の高血圧”に移行することが知られていますので、血圧の自己測定はずっと続けてくださいね。何なら高血圧を専門とする診療所や病院の外来で「24時間血圧モニタリング」を行う手もあります。これらの結果を踏まえて、主治医の先生とよく相談して必要に応じて降圧剤を処方、ということになります。

今後も確実に歳はとっていくので、白衣高血圧が分かったら、その他のリスク因子の管理はもちろんなのですが、問題になるものがなくとも、とりあえず生活習慣の見直しがお勧めです。すなわち塩分は控えめに、カリウムは多めに、そして体重は・・・・・・「目指せ、正常BMI!」ということでしょうね。
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